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なわばり
2012/06/05(Tue)
 なわばりっていうタイトルはなんだかスゴイ感じがしますね。(^◇^)

きっかけは、息子が 朝の出発までの時間に、教科書を引っ張り出して、30秒くらいネタをしゃべったことからでした。

「~させる」という表現について、
make・let ・have を使うことができ、haveは頼んでさせる、納得させてさせるという場合、letは望むようにさせる場合、makeは無理にでもさせる場合ということがある。 haveはのび太的だよね。makeはジャイアン的だよね。



という話でした。

へえ~とその時はききながして すぐ 「いってらっしゃい」でしたが、たぶんこれが頭に残っていたのだと思います。




その日、出かけた先の待合室に雑誌がありました。読む本がなく、手にとったのがプレジデント・ファミリー この雑誌は中学受験までの子供をもつ親がターゲットなのだと思います。だから私はターゲットから外れた感があるのですが、断捨離が出ていたので、もう少し片づけたいと思う私はなんとなく手にとって見ていました。

  待ち時間は5分もなかったので、前の方の数ページを超超飛ばし読みしかできませんでしたが、この号(雑誌のページへリンク)です。

 冒頭にある記事のおかあさんの教育ママぶりに驚きました。やりたい仕事がありながら家庭に入ることを強要された彼の母は彼を育てることが自己実現となったらしく、私が思う普通の母とはちょっと違う極端な教育ママぶりでした。もう亡くなられているのですが、彼はそんな母でもやはり好きだったのだそうです。
自分を家庭に縛りつけられた(make)の母が子供に勉強することを(make)したわけです。

   自分に母親としての資質が不足しているのではないかと思うことがたまにあることもあり、そういう母でも好きだったと書いてあることで、もっと教育ママでも良いのか?大丈夫なのか???と、ちょっとネタ的なことを思いながら読みました。(そこまで教育ママにはなれません)

 次に読んだのが 小池龍之介(wikipediaへリンク)さんの記事でした。 職業は住職。 なぜ?住職がこの雑誌に??と不思議になりページをめくりました。紹介文を読んで納得。東大卒なんですね。この雑誌のセレクトはそういう感じのものが多いので、なるほどと。
 中盤まで飛ばし読みして、ふと目がとまりました。

 台所論です。私は人に台所を触られるのが本当に苦手で、ものすごく嫌なんです。よく「誰でも来た人に自由に入って使ってもらって良いわよ」という人がいるけれど、そういう考えができる人は尊敬してしまう。
 手元に雑誌がないので、うろ覚えで書いていますが、 人に触られることで持つ嫌な気持ちは なわばり意識だということでした。
へえ。なるほど。と納得出来ました。私のなわばりだから、人には触ってほしくないわけなんですね。 たとえ、それが自分がやっていることよりもずっと良いものであったとしても、触ってほしくない。

 住職は、そこでなわばり意識を発揮しても、本人には得になることはなにもない。と書かれていました。
なるほど。たしかにそうです。むしろ損することの方が多いかもしれない。
私は、自分のなわばりにマーキングされて怒っているワンコみたいなものなんだなと。┐(´∀`)┌
そう思うと、自分の意識が可笑しく思えてきました。

 そこで、待ち時間が終わり、中途半端のまま帰途につきました。




歩きながらいろいろ考えていました。 仕事のこと。なかなか落ち着かない状態です。この春に大きな会社に吸収合併されて、システムがいろいろ変わりましたし、新しい人が入ってきました。
新しくやらねばならないことも増えた事は増えたのですが、それ以上に 今までやっていたことに対して、新しい会社から来た中途半端なヘルプの人に 傍からあれこれ言われることの方が多くて、ストレスたまります。
 本社からの指示ならばわかるのですが、なんの権限もなく、仕事も別の人があれこれ批判することの方が多いので、面倒だと感じていました。
 でも、それも、なわばり意識で考えれば納得できると思いました。 たぶん、私は私でなわばりと捉えているところに、職制上関係のない、なわばり外の人がとやかくいうから嫌なんです。
 相手は相手で、今は持ち場なしで同じ職場にいるので、なわばりがゼロです。人脈もゼロ。そういうところでストレスがたまります。早く自分の居場所をつくりたい。なわばりをつくりたいという本能がはたらいているのでしょう。だから、越権行為ともとれるような批判をあちこちにしているのだと思いました。  彼からしてみれば、自分は大きな本社出身で、偉いのは自分のはずなのに、たかだか事務員がなんでこんなに偉そうなんだ??ムカツク~~。と思っているかもしれません。(^◇^)

 なわばりと考えれば腹が立たないこともあるもんだなと思いました。別に縄張りが欲しいほどの仕事ではないのですが、自分がletしているところにmakeされようとするところが、嫌なんですね。たぶん。私がなわばりを持っていても別になんにもならないから、この縄張りを守りたいと思っているわけではないのですが。まじめに仕事に取り組んでいるからこそ、相手にかき回されるのが不快なんでしょう。でも、再度書きますが、そんなに大切なものではないはずなんです。今の仕事なんて。そういう自分の感情を面白く感じました。




次に息子のことに考えが及びました。子の部屋を勝手に片づけることは相手のテリトリーを侵すことになりそれにたいして相手が不快を覚えるのだそうです。 なるほど。どんなに散らかっていても、それは彼のテリトリーなんだと。(夕方帰宅した息子になわばりの話をしたところ。笑いながら、「ソウソウ。めっちゃ嫌だわ~」と言っていました。)

 そうして、自分のこと、相手のことに対して考えが及び、朝の話とむすびつきました。
私は息子にとやかく言わないと思いながらも、心の底ではまだ「○○しなさい」という思いで行動していなかっただろうか? 親から見て、試験前に勉強していない様子を見ると心配でたまらない。だから、口には出さなくても心の中では、息子に勉強させよう(make)と考えているのではないか? そのmakeの気配は絶対に息子も気付くし、それによって、「やらされている感」に支配されてしまうのではないか?と。

 同じことをやっても やらされているときは詰まらない。 自分からやる(let)のときには、とても楽しいのです。 私は、息子を心配するあまり、彼の勉強を詰まらないものにしていなかったか?と反省しました。

もちろん、私がmakeの気持ちを持ったのは、彼が勉強しないから心配のあまりです。でも、考えを改めようと思いました。 息子は、小学校の頃に知った自分の大好きだった学校に入りました。今になっておもえば、とてもラッキーだったし、息子が学校に入ってみてつくづく思うのは、この学校をあの状況から目指すのは無謀でした。
でも、どうにか入った。それは息子が頑張ったからでもあります。

 入ってみたところ、私や息子が全然目標と考えていなかった学校を目標として、小さいころから励んでいた子たちが沢山います。目標はその学校に入ること。たぶん進学先として一番多いのはその学校だと思うので、私の中につい、息子もその学校に入りたいといって頑張ったりしないかしら?という気持ちが湧いてきてしまったのです。
 それは、たぶん、自慢の子(誰でも親は皆自分の子が自慢だと思うのです)が、他の人からもスゴイと言われれば{私が}気持ち良い。 学校の勉強が出来なければ {私が}恥ずかしい。という気持ちがあるのではないかと思いました。(人からスゴイと言われるから学校を選ぶなんてバカバカしい。どんな学校を出ても、出来る人と出来ない人がいることも、社会で経験済みなのに、親はどうしてもラクして人生が渡れそうなルートを、個人の好き嫌いに関わらず選択してくれればと思ってしまうようです。本来大学をそういう観点で選ぶのは間違っているとわかっているのにね。) 話を戻すと、つまり{私が}気分よくなるために、それが息子が人生楽にわたるためだといって、息子をmakeしようとしていたというところが問題なのではないかと。

 中学の受験でクソ力を出した息子は、目標を自分で見つければ、同じようにクソ力を出すかもしれませんが、今度は前ほど簡単ではないと思います。今度はうまくいくかはわかりません。それが心配で、日々積み重ねてほしいと思っていたところがあるのですが、ここいらで本当に親は手をひかねばと思いました。

 子育ては、一人前になる前の子に対しては、親の立場はほとんどがmakeです。haveといってもそれは許容できる範囲の中であり、その裏にはmake的意図は絶対にあると思います。それが親の仕事ですから。
 でも、そろそろmakeではいけない時期になってきているのかと思います。親は今まで続けていたmake的な視点から対等な大人として子を扱わねばならない時期なんだろうなと思います。
 それには覚悟が必要です。子の人生は親とは別個ということ。親が 「こうなればいいな」と思う通りの道を子が選択するのはmakeです。

 これを自分にしっかり言い聞かせないとなと思いました。 ぜんぜん勉強していないように思っても、この記事の冒頭のように、意外に残っている部分はあるようだし。

 「今日make,let,haveの話を書きたいからもう一回資料みせて!」と息子に言うと、

「let me live という曲があるんだよ。」と息子。 「誰の曲なの?」と聞くと、「Queen。他の曲のようにコーラス部分がきれいとか、そういうことはなく、1番はフレディ・マーキュリー、2番はブライアン・メイが歌っているということで珍しい曲で、ベストにも入っているんだけれどね。 曲としては普通なんだ。」と言っていました、  日本語で生きさせてくれというよりも、英語的なニュアンスで(望むように)生きさせてくれ と感じたということが言いたいのだろうなと思いました。

やっとテストが終わった息子、今まではテストの成績もすごく気になっていたけれど、できるだけ私は干渉しないようにして、良くても悪くても自分で考えてやってもらおうと思っています。(今まで干渉しないつもりでも、心の中には make的な気持ちがあり、干渉しすぎたように思います。たぶんバレバレでした。)
 少なくとも、息子の良いところは、学校の勉強がそれだけで完結していないこと。机上勉強は周りの友だちよりは明らかに少ないですが、本人が必要と思った時に始めるでしょう。 息子は、勉強したことを現実に結びつけたところで話してくれることが多いです。 今回もテスト期間の一夜漬け中に突然数年前のニュートンを「ここの部分が載っていたから」と、探し始めました。
 本来知識とはテストのためにあるのではなくて、自分の血肉となることが大切だと思います。そういう点では、彼は彼なりに今受けている授業を自分の中に取り込んでいるんだから。と思います。

 すぐには自分の目標がみつからなくても、自分なりに頑張れ、息子。(^◇^)

息子は私のなわばりではありません。彼自身は彼のなわばりですよね。 当然のことなのに、今ごろ気付きました。
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コメント
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なわばりね・・・なるほど~って思って読みました。
私も職場において、そういう気持ちってあったかもしれないなぁって、私もただ平和に仕事をしたかっただけかもしれないなーって。
pon2さん、気づかせてくれて、ありがと~
2012/06/07 05:53  | URL | leezzz #3rKUGRYk[ 編集] ▲ top
- Re: タイトルなし -
ただ平和に仕事したかっただけというのはありますねー。でも、自分だけがそう思っていてはどうにもならないとつくづく感じます。 この話を今日の記事に書こう。(^^)
2012/06/09 07:22  | URL | pon2 #-[ 編集] ▲ top
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