2017 09 ≪  10月 12345678910111213141516171819202122232425262728293031  ≫ 2017 11
スポンサーサイト
--/--/--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
天才の直感
2009/07/09(Thu)
今朝のNHKニュースで、将棋の羽生名人(<でいいのかな?:将棋のことはよく知らなくて)のひらめきを科学したという内容がちらりと流れた。今週土曜日の 追跡AtoZ 脳の秘密 という番組の番宣みたいなものだったのだけれど、それでも興味深かった。

 羽生名人の協力を得て 「ひらめいているであろう瞬間」に脳のどのあたりが活動しているかというところを調べたのだそうだ。すると、脳の奥底、視床下部や、脳梁に近い部分が盛んに活動していたのだそうだ。 その部分は経験によって培われる部分。なるほど。 その場で考えて答えを出しているのではなくて、過去の記憶に関連する部分を活動させて瞬時に最適なものを引っ張りだしているということのようだ。

 そこまでになるには多量のトレーニングが必要だということ。

さて、ついつい息子のことに結びつけてしまう母pon2だが、彼の課題は演習なんだなあと痛感した。
今、息子が塾でやっている小テストは、家でやるとほぼ満点が取れる。 しかし、塾だと点が取れない。 どうしてなの?と聞くと 「時間がなかった」という。 なるほど、後ろの数問は手をつけていない様子。息子の場合は、まだまだ脳の表層で考えて答えを出している状態なのではないかと思う。
 だから、考えるとできる。 でも、長年塾に通ってトレーニングしていた子たちは、意識する前に瞬時にこたえが出るようになっている。  でも、学習において、そういうことが必要なのだろうか? 考えないことでの弊害はないのか? 機械みたいになる必要があるのか? 考えてわかるものだったらそれでよいんじゃないか? なんて疑問を持っていた。

 でも、先日ふと気がついたのだが、息子の得意科目の理科は、低学年のころはダントツで他の子よりできた。 今は塾でならって息子が進んでいた部分の知識を皆習得したようなので、テストを受けてもそんなに飛びぬけて良い成績は出ない。へたをすると、皆がすでに習っていることを息子はまだ習っていなくて知らないことが比較的多く出てきている。 だからなにも勉強せずにそのままテストを受けると 良い成績は出ない。 でも、他の子が習っていることをさらりと勉強すると、その習熟までにかかる速さはやっぱり早いし、習熟度合いも高いような気がする。 なぜそうなのか? と考えたときに、息子の頭の中には、受験に関係する、しない関係なく、たくさんの知識が積み重ねられているからではないかと思ったのだ。そうして、その知識が役立っていたりするんじゃないか? 

 息子は理科が得意だけれど、息子が苦手な社会や国語が得意なお子さんもいらっしゃる。そういう子どもたちに共通して言えることは、好きな科目は受験勉強だけではなくて、積極的に 「おもしろい」と思ってたくさんの知識を繰り返し継続して得ようとしてきたということではないか。 それが基礎力ということなのではないかということだ。 そうして、その部分で最後の得点力=水をあける力 になっているのではないかとおもう。

 もちろん、天才になるには素質も必要だとおもうけれど、天才でないにしても、学習がすんなり頭に入り、なにかがきちんとできるようになるためには、それなりの基礎づくりが必要なのだと思う。  そう考えてくると、あと数か月となった受験に息子は間に合うのかなあ。などとも思うけれど、今はできるところをこつこつやるしかないんだな。
 一段落したころには、もっと世の中を広くみて、知りたいものや、得るべき知識をどんどん吸収していってほしいな。

 このテレビはおもしろそうなので録画予約が重ならなければみようと思います。


 
 
この記事のURL | 日々&おもったこと | CM(0) | TB(0) | ▲ top
コメント
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

▲ top

トラックバック
トラックバックURL
→http://ponpokona.blog40.fc2.com/tb.php/2182-b5695068

| メイン |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。