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聞いて嫌になる言葉から世の中について
2009/05/12(Tue)
 何年か前のことだし、何についてのダレのコメントだったかもわすれてしまっているけれど、その言葉に対するイヤ~な感じだけはしっかり覚えている言葉がある。

それは、”民度”。発言の主は政治家だったとおもうが、「民度が低い」という発言が問題になった記憶だ。
 なぜそんなにいやな感じがするかというと、この言葉の裏に 「自分はその民度の低さを評価できる立場&それなりの頭がある」(つまり天上人)という奢りを感じてしまうからだろう。 いや、この奢りを感じるのは私だけかもしれないけれど。 今の言葉で言うと、「どんだけ上から目線なんだし。。」ということかな?。 

 それをふと思い出したのが一昨日。 息子の学校の宿題に聖徳太子のことを調べてくるというものが出たのがきっかけだ。 息子たちの学校も6年生になると社会科資料を配布するから、それから調べてもよいし、もちろん自分の家にある何か資料で調べてもよい。 休みもあったから、やる気のある人は図書館で調べてもよい。 
 ところが、ここのところの環境変化についていくことに一生懸命になっていた息子は、この宿題の存在をすっかり忘れていたからさあ大変。 夜になってから「あ、宿題が出ていたんだ!」と思いだして取り組み始めた。学校の資料から調べ、他のところは塾などの資料で調べればよいのだが、たぶん、みながみな同じようなことを調べて行くことになるんだろうな。。とネットでも調べると、今は本当に便利だ。 そこいらの百科事典よりもずっと詳しく情報が載っている。 学校や塾の資料よりもずっと詳しい情報を得ることができた。
 ふと自分の子供のころを思い出した。 私の子供時代にはインターネットの情報はなかった。だから、詳しいことを調べようと思ったら図書館でそれなりの本をいくつか当たってみるしかなかったんだよね。 それでも見つかるかどうか? それに比べると本当に今の世は便利だ。 これだけの情報を得るためにとりあえず、パソコンが家にあり、ネットにつながっていればこれを調べるに際して特別なお金がかかるわけでもないし、時間もかからない。

 そんなことをつらつら考えるうちに、国別にいろいろなものを見たときに、平均的な生活をしている人がムリしなくても享受できるサービスの量と質の差は、必ずそこに暮らす人たちの考えや生活に影響を及ぼすであろうなと思った。それを表すことばは? と考えていて 文化?何?と考える過程で、 「ああ、昔民度という言葉を聞いたことがあったっけ。嫌な気分がしたんだよな。」と考えが及んだのだった。

 たとえば、ネット検索で私のページにヒットするキーワードを見ていても、「本を買えばわかることだけれど、買わずに検索で済ませる」という状況か?と思えるものがたくさんある。 私も同じようにネットで検索して便利に生活している面もある。 たとえばメニューに困ったときのレシピ検索。 ネットで検索すればよさそうな料理が必ず見つかる。(もちろん、私が選んで買った本の中のレシピの方がずっとおいしいものもある。でも、本のレシピもネットで見つけたレシピも、おいしいときにはおいしいし、美味しくないときには美味しくないものなのだ。 写真にひかれて購入した料理本の料理がおいしくなかった経験もある。) つまりはそういう無料、もしくはその人が「安い」と思うサービスをより多く享受できることにより、人は生活に豊かさを感じるし、多くの情報を自分の生活に生かすことができるんだと思う。 無料の情報をより多く得られることにより、お金も効果的に配分できるということもあるかもしれない。

 さて、そういう無料の情報だが、世が不況になってきてから少し変わってきたことがある。たとえばブログだ。 最近私が使っているブログの多くが目立つスポンサー広告表示するようになってきた。
 いくつかのブログは廃止になった。 また、以前登録していた ブログにレビューを載せることでポイントや試供品がもらえるというサービスも先日終了の連絡がきた。(これについては、言いたいことがある※1) つまりはスポンサーがつかなくなってきたということではないかと思っている。

 先日久々に電車に乗って座席に座ってみて驚いた。 電車内の広告がスカスカになってきている。たまたまその電車がそうだったのかと往路と復路で見たけれど、空きスペースが目立つようになってきていた。 また、その広告内容にも様変わりが見えた。 中には、ひとつの広告欄を6つから8つに分けて小さな広告主からの広告をまとめて載せているようなものもあった。(まるで文化祭のパンフレットのスポンサー欄のような状態)

 つまりは、世の中をめぐるお金が大ければ多いほど、私たちの生活に対する恩恵が増える。ん?昔この話書かなかったっけ?  トリクルダウン理論(wikipedia)
 雫が落ちて来るまでには、持てる者の大きな器がいっぱいになる必要があるため、はたしてこれが経済対策として有効かどうかは別だと思う私ではあるけれど、 まさに、ネットを無料で利用し放題というようなものに代表されるサービスの多くは この雫だったのかもしれないと思ったりした。そうして、その雫は人々の文化面を目立たないところで底上げしているのかもしれないとも思った。※2



※1
 そのサービス。最初は「使用感などを自分で確かめたことを自分の言葉で書けばよい」というものだったのだが、後半から 「自分で使ってもいないものについて、宣伝を書く」という形に変わってしまった。 使っていないものについて、良いか悪いかわからないものについて、”良い”と書くのは嫌だったので、記事を書かなくなってしまった。 なくなったのは、そのサービス。

※2
 つまりは、上から目線で言う”民度”というのは、経済と密接にかかわっているであろうということを改めて実感したということ。  ま、もちろん「いまさら」なことですが。

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