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なるほど。「受信と発信」
2009/04/14(Tue)
田口ランディさんのブログに 発信と受信という記事があり、それを読んで 「なるほど」と思った。

 ネット社会について、

受信能力の高い人間は、キャッチしたイメージに侵食される。それが快ならいいが、不快であれば相当に苦痛なのである。

ネット上で、たくさんの情報発信が行われるのは、発信を訓練しているように見えながら、実は受信訓練のほうが重要なんじゃないだろうか。つまり、インターネットによって疑似的に人間の受信能力を鍛えて初めて、自分にとって害のあるものが遮断できるようになり、そうなるって初めて、コミュニケーションの黎明期が始まる。



とあったことについてだ。

 たしかにそうかも。 ネットがまだパソコン通信と呼ばれていて、ここまで一般の人たちが情報をやり取りしていなかった頃、ネットの世界の住人は多くは大学関係者や技術系会社員が多くを占めていたころがあった。 あのころは、今とは違い 自分と同じような価値観やモノの考え方をしている人たち同士のあつまりであり、とりたてて多くの決まりや規制をつくらなくても そこそこ快適に過ごせていた。  人があつまるところにはやはりトラブルは排除できないけれど、それでも今よりはずっと快適だった。 多くの人が節度を守ってやり取りしていたと思う。 やりとりされる情報も このロバミミみたいに どうでもよい情報よりも 何らかの 「有用性」のある情報だったような気がする。

 ところが、インターネット時代が到来し、パソコンの値段がぐんと下がり、回線速度が上がり、それと反比例するように 回線使用料が下がった。 果ては携帯電話が普及し、携帯からもネットを利用することができるようになった。

 それに伴って、ネット世界の住人はほとんど実世界の住人と同じようにバリエーション豊かになった。それだけではなく、ネットの匿名性という性質により、日頃自分が日常生活であらわにしていない部分まで露わにしていくことになる。 つまりは、面と向かって人に言えない悪口。 顰蹙な言動。規制されている行動などなどを、ネットで行っていくということ。 また、ネットの情報伝達手段が基本的に文字ベースであり リアルタイムでないことも悪い影響を及ぼしている。 人それぞれ表現力の限界があり、理解力のばらつきがあり、自分の思考や感情をうまく相手に理解してもらうハードルは高い。

 つまりは、ネットにかかわると自分が不愉快に感じる度合は日常生活よりも高いであろうということが予測される。

 結局、 自分がその情報を取捨選択する際に、「不快」と思ったもの「不要」と思ったもの、または「自分に害をなすもの」、自分が「憂鬱になるもの」をいかに 自分の中にしこりを残さずに処理できるか? という処理能力が必要になってくるな。。と思った。
 
 ネットとの付き合いはまだまだマスターできていないと思う。

 
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