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大麻を育てる大学生
2008/11/22(Sat)
 大学生が大麻を種で購入して育てていたとかいうニュースを読んだ。 大麻自体の害がたいしたことがないだのどこだと合法だのという話は聞いたことがあるが、とりあえず、 「吸うのは犯罪」ということが決まりになっているということの認識が甘いんだなとおもう。

 たとえ大麻に害が少ないとしても、なかには大麻から入って、他の麻薬へ進んでいくステップになることがあるという点もあるのではないかと思ったりする。  他の国では○○ ということを例にひくのであれば、 「他の国では一夫多妻が認められている(た?)」ということを盾にして、複数の女性と内縁関係を結んだりするのと似ているのではないかな?と思ったりするのだがどうだろう。

それとは別に 「大学生が大麻を種で購入して育てていた」というニュースは、どちらかというと、妙に可笑し味を感じるのは私だけだろうか。 たとえば今の大学生で、食費が足らなくなりがちだからといって、種で野菜を購入して、育てて食べてる人っているだろうか? または空地に生えている草を食べたとか。。 たぶんほとんどいないと思う。 野菜は収穫しようとおもったらかなり気合が必要なものも多いが、大麻はきっと簡単に育つものなんだな。と思うと同時に、必要にかられて 縦のものも横にしないようなイメージの大学生が大麻を育てたりするんだ。。。と。

 何より、植物を育てるというのはそれなりに手間がかかるものだ。 ベランダで植物を育てようとしたら、水をやらなければいけないし、日光にも当てないといけないし、それを継続してやっていく必要がある。 大麻を育てる大学生は、根気があったということだろう。 根気を継続させるためには、それが達成したときのイメージを持ち続けることが必要だ。育てていた人は、大麻がうまく育った暁に自分が吸うことをずっとイメージしながら一生懸命水をやったりしていたのだろうか。 もしかすると、それを売ろうというところまで考えていたかもしれないなあ。

 「それにしても、大学に行って(植物が専門でもないのに)そういうことばかりにうつつをぬかしているとは。。。最高学府なんだからもっと勉強したまえ」だよね。 と自分が大学生だった頃勉強したかどうかというのを棚にあげてpon1に言うと、 pon1は、「ふふっつ。今は大学は全入時代だから、最高学府は死語だよ~! 。まあ、今は 少しでも偏差値の高い大学に入ること自体が目的になってしまっているからね。それから先がないんだよね。」と。

 たしかに。と本当にうなづいてしまった。 受験関係の掲示板などを見てだんだん自分の感覚がおかしくなっていくように感じるのはここなんだなあ。 

 受験関係の掲示板では、中学の偏差値と進学実績が共通の基準。 つまり、公立校を底辺として高い偏差値と東大への進学実績などが高いほど上のレベルだという、無言のヒエラルヒーがある。 だから、こんな質問が繰り返される。

「自分の子供は受験させるつもりはなかったけれど、模試をうけさせたらよい成績が出た。受験させた方が良いのだろうか」
「自分の子供が行きたい学校があるが、成績が上がってきたので、塾からは別の学校を勧められた。上の偏差値の学校へ行かせるべきだろうか。」

 たしかに、小学生だけに判断させることは難しいが、そこで私が感じる違和感は、そこに試験をうけてその学校に通う本人の意思が語られていないことだ。 なぜ、その学校を受けるのか。その学校に何をしに行くのか。 また、新たに通わせたい学校というのは具体的に絞られているのか。その学校の偏差値と進学実績以外の部分をを評価しての発言なのか。そのあたりが決まらないことには、偏差値だけでものを語ってもしょうがないだろうにと思う。 良い大学に通うためにと学校を選んだ人が大学になって目標を達成した後、次の目標が見つけられないというのはよく聞く話だ。  

(塾としては、来年の春に「○○に何名合格」と一人でも多くの人を有名な学校に入れたい=塾の宣伝になる からこそのお勧めでもあるはず。 偏差値を基準に考えると その有名な学校に入ることが塾の宣伝だけでなく親の気持ち(=「うちの子供はこんなに頭が良い」と誇らしく感じる親ごころ)も満足させるという双方に共通する結果となることが多いからこそのお勧めであると思う。)

 もしかしたら「何になりたい」という夢も必要だが「独立する。」ということが今の人たちの目標にないのかもしれない。 小さい頃に持っていた夢の通りの人生を歩んでいる人というのはかなり少ないのではないかと思う。その夢がなくなってしまったときに、自分の力で生きることが目標にある人は、状況にあわせて自分の人生を設計できる。 自分の足で歩きたくない人たちが増え、ラクして、今のことだけを考えて生きたい人(ふらふらしていても当面親の脛かじりでどうにかやっていける人)が増えてきたことが 目標レスな大学生が目立つ原因なのかもしれない。  

 大麻を育てるということは、目標レスな大学生にとりあえずの目標をあたえてしまい、その目標にむかって一生懸命大学生が努力したということだったのかもしれない。 自分の立てた目標に向かって努力する楽しみをその人たちは知ったのだろうか?どうだろうか?
 
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