2017 07 ≪  08月 12345678910111213141516171819202122232425262728293031  ≫ 2017 09
スポンサーサイト
--/--/--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
持っているものの価値に気づかないとき
2008/07/06(Sun)
 タイトルにはそのまま書いたけれど、人間って実際に苦労して手に入れたわけではない自分の持ち物についての価値というのは気付かないことが多いと思うのです。

 たとえば、私の髪は黒々としてまっすぐです。この髪を私の母は大好きで、子どものころから中学卒業するまで 「長い髪にしなさい」ということでずっとロングヘアーでした。 ロングヘアーといっても学校へ行くにはそのままいくわけにはいきませんから、ポニーテールやみつあみなどでいつもまとめていましたから、長くしている意味というのは私にはさっぱりわからなかった。  高校に入ってから髪を切ったのはどうしても自分を主張したかった。。ということだと思います。若かったなあ。

 母にはこの髪の毛はあこがれの髪だったのだそうです。 母は猫っ毛の大きめのウエーブのついたくせ毛です。子供のころからずっとその髪の毛が嫌いで、ずっと直毛にあこがれていたのだとか。 私は反対にふわふわと風に舞うような柔らかい髪の毛や茶色の髪の毛。それからくせ毛の人がうらやましかったなあ。

 さて、またもや息子の話ですが、一緒に塾の先生にも会ったし、偏差値も見ているので、てっきり息子は自分の学力がどの位置にあるかということを知っているものとばかり思っていたのです。 ところが、息子は気付いていなかったということが金曜日にわかりました。
 塾で入れてもらえたクラスは 小さな塾だとはいえ 一番上の選抜クラス。 4年生の9月から受験用の勉強をはじめて、自宅のみで勉強しているのに、選抜クラスに入れてもらえること自体、息子としては上出来だと私は思っていたのですが、息子はなぜかぜんぜん気づいていなかったようです。
本人は他の子よりも自分の方がぐっと出来が悪いと思っていたようで、ふとした話のときに、「ちがうよ。だいたい最初から選抜に入れる人ってあまりいないと思うよ。特に息子みたいに自宅で勉強していた子が、この時期に入れてもらえること自体珍しいことだとおもうよ。かなりおまけはしてくれていると思うけれど、ハナから授業についていけない人を入れるわけはないもの。」とコメントすると、 「え~そうだったの? てっきりボクはできないんだと思っていた」だそうです。 意外にわかってないもんなんだなあ。 息子からしてみると別にどこのクラスに入りたいとかは無いし、どのクラスが偏差値どのくらいとかそういうことは知らないから 気づいてなかったのでしょうか。

  そう言われてみると、同じ塾の子にも 「体験で あのクラスなの?」と聞かれたり 歩いていたら 他のクラスの子たちにジロジロ見られたり、同じクラスの子には「いままでどこかの塾に行っていたの?」と聞かれたりしたのだそうですが、ヘンだとは思ったけれど、勉強の効果はそんなに出ていないんだと思っていた。 なんて言っていました。 
  要は自信がないんですよね。
もっと褒めていなければいけなかったのかな。 でも、手放しで喜べるような成績でもないし、うっかりミスや計算ミスで毎回損しているものを全部なくしたら もっと偏差値が上がるのになあなんて思ってしまいます。

 それと同時に今の偏差値は水物だと思います。6年生後半くらいになったらどんどん頑張った子たちが伸びてくると思うし。だから今の成績に一喜一憂するのではなくて、今は自分のやるべきことをやる。苦手をつぶして得意を伸ばす。それだけだと思っていますし。 そうして、そのフォローがなかなかできないところが私としては「うまくいかないなあ」と悩むところで。。。 圧倒的に時間が足りないんだよなー。もっとじっくり教えたいのに。

 でも、おもいおこしてみると私も、 子どものころ(というか高校生くらいでも)欲しい欲しいと思って勝ち取ったもの以外はわりとありがたみがなく普通のこととしてとらえていたように思います。 良く考えてみると、「欲しいと思って勝ち取ったもの」って、なかったかもしれない。そこまで努力しなかったような気もする。 そうして、あとから考えてみると 「その状態だったらもっと頑張ればよかったのに」と思ったりしています。 あのとき私はきづいていなくて、目先のことばかりに気を取られていたんだなあ。 
 あのとき、私がもっと冷静に自分を見られていたら。。。あの時。。。と思いは尽きませんが、こと息子に関しては私が気付かせることはできると思う。

 息子が目先のことばかりに気を取られて 全体を見失っているようなときには、アドバイスできたらいいな。。。なんて思っていたりします。
 
この記事のURL | 日々&おもったこと | CM(2) | TB(0) | ▲ top
コメント
-  -
私はすごいくせっ毛なので、子どもの頃から長いまっすぐな黒髪にあこがれてました。
髪を伸ばしたかったけど「伸ばしてもまとまらないから」と母に言い聞かせられて常にショートカット。
悲しかったなあ。pon2さんとはまったく逆パターンですね。

 息子さん、おっとりしててよろしいのでは。
子どものうちから自分の位置を的確に捉えて、目標を高く掲げてがんばるってカッコはいいけど、なんか早く大人になりすぎ~~なんて思ってしまうのです。今の時代はそんなものなのかもしれないけど。

 小集団での順位付けも
自分の位置を知って自信をつけるためには
わかりやすくて良いかもしれません。
まずは小さなところからはじめてだんだんに。
小さな集団で満足してしまってもいけないし
いきなり大きな挫折を味わうのも可哀そうな気もする。

 pon2さんの思いもわかる気がします。
私も目先のことにきをとられてぼーーっと生きてきたなあ。その教訓を子どもに生かせたかというと
まあ、自分のこどもといえども思い通りには動かないもので。。。
いくつになっても「あのときああしていたら」ってあるものです。

 

2008/07/07 05:26  | URL | 獏 #-[ 編集] ▲ top
-  -
 獏さんこんにちは。 いや~まさに、うちの息子は、まだまだ反抗期の影も見えず、親は「こんなんでいいんだろうか」と思いつつも 「かわいい時間」を長く楽しめるなんてラッキーと思う部分もあるような感じなんです。 でも、こんなでいいのかしらね。本当は。。。(~~;)

 小さな集団でというのはいいかもしれませんね。一人っ子なので、親がいろいろな刺激から守ろうとしてしまうことも多く、 ぽんと放り出して 手を放すというのはかなりのカケを伴いそう。 本人のムリのない程度に絶妙のサポートで、気がついていたら独り立ちというようにできればいいなあと思うのだけれど。なかなかそんなにプロみたいにはいきませんね。

 そういえば、塾に通ってなくて正解だったなあと思ったことがありました。 子どもさんがわからない問題を母親が一緒に解こうとすると、「ママのとき方は先生と違うからダメ」と怒られるという話を聞きました。
 息子の場合は、私のとき方が解答のとき方と違う場合も多いので、 「お母さんのとき方よりも、こっちの方が楽に計算できるね」とか、「この問題の場合はお母さんのとき方の方がわかりやすいね」と言います。
 算数の楽しみはそこだよね。よくみつけたね。とよろこんでいます。 私が子供のころには、そこまでみつけられなかったので、こんな風に、勉強の楽しいところに気づいてくれると嬉しいなあなんて思っています。(私は勉強(特に受験勉強)はたのしいと思わなかったので)
2008/07/08 20:13  | URL | pon2 #nLnvUwLc[ 編集] ▲ top
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

▲ top

トラックバック
トラックバックURL
→http://ponpokona.blog40.fc2.com/tb.php/1528-fe851472

| メイン |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。