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しかられつつの美術館
2008/03/26(Wed)
 先生方とのお別れ会に出席してきた。息子の担任だった先生は、退職という形ではあるけれど試験を受けなおして新年度から他の学校で勤務されることになったのだそうだ。ほっとした。 つい最近まで「戻ってくる」と子供たちに伝えていらした先生だけに、いろいろあったのだろうとお察ししたけれど、まあそれは私の想像の範囲なので詳しくは書かない。 「卒業式には来ますから」とおっしゃって、自宅の住所や電話番号を子供たちに教えてくださった。(「最近は」か、「うちの息子の学校は」かわからないのだけれど、住所や電話番号は子供に教えないことになっているらしいので学校では教えてくださらない)
 とにかく、先生が希望を失っていないことがわかり、本当に良かった。

 午後からは息子と友達と(お母さんも)で、車で最寄の美術館へ行った。企画展でインタラクティブアート含め、現代アート?がたくさん展示されていた。 ヘン?なものも多いというのが感想。 最近のアートって子供の考えることやお笑い、ネタ、キャラクターデザインなどなど と限りなく近づいているような気がする。(私は素人だけれど)

 とりあえず、どんな雰囲気かというのはこちら 大賞の作品は、中央の部分で自転車をこぐことにより 周囲につくられた自転車に乗った人々の模型がくるくると動くというもの。 ところが、当日は動かせなかったため、作品としては半分しか鑑賞できなかったことになるのでは? 私としては ナゼかキンタウルスが気に入った。 写真二枚目の一番右側。 ただし、芸術としてというよりは キャラクターとして。 こういう登場人物がゲームキャラに出てくるといいな。とおもいつつ、陶器の緻密な作業にびっくり。(素晴らしい作品)

 ALIMOもよかった。1枚のキャンバスの上に絵を描き、消し、書きを途方もなく繰り返し、それを映像に1枚1枚とり、アニメーションのように作り上げたもの。暇があればずーっと見ていたい感じ。
 

 息子たちがサイン入り写真をもらったのが、のびアニキ。
美術館の中で布団にくるまり寝ていた人。 枕もとにベルがあり、ベルを押したら起きてサインしてくれたらしい。  のび太そっくりの格好をしている。

のびアニキ(いただきの楽園)

中には天井からつりさげられた ビュレットと砂時計がドッキングしたようなものの中に、綺麗な海の砂のようなものを 鑑賞者が園芸用のステンレス土入れで注ぎ込みそれから出た砂がまた下に山と積み重なるというものがいくつか高低差をつけて展示してあるものもあった。 照明の関係で、砂は時々鈍い金色にも見えて綺麗だった。  退屈な展示の多いなか、こういうインタラクティブアート的なものは少なかったので、何気なく息子たちは砂をそそぎいれていたのだけれど、座って展示を見守っている女性が近づいてきて 「すみません。何かたべていらっしゃいますよね」と息子をさす。 え? と見ると息子は口を動かしていた 「あれ?何食べてるの?」と聞くと 「ガム」 「美術館の中では飲食はお断りしているので」とのこと。 ごもっとも。私が気付かなかったのは悪かったスマン。と、息子の口からガムを出させた。 それにしてもいつ食べたのだろう。ガムは持っていなかったのに。。。(あとから聞いたら、家をでるときにすでに口の中に入れていたのだそう。。(--;))  まあ、そこまではよかったのだが、  落ちた砂を土入れでさらに受けるように置こうとした息子がこちらを向いたので、 (ああ、そういうのも面白いかもね)と思い、「いいんじゃない?」と言うと、喜んで1つそのように置き、他のも置き換えに行こうとした。 すると突然先ほどの人が「これはー。こういう風に使うんじゃなくてー。」と怒って 当初 (美的?)にななめに気取って砂山にさしこんであった土入れと同じような角度に直してしまった。(あらら、怒ってしまったな)と。 

 インタラクティブアート
というのは、私の感覚としては、見る人が自由に参加して新たなものを作り上げるところに意味があるものだと思う。 展示物を破壊するわけではないし、その形体を多少変える程度のかかわり方であれば十分展示者の意図の範囲だとおもっていたわけだが、(もしかすると、破壊されたとしても、それもアートととらえる人もいるかもしれない) その担当の女性が 「そんな風にするんじゃなくてー」と怒っているのがなんだか (ちがうんじゃないかなー)とおもいつつ、なんとなく白けた気持ちでその場をさりつつ、つい一緒に行ったお母さんに「しかられちゃったね」と声をかけた。
 ちなみに、一緒に行ったお母さんは美大を出ている。 するとそのお母さんも 「あれは、あの人が勘違いしていると思うんだけれどなー」と。 やっぱりそうか。。 まあ、ガムを食べていた時点で 彼女の頭の中には 「要注意の非常識親子」という刷り込みがなされ、 「美術品は静かに鑑賞するもの」という彼女の観念から逸脱している私たちの行動は目に余るものがあったのだろう。

 実際、その中に展示されていた 「のびアニキ」などは彼女としてはどのようにとらえていたんだろうか?彼の芸術性を彼女は理解していたのか?(いや、私も理解できていないけれどね 

 ま、とにかく叱られたわけで、私たちは美術館を後にした。
しかし、のびアニキにしても、そのほかの展示物にしても、なかなか芸術性というものは理解がむつかしいものになってきているんだね。 「のびアニキ」のパフォーマンスにしても、「ネタ」なのか「お笑い」なのか芸術なのか その境界線が本当にわからない。と いう話などをしながら、公園というにはあまりにも起伏の激しい道を ハアハア息切れしながら子供ともども登ったりしたのだった。  彼女いわく、アンディ・ウォホールあたりから芸術の流れが大きく変わってきているのだそうだ。 美術に疎い私にしてみれば、どのあたりからかはわからないけれど、 たしかに、アンディ・ウォホールは昔は 単なる写真の色付けをし直したものであって、芸術だと思えななかったし、 いまだになぜあんなに高値で取引されるのかもわからなかったりしているので、わからないなりにも 「芸術性というのはわからない」というのがわかったような気になった午後だった。

 いや、ほとんどの人が芸術性の境界線を見失っていて、そのあたりが今回のことにつながっているのかもしれないとも思う。 実際何が芸術なのか。 いや、芸術とは何なのか ってわからない。 
 
 
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