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続・見える学力見えない学力
2007/12/05(Wed)
 休み休み書いていたら、時間切れで投稿したとたんに書いたものがチャラに。。(TT)それはないぜー。
先日読んだ本。

続 見える学力、見えない学力―読み、書き、計算は学力の基礎続 見える学力、見えない学力―読み、書き、計算は学力の基礎
岸本 裕史

大月書店 2001-09
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続編が出ていたのか! と。読んでみたら、今の息子をとりまく教育についての疑問が氷解する内容でした。 少し前に書いた、1970年代から現在まで、小学校6年間の授業時間が1000時間減ったということもここにきちんと書いてありました。 「ゆとり教育」「個性を伸ばす教育」となうっていかに子どもたちの教育の時間が削られていったかということにも言及してあります。

 私が常々不思議に思っていた、「平日宿題の一切ない学校」「長期休みに宿題が一切ない学校」。「国・算・社・理の授業時間と内容をどんどん減らす教育」についても書かれていました。 つい先週のこと、息子のクラスで教科書にあった復習問題を解くということになった際、「割り算のやり方を忘れた」という子が続出したとのことで、それを聞いた私は「なぜそんなに多くの子が忘れる?」と驚きました。その後この本を読み、授業時間の大幅な削減により、ひとつの単元にかけられる時間が極端に減っていることや、宿題などの家庭学習が一切ないことが原因の一つになっているのだということで納得しました。 塾に通い、もしくは自主的に家庭学習をやりより高度な問題を解いている子と帰宅後一切の勉強をしない子どもたちの間で学力の差が歴然とついてきているということのようです。
 私たちくらいまでは、たとえば足し算は5桁+5桁程度までは学校でやっていたものが、3桁止まりなのだとか。そんな風に、「学校では基礎の基礎しか教えない。教科書にもサワリしかかいてない。授業時間は少ないので、練習問題を解く時間もない。宿題は出ないから熟練する暇もない。」ということのようです。 つまり、教科書さえきちんとやっていればそれなりの力がつく時代とは違うということみたい。それなりに熟練しようとおもったら、参考書を買うなり、問題集を買うなり、通信教育を受けるなり、塾へ通うなりしないと、私たちの時代に「普通」とされてきた学力さえ危ういのが今の時代だということのようです。 教科書は内容もページも薄く、役に立ちません。

 教科書の内容が薄くなったけれど、時間も少なくなりました。昔に比べて掛け算のような熟練を必要とするものにかける時間数も減り、やり方を一通り教えてするりと通り過ぎるような教え方になっているようなのです。 すでに息子のクラスでにも掛け算がうまくできない子もいるようです。

 息子は、2か月前から少し難しめの通信教育をとりはじめました。最初に問題を見たときに私は冷や汗。「たかだか小学生の算数でしょ」と思っていたのに、その内容は私も真剣にとりくみたくなるような問題がずらりと並んでいました。質にも量にも圧倒されました。 以前からNの通信教育はとっていたのですが、今となってはそれが簡単で息抜きに思えるほどです。「これは無理かも」「難しすぎるのではないか」という親の心配は無用でした。 今彼は、目の前の問題が解けることに「あ!できる!」と満面の笑みで喜びの声を上げて取り組んでいます。 考えることの喜びを知った息子の能力がどんどんと上がってくるのを見るのは親としてとてもうれしい限りです。 息子は「学校の勉強はつまらない」と言います。単純すぎて解いた喜びが感じられないみたいです。
「低すぎるハードルで、文科省は子供の学ぶ楽しみまで奪ってしまったのかもな」と思っています。 
 今の私立へ私立へという動きは、公立教育をここまで崩してしまった文科省の失策ではないかと私は思っています。

この本の頭にこういうことが書かれていました。

 貧しい人やしいたげられている人が、自由や解放を得られるようになるには、学力がなにより必要です。学力がなければ、いつまでも隷属したままです。


 いまや、教科書だけでは基本的な力がつかない時代だとしたら、一世代や二世代前の「教育はそれなりに選ばれた人間だけが受けられるもの」ということになり、お金のないものは、どんなに能力があってもそれを伸ばす教育を受けられないことになります。私たちの子どものころからもうずいぶんと息子たちの世代をとりまく教育事情は変わってきてしまったようです。 「よく遊び、よく学べる」子はいまや希少価値になり、「読み」「書き」「そろばん」さえ、学校(家庭学習含めて)だけでは無理ということになったとき、次の世代はどうなるのでしょう。

 ちょうど今朝、新聞にも出ていたので検索してみました。

文科相「ゆとり教育」影響認める OECD調査、全分野で後退(産経新聞4日)
 

経済協力開発機構(OECD)が昨年、57カ国・地域の15歳を対象に実施した「生徒の学習到達度調査」(PISA)で、日本の高校1年生は前回2003年調査(41カ国・地域)に比べ、読解力が14位から15位、数学的リテラシー(活用力)が6位から10位と後退したことが、4日分かった。科学的活用力も2位から6位になったことが既に判明しており、実施3分野すべてで順位が低下し、トップレベルの分野はなくなった。前回に続く高校生の学力低下傾向に、渡海紀三朗文部科学相は学習内容・時間を大幅に削減した現行の学習指導要領の影響を認めた。
 科学への興味、関心がOECD平均に比べて低いことも判明し、「理数離れ」の傾向も鮮明になった。



「生きる力」も育っていない OECD調査順位下降(産経4日)

渡海文科相は授業時間、学習内容削減を進めた現行の学習指導要領に課題があったと言及しているが、東京理科大の沢田利夫教授(日本数学教育学会名誉会長)も「調査のたびに落ちていくのは、ゆとり教育で授業時間が減った影響であることが明らかだ。期間が長引くほどさらに低下するだろう」と、指摘する。


早稲田大の中島博名誉教授は、「大切なのは子供がじっくり答えを導き出す時間的な余裕をつくってあげることだ」として、内容の増加を疑問視する。



日本「お家芸」理数系で順位転落、OECD学力調査で判明(読売5日)

3回目の今回、日本は、すでに2位から6位に転落したことが明らかになっている「科学的応用力」に加え、「数学的応用力」が6位から10位へ、「読解力」も14位から15位へと全分野で順位を下げた。今回の対象は、詰め込み教育からの脱却を狙った「ゆとり教育」で育った世代で、日本が最も得意としてきた理数系で世界のトップレベルから転落したことは、今年度末に改定予定の次期学習指導要領に影響を与えそうだ。

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就活コンパスのイベント準備や反省会をする中で、メンバーと、「就活用語がなんとなくで使われすぎだよね」って話をしていた。言葉の背景が共有されているか確認しないまま、... …
2007/12/08 23:43  負けまいとする心でしょう!
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