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怒涛の日々
2011/03/31(Thu)
いや~。なんだかわからないけれど、忙しかったなあ。 なんだろう。 今日も予定を入れたのですが、今の時間までは少しゆっくりしてみました。

 息子の学校はとうとう始業式まで休みになりました。長い春休みでクラブなしです。すっかり退屈しています。
家に私がいないので、寝放題の毎日を過ごしているようで、またもや背が伸びたのではないかと思います。
 寝る子は伸びるのです。
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いろいろな考え
2011/03/20(Sun)
 昨日、首都圏に住む仲の良い友人から電話がかかってきて、「食料品などを関西の実家に送ってもらおうとおもう。必要なものがあれば一緒に頼もうか?」と言って下さった。「家にもまだストックはあるんだけれど、家族が心配症で」とのこと。 私はショックをうけてしまって、うまく返事ができなかった。

 というのも、買い急ぎ自体をしないように地震以降過ごしていたからなのだ。オイルショックの時代のトイレットペーパーは人災以外のなにものでもないと何度もテレビでも言われていたように、ひとりひとりがいつも購入する量の二倍を購入しただけで、半数の人には品物がいきわたらなくなる。 トイレットペーパーを日ごろはストックなしで過ごしている人が、2つストックしただけで、その量は3分の1になる。 買えなかった人は不安になり、次に買いだめる。その連鎖が雪だるまのように膨らんでいくことを食い止めるための役に立ちたいと思っていたからだ。

 確かにスーパーでは食パンや卵、それからカップめん、米などが品薄だ。普通に買いに行くと棚に商品がない。 でも、少しずつ商品は戻ってきているようだし、手に入らないわけではない。

 たまたま、我が家の生活スタイルも良かったとおもう。 日々の買い物が思うように出来ないので、宅配食材で週に一回の注文をして、トイレットペーパーやティッシュペーパーは ネット注文でストックする生活だった。
 おまけに、たまたまだけれど、地震直前に米が安かったので、5キロの袋を2つ購入していた。 さらに、あまり購入しないカップ焼きそばをなにげなく1箱購入した直後だった。 といっても焼きそばは家族で食べると3回分しかないのだけれど、それでも随分と心強かった。 

 とはいえ、食べざかりの息子がいるので、米もあっという間になくなる。今注文している米が品切れで、その頃にまだスーパーに米がなかったら 米に困ることになるのだろうとは思うのだけれど、本当に困ったら実家に頼んでみようと思っていた。

 さて、話を元に戻す。 なぜそんなにショックを受けたかと言うと、話が来たのが仲の良い友だちだったから、余計に、私と同じような気持ちで日々過ごしているだろうと思ってからだとおもう。 電話を終えてしばらくしてから、実家から送ってもらうのは、首都圏の流通にさほど影響を及ぼすわけでもないわけだから、そこまで深刻にとらえる必要はなかったのではないかとも思う。 また、友人も食料を自分たちだけでひとり占めしようとしているわけではないだろう。彼女の性格からしても、もし、今被災したら、きっと自分の持てるものを近所の人や困っている人に分け与えて一緒に乗り切ろうとするのだろうとおもうし、被災したときに、そういう人がいるから、助かるということもあるだろうとおもう。

 微妙な間で切れた電話のことを思い出しながら、あの時、さらりと 「ありがとう、うちは大丈夫。今度困ったときにお願いするわ。」と言えなかったことを後悔している。 次の電話がかけづらいなあ。
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家族無事です。
2011/03/13(Sun)
すごい地震でした。 私は勤務先で丁度日用品のストック数を調べに倉庫へひとりで行ったところでした。ゆらゆら揺れはじめてからその揺れが今まで経験したことがない強さだったこととに驚き、とっさにこの棚が倒れてきたら私は下敷きになってしまうと感じて、すぐに倉庫から出て、ドアを閉めて揺れがおさまるまで壁際の強度がありそうな位置で待ちましたが、その場に一人しかいなかったのでとっさに何をするべきかわからないような感じでした。

 揺れはどんどん大きくなるのではないかと思われ、ニュージーランドの地震などの様子が頭に浮かびました。このまま建物倒壊したらとにかく隙間のできるところにいなければと考えたのを覚えています。
少し地震がおさまってから居室方面へ移動しましたら、ご入居の方々は思ったよりも落ち着いていらっしゃるようでした。入社して間もなく防災の訓練もうけていないため、私が何を担当するべきかわからない。 とにかく、不安そうに立っていらっしゃる認知が重めのご入居者様をヘルパーさんへ誘導して、事務所に戻りました。

 当分受付付近の担当と、電話番を仰せつかったのですが、電話も全然かかってこない静かなひとりの時間がありました。息子のことが気になっていたので、とにかくメールを送ってみたところ、試験中だったため自宅にいた息子は怪我がなかったということがわかりました。 その後メールもつながらなくなりました。 夫はどうだろうと思いつつ、災害時用の電話に伝言を残そうと171に電話したところ、「ただいま電話が大変混み合っています」とのこと。 使えないじゃん! 電話は全く機能していませんでした。だから電話がかかってこなかったんだ!

部屋で只一人でただ待つとジリジリとしてきて、いてもたってもいられません。本当は一刻も早く帰りたいけれど、私の勤め先のようなところはそういうわけにもいかないんですね。その点では苦しい職場だと感じました。検索していて知ったyahoo携帯 の災害伝言掲示板に携帯から安否情報を書き込みました。

 勤務先では電車が止まったために夜勤の人が施設に来られない対応に追われていました。事務も帰れなくなる様子でしたが、外も暗くなって、メールが来て以来連絡が取れなくなった息子も心配で、少しでも早く帰りたいと思いました。 幸い勤務先は歩いて通勤できる距離なので、歩いて帰宅することにしましたが、気がはやりました。
少しブロックを越えたら一帯が真っ暗の地域に突入しました。もちろん街灯も家の灯りもついていないので道も真っ暗です。 気持ちがはやりました。
 道には、2,3人で固まって懐中電灯をもち電気のついている区域に移動している人たちが三々五々いました。


 うちが見える位置に帰宅しましたが、真っ暗。しーんとしています。声をかけると、居間から返事。居間では、家にある全ての懐中電灯を出し、そのうちいくつかをつけて、電池をその下に置いている息子がいました。最初はワンセグを見ていたのだそうですが、そのうちに携帯電池がなくなりそうになったので、電源を切って温存させ、ipodのラジオで情報を得ていたのだそうです。

 まだ外が明るいうちに、近所のコンビニに出かけて様子をみてきたとのことでした。

 アルミのついた携帯用毛布や、非常食をつめたリュックももっていました。
避難場所が決められているので、そこに人が集まっていたら移動しようとおもっていたけれど、まだ人が集まっていないからということでした。

 書いていたら思い出すのもつかれてきてしまった。(^^;) とにかく、今回予想外だったのが、停電! 停電になると、水も出ないし、電話も使えないし、ネットも使えないし。 それに携帯電話が使えないのは知っていたけれど、メールもほとんど使えない。

 有効に利用した方が良いと思ったのは、ワンセグ。携帯の補助電源。もしかすると、今利用者が増えているようなiPhoneの方が便利なのかもしれないとおもいました。(が、これは使っていないのでわからないです。また、今後利用者が増えたときにどうなるか? 今回の災害ダイヤルみたいに用をなさないこともありそうだし)

 日ごろから浴槽に水をためていたことや、お茶のペットボトル箱買いをしていたことはラッキーでした。

一度水を買いに出ましたが、外はすごかったです。真っ暗の中を続々と歩いている人人。皆食糧などを買いに行く人たちでした。 電気のついていないエリアではもう電池や携帯補助電源はすべて売り切れ。電気がついているエリアまで息子と遠出をしましたが、そちらでも全部売り切れていました。 多くの方は出来あいの食品を購入していらっしゃいました。 私と息子はあまり食欲がなく、買いませんでしたが、その後惣菜品ではなくて、食パンなどあっても困らないものを購入しておけばよかったと思いました。

家族全員がそろったのは夜11時頃。 無事だったことをよろこびました。
今朝はまだ日曜日。 でも一週間くらいたったようにも思います。 

なんだかまとまりのない日記になってしまいました。

今回、息子は学校で防災の訓練を受けていて、それが現実に使えるものであったということを確信したのだそうです。学校で習ったときには、「こんなの使えるのかなあ と思っていたのだけれど」と言っていました。 
 まだ13歳なのに、一人で真っ暗のなか 完璧と思えるほどの対応をしてくれていました。帰宅して私がやることはなにもありませんでした。 学校って勉強だけしにいっているんじゃないと思いました。 学校に感謝です。
それから、私が書きこんだ災害連絡掲示板を息子は見たのだとか。「お母さんは大丈夫だとわかって良かった。」
と言っていました。反対に私は息子が書きこむわけはないと思っていたので、息子の安否を心配しながらもそれを見ていませんでした。

 学校に残っていた子たちのなかには、学校に宿泊した子もいると 連絡が回ってきました。 学校の対応もしっかりしていて、これで次になにかあっても、学校にいるならば、ひとりでいるよりも安心できると感じました。

 電気が復旧して、(テレビはケーブルテレビだったので、復旧に時間がかかったのですが)テレビが復旧してつけてみると愕然としました。 にわかには信じられませんでした。信じたくありませんでした。

なんと書いて良いか、言葉がみつかりませんが、皆様に一日もはやく普通の生活が戻ってきますように。本当に大変ですが、気持ちをしっかりもって頑張ってほしいと思いながら報道番組を見ています。
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眉太っつ。
2011/03/02(Wed)
 最近息子も声が変わってきて、背も伸びたし、顔つきも変わってきました。
丸顔ぽちゃぽちゃでかわいらしい顔からぐんぐん変身中。
大きかった目も細めになってきたなあと思っていたのですが、先日散髪から帰ってきた息子を見てびっくり。
眉太っつ!!!

 そういえば顔の面積はさほど変化がないのに、鼻も高く(大きく)なってきたようだし、こうやってだんだん成長するんですねえ。

 一年前の息子と比較するともう別人のようだと思います。 どう見ても「小学生料金」ではバスや電車には乗れそうもなさそうだし。 昨年の今ごろは、名実ともに小学生料金だったんですよね。

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