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自分に甘すぎる または 詰めが甘い
2006/06/30(Fri)
 昨日は、朝からママ友が声をかけてくれたので、よそのお宅でビーズを作るという会に参加してきました。そういえば、声をかけていただいたときの失敗もあるのだけれど、それはまた別記事にしよう。

 ビーズのアクセサリーはあまりつけないし、欲しいものをキットで買って、我流で作って満足していたので、誘っていただいた当初は「皆で集まってビーズを作るってどういうことなんだろう?」と思ったのだけれど、誘ってくださった方はものすごくたくさんのビーズをストックしていて、それを好みにあわせてくみあわせてくれます。 出来上がり始めてみるとビーズだけを並べているよりもずっと素敵な出来栄えで「なるほど。そういうことだったのか」と納得しました。

 思ったよりも年が目にキテいることに気がつきました。一回糸を通したビーズの穴に違うルートで何回も糸を通さなければいけないところがあって、「やっぱりもう、ビーズはダメかも。そろそろめがねが必要かもなあ」なんて思ってしまった。(ToT)
そういえば、いままであまり複雑なデザインをつくっていなかったから、こんなにあちこちに通さなければならないデザインははじめてだったかもしれません。

 一緒に作っていたお母さん(顔見知りで何回か話したことがある程度)に「出来上がりがまったく想像できなかった。素敵な感じになってきたね」と言うと、 「陶芸の先生がおっしゃっていたけれど、作ってみたら自分が思ったのとは違っているけれど『ま、イイヤ』って思ってしまう人はうまくならないんですって」とのこと。 ああ、私のことだ。。。と思いました。

 それからしばらくして、私の作っていたものがやっと出来上がるからつなごうと思ったときに 3個ずつ小さなビーズ(シードビーズ)を通していたところが 1箇所だけ4個になっていることを発見しました。 内心もうくたくただったので、「自分が使うのだから、このままでいいかなー」と思い始めていました。「1箇所まちがっていたけれど、このままでいいかなあ」なんて言うと、主催のお母さんは「私だったらほどいてやり直すよ」とおっしゃったので、ハッとしました。 このツメの甘さ。「ま、いいか」としちゃうところが私の甘えであり、いけないところなんだなあと。 解きなおして作り直しました。

思っていたよりも時間がかかり、帰宅は息子が帰って来る時間ギリギリになりました。(お昼はお弁当を皆で食べた)

 いろいろな手芸をとりあえずしてみることはしてみているけれど、こういうツメが甘いので出来上がりが綺麗になりません。自分で持つ分には良いけれど、人に差し上げることができないと思う出来上がりになります。

 夕方遅くなってから、ネットをしていて、昨日の日記が私が思っていたことと違う意味にとれることに気づきました。丁度その最中に夫が帰宅しました。息子と約束があったので、たまたま早く帰宅したのです。「どうしたの、深刻な顔をして」と言われたのでいきさつを話すと、私の言葉遣いの適切でないところを指摘してくれました。 夫と結婚するまでは、私は自分では国語が得意で文章を書くのも好きだと思い込んでいたのですが、夫と話してみると自分がいかにいいかげんに言葉を選んでいるかというのを思い知らされます。 文章を書くことはキライではないので、昨日の長文も 頭で思いつくままにタラタラと書いてしまって「長くなってしまったなあ」と思うには思ったのですが、私が作る手芸品と同じで、細部まできちんと注意を払われた文章ではないと痛感しました。

 このいい加減な性格をヨシとしていままで長い間生きてきたわけです。これは自分に大変甘いことではないのかな。
気づいたのがかなり遅いわけですが、今からでも少しずつ直して行かなければならないなと思ったのでした。
 難しいのは、言葉というのは、人から指摘をうけるまではそれが適切でないとわかりにくいこと。でも気をつけていこうと思います。

 
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良く考えてみると
2006/06/29(Thu)
 自分の正直な気持ちはなんだろうと、問うてみるました。すごくダラダラ長く書いたけれども、本当に書きたかったのは 「もう、ホンネとタテマエをつかいこなさなしてつかれきってしまう、ぴーとてぃーのようなこととは縁を切りたい。自分の本当の気持ちに逆らって我慢して応対するのは嫌だ。」と書きたかったのだと思います。それが私のホンネだと思います。

で、このロバミミのことを書いたのは、そういうホンネをロバミミに書いてきたのに、いろいろな理由でかけなくなってきちゃったというストレスがあるということを愚痴りたかっただけなのかも。

 それにもっともらしい理由をつけてダラダラ長い文を書いたからいけなかったと思います。 

ごめんなさい。
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追記
2006/06/29(Thu)
 言葉足らずだったかもしれないので、取り急ぎ訂正をします。
息子がいろいろ話しかけてきてうまく考えがまとまらないので、あとでまた見直します。
「ホンネだけで生きていられたら楽」というのは、的確な表現ではないかもしれない。 「ホンネで生きられる世界だったらどんなにいいか」かもしれない。
いや、これでも適切ではないかもしれない。
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ホンネとタテマエ
2006/06/29(Thu)
 友達がホンネとタテマエのことを少し書いていた。本音と建前。ある。あるある。
 本音だけで生きていられれば、スゴーク楽チンなんだけれど、そうもいかないことは多い。本音と建前がある世界はと考えて一番先に思いつくのは、やっぱり会社かもしれない。私は割りと本音でしゃべっていたけれど。これは私が女性だからだろうとおもう。世間的にみるとかなり平等な会社だったとはおもうけれど、制度的に公明正大であったとしても、評価する側の心が公明正大・平等でないかぎりは、やっぱり女性はものすごく頑張って認められないと上に上がれないシステムだった。だからこそ、やるだけのことをやっているという自信と、結局は「辞めようとおもったら辞めるという選択肢もある」という「骨を埋めるしかない」人たちとはやっぱり違う心構えだったから、正しいと思ったことを臆せず言えたのだと思う。(あ、でも言う人は選んでいたな。。)

 今は会社は辞めてしまったけれど、今の環境で本音と建前を一番使わないといけないのは学校。 たとえば学校のことがヘンだと思っても、自分のひとことが子供のことにかかわってくる。少なくとも息子の在学中は良好な関係でいたい。だから言葉を選んで細心の注意で行動しているような気がする。自分の考えと全く反対の言葉が先方から出てきても、とりあえずこちらの意見は言わず、相手の言葉の根拠をいろいろと聞いてみることが多い。 私の思いをそのまま伝えることは、会社時代よりも少ないと思う。ただし、会社みたいに雇用関係はないからその点は楽かも。

 それから、本音とタテマエをものすごく使っているのはぴー。こちらは、だいぶ言いたいことは言うのだけれど、任期中はメンバーと仲良くやっていく必要があると思う。すくなくとも、喧嘩になったり空中分解してしまうと 自分のみならず子供たちや学校全体に問題がひろがってしまう。だから、いつもどうやれば良いかというのを考えているような気がする。
 たとえば、先日の懇親会のテーマは今後の懇親会のあり方というテーマだった。私の考えは以前ここにも書いたように、飲食・飲酒代として一人当たりの会費5000円をぴー会費から出して、相手の学校と話もせずに会が終わるというのはいただけないと思っている。コレが本音。 しかし、うちのトップは、ワンマンなタイプ。「各校の意見をまとめてください」という時間があったときに、最初に「よそはなんでそんなにカネが足りないのかわからない。うちは別にカネに困ってないから。」と言った。私は「最近、地域のぴーでも話題になったのですけれど、委員や役員をやっていらっしゃる方はお母さんが多いので、夜に子供を置いて長時間外に出るのが困る。出席できないとおっしゃる方も多いですよ」というと、「役員には男もいるし、お父さんは昼間出られないからやるとすると夜しかないんだよね。」と畳み掛けて言われたので、これは説得できないなと思った。ここ2年間は男性はいなかったんだし、今年も一人だし昼間okだということだし。と思ったのが本音。でも、深追いしてしまっても良い結果にならないことはわかっていたので、それ以上は意見を言わなかった。で、発表のときに望みをかけることにして、唯一の男性にお願いすることにした。実はうちのぴーのトップはなぜかこの男性には強いことを言わない。この男性は周りの状況を見て話をあわせるのがうまいことがここ数回の顔合わせでわかってきたので、彼がうまくやってくれることを期待したのだ。なにげなく「じゃ、発表は●さんお願いしますね。」とふったら トップは 「えーと。言うことをまとめると、うちの学校は お金は足りてるから。今の形式で問題ない。」と駄目押ししていた。 案の定、他の学校はすべて 「ムダなお金を飲食に使うのは良くない。いつもの形式だと学校ごとに意見交換もできないから今回の形式の方がよい」という意見だった。 さて、ラストはうちの学校。 男性はうまくお茶をにごして 「今回のような形式が一番綺麗な形だと思います。」とお金が足りているだのなんだのはカットして発表していた。

 この辺がやっぱり良くも悪くも処世術になるんだなあと思う。私の思いとトップの思いを真っ向からぶつけて喧嘩してもダメだと思ったときつい、からめ手を考えちゃうところ、会社で鍛えられた結果だと思うのだ。 よく、政治の世界でもつかわれてしまう既成の事実ってヤツでしょう。どんなに話し合っていたことと内容が違っても公で発表してしまったらソレが本当になるということ。

 で、会の解散直前に うちのトップは「みんな、帰るまえにチョット集まって」と集めて 「ナンダロ?」と思いながらあつまってみたら、「今回みたいにきちんと話し合う場はとても大切だから毎年2回しかやっていなかった集まりを秋にもう一回。今回と同じ形式で計画しよう」と言うことだった。結果的に、他の学校すべてが「無駄遣いはよくない」と思っているとわかったことで うちのトップも考えを変えたみたい。ほっとした。
 
 話してもムダという人って、生きていると何人か心当たりがあると思うのだけれど、話し合いをしてきちんとした形におさまるにははずせない条件というのがあって、 相手も自分も相手の意見を受け入れることができるということ。きちんと冷静に相手の意見を自分の意見と照らし合わせて評価できるということがないと話し合いは時間の無駄遣いに終わってしまう。
 人の考えを受け入れることができる人、いいかえると相手にむかって「そういわれてみるとそうだね」と心から言える人じゃないとムリ。そういう人とじゃないとムダにこちらの主張をしても喧嘩になってしまう。 そのあたりが ホンネとタテマエを使う必要が生じる原因だと思う。

 だから、家庭の中は私は日々、刻々とホンネで生活している。家族は私の考えを正当に評価してくれていると思うし、それから、私の言葉がつたなくてうまく表現できていない場合も、その言葉の表面を捉えて怒るのではなく、日ごろの私の考えから「こういいたいのではないか?」と指摘してくれる。だから家庭ではホンネで暮らせるんだとおもう。 あ、でも。
家庭では、相手の気持ちを思いやって言葉を選ぶことは多い。
 大切なことを伝えるときは相手の気持ちを考え、伝える手段や伝える時を考えるということはある。考えた結果の行動すべてがうまく行くわけではないけれど、考えている。

さて、ネット。私がネットにロバミミを書き始めたのが、2002年1月だ。その頃は勤めていたから会社のことを良く書いていた。会社にはネット環境が完備されていたけれど、皆仕事をしているので、検索で会社の人に日記を見つけられるということは無かった。だから、比較的日々ホンネをかけて快適だった。 良いはけ口になっていたと思う。
 ところが、最近はそうもいかなくなってきた。一昨年委員をやっていたときに 「pon2さんは日記のページをもっているんですね」と言われたことがきっかけ。さーっと血が引いた思いがした。「どうしてわかったの?」と聞くと検索していて私の日記にヒットしたのだそう。そうして、書いてある内容が日々刻々と私の身の回りに起こったできごとだったのでわかったみたい。その当時は言いたいことをそのまま書いていたので。 すぐにいくつかの日記を非表示にして対処したけれど、当分動揺した。

 日記に書く内容が非日常のことだったり、誰に知られても問題のないことだったら一向に構わないのだけれど、日ごろからタテマエを使う必要がある場のことについて、ホンネをここにのせて検索ヒットしてしまったら大変なことになる。
 かといって、ここロバミミは ホンネの部分を載せようとおもって作ったページだから。 この辺のジレンマはいつもある。 

 コミュニティを ソーシャルなコミュニティとプライベートなコミュニティ の二つにわけて、 たぶん、ソーシャルなコミュニティで付き合う人の人数や巾が多くなればなるほど、タテマエを使う必要が大きくなってくるように思う。つまり、私の性格や考えを知ってくれている人とそうでない人。利害関係のある人、ない人。

 今、私はぴーの役員やらなんやらをやった結果、かなりの範囲で知っている人に出会う。それが皆ソーシャルな知り合い。相手も私のことを良く知らないけれど、名前と顔と役職を知っている程度。私もそう。 そういう知り合いが多くなればなるほど、やっぱりタテマエというもので武装する必要がでてくるような気がする。

 一昨年 委員長をくじ引きで決めたときに 本人に連絡がとれず意思確認できなかったため、その場の了承のもと、再くじ引きしなおしたときのこと、数ヶ月して噂がまわりまわって私のところに戻ってきたときに「前の委員長のpon2さんが最初に決まった人に能力がないからということで、もう一回くじ引きをした」と伝わってきたときに、やっぱり自分が傷つかないためにもタテマエって必要! と実感したことも忘れられない。
 私の顔だけを知っている人の間で、私の行動が噂するに値するように変換されてプライベートの私に戻ってくる。噂している人たちは悪気があるわけではない。聞いたことを伝言ゲームしているだけ。内容が噂として人に話すに値する内容に変化していくだけのことだ。そうして私とプライベートな付き合いのない人たちの間に先入観も広がってゆく。

 また、離れた目でみてみると、私の考えは根底の部分は一本通ったことがあるつもりだし、基本的に誠実なつもりではあるのだけれど、こと、人に関しての印象は その人を知れば知るほど日々刻々と変わって行く。だから、昨年の今頃「この人ってサイテー」とおもっていても「いい人だ」と変わっていることも多い。反対に「感じのいい人だな」とおもっていても「そういう人だったんだね」と変わることも多い。 日記というのは日々刻々とつけているので、今現在の思いで書く。 一年前にサイテーと思っていても今現在 素晴らしい というのは 通してみると矛盾しているけれど、私の中ではこれはこれで 一貫しているつもりなんだ。

 長くなったけれど、もうひとつ追加。 思ったことをそのまま言う、言わないを切り分ける理由には二つあるように思った。
一つは自分の環境を自分にとって快適にするため。もう一つは相手をおもいやって相手を傷つけないため。

追記の追記
 ホンネをいえる人は信頼している人。きちんと話せる人だと認めている人かも。。
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鎌倉めぐり(後半)
2006/06/27(Tue)
 後半といいつつも、写真を探してみたらブッツリと撮っていないことに気がついて唖然!まず、最初に昨日upしていなかった写真から。
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これがイワタバコの岸壁です。全部コケだけのように見えますが、コケにおおわれてもいるけれど、イワタバコでも覆われているのです。


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こんな感じで壁一面がイワタバコでした。

裏の墓地、墓石が面白かったので写真にとりたいと思いました。でも法要をされている方もあり、「お墓はやっぱり写真にとっちゃだめだよね」と思いとどまりました。墓石というよりは「仏塔」と呼んだほうが良いような形でした。

さて、昨日の記事の続き。
北鎌倉から鎌倉方面までの山道のみやげ物やで、4連発のゴム銃を買ってもらって息子は大喜び。お店のおじさんに親切に使い方をおしえてもらって、何発か打たせてもらった息子です。
おもったよりもよく飛んで 一緒に見ていたpon1、pon2も 「おおぅ~」と感嘆してしまいました。

建長寺近辺までくると、鶴岡八幡宮もすぐです。鶴岡八幡宮の前の橋。以前来たときは渡った記憶があったのですが、今はもう渡れなくなっていました。
 つるつるの石の橋は、登りはさほどでもないのですが、くだりが滑りそうで怖かった記憶があります。行きはよいよい、帰りは怖いです。 息子が喜びそうだと思って期待していたのに残念でした。
 
境内にある神奈川県立近代美術館に行きたかったのですが、息子はすっかりお寺と神社に飽きてしまい、海に行きたくなってしまったようです。「美術館には行きたくない」と言われてしまいました。(どうして海があるとわかったのだろう。そういう話、したかな?)結局鶴岡八幡宮はほとんど素通り。

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携帯写真も「まだぁ~」とせかされながら。
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 裏から入って参道方面へ抜けました。参道には屋台がちらほら。息子はコンペイトウの量り売りを物色。私は銀杏を売っている屋台を発見。いままでぎんなんを売っているのを観たことがありません。つい、購入。
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 「殻は割っておきますか?」と聞かれたので、ギンナン割の道具で一個一個割っている姿を想像して「大変だなあ」とおもいつつも、でもちょっと食べてみたいから「はい」とお願いしたら、何のことはありませんでした。袋の上から平たいものをバンバンと打ち付けて万遍なくつぶしてできあがり。 ああ、なるほど。そうかそうか。 
 「塩はどうします?」「お願いします」というと 今度は食卓塩の瓶を袋の口につけてシャッカシャッカと何回も振って「はいどうぞ」と渡されました。
「ぎんなんの屋台ってはじめてみました。珍しいですね」と聞くと「ここの境内の大銀杏(おおいちょう)が有名だからね。でも、ここのイチョウは雄木だから実は本当はならないんだけれどね」とのこと。へえー。
 ちょっと食べながら歩くと、おいしくて何個も後を引きました。

 雲行きも怪しくなってきたので、海岸まで歩くよりも、電車に乗って行ったほうがよいかもということになり、鳥居を出てからみやげ物屋街を鎌倉方面に進みます。ここは本当に観光地という感じ。 途中漬物屋でくずきりを発見して購入。ついでにお漬物も買おうとして財布を出したら、しまった!お札は1000円しか入ってない。結局漬物は断念。店をでてからpon1に「お金入れてくるの忘れたー」というと「え。(また?と言いたかったとおもう)ちょっと貸しておこうか?」と言われ「いい。持っていると無駄遣いするかもしれないから」と断りました。 内心本当に欲しいものがあったときには貸してもらおうと思っていたりしたので~~~。

 鎌倉駅方面に道を曲がると天然石を売っている店がありました。まず息子が店内に。続いて私も店内に。最近はやりの天然石のブレスレットが並んでいます。 
アクアマリン
パワーストーンブレスレット水晶×ターコイズ(トルコ石)×ローズクォーツ
こんな感じのものです。たまーにしている人を見かけるけれど。あれって、おばあちゃんがやっている手首に巻くゴムの数珠みたいで そんなに欲しいと思っていなかったのに、観光地マジック! 突然ひとつ欲しくなってしまいました。 
十二支風水水晶腕輪:不動明王(酉)
こちらが手首に巻く数珠。

真剣に物色するのですが、改めて値札を見ると、けっこうします。大体5000~1万円超えるものもあるみたい。うーん欲しい。そういえば 夏の棒茄子の収穫があったので、小遣いもらったし、それで買おうかなあー。あ、お金忘れたんだった。pon1に借りようかなあ。などとかなり真剣に物色したのですが、後ろ髪を引かれながらもやっぱり思い直して店を出ました。

 さて、鎌倉駅から江ノ電にのるつもりで駅にいってまたビックリ。ホームから人があふれ出そうな感じです。まるで朝のラッシュ時に車両故障で電車が動かない時みたい。
 とにかく乗るしかない。と乗り込んだら あちこちで「イタイイタイ」とかなんとか声が聞こえるは どこか後ろの方(すごい混雑で身動きできない)で、まだちゃんとしゃべれない子供の泣き声はするわ。「あっちゅういよぉ~。あっちゅういよぉ~」と泣く声で「暑いよだって。ホントにねえ」と言葉に出ちゃった人の声でなんとなく皆同意したようなざわめきが聞こえて混んでいるながらも多少なごやかな雰囲気になりました。

 ドコで降りればよいのか。浜とつくから由比ガ浜か?と一瞬地図をみて、「長谷」に決定。気が向けば、大仏までいけるかもしれないしね。。。と思ったし、本当は鎌倉文学館もあるからーーーと誰にも言わずに心の中でほくそえんでいたのですが、長谷で降りてもすごい人。はぐれてしまいそうな原宿状態はまだまだ続いていました。 のんびりしっとりと鎌倉なんてとんでもない。

 雨がひどくなってきたのに、疲れてきたからか色々と文句が出始めた息子に「じゃあ。もう浜まで行かずに帰ろう!」とpon1が珍しく堪忍袋の緒がきれかけています。そうなってくると私の方が(え?ココまで来て帰るの?海はすぐそこなのに? 丁度雨がふりはじめてこんなに混んでいるのに?本気?)とビックリ。顔を見ると半分本気っぽい。さすがのpon1も疲れた模様。

 とりあえず海岸までいってみようとなんとなく持って言ったつもりで、家族で海岸まで。磯の香りを頼りに行きました。砂浜には海の家を作りかけているようなベニヤの家がいくつか遠くに見えました。 息子はご機嫌が戻り、靴を脱いで波打ち際で貝をひろったり。 そのうちに雨がひどくなってきたので戻ることにしました。

 結局鎌倉文学館なんてとんでもなかったなあ。。などと思いながら駅へ。 途中2件アクセサリーの店を見かけました。また近々ビーズでもやろうかと思っていたのでショーウインドウのネックレスデザインを見ながら「ああ、こんなのもいいな」と参考になってちょっとウキウキ。
 ほんの数分で駅まで戻れたので、5分程度でいける場所がいくつかある様子。「雨で帰る人たちが一段落してから帰ろうよ」と言っていたのですが、息子が「トイレに行きたい」と言い出して、あいにくトイレはホームにあります。 結局帰ることになりました。

 相変わらず電車はすごい混雑。それでも藤沢方面は若干空いているようなので、藤沢まで出て、息子が期待していた二階建て電車に乗って帰ることにしました。 普通席グリーンにときどき二階建てが着いているのです。

 そんなこんなで藤沢から二階建て電車に乗って帰宅の途につきました。 普通席グリーンなんて今まで乗ってみようと思いませんでした。乗ってみると快適。息子が二階建てに乗りたいといったから乗れたねえと、なんとなく家族全員が満足。
 果たして息子は鎌倉にもう一度行きたいというだろうか?と聞いてみると「鎌倉の人は優しい人ばかりだったのでもう一回いってみたい」と言いました。 誰がやさしかったの?と聞くとみやげ物屋のおじさんや、人力車のおじさんだそうです。
「それは商売だからねえー」と思いつつ話を聞いていたのですが、そういわれてみるとその二人は、仕事が好きで子供が好きで、お客としての息子に対しても、楽しみながらきちんと人対人として誠意を持って接してくれたように思いました。 やっぱり気持ちよい人たちだったな。。と息子に言われてあらためて思いました。


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逆切れスパム
2006/06/27(Tue)
 最近、各社のブログサービスが充実してきて、自分でブログツールを置くよりも借りたほうがいいかなあと思うようになってきた。 私の借りているページには MT(ムーバブルタイプ)というブログツール(?というのかな?)を置いていてそこにも記事を書いているのだけれど、MTというのは、海外からのスパムがかなり激しい。

 MT-Blacklistというのを入れてから本当に楽になった。ログを見るとだいたい1日に100件くらいスパムTBやらコメントやらがついていることもざらなので、ブラックリストさまさまだ。(注)諸事情があり、私の使っているMTは V2.6のままなので。

 ブラックリストを入れたのがいつだったか、それから随分たっていると思うのだけれど、最近、スパマーの中にも逆切れしているんじゃないかと思える人が多くなってきた。

 URL欄に入力されたのは google や msn のサイト。 文面はひどいものは意味をなさない文字列。たとえば jgyoak kaoiurak zyara qpoiufdzs こんな雰囲気のものもある。(今、こうやって 適当にキーボードをたたいたつもりだったけれど、なかなかランダムにたたけないことを発見。
gdfs というのを良く見かけるから、キーボード配列左手中央を順番に押しているだけかなあと思っていたけれど、もしかするとこれで言語や、同一人物からのスパムかどうか特定できたりして。。)

 試しに入れてみたのであれば、TBやコメントも1件で終わるはずが、この意味のないコメントや tbを 何十件単位で送ってくる。(以前は、1件だけ入力されてあきらめたようなものも多かった)たぶん、自分が送ったスパムが弾かれて悔しいから ブログ上の最近のトラックバック一覧を すべて スパムで埋め尽くすことで不満解消しているのかな。。逆切れかな。などと思ったりした。

 スパムを送ること自体、嫌がられていることだけれど、迷惑メールや勧誘電話と同じく、それによってたぶんなにかしら収入を得ているのであろう。そういう自分にとって何かをする目的があるとき、それができなかったとき、自分がやろうとしたことが悪いことだ、嫌がられることだとわかっていても、自分の目的(金銭を得る)が達せられなかったことに対しての不満を嫌がらせで晴らすというのはなんともショウモナイ性癖だなあと思う。
 まあ、スパムを送りつけたり、迷惑メールや電話をすることで収入を得ようとした時点ですでに良心というものを失っている状態なのだからしょうがないのかもしれないけれど。
 
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鎌倉は混んでいた
2006/06/26(Mon)
 土曜日は昼からうちのぴー主催で近隣各校の懇親会でした。私は司会進行担当。ちょっとしたハプニングはありましたが、好評に終わってよかったよかった。 午後からは何をしたか記憶が。。。ナイ。。(--;)ナニヲシタノダロウカ。 ナニモシナカッタノダロウカ。。。 まずいです。

 土曜の夜に、日曜は何をするんだろうと、pon1に「日曜はどこかに行く?」と聞くと息子に「どこに行こうか」と夫が尋ね、息子は「鎌倉に行きたい」と。。。 イヤ、鎌倉は遠いから、そこまで行くつもりはなかったんだけれど。。。と思ったのだけれど、成り行き上しょうがなくなって行って見ることにしました。一回午後から「鎌倉に行く」と言い出した息子に「遠いから午後からはムリ。行くのだったら午前中から行かないと」と言ってあきらめさせたことがあったので。

 で、「今日は日もそんなに照ってないし、散策日和だよ」というpon1に「それじゃあ、いくかなー」と返事をすると、 「それじゃあ」まで聞いたときに、次に続く言葉が「お父さんと息子で行って来て。私は留守番するから」と言い出すのではないかと緊張した。とpon1。 ヘヘヘ。最近それをやったばかりなので。(^^;)

 どうにか北鎌倉に着いたときの画像が昨日の画像です。いやービックリしました。ここは原宿か?と思いました。道全体が人で埋め尽くされています。昨日と同じ写真ですが。

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 しばし呆然とするpon家の面々。 とりあえず、どこかに行こう(あまりルートを決めずに行き当たりバッタリに来た)ということになり歩き始めたのですが、息子は人力車に乗りたかったよう。言い出せないでいるみたいだったので、「乗りたいの?」と聞くと「うん」だそうです。 それじゃあお母さんと息子が乗ったら?とpon1。丁度戻ってきたばかりの人力車の引き手さんに声をかけると「3人で大丈夫ですよ」とのこと。「この間も3人乗せましたから」と。なんとなく3人で載せていただくことにしましたが、重くて申し訳ない。。生まれて初めての人力車です。
 ニコニコと気持ちのよい引き手さんで、通り道の鎌倉案内をしてくださいました。初めて知ることも多くて乗ってよかったなあと思いつつも、ちょっとした坂道になると降りて歩きたくなります。乗り心地は良いけれど申し訳なさ過ぎて居心地がわるいという感じ。pon1と私がもう少し体重が少なければまだ気が楽だったのだけれど、若い頃からふたりとも10キロくらいは増えていると思うので。

 この土日は、鎌倉一番の人出だそうで、名月院は待ち行列がすごいとのこと。名月院のアジサイは青色一色にこだわったヒメアジサイだけだそうで、それはそれで見事だけれど、東慶寺も尼寺だからか、色々なアジサイが美しく植えられていてとても綺麗だとのこと。 裏には イワタバコが丁度見ごろだということで、こちらから回られてはいかが?というアドバイスで東慶寺へ行きました。
ガクアジサイ
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カシワバアジサイ
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 後ろ中央の暗いところに丸いものがいくつか見えると思います。ウメの実です。
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 もうそろそろ終わりかなという株もありましたが色とりどり、種類もいろいろで目をたのしませてくれました。
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キンシバイかな?

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ネジバナ。 「あ、ネジバナだ」と思って写真にとって、それからしばらくして通りすがりの女性が「あれが、たくさん咲いていたわよね。ホラ、ネジリクサ、ネジリソウ?」と言っているのをきいて「チガウー」と心の中で思ったのだけれど、肝心の「ネジバナ」という名前を思い出せずに ひとしれず「えーとネジクサ、ネジソウ 。。チガウチガウ。。」と。やっぱりトシかな?(--;)。一通り悩んでその後ふっと思い出しました。

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今の携帯の操作になれてなくて失敗。ボケボケ写真になっちゃった。これもたくさん咲いていました。名前なんでしたっけ。。

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 こちらも、花壇に咲いていました。「これって、ナンダッケー。カタログでも良く見るんだけれど、いままで買おうとおもってなかったんだよなあー」なんて思いながら写真をとっていたら、pon1が「それって、なんと言う花?」と聞くので 「うー。なんだっけー。ヒオウギじゃないしー」と煮え切らない返事。 ヒオウギという名前が突然頭に浮かんだのですが、結局思い出せずにそのまま。。。マズイ。確実に年齢は私を蝕んでいます。114025062006.jpg

あら、ドクダミねーと通り過ぎそうになって、あれれ?八重だ!と写真撮影。
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イワタバコは、裏山の苔むした断崖に一面に咲いていました。
なるほど。こういうところに咲くんだ。あれ?断崖の写真がない?と思ったら夫のカメラを借りて撮ったのでした。後で写真を捜して見ます。 
それよりも裏はお墓。変わった形のお墓や洞窟状になったお墓などがたくさんあり、そこにもイワタバコがあちらこちらの壁にくっついていました。 このお寺を見ることができてよかったなあ。人力車に乗ってよかったなあとおもいつつ、「お腹が空いた」という息子にせきたてられて入り口方面に戻ることにしました。

 帰宅後知ったことですが、ここがあの有名な「縁切り寺」だったのですね。 家族で縁切り寺に行ってしまいました。
悪い縁は家族そろって切ったと思うことにしよう。

とりあえず、みつけた店で食事をとりました。けんちん汁がついた定食にしようかと迷ったのですが、あまり入らないような気がしたので、普通の定食。息子はきつねうどん(別の名前がついていました)。鎌倉ビールを飲んで昼食終わり。おかずが精進系のものばかりだったので、思ったよりも食べられました。おいしかった。

例のごとく、携帯カードを忘れてきた私の写真は以降とても少なくなります。その代わりに夫のカメラを拝借して多少とりました。

その後、建長寺方面へ。建長寺は入らず、ほぼ向かいの円応寺へ。閻魔寺です。閻魔様を見てこようということで、入りました。中は狭いのですが、閻魔像含め多くの像があり、死んだ後の説明がしてありました。7日ごとに像になっている仏様にあって、生きてきたうえで犯した罪を罪の種類ごとに裁かれるのだとか。たとえば「殺生の罪」とかそういうものごとに裁かれるのだそうです。 三途の川あたりからずっと迫力のある像があり、昔の人はコレを見てさぞ「ああ、まじめに生きないと」と思ったことだろうなあなどと思いました。残念ながら閻魔様はじめ像はすべて撮影禁止。
さばかれる詳細が書いてあるページがありました。こちら あの閻魔さまは、重要文化財だということだったのですが、なんと運慶作といわれているんですか。。知らなかったー。
と、次にヒットしたのはこちらのページ。頭部のみが当初のものなのだということのようですね。

建長寺と比べて目立たないお寺で、素通りしている人も多かったのですが、こちらは見ることができてよかった。息子にもかなり印象に残ったみたいです。

長くなったので一旦upします。後半は写真少ないです。
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鎌倉
2006/06/25(Sun)
20060625113311
鎌倉
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信じすぎるのは怖いね
2006/06/24(Sat)
 昨日のダヴィンチコード、月並みだけれど信じすぎるのは怖いねえというのが一番の感想。 シラス(サイラス?)が怖かった~。 ’良いこと’なのか ’悪いこと’なのか 自分の中に価値判断を持たず、他人からの評価を求めることが妄信につながっているように思った。

 さて、サッカーも終わり。私はあまりスポーツが好きでないし、詳しくない。夏場に「おdaibaどっとこむ」とかなんとか(検索対策実施中)とかなんとか、いろいろテレビで取り上げといて、「暇だからデートで行ってみるか」という人たちでどんどん混むお台場というように、純粋にサッカーが好きと言う人たちもいたんだろうけれど、「お祭り」「デートの口実」「流行」くらいの感覚で騒いでいた人も多いのではないかと思う。 でも、まあ、息子もサッカークラブに一時入っていたことだし、pon1はスポーツを見たりするので一緒に見ることも増えた。以下、まったくのスポーツ音痴が書くことなので、検索でいらした方は「知らないヤツが書いていることだ」と認識したうえで、私の日記など相手にしないで欲しい。

 そういう熱があまり入らない姿勢なので、もちろん夜遅くまで起きて応援するということは全くなく、「眠くなったら寝る。」「どこのチームでも、やってる試合を見る。」という
調子。日本の試合は一回も見ていなかったのだけれど、ブラジル戦は息子が録画しておいてくれというので、録画した。
 
 サッカーを見て面白いと思うのは、すばらしいプレーを見たりできること。昨年チケットをもらったのでJリーグの試合を観たのだけれど、選手に気合が入ってなくて「これぞJリーグ」というようなすばらしいプレーはあまり見られず、想像していたよりもだらだら団子という試合展開だったので、内心「息子たちの試合みたいじゃん」とおもいつつ観た。 ワールドカップともなるとやはりレベルが高いので、私のように何も知らない人間が見ていても「ウマイ!」と思うプレーがある。ブラジルは思わず「うまいねえー」とリプレイして見るプレーもたくさんあって面白かった。 
 子供の試合とこういうプロ中のプロの試合を比べても「勝つチーム」「負けるチーム」のプレーの共通点があって面白い。
 意外だったのは、日本チームも私が頭で思っていたよりも良い試合をしていたこと。実力差があるのは、周知のことだったけれど、良く守っていたと思う。 ただ、連携プレー(っていうのかな?)が全くダメダメ。誰かが切り込んで走っても、ブラジルは2重3重にボールを持っている人間が手を選べるように チームメイトが走るのに比べて 日本は疲れて動けないのか 誰もついていかない。それじゃあ、ドコにもボールが渡せないじゃないかということも多かった。 パスも荒い。ブラジルは相手の足元には吸い込まれるようにパスが続くのに、日本は素人がパスをしているかのようにあさっての方向に落ちる。 また、遠距離からでも鋭いシュートが決まるブラジルに対して、 ゴール前でモゴモゴしているプレーが目立って、これが実力差というものなんだろうなあと観た。

 4対1と聞き「以外に点差がひらかなかったな」とは思ったものの実際の試合をみてみると、川口の健闘が目立っていた。選手としては微妙な年齢になっていると思うけれど、うまいなあと思いながら観た。

 割と面白かったのは、ブラジルの ロナウド。今年は精彩を欠いているという評判だったとpon1が言っていたけれど、本当に 走れてないし、ピカリと光るプレーがない。体も重たそうだった。ところが、今回の試合。なぜか丁度良い場所に立っているところにボールが来たというような 日本側も「ウソッツ」と唖然とするような点を2点も入れていた。
 一回はポコンとヘディングして。二回目はパスを受けてクルリと振り向いたら’ゴールがら空き’みたいな漁夫の利的な印象。彼は2点も入れたけれど「すごいなあ」というよりは「ラッキー」というようなちょっととぼけた感じ。これが彼の持ち味なのかどうかは、サッカー初心者の私にはわからない。

 あと一人プレーを見てみたい人がいる。サッカーを知らない人も知っている「ベッカム’さま’」だ。ワールドカップが終わるまでに、イングランド戦を一回録画してみたいと思っている。
 
 先日紹介した質問サイトにサッカーが終わったあとアンケートがあった。 こちら
「マスコミがうるさいなあ」「日本を持ち上げすぎ」と思っていただけに
’マスコミ騒ぎすぎでむかついた。ようやく落ち着く。’が択一で2割もいたのが面白かった。 

 ’日本が勝つと思っていた。負けてとても残念。’というのはどういういことで勝つと思っていたのだろう。「勝って欲しいと思っていた」という選択肢がないからのことだろうか。
もし、冷静で中立なデータや判断なしに「勝って欲しい」を「勝つ」という風にすりかえていく思考なのであれば、妄信につながっていると私は思うのだけれど。 先日書いた 「車がたくさん通って欲しいから止まっている車まで数えちゃう」みたいな心理に陥ってないか。と思ったりした。 また、連日放送されるマスコミの「勝つぞ」コメント。どう見ても試合展開は押されているのにアナウンサーが「日本も互角に戦っているように思いますがどうですか」なんてコメンテーターに話しかけ、コメンテーターが言葉に窮しているような場面があったように記憶しているけれど、そういうマスコミからの情報を鵜呑みにしちゃっている場合も、とても危ないぞ!これも妄信だ。と思ったのであった。(自分の目でみなきゃね)


 
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ダヴィンチ・コード デート
2006/06/24(Sat)
 久々に夫と二人で映画でも見に行くかということになり、ダビンチコードを見に行ってきました。予告編のモナリザは関係なかったのね。ま、それはそれで「このシーン見た!」と一番の見せ場に既視感がないのは良かったけれど。

 主演のトム・ハンクス 私は○ 「こういう役もできるんだ。。」
夫は×「別の人の方がよかったけれど、話題が話題なだけにこの人の選択か?」と。

 しかーし。この映画、最初からバレバレで、ことごとく映画の筋が予測できてしまう。 「こいつ、アヤシイ!」とにらんだ人が皆そういうことで、結果もオチも見ている途中にわかっちゃった。 本で読んだほうが面白かったかも。

 これだけテンション下がっちゃったのも、やっぱりNHKのネタバレがあったからこそかもなあ。テレビニュースでネタバレは辞めて欲しいなあ。番組だったらあえて見ないという選択肢があると思うのだけれど、ニュースだったら「そこまでネタバレはさせないでしょう」という意識があるもの。
(謎はあれだけじゃない、あれは発端だという意見もあるかもしれないけれど、すべてはそれから始まる物語だから。。)

 それ以来あまり前提知識をつけないようにしていたので、俳優陣「へえーこの人も出てるんだー」のような有名人がゾロゾロでした。 その割には主要人物たちとその他大勢という感じは否めない感じでした。

 
 
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はじめてのアルバイト
2006/06/22(Thu)
 昨日は朝から2箇所出かけるところがあって、帰宅して昼食を食べる間もなく、アルバイトに出かけました。待ち合わせに間に合いそうも無いのでパンをかじり、牛乳を飲んで出発です。
 息子をせかしながら、途中で郵便局で用事をすませようとしていたためにいそいだのですが、思ったよりもいろいろ早く終わってしまい、待ち合わせの時間よりも20分近く早く着いてしまいました。
 
 相手が15分遅れてきたので、30分以上待つことに。でも、待たせるよりも待っているほうが余裕があって気楽ですね。

 アルバイトは、お菓子会社の市場調査?です。息子の年代の子供たちを集めて、子供だけしかいない場でお菓子についていろいろ意見を聞くのだそう。 その間、親は時間をつぶして待つことになります。息子には「お菓子食べ放題かもよ」と言って連れて行ったのに、蓋をあけてみると ラムネだけだった。(--;)とちょっとガッカリしていました。 でも、「図書券をもらった」とホクホクもしていました。 「息子がもらった図書券だから好きなことに使ったら?」というと マンガを買うのだそう。 交通費支給、付き添いの母にも日当が出ます。(しかし1人で行くところを2人で山分けにしたので その分はお茶代やらお土産代で使ってしまいました(^^;))

 「自分が稼いだ」なんて息子は誇らしげ。早速目当てのマンガを買った後もまだ残金があることを喜んでいました。お小遣い以外にそういう経験をするのもたまにはいいのかもしれないなあなどと思いました。
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ちゃんと調べてから言えよ!
2006/06/21(Wed)
 下のコメントで地域の長老の話がでて、記憶に新しいものが「ソウダヨソウダヨ」とでてきてしまいました。

一昨日 ちいききょういくうんちゃらかんちゃら に出たときに、60~70歳くらいの男性(現役時代は教育に携わる職業だったと自分から”演説”の最中に言った)が、なにかあるごとに いちいち「それではダメだ」「あれではダメだ」と手を上げて意見して、結局会議の3分の一はその人が演説していたような状態。要点をまとめていえば3分もかからない話なのだけれど、なんせ話が長い。一旦はなしはじめると、説教になって10分は話し終わりません。「いつ終わるかいつ終わるか」「要点をまとめて簡潔に述べてくれ」と心のなかで待っていたのですが、本人は毎回「長くしゃべりすぎました」で終わる。 「本当に長かったと反省しているのかなあ?」状態。

 あ、前置きが長くなりすぎました。 (^^;)ゞ

 ま、そういう人が言うことには 「中学生の二人乗り、自転車通学が認められていない子が学校近くまで自転車に乗ってきて放置する自転車が目立つが、小学生も 学校から直接自転車に乗って帰っているのか、どうなのか わからない子が目立つ」とのこと。

 「うーん。小学生の場合は、帰宅してから乗っているんじゃないのかしら?学校帰りだったら、ランドセルを背負っているはずだし。」「小学生の二人乗りというのも見かけたことがないけれどなあ」とおもいつつ、自分が知っているわけではないので、とりあえずその場は言われるがままに保留にして持ち帰りました。

 さて、昨日は ちいきあんぜんうんちゃらかんちゃらという別めんばーの打ち合わせです。パトロールをしてくださっている校区内の町内会の方々が集まりました。 念のため「私が見ている限りでは、スピードを出して危険と思うことはあっても、ちいききょういく~で指摘されたようなことは観たことがありません。パトロール中に小学生でそのようなことをごらんになったことがありますか?」とたずねてみると、 地域の方々は口をそろえて、笑いながら 「いや~。小学生は帰宅してからですよ。二人乗りもみたことがありません。」と皆さんおっしゃってました。

 やっぱりソウだよー。 オヤジさん、何でもかんでもそんな風に否定的にみてないか? 気になるんだったら「一旦家に帰ったの?」ときいてみればわかったはずなのに、憶測で文句いうくらいだったら、町内会の方々のようにパトロールして 直接言葉を交わしてみてはどうだね?

なんて、心の中で思ったのでした。 次回の打ち合わせのときに、言葉を選んで伝えようと思います。(このひとも怒るかな?)

以下余談ーーーーー

その後、クラス保護者の懇親会。こちらはとても楽しく過ごすことができました。大笑いして、時間をオーバーするくらい話し込みました。
やっぱり こういう肩のこらない集まりの方はストレス解消になります。

 夕方、息子が友達の家に行くというので、以前からそこのお母さんが「アロエが欲しい」とおっしゃっていたこともありうちの株分けしたアロエを3種類ばかり押し付けプレゼントに行ってきました。
こちらでは、ちょっと失言してしまって、ちょっと気になって。(--;)
ま、しょうがないです。(pon1がきいたら「またpon2はー!」と言うだろうなあ。(--;)そうなんです。失敗。

いつもお世話になっているし、自分の家で今使ってないし、鉢を減らそうと思っているけれど、デザインがかわいらしいし、ほとんど使っていない新しい鉢だから使ってもらえたらと思って入れていった鉢だったのです。
先方が「こんなかわいい鉢なのに、いいのーいいの?」と おっしゃったので、「いいのよ。」と言っていたのですが、「わるいよー」とおっしゃって (気を使わせては悪い)と思ったその瞬間思ってもいないことが口からでてしまって 「捨てようとおもっていたのだからいいの」と。(もっと他にいいようがあるだろうに(ToT))  言った後から(どんなに綺麗な鉢でも、捨てようとおもっていたものだからあげるって言われて、相手の人は絶対気分が悪いよな~。なんてことが口からでてしまったのだろう。。。)と。しばし落ち込み。。 相手の人はすごく性格の良い人なのでその後もちゃんと話が続いていたのですが、帰宅してからも、口から出たその言葉に後悔後悔。 それに、捨てようなんて思っていなかったのに。 「もううちでは使う予定がないので、使ってもらえたら嬉しい」とどうしていえなかったのだろう。 相手の方がお返しなんていう気を使われないように 何かいいたいと思っただけなのにー。

 一度言ったことは取り返せないです。 あー。なんて失言。

今日は息子たちをつれて、そのお母さんとちょっとしたアルバイトにでかけます。

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自分の目で見る(一人歩きするマスコミ報道)
2006/06/20(Tue)
 昨日は、地域きょういくうんちゃらかんちゃら(検索対策実施中)の会合でした。 地域の子育てが終わった方々中心に、各学校からは校長、担当教諭、それから私のような保護者世代も出席します。

 冒頭で議長が 朝食も提供、食育の試みという新聞記事を一言紹介されました。 

引用されたのは

全国の小中学生約1万1000人を対象に実施した調査では、小学生の15%、中学生の20%が「朝食を週に2、3日以上食べないことがある」と答えた。


子供たちの生活が夜型になっているということを説明し、「私たちが子どもの頃とは違う」というようなニュアンスで説明をうけました。

 集まった方々からは、驚きの声もあがっていましたし、もちろん私も驚きました。「日に3度しか食べない食事のうち2回を学校で済ませるなんて!」「食事という意味はご飯を食べるということもあるけれど、家族で顔を合わせて食べると言う意味も大きい。それなのに給食に踏み切るとは!」という思いもあり驚いたのです。 

(帰宅してあらためて記事を読んでみると 全給食ではなく必要がある子にのみ提供ということで、それなりに納得しました。)

 しかし、この報道を子育てが終わった世代が鵜呑みにしてもらってはちょっと違います。息子が通う学校では「食育」をテーマに何年も活動していて、その結果を一昨年聞きました。それによると、息子が通う小学校では、一般報道のように、肥満や小児糖尿病の子はほとんど見られない。また、朝食ぬきで登校する子はまれであり、各学年に1人か2人程度だという調査結果でした。つまり、教育や子供の健康について考慮している保護者が多いのだと思います。

 上で紹介したような報道がマスコミからあると、皆驚き「最近のお母さんは」とまた十把ひとからげで実体も知らずに思い込むことが多いと思います。 そこで、学校での調査結果をご紹介したのだけれど、なんとなく議長は「浮かぬ顔」 後から気がつきました。自分が紹介したことを否定されたと思われたのかもしれません。 

でも、昨日の話ではありませんが、自分の目でみることが大切。皆から「良い人よぉ~」という評判のひとがそうでなかった経験なら誰にでもあるのではないでしょうか。同じように、報道は報道「なるほど。そういうこともあるのか」とアンテナを高くすることは大切だけれど、周りを自分の目で見ずに、それをすっぽりと自分の身の回りに当てはめてしまうのは早計だとおもいます。

 そうそう。昨日のcyoの件。それを読んだpon1は 「cho以外にあり得ない」と。 私は「だってcho は カランコエ(Kalanchoe)の choだよ。 choは コ にしか読めないよぉ~~。」と戦いました。 我が家でも cyo派とcho派がいたのでした。「因みに ツはどう打つ?」と、pon1が聞くので 「ツは tsu だよー」と答えました。pon1は「なるほど。でも、ツをtsuで打つと3ストローク必要だから、自分はtuで打っているよ」とのこと。なるほど。。。と納得したのですが、今朝、キーボードを打ってみて気がついた。私もtuで打ってました。。。ありゃりゃ。自分のことさえわかってない。。(--;)

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意外や意外
2006/06/19(Mon)
 ときどき見ている 質問サイトのアンケート結果をみて、私の予想と違ったこと二つ。

例えば貯金の「ちょ」を入力する時、どんなローマ字入力しますか??「CYO」「CHO」「TYO」一番よく使うのはどれですか?

 私は cyokin だから cyoだなあ。圧倒的多数で cyoだろう。それ以外は 「アリエナーイ!」と思っていたのに、結果をみてビックリ。
はてなhttp://q.hatena.ne.jp/1150671716
 ひえー tyoが多いんだ。。。。(--;) おまけに cyoで入れる人は 全体の7%だ。。。すごい少数派。びっくり。

昨日の時点での 
今日の「日本×クロアチア」戦はどうなる?

はてなhttp://q.hatena.ne.jp/1150614028 テレビの報道の加熱ぶりを見ても「日本勝つぞ」と言う人が大多数であろうと予測していたのだけれど、意外に冷静な人が多いのにビックリ。

 昨今のスポーツ関係の報道については、マスコミの盛り上げようにウンザリしていたし、他国のチームのサッカーを見ていても、すばらしいプレー(これを見られただけでも、ワールドカップを観た意味があったというほど、さすがプロというプレー)があって、「コリャ、日本は勝たないでしょう」と冷めてみていた我が家としては、勝ち目がないと思うのが少数派だと思っていたのに多数派になっていてビックリ。

 ふと思い出したのが先日の子供たちの町探検のボランティア。 交通量の多いところと少ないところに気づかせるためだろう、一定時間を計って行き来する車の台数を数えるというのがあった。 丁度私は交通量の少ないところを担当。

 すると、子供たちの中には、駐車中の車を勘定にいれるわ、はるかかなたから見えている車を勘定にいれる子もいるわの子もいれば、自分の前を通ったものだけをカウントして「これでいいんだよ」という子もいて データのばらつきが激しい。  先生がいらしたときに聞くと 本来は動いている車のみ、自分の前を通ったものをカウントという決まりになっていたはずとのこと。 

 子供たちにとってみれば、たしかに数えるという作業は楽しくて、たくさん車が通った方が楽しい。 子供たちの心の中には「もっとたくさん車が通ればいいなあ」というのがあったのだろう。でも、「もっとたくさん車が通ればいいなあ」とおもっても、たとえ自分の予想とはずれても、現実をきっちりと見ることが必要。それが科学的な目だ。

 分析を仕事にする人のなかにも、自分の都合の良いデータをあつめて結果として出すということがあるようだけれど、それは自制心が足りない。真の科学的な目じゃないということだ。
 予測が外れていたら外れていたで、それをきちんと直視して「どうしてはずれたのか」というところを見ないとね。
自分が望んだ結果自分が予測した結果ばかりが起こるわけではない。
 
 そんなことを思い出しながら、上の二つのアンケート結果にはちょっと驚いたのでした。
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自己中造成社会
2006/06/19(Mon)
 さて、昨日ダラダラしたというのは先ほど記事に書いたのだけれど、ダラダラしながら読んだのが
蒲生邸事件
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宮部 みゆき

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 裏表紙で「SF」とあったので期待はさほどしていなかった。でも、予想を裏切って面白かった。 日本SF大賞をとっただけのことはあるな。。と思った。 ちょっとネタバレしてしまうけれど、以下その本の話です。

 この本で、ものすごく大きな印象を与えるものが「歴史」。歴史に対して多少の変更を加えようとしても大きな流れは変えられない。結局つじつまを合わせて歴史は流れたい方向に流れていくという話を読んで、常々「自然」に対して人の力の及ばなさを感じていると同様に「たしかに歴史というものもそうかもしれない」と ふと思った。

 たとえば、最近の世の流れ。皆がそれがだたしいと思っているわけではないはずなのに流れ始めたその流れを変えることができないもどかしさを思った。しかし、まったく歴史に太刀打ちできないわけではない。最後の最後、確かに大筋では変えられないけれど、小さなことは変わっている。そういう救いがあるところが宮部みゆきの本の好きなところかもしれない。

 絵本には「納得のいく結末」が必要という説があるらしいけれど、虚構の話であるならば、大人の本でも読み終わった後に底なしの奈落に突き落とされるしかない結末よりも、一縷の望みがある結末の方がやっぱり好きだ。

さて、その物語の本筋以外のところの話だ。舞台は昭和11年2月26日。2・2・6事件のあったその日を中心に展開される。
 現代から昭和11年にタイムトラベルした主人公は当時の社会を現代人の目で見る。

 仕事の多い時代だったろうなと、孝史は考えた。もちろん、選り好みはできないから大変だろうけれど、それでも、働くことの意味が、孝史のいる「現代」よりも、もっとずっとずっと素朴ではっきりしていただろう。煙草1箱でも、人の手を介さねば買うことのできない時代には、煙草一個を打って釣り銭を受け取ることにも、それにふさわしいだけの重みがあったのだ。


 
 というところを読んで、なるほどと現代を振り返った。煙草は自動販売機で買える時代。人と話すということはそれなりに相手の気持ちを慮る必要があるということ。そういう煩わしさを考えるとボタン一つを押せばコロリと煙草が出てくる自動販売機は本当に楽チンだ。時候の挨拶もしなくて良いし、不機嫌ならば不機嫌なまま買えばよい。
 そういう時代になったから、煙草を売るという仕事も「自動販売機ごときにできる仕事」になりさがってしまった。 自動販売機の代わりなので、買いに来る人も売り手とコンタクトを取ろうとしない。煙草名だけつげてお金を放り投げる人もいるだろう。 売る方も売るほうで、余計なことをしゃべらずに煙草を差し出せばよい。下手に話しかけると「鬱陶しい」と思われてしまうかもしれない。 人と人との意思疎通ができない世の中になってきているなと改めて思った。

 というのも、先日講習会で「なるほど」と思ったことがあった。昔の風呂というものについて

昔の風呂は、自分が炊いて入ると言うことができない。炊き手がいて、良い湯加減になったというところで 「お風呂をどうぞ」と言う。そこで、「いえいえ、私が最初ではなく貴方最初にお入りなさい」というお互いの思いやりがある。そうして、入ったら入ったで 炊き手は「どうかしら、ぬるくないかしら」と入っている人のことを思いやる。 入っている人は入っている人で、「外で炊いてもらうのは寒くないかしら。少しぬるいけれど我慢しようかしら」と相手のことを思いやる。そうして 風呂を出た後は「次の人がぬるくないかしら」と次の人のことまで考える。 家族の中で風呂一つ入るだけでそれだけ人のことを考える世の中だった。



 と。なるほど。今は、ピ!と追い炊きをいれておけばいつでも快適温度で入ることができるから自分のことさえ考えていればよい世の中だ。
 
便利さを追求していったために、常日頃からいつも人のことを考えて生きていた世の中から、現在は自分のことさえ考えていれば良い世の中になりつつある。 そうして、人の気持ちを考えずに済む世の中になりつつある。 だから、そういう環境で育ってきた人は自己中になっていくのかもしれない。

 他人とのかかわりというのは、煩わしいものであるけれども、反対にかかわりがあるからこそ得るものも多いものだ。
 私はあまり、社交的ではないけれど、直接・間接含めて人と関わってこそはじめてわかることは多い。 煩わしい、面倒なものも結局は自分のためになっているということなのだろう。

 便利になりすぎて、人同士のかかわりが薄れてきた世の中だからこそ、人とのかかわりを見直してみる必要があるのではないかと思ったのだった。
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父の日なのに
2006/06/19(Mon)
 土曜の昼頃になって退屈した息子が「鎌倉に行きたい」などと言い出して、天気は良くないしいまひとつ「よっしゃ!行くか」という気持ちになれないわたしは つい息子の気をそぐようなことを言ってみた。(先週は天気がよくてあじさいを見に行きたかったので「鎌倉へ行こうか」と誘ったくせに(^^;)ゞ)
 「かまくらって、お寺しかないよ。それに今から行ったらもう遅いよ、行くんだったら朝から行かないと」 息子は「えーだったら嫌だ」。という経緯で、pon1とキャッチボールをした息子。

 日曜は朝から「ランドマークタワーに行く。中華街にいって、シーバスにのる」と具体的な提案になった。しかし。。。体が重くて行きたくない。「ごめん!お父さんと二人で行ってきて。お母さんは留守番しているから」と提案。pon1は最後の最後まで「お母さんも行かないの?」と誘ってくれたけれど、とてつもなくだるくて「今日は一日ダラダラしたい」という気分だったので、父の日にもかかわらず息子と二人で出かけてもらう。 いや、父の日だから、息子と二人っきりの時間をプレゼントした。。と言い換えておこう。(^^;)

 ひさびさの一人っきりの時間。楽しかったー。pon1は「息子が帰って来るまでに眠い日は寝ればいいのに」というのだけれど、平日は意外と気が休まらないのはどうしてだろう。もちろん、連日ぴー関係の予定が入っているというのもあるけれど、予定が入ってない日は、ぴー関係で出かけた日の分のちらかった部屋を元に戻すので精一杯だし、洗濯して掃除してなんやかやしているともう2時3時になるので、息子が帰って来る。
その後は息子の時間の管理をこちらでしなければいけないから休まらないのかもしれないなあ。
 私は時間の管理が下手なので、自分の時間の管理もかなり精神力をつかわないとできない。それに息子の分の時間管理が追加されて、彼はさっぱり時間に無頓着なので<親譲り(ToT) 私の方で彼の時間を切り盛りする必要がある。息子が帰ってから夫が帰るまでが割りと神経を使う時間だ。遊ばせて、時間通りに帰宅させ、宿題やらせて、習い事をさせる。 最近力尽きて、夫が帰るまでに夕飯が作れてないことも多々ある。 帰宅してから作ることも多いので夕飯時間が遅くなる。悪循環だ。

 昨日、BSで ナニー911(リンク先は別の意味で面白い話だった)というのをやっていた。子供たちに自分で自分のことをやらせない。そのため家事が手にあまり、結局家がめちゃくちゃに散らかっている。夫や子供がじぶんなりに片付けたのをみて「コレジャダメだわ。私だったらきちんと片付けられる」という母親に 「だって、あなた、現時点できちんと片付けてないじゃん!」とテレビのこっちがわでやじりながらも、内心(これって、私のこと?)と思ったりしていた。息子の時間管理。彼にやらせるようにしたほうがいいのかもしれない。
 
 話を元に戻して、夫に息子をたのんだ一日、久々に超スーパー怠惰な生活をした。一日中ゴロゴロベッドで本を読んだり転寝したり。時間を全く気にせずにすごした。 途中で全く連絡がないので心配になって夫に電話。元気にあちこち回っているらしいことを知り、再び安心して自分の心の赴くままに好きなことをしてすごした。もちろん家事はサボった。
 いやー。極楽だった。体の中によどんでいた疲れがすっきり取れた。 たまにはこういう時間って必要なんだよね。

 父の日だったけれど、延期された母の日をいただいたような一日だった。
 
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久々の園芸(とはいえ自分の家ではないが)
2006/06/16(Fri)
 今日は久々に外的なスケジュールが無い日。主婦として外に出るべき用事はあるかもしれないけれど、「雨が激しくて出たくないなあ」と本当に久々に自分の出不精の気持ちをそのままに満足させることができそうな久々の開放気分の朝です。

 昨日は学校のフラワーボックスの植え替えにでかけました。春に植えた植物がもうそろそろダメになってきたので、植え替えたいとずっと思っていたのだけれど、時間がとれなかったのです。近所の園芸店に集合して、植物を物色。 管理が楽なもの、安いものを中心に選びました。
 ブルーサルビア(サルビア・ファリナセア)マリーゴールドの苗が学校にあるとのことだったので、黄色と紫の対比が綺麗ではないかということと、ケース売りの苗があったので。
来年まで持つようだったら、べつの場所に植え替えてもいいな。
 ポーチュラカ 学校では水やりが行き届かない可能性があるので、植えっぱなしでも夏場咲き続ける花が良いと思い。それに、ポーチュラカは茎を切って挿しておくだけで増殖可能なので。(^^;)ゞ 節約節約。(見慣れた花なので面白味がないのですけれどね)
 ローズマリー(立ち性のもの)高さが欲しくて購入。香りを確かめられる植物があっても良いと思ったため。コニファーだと飽きがくるのも早い。コニファーは大きくなったらなったでまた処分に困るから。(あちこちに打ち捨てられて枯れ枯れになったコニファーをよく見かける)
 ツンベルギア メンバーの一目ぼれで購入。アフリカンサンセットという夏にピッタリのネーミングの茶色味を帯びた渋い色彩。(学校花壇にはなかなかない色なのでオシャレ)
 クレマチス ザ・プレジデント クレマチスは前々から学校にあっても良いと思っていたもの。ただ、水切れして枯らすかもしれないという心配があるが、何事もチャレンジだ!
 びっくりグミ 大きな実がなっていて子供たちが喜ぶのではないかと思い購入。これだけは地植えにした。大きく育って子供たちが食べて楽しめるようになっておくれ。
 
 という買い物でした。ツンベルギアは以前種をまいたことがあるけれどうまく芽が出なかった経験がある。10年近く前かも。帰宅してから検索してみたら、移植を嫌うとのこと。たまたま私は植えなかったので、根鉢を崩してない様子だったからよかったけれど、私がやっていたらもしかしたら根鉢をくずしていたかもしれず。危ない危ない。

 その他強健種は私が植えたところは根鉢を崩して植えた。(クレマチスは根っこはそーっと植えた)

水遣り。。。->フラワーボックスの水はけが極端に悪いことを発見。やった水があっという間に水溜りになる。これが春のパンジー苗の根ぐされにつながっていたんじゃないかと思った。水抜きの穴があるんだろうか? 土はたしかに重めの土だった。 これでサルビアが心配になる。過湿に弱そうだし。

 その後、お花の詳細をお絵かきして解散。こういう活動は良い気分転換になる。

 園芸カタログから秋の注文を少し選びたいと思って持っていったので、食事を一緒にすることにした。が、カタログは思ったよりも皆さん興味がなさそうだったのでガッカリ。
 「こんな花があるんだ!」と食い入るように見ていた自分と同じテンションだと思っちゃいけないんだね。

 そういえば、お花が珍しいか珍しくないかは、ある程度お花に興味をもっていないとわからないものかもしれない。 以前オフで一緒になった方は趣味で自宅に”超珍しい植物”ばかりをそろえていたら、ご家族が普通種をみて「こんな植物があるんだ!珍しい!」と驚かれていたという話を思い出した。人間全て自分の経験が基準です。

 マリーゴールドが植えられていたということだったので、苗は控えめに購入したけれど、思ったよりも植え付け場所が多くて苗が不足気味。ちょっとショボイ感じになりました。もう少し育って来てくれたら少しは変わるかも。

 なんといっても学校は植えるところは山ほどあるので、予算の面で考える必要はあるけれど、宿根草を少しずつ増やして楽しい庭にしていきたいなあと思いました。

 食事をしたとき、「春の植物を選びましょう」と話したら、一緒に行った方から「春ならスイセンやクロッカスがいいわよ」と言われて、つい頭の中に、「もっと色々あるからえらぼうよー」という気持ちが芽生えてしまって、「スイセンは学校にあったよ。クロッカスは、ほとんどなかったから買い足したほうがいいかもしれないね」なんて言ってしまったことを後悔。 どうして「スイセン。良いねー。どんな種類が植えたい?」と言わなかったのだろう。相手の方が、気分を害されてなければいいけれど。(ごめんなさい<とここで謝ってもごらんになってないんですけれどね。反対に検索ヒットしないように検索対策しようかなーなどと思ったりしているところです) 
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おそるべきおもらい体質
2006/06/15(Thu)
 学校やらなんやらに関わって予算とやらに関わるようになると、「ナンカヘンダゾ」と思うことに多々出会う。

 会社勤めの頃にも、「予算を人よりも多くとりつけた者がえらい」という風潮はあったし「たくさん金かけた方が(たとえ内容はショボくても)エライ」と、やったことよりも使った金の額で仕事を測られるようなこともあった。 ○○さんは△円のプロジェクトを担当している。。とかね。 まあ、考えようによっては、「借金も財産のうち」というのと似ているというか、それだけの金を預けてもらえる仕事というのはそれだけ人物に信用があるし、期待度も高いものだということで、ある程度その人物の信頼度と相関関係はあるかもしれないけれども、信頼度=仕事の出来栄えと比例するとは限らないところがミソ。
 何の役に立つのかわからない仕事に 多額の予算がつくこともアリなのでした。

 でも、これは会社の話。 会社だったら会社の金。無駄になろうがなんになろうが、会社が全体的に運営できて利益が上がっていればそりゃもう個人の給料への反映があるとかないとかそういう面での不満があったとしても、それほど干渉するべきことではないかもしれないと思ったりもする今日この頃ですが。。。。

 これが、公の話となってくると、ちぃと「こんなことでイイノカナ」と思うのです。そうして、最近そういうことだらけで、「世の中おもらい体質ばっかりで嫌になっちゃう」

■その1
 私は学校では、今年地域関係のある担当をやっています。地域の方々と打ち合わせを持っていろいろな企画をやらねばならないわけなのです。それにぴーの方の予算も多少ついています。 先日その集いのリーダー格の人から電話がありました。
 「明日は打ち合わせの日ですよね。一昨年から 打ち合わせのときには お茶とお茶菓子をそちらの予算から準備してくださっていたのだけれど、こちらにも市の予算がついているのでそちらで出してもらうばかりというのも悪い気がして。でも、お茶菓子がないのも寂しい気がするし。そちらもついている予算は使い切った方が良いのでしょう?」
(ハァ?)
 お茶とお茶菓子。これって、会議に必要なものなのかな?お茶は喉がかれるから必要かもしれないけれど、お菓子は会社でも食べないよ。
 おまけに、「予算は使い切った方が良い?」 ぴーの人から集めた予算が会議のお菓子になっているって、正しい使い方なんだろうか。 
 「予算といってもぴーの方々から集めたお金ですし。ぴー会費は今安全対策などでいくらあっても足りない状態です。使い切らなくても次年度に繰り越せるので」と申し上げて、今年は市の予算からだしてもらうことにしたのですが、どうやらお菓子を食べたいと思っていたのはその人だけだったようで、打ち合わせの席でお菓子を食べたのは電話の主だけ。持ってきたお茶菓子はほとんど皆さん手をつけずに帰りました。
 でも、市でついた予算がお茶菓子になっているんですよね。

■その2
 ぴーの予算です。ぴーには懇親会と位置づけられるものがいくつかあります。特に他校との懇親会の会費はぴー会費から捻出されます。一回5~6千円の会費×参加人数。
 たしかに、他校との懇親に「自分のお金を払ってまで参加する」というのはちょっと嫌だなと思う人も多いだろうし、懇親は必要だから、しょうがないのかもしれない。
 でも、5千円は高すぎるから身内の懇親会だけでも、会費を下げませんか?という提案が他校からあって、「そうだよね」と私も思いました。 ところが、会長はプリプリ。 だって、年間5万円以上は確実に宴会費に消えるなんて、ヘン。
 でも、「只酒が飲めるから」といのがぴーをやっている理由だったりする人もいるらしいのです。うーん。
 「そういうメリットでもないと誰もやらないよこんなこと」と言う説も確かにそうかもしれない。ぴーだけじゃなくて、町内会も一部の人が参加する懇親会で使う金額が一番大きかったりするし。。。 そういうもんかな。

■その3
 学校というのは、市からの予算で動きます。教育費というのは思うようになかなか確保できないものみたいで、市からの予算をいかに確保するかというのが学校の一つの課題みたい。(これは傍から見ていてだけれど)
でも、その体質が身にしみついてしまったら。特にお金を確保するところには躍起になるけれど、使い道まできちんと検証しているかどうか?
 今回は異例のことで、ぴー会費から学校教育への補助費を10万円以上上乗せしました。 それの使い道ははっきりと決まっていないうちに、学校での催しに3万円必要になりました。すると、教頭から「3万円必要なので、ぴー会費から捻出してほしい」とのこと。 ぴー会費は、ぴー会員数×月会費×月数で収入が決まっています。 打出の小槌じゃありません。
 「今年学校へ増額したうん万円のなかから払っていただくわけにはいかないのですか?」とお聞きすると「それとこれとは使い道が違いますから」とのこと。
 いくらでも引き出せる金づるになったような気がしました。
 
人の金だからってムダに使っていること、意外に多いのではないかと思います。 そういうのが国にも言えると思う。「予算をきっちり消化しないと来年予算がつかないから」というのもよく聞く言葉だけれど、やらなくても良いことを毎年毎年やるんだったら、予算は削るべきなんじゃないのかな。
 使う人が「もらった金」という意識でやっている限りはムダはなくならない。もっと全体のことを考えて 必要なところに使える使い方を考えていくべきなんじゃないだろうかと、意外に世の中にはびこっている「おもらい体質」に驚き、要らないものは使わないようにして、本当に必要なところに配分するべきなんじゃない?と つくづく思うのでした。 
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紙を使いすぎる
2006/06/14(Wed)
 最近、息子はトイレに行ったときに紙を使いすぎて、先日もトイレを詰まらせそうになった。
 その時に教えたにも関わらず、また今度も。水がむくむくと上の方まで来て 「うひゃー」あわや!というところでどうにか助かったけれど、しっかりつまりかけている。
 んもー。(><)... 

 またもやトイレ指導だわー。(--;) それ以前に詰まりを解消しないと。。。(--;)
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うわ~。むっちゃハラタツワ~
2006/06/14(Wed)
 んーと。いろいろ「こんなことじゃイカン」と思うことはあるのですが、忙殺されてまして、喉もと過ぎてすっかり忘れてしまっている感があります。とりあえず予算について、かける日に書こう<というのは私の備忘のための記載。

 さて、昨日は区のピーにいってきて最後のお勤めを果たしたのですが、今日は朝から 図書のボ(検索対策実行中) にでかけていました。 午後からは参観があるので、また出かけます。
 
 その図書のボに出かけたときに、学校で私が担当している安全対策の腕章を買いたいとおっしゃる方がいらっしゃったのでお渡しすることにしました。 実費500円いただいています。
 そこで、現物をとりに行ったのですが、その場所は校長先生管轄の場所。校長先生にお会いしようと、校長室をノックし、返事がないので、のぞいたところ校長先生が不在でした。 教務主任の先生はいらっしゃるかと職員室に「失礼します」と入ってみたけれどいらっしゃらない。 「困ったなあ」と戻ろうとしたときに教頭先生とすれ違いました。
 「こんにちは」とすれ違って教頭先生(女性)は すぐ横のドアの向こうに入っていかれました。 校長先生管轄の場所に預けたときに 「不在のときは教頭や、教務主任に声をかけてもらえばいいから」とお聞きしていたので、そのドアをノックして外から 「教頭先生」とお声をおかけしたのですが、聞こえていない様子。少しドアを開け、あくまでもドアの外から「教頭先生」と声をかけると なかから 教頭先生がでていらっしゃいました。 そこは何の表示も無い部屋ですが、更衣室だということは私は知っていました。入ったばかりなので、まだ着替え始めてないと判断したのです。

 ところが、出てきた教頭はプンプンと、「ここは更衣室なんで勝手に入らないで欲しいんですよね」とおっしゃる。
 (いや、入ってないって。。。だから外からかけたんだって。。。) 
 それに、更衣室だという表示も出ていないため、それを言うなら「更衣室です入らないでください」とでも表示しておくべきでしょう。私は知っていたから入りませんでしたが、倉庫だと思った人はもっと大胆に入る可能性があります。

んなことを頭で思いながらも、まあ、そんなことで怒ってもしょうがないので、「○○に置いてある腕章を取りたいのですが、よろしいでしょうか?」と申し上げました。すると「そこには勝手にはいらないでほしいんですよね」とおっしゃるのです。

 「いえ、ですから、教頭先生にお声をかけたんですが? 校長先生はいらっしゃらないようだし、職員室に教務主任の先生もいらっしゃらなかったので」と申し上げたところ、「だいたい、コレをどうしてぴーの棚に置かないんですか?」と。 それで、「前に教務主任の先生と校長先生にご相談して 1つ500円するものだから、鍵のかかる場所ということで、こちらに置くようにといわれたのですが?」というと、「ここじゃないとダメなんですか?」とおっしゃるので、「いえべつに、ここはどうかと言われたのでここにおいているだけで、べつの場所でも結構ですが?」 「たとえば職員室の あそこなんかじゃダメなんですか?」と切り口上でおっしゃる。「どこでも結構です。管理できるところだったら」と申し上げると、「だいたい、職員室にも勝手にはいってもらっちゃ困るんです」なんておっしゃる。
 「ハァ?」 「いえ、職員室に入るときには、いつも外からお声をおかけして、用向きを伝えてから入るようにしていますよね?勝手に入るなどということはなかったと思いますが?」というと 突然、プンプンとした態度で 「じゃあ、さっきのところでかまいません。とつんけんと自分が持ち出していた腕章を もったまま元の場所にいれてしまいました」

 狐につままれるとはこのこと、どうも、私以外の人のことで腹がたっていたものを八つ当たりされたとしか思えません。
 でも、身に覚えのないことで、プンプンと怒り散らされる身になってみると むちゃくちゃ腹のたつもんだなあーと思ったのでした。 

 あーここに書いてストレス解消! です。

■追記
 先ほど学校から電話が入りました。教頭先生からで、「今日はどうもすみませんでした」とのこと。 オトナですし、個人的に教頭先生の人物像をあれこれ思うことはあっても、仕事で鍛えられておりますからぴーの仕事にその気持ちを影響させることはありません。 プライベートの感情と仕事はきっちりと線を引いてあたっているつもりです。 理不尽なことにも割りと慣れているので、この件はあやまっていただかなくとも不問にするつもりでした。(なんで、電話をいただいたんだろう?まさかこのゴメンナサイだけのため?アリエナーイ!)といぶかしく思っておりましたら、しっかりと 別件で「○○についてどうしたらいいでしょう?誰に聞けばわかるでしょう?」というオマケつきでした。いえ、オマケというより本題はこちらでした。
 私は仕事はきっちりやろうと日々心がけています。それに意地悪ではありませんからちゃんと お教えしましたyo. この件は水に流すことにしまーす。
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やっと一つ終わりました
2006/06/13(Tue)
区のぴーの担当業務が今日でやっと終わりました。
5月から、あたらしい担当業務をやりつつ 前の担当業務をやるというのがつらかったー(ToT)。
 実質ふたつとも請け負っていると同じような感じだもの。

いやー。つらかった。 まだまだ今年 ほかのものがあるのが(--;)ですが、来年の今頃は自由を謳歌しているんだぞっ! と。
 そこを夢見て生きるのさ。
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やっと DS Liteを手に入れる
2006/06/12(Mon)
 先日「無いよぉーぅ」と書いたDS Lite、意外に簡単に手に入りました。
 pon1が 「最近だったら、土曜の朝トイザラス開店時に並ぶと手に入る。電話で確認したら入荷予定も教えてくれる」と情報を仕入れてきてくれたのです。

 早速近所のトイザラスに電話してみたら、「200台入るので、開店時にいらしていただくと必ずとは申し上げられませんが、大丈夫だと思います」というお返事をいただきました。
息子が欲しいのは紺色です。人気がありそうなので、色までは思い通りにはいかないかもしれないなあと思いながらも、土曜の朝、pon1と息子は並ぶことにしました。

 最近は手に入れやすいという話だったので、そんなに早くからならばなくても良いと思っていたのですが、息子は待ちきれずに8時になると「もう並びに行く」と言い出しました。結局9時過ぎまで待たせて出発。着いたのは9時半頃でした。(私は家で留守番)。楽勝だとはいえ、すでに50人くらいは並んでいたとのこと。さて、10時の開店直後、無事に紺色のDSを手に入れることができたという電話が入りました。

よかったよかった。

 自分で並んで手に入れたDSは嬉しかったようで、早速使ってみたり、それを持って外にでかけていったりしていました。
 息子が欲しいと思っていたソフトがあまりなかったそうで、ソフト面では残念だったみたいだけれど、大満足だったみたいです。

 次の日、朝起きたと思ったらら走ってDSの存在を確認している息子。あまりにも嬉しくて夢にDSが出てきたのだそうです。起きてみたら全部夢だったかと思ったのだそう。(^^)
 
 そういえば、先日はベッドからドシンと落ちたのでビックリしたら、「たぬきを追いかけている夢をみた」と楽しそうに言っていました。(たぬき! 野生の狸はみたことがないんですけれどね。とても楽しそう)楽しい夢をたくさん見た話は、傍から聞いても嬉しいものですね。
 
 おさわがせいたしました。m(__)m
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自分ではわからないもの
2006/06/11(Sun)
 木曜の夕方に息子の友達から電話があって、金曜に美術館に一緒にいかない?と誘っていただいた。 ん?どういうこと?とお母さんに代わってもらったら、息子さんとほかの子供さんが遊ぶ約束をしたけれど、天気予報が雨なので、家の中でじんわりと遊ぶよりも、前々から行きたいと思っていた美術館へ行くから、一緒にどう?というお誘い。
 息子は友達と一緒と聞いて二つ返事で「行きたい」ということだったのだけれど、私の方はご存知のようにへたり気味だったので、「どうしよう?」と迷う。 ココのところ忙しかったので、相手の息子さんをうちに呼ぶことも少なくてほとんど向こうのお宅に呼んでいただくばかりだったのに、「子供だけつれてって」と頼むのが「子守しといて」ということにつながるんじゃないかと思うし、反対に、車を出してくれるのは先方なので子供しか誘われてないのに、「私も連れてけ」とずうずうしく行くということになるかもしれない。 さあ?どっち?

 先方は優しい方で、先日蕁麻疹が出たことを知っているから(その日にお宅にお誘いいただいていたので)、大丈夫なの?無理しなくていいよ。といってくださったのだけれど、とにかく、ここのところお世話になりっぱなしだから、という気持ちを伝えて結局一緒に行くことになった。

 企画展は、実は連休明けに行ったものと同じ内容だった。岡本太郎の絵の中で悪夢のように気持ち悪いものがたくさんあったことを思い出した。

 金曜日。息子は帰宅してからもわくわくと落ち着かない。
電話がかかってきて、もうひと家族をさそって、うちの前まで迎えに来てくれた。 子供たちはおおはしゃぎ。
 世間話をしながら、美術館前の公園についたら、5月のはじめに来たときにはまだ咲いていなかった菖蒲が雨のなか。咲きそろっていた。

 とても綺麗だった。「ああ、綺麗だな」と思った瞬間「来てよかった」と思った。 いずれあやめかかきつばた。
 ハナショウブ、アヤメ、カキツバタの見分け方は何度も聞いたのに、いまだに 何が何だったかわからない。
誘ってくれた人が「大抵咲いているのはショウブだというよ」というので、んじゃ「ショウブ」「菖蒲池と書いてあるし」「でもアヤメも菖蒲って書くんだよねー。」なんてだらだらとしゃべりながら美術館を目指した。

途中、タイサンボクの花が咲いていた。「タイサンボクの花は良い香がするらしいのだけれど、いつも上の方で咲いているからきちんとかいだことがないんだー」と私がいうと、上を見上げる3人。 「でも、ほのかにいい香りがするみたい」ともう一人のお母さんが言って、「そう?」と返事をした私。そういわれてみると、うちのリトルジェムと似た香が漂っているような気もした。 なんだか自分がほめられたような嬉しい気持ちになって小道を歩くと、テイカカズラや、カラタネオガタマが見かけられた。カラタネオガタマは咲き始め。 この季節は良い香の花が多く咲くんだなあなどと思いながら進んだ。

 美術館について、中に入った。二度目の鑑賞だけれど、不思議なことに気がついた。前に来たときは 「悪夢のようだ」と思った絵があまり怖くない。なんとなくそのまま受け入れられそうな気持ちになってきた。 もちろん、苦手なものと好きなものはあるけれど。
 誘ってくださったお母さんは、美大を出ている人なので、そういう知識のある人と一緒に来ると美術館の楽しみは二倍に増える。 前に来たときよりもずっと空いていて、思う存分ゆっくりと展示を楽しむことができた。

 楽しかった。

ミュージアムショップもお客がいなかったのでゆっくりできた。岡本太郎は 「ヘンなおじさん」という印象が強かったのだけれど、たくさんの本も残している。
 あいしてる という絵本をパラパラと手にとった。

あいしてる―岡本太郎の絵本
あいしてる―岡本太郎の絵本岡本 太郎 舟崎 克彦

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 絵も文もとてもよいと思ったのだけれど、絵は岡本太郎の絵を使っているけれど、文はその絵を選択した舟崎 克彦さんがつけたものだということで、本来の太郎の絵とは違う解釈(そういうものがあってよいとおもうけれど)もあると思ったので、購入しないことにした。 息子用ではなくて買うんだったら自分用になると思ったので。

 「丁度、昨日ラジオでこの本がいいっていってたのよ」と一緒に行ったおかあさんが言うのでふと見ると
強く生きる言葉
強く生きる言葉岡本 太郎 岡本 敏子

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こちらは、短い言葉が集められたものだった。

パラパラとめくると、

人生とは他人を負かすなんてケチくさい卑小なものじゃない。


など、ひきつけられる言葉がいくつか目にとまった。

 基本的に私は 「支え」や「心のよりどころ」を、自分が心酔するある人物や架空の人だけに持つというのは好きではないから、「たしかにそうだよね」と思う言葉が載っていても、日々これを開こうとおもうほどこの本が必要になるだろうか?と考えて、もし欲しかったら帰ってからまた書店で買えばいいや。と購入はしなかった。 でも、岡本太郎は、「只のヘンなオジサン」ではなくて、彼なりに彼の哲学があったんだなあとあらためて感じた。

美術館を出てから、駐車場方面へ向かう道で、クチナシに蕾がついているのを見た。 ああ、これからまた良い香りの花が咲くんだな。と思いながら通り過ぎた。 子供たちはカタツムリを見つけて大騒ぎしていた。

 もう少し時間があったので、隣の科学館に入った。子供たちは展示品を見て回っている間、お母さんたちとまた世間話。
こちらも面白い話ばかりで、たくさん笑った。

 帰宅したら、なんとなく少し心が晴れていた。 

pon1に、「前見たときには、気持ち悪い悪夢みたいな絵だと思ったのだけれど、今日はそうでもない感じだったよ。絵をみるときの精神状態で絵は随分と違って見えるみたい」と、夜報告したら、 pon1は「前に行ったときは火事からすぐだったからなあ。」といった。
 そうだった。火事の後最初の外出がここだったんだ。

火事のことが自分にそんなに影響しているということは気づいていなかった。いろいろあったけれど、こうやって、気づかないうちに少しずつ自分をとりもどしつつあるんだなと、絵をものさしにして、ちょっと自分を客観的に見ることができたことも嬉しかった。

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自主的?にマインドコントロール
2006/06/09(Fri)
 先日、近所の知り合いの息子さん(2年生)が工事中の足場から落ちて頭蓋骨骨折した。 大変な出来事だったけれど、不幸中の幸いで、怪我はうまくなおりつつあって、2週間で退院できるのだそう。もう元気にしているとのことでほっとした。

 事故があったという話は、蕁麻疹が出始めたときに、重苦しい雰囲気の学校の部屋に呼ばれて突然聞いた。そのときは本当に驚いてしまった。蕁麻疹はストレスなども原因になるとのこと。もしかして、あそこまでひどくなってしまったのは、寒気や動悸がするほど驚いてしまったからではないかと後から思ったりもした。 でも、蕁麻疹はもう治ったし、私はわすれっぽいので、もうどれくらい痒かったか思い出せなくなった。蕁麻疹がひどくなろうと軽かろうともう済んだこと、原因などはどうでも良い。

 その子のお母さんが心配だったので、火曜の朝話を聞きに行った。お母さんは前向きに元気だった。事故の詳細や、今どんな風に思っているかなどいろいろと聞いて帰ってきた。突然会いに行った私の行動を本当に喜んでくださった。行ってよかったな。。と思った。

 その日の夜。私は悪夢で目が覚めた。息子が私の目の前で交通事故に会うという夢だった。車の下側に息子がいる状態で轢かれているかどうかわからない。夢の中に出てきた男性が両手でちゃぶ台をひっくり返すように一人で軽々と車を裏返して石の下にいる生き物を探すようにどけてくれたら、下には息子と大人の男性がいて、息子は目をつぶっていた。 心臓がドキドキして、「意識があるだろうか」と思い、必死で呼びかけていたら息子が目をぼんやりとひらきかけて 「ああ、良かった意識があるようだ」と思ったときに自分の声で目が覚めた。
 夢でよかった。

 さめてから気づいてみたら、状況はちがいこそすれ、事故のお話ととてもよく似ていた。私の心配が夢になってしまったんだと思った。

ここまでは、まあ、ありそうな話だと思う。

 ここのところ、先日どこかの書評でみつけた「買い物おバカ日記」という本を読んでいる。カード負債をかかえて失職してしまった人の話(本人が書いた話で、彼女はネット上にその内容を公開し、自分への募金をつのることで借金を返したのだそう)
 借りてきて読み始めて 「ちょっと合わないな」とおもいつつも、飛ばし読みをしていた。 彼女の問題点は 今自分がいくらお金を持っているか、これからどれくらいお金が入ってくるか、ということをいつも考えていないこと。 欲しいものを迷ったら、高いほうを買うこと。などなど。 よみながら、ハラハラして心臓に悪い。私からすると彼女の行動が理解できない。クレジットで払うお金の算段もついていないのに、毎月美容院に行ったり、脱毛に通ったり、ネイルサロンに通ったり、スポーツジムの個人トレーナーを頼んだりするのだ。そうして雪だるまのようにあっという間に負債がかさんでいったのが前半。

 眠くなってきたので寝ようと思い、ふと日用品がもうすぐ切れることに気がついた。「そうだ。そろそろ買いに行かないと」と思った次の瞬間「お金がなかったんだ。どうしよう」と考えて、「あ、違った! お金がないのは今読んでいた本の彼女のことだった」と安心したのは、自分でも マズイと思った。信じられない!

 昔オウム(今アレフ?)という宗教があって、マインドコントロールという言葉が有名になった。 
 寝かせなかったり、荒行をやらせて人間を精神的にも肉体的にも追い詰めた状況にするのだそうだ。そういう状態でなにかをインプットすると、するりとその考えがその人に吸収されるしくみだと聞いた。

 本の内容まで自分のこととしそうになった私、もしや、マインドコントロール並に結構疲れてないかな?
たしかに、昨日は午前中は実習のお手伝いに出かけ、お昼帰宅してご飯を食べてからすぐに打ち合わせにでかけて、その出かけた先が ちょっと癖のある年配のオバサマがしきっている オバサマたちの集まりでかなり精神力をつかってしまったし。(気に入られるとかわいがってもらえそうだし、皆さん優しそうなんだけれど、どこかちょいと怖いという感じ。でしゃばるととんでもないことがおこりそうな予感。気分を逆なでするおと、恐ろしいことが起こるのはすでに目にしている。相手の逆鱗があるかないかわからないところを手探りで進むような感じでかなり疲れた)帰宅して夕飯を食べたら風呂に入る元気もなく、「ちょっとベッドで本を読んでいてよい?」と一人寝室で横になって本を読んでいたのだった。寝転ばないとダメなくらい疲れてた。 pon1が心配して?様子を見に来たくらいだった。

 こんな風に疲れながらも、成果は少しずつ上がっていると思うので、きっとコレによって良い効果が出ることもあると先行きは明るいと認識しているのだけれど、いかんせん、ちょっと疲れてすぎているかも。

 こんな おバカ日記にマインドコントロールされたら困っちゃうので、疲れには気をつけようと思った。
今日はお昼くらいまではゆっくりするつもり。  

<読みかけている本はコレ。やっと負債を返済しはじめたところを読んでいます。>
買い物おバカ日記
買い物おバカ日記カリン・ボスナック 山 祥子

文藝春秋 2006-02-28
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>>追記 実話だったので、とりあえずurlを探してみました。
savekaryn.comはこちら
そこから リンクが貼ってあった オリジナルサイトはこちら

 「買い物おバカ日記」は、中に書いてあるほど「誰にでもよくあることよね。」とそのまま受け入れるのは私には難しいなあというのが感想。
 サイトを見て思ったのは、「買い物オバカ日記」のようにちょっとオシャレなイラストよりは、生身の人間が載っているということで親近感は沸くということ。 たぶん、web以外だったらこれほどうまく行かなかったかもしれない。

 読後感は、たぶん、「すっきり楽しい」と思う人が多いからこれだけもてはやされているんだとおもうけれど、私は 「モヤモヤ。あまり良い気持ちはしない」というのが本音。

 なんだか、「私はいい人よ(I'm really nice)」という理由で、他力本願、責任転嫁と感じるからかも。
ただ、彼女自身について嫌いだとは思わないけれど、この行動はなかなか容認しがたい感じ。あ、そうか。「考え方があわない」ということかも。

■追記の追記

さくさくっとオリジナルウエブサイトを見ていたけれど、こちらは面白いと思う。 たしかに、彼女の言う通り、このウエブサイトをみて面白いと思った人は彼女に対価としてお金をというのはアリかもしれない。
 ネット物乞いに対して、傍観者的な立場で見ることがあったけれど、このサイトも「ネット物乞い」だったとしても、今まで見たなかで一番さわやかで楽しい感じがするかもしれないなと思った。 
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頭の中がカラッポ
2006/06/08(Thu)
 うーん。6月になれば暇になる。。と思っていたのだけれど、ぜんぜんダメだ。やっぱりこれは私の性格がいけないのだと思い始めました。

 蕁麻疹は月曜に残党がぽつりぽつりと出ていたけれど、夜に薬を飲んでから翌日はすっかり治りました。毒が出きったという感じかな。 で、もう木曜日ですよ。奥さん!(ToT) 良いことか悪いことか毎日が飛ぶように過ぎていきます。

●月曜日

この日は昼前に歯医者の予定、午後からぴーの顔合わせ会だったのですが、私は蕁麻疹、息子は目の調子がいまいちということで、まず歯医者にできれば予約を変えて欲しいと電話を入れたところ、歯医者さん自身が体調不良で今病院に行っていて、連絡が取れるのが私の診療の直前だそう。 お医者さんや、歯医者さんは病気にならないなあと思っていたけれど、やっぱりなるときはなるもんだな。私の診療は体調の良いときにお願いしたいなと思い、予約を取り直してもらいました。
 息子は息子で習い事があったのですが、こちらもキャンセルの電話を入れました。

 さて、息子を眼科に連れて行くために学校で待ち合わせ。そのついでに ぴーの顔合わせをキャンセルする旨伝えることにした。 ぴー担当の人に事情を説明して今日は欠席ということにしていただいて、息子と眼科へ向かいます。

この眼科というのがいつも困り者。近くの眼科は悪名高い藪なので、電車で2駅程度+徒歩15分くらいの眼科がかかりつけです。ランドセルをもったまま とぼとぼと目的の眼科に行ってみると、なんと「都合により本日午後休診」と札がかかっていて、orz 途方に暮れてしまい、作戦を練るためにふたりで閉まった眼科のドアの前で缶ジュースをのんでしまいました。(怪しい二人)

 作戦変更。隣の駅にある眼科へ行き、ついでに三角定規を購入することにしました。 隣駅までは歩いていける距離。たまに二人で歩くのも良かろうと眼科へ。 以前行ったときはとんでもなく混んでいたのですが、今回は空いていてラッキー。診療が終わって処方された薬を薬局でもらって、さて三角定規です。目当てにしていた店にいくと ナイ! 三角定規が左利き用以外ないのです。 ああ、またか。。 
 以前も、ノートが必要と言われたときに、ノートが売り切れて手に入らない事態があったようなのですが、最近コンビニやスーパーでも文房具が置いてあるからか、身近な文房具屋がつぶれてしまい、学校近辺に文房具を売っている店がないのです。 スーパーやコンビニは 適正な在庫を置くようになっているため、学年単位で○○を準備しなさいとなると 日ごろ1つか2つしか売れないところを 一点集中型で1校だけで3桁の数が売れるわけですから在庫がなくなるということになります。(できれば、毎年のことなので5月から6月は在庫を多めにしてほしいところ) 売り場の人に尋ねると 明日入ってきますとのこと。明日また隣の駅まで 三角定規のためだけに出かけるのはチョット。。。。 と、ここで、思い出しました。この駅には大きな文房具屋があるのです。前もそこだったら置いてあったとボランティアのお母さんから聞きました。疲れた足を引きずって その文房具屋へgo! そうしてやっと三角定規をみつけました。 またもや ドラクエを地で行っているという感じでした。

●火曜日
息子を送り出すと同時に、先日近所で事故があったので、そのお母さんに会いに家を出ました。交通安全指導をされているのでそこに出かけて一緒に交通安全指導をしながらお話をしようと思ったのです。想像していたよりも元気に旗を振っていらしたのでほっとしました。その日は、10時から2駅先の図書館でボの講習会だったのです。積もる話はいろいろあり、ギリギリの9時になってしまい、焦って帰宅し、すぐその足で待ち合わせ先まで行きました。 講習会はためになるものでした。帰り、お昼を一緒に食べましょうと誘ってくださったので一緒に昼食。息子が帰宅するギリギリに帰宅して、朝出たままの家がどーんと残っていました。 ソレを見て一気に疲れが増した一日でした。さて、多少時間があるので、ここのところ息子の漢字や計算をみてやってなかったから、できるときに片付けようと思って手をつけてみたら、チョット前までは安心レベルにいるとおもったのに、数週間でダメダメレベルに戻っていました。(ToT) 突然塾の先生モードで自分の頭の体操しながら、息子の勉強をみることになりました。 正直言って、息子の書いた漢字を見るとだんだん字があっているのかあっていないのかわからなくなってくる瞬間があります。結局自分の指で書き直してみて「あ、あってる」とか「あれ?違ってる」とか。 風という字の書き順が違っているので指摘して、「中に息子の好きな虫の字が入っているのにその書き順が違うなんて可愛そうだよ。虫って書いてごらん」と言ったは良いが、上の ノ の字もつけて書かせようとしてしまって、「おかあさん、虫は うえのチョンはいらないよ」と指摘されたり。 3桁の足し算引き算の検算で頭がぐちゃぐちゃになりそうになったり。 大人のDSをやらなくっても当分頭の体操はさせていただきそうな予感です。(私も勉強を見るよりは大人のDSの方が楽しそうなので本当はそっちの方がいいんだけれど)

●水曜日
午前中はボでした。人にたくさん会うところに出かけると、たくさんの有益な情報や、気の合う人たちにも会いますが、比例して考え方の合わない人たちにも会います。ということで、疲れがたまっていた私としては、ちょっとお疲れモード。
 午後、息子が帰って来る直前に家に戻ってくるというお決まりのパターンで、帰宅後が忙しいです。
 昨日は、息子はスイミングに出かけましたからそれからが少し私の時間になりました。スイミングスクールは子どもでも歩いていける距離にあります。小さい頃は送っていたけれど、最近は自分で行って帰りはスクールバスで帰って来ます。今月から、入館時と退館時にメール通知されることになったので、比較的安心して家にいることができました。録画しておいた映画を適当に選んで見ていたら、これがまたわからない映画だったので、脳みそをほぐすには良かったな。。と思いました。

 さて、息子帰宅。進級すると思っていたところ、ダメだったのですって。ちょっと唇をかんで悔しそう。また来週頑張れ!

そんな週をすごしました。 

 今日は、これから午前中学校の授業のお手伝い。午後はぴーの打ち合わせ。(学校にて) 息子と一緒に帰宅して、その後息子習い事の予定です。

というわけで、やることにおわれて頭の中が空っぽです。<わー。この一言を書くのになんと長い日記だ。
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ふっか~つ
2006/06/05(Mon)
 夕べ、寝入りばなはかゆくて目が覚めたりしたけれども、朝にちかくなるにつれて蕁麻疹は治まってきたようで、おきたときは2,3箇所出ているだけになりました。 かゆみも治まっています。 ちょっと顔は腫れぼったいけれど、これももう少ししたら治ってくると思います。 あーよかった。

 昨日草むらで遊んだ息子が目をこすりすぎて今度は息子の目が土偶状態。今日午後からはP関係の顔合わせがあったのだけれど、そちらは最初の挨拶だけ出席して、息子を眼科に連れて行く予定です。
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まいった~蕁麻疹
2006/06/04(Sun)
何がわるかったのか皆目見当もつかないのだけれど、それでも痒いとなんらかの原因を探したくなるもので、「そういえば、この間から肌の調子が悪かったものなあ。」とか「先週、息子が熱を出したとき、前後して私も胃が痛かったものなあ」「あ、そういえば、前の日の夕飯にマグロの刺身(息子が好きなので中トロを買ってみた)を食べたな。」とか「今のシャンプーが合ってなかったようなきもするなあ。」などと、原因探しをしてしまう。お医者さんは「蕁麻疹の原因は80%はわからないんです」とおっしゃっていた。

 前に息子に出た蕁麻疹は、丸いぽちぽちだったし、すぐに病院に行ったらその日のうちに治まったのだけれど、今度の私のは、どんどん隣同士がくっついていって 立体地図のように凸部と凹部に皮膚表面が分かれているみたいな感じ。自分が地球儀になったような感じ。ああ、ここはドラクエだったら船で通れない場所だなあなどと思う。 痒いというのはすごいもので、「掻くから痒くなる」というのも通常はあるのかもしれないけれど、お医者に行ったときに、「足はどうですか?」と言われて、「(ジーンズをはいていたので)見ていないですけれど、痒いので、出ていると思います」といって見せたら、自分でもビックリするくらいで、恥ずかしかった。何かの症例写真をみているかのようだった。先生も「ああ、これはひどいですねえ」と。ココが一番痒い と思って 見てみると、ぷつぷつと出来立ての蕁麻疹の生きのよさそうなのが固まっているので、「やっぱりね」と確認したりして、蕁麻疹も楽しんでしまった。 くっついた蕁麻疹のあとは、ケロイドのように色分けされてしまっていて、妙に痛々しい。

というのが昨日。医者は「月曜になっても治らなければ、皮膚科を再受診してください」というのだけれど、私は、「まさか月曜まで続くということはないでしょ」とタカをくくっていた。

 もらった薬を飲んでから多少かゆみが治まって夜寝たのだけれど、夜中に猛烈に両耳が痒くて目が覚める。両耳全体がしもやけになったような、むくんだ感覚と熱をもってうわんうわんしている。 それでも、何回か目を覚ましながらも寝て朝、鏡を見てびっくり。 顔全体が赤くむくんでいて熱い。目も泣き腫らしたような感じ。「pon1に腫れてるよね。」と見せたけれど、「ちょっと腫れたね」という返事で、「やっぱり自分の顔と人の顔っていうのは感じ方が違うのかなあ」と思いつつ、「この顔では外に出られない」と思った。昨日出た腕や膝周り太ももは ぽつぽつとまだ蕁麻疹が出るのだけれど、消えるまでの周期が短くなってきたように思う。

 昼過ぎくらいから、今度は手の甲と手のひらが猛烈に痒くなり、指を曲げるのも違和感がある。むくんでいるんだなあ。
手のひらを蚊に刺されたときの痛痒い感じが両手のひら全体。
手の甲の方もちょっと似たような感覚。

 いただいた薬は一日1錠ということなので、次の薬を飲む時間をまだかまだかと待ち続けて、結局待ちきれずに1時間くらいフライングして飲んでしまった。

 飲むと効いてきて手の違和感もだいぶ治ってきて、かゆみもだいぶ治まってきた。顔は相変わらず赤いけれど、腫れは引いた。まだ出てないところは足の裏。 ここまで出きったら治るのかなあ。

明日、朝起きたとき、外に出られるくらいの顔になっていてくれるといいなあと思った。

 なんだか、病院に行くのが、自分でも「不定愁訴」みたいで嫌だったのだけれど、今回は見た目にわかりやすい蕁麻疹だったので、まあよかったのかな。

 実はもう一つ身近に大変な事件があって、最近私と私の周りはどうしちゃったのかな?と思う。
あ、でも、痒いのには参ったけれど、気持ちは元気でおりますので! 自分の蕁麻疹地図でさえ、未知の経験を楽しんでいるところがあったりする今日この頃です。
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かゆ~~~い
2006/06/03(Sat)
 ここのところ、アレルギーの調子も今ひとつだなあとは思っていたのです。あちこち脱皮中だし。(^^)

 で、昨晩、寝てからあまりの痒さに目が覚めました。おきてみると蕁麻疹でした。<私です。

 蕁麻疹なんて本当に久しぶり。子どもの蕁麻疹には「掻いちゃダメ」と言っていたのに、自分は掻かずにはいられません。
 困ったことに、土曜の午前中は ぴーの役員会と運営委員会です。 「休んで病院に行こうか」とおもいつつ朝。朝もまだまだ発疹中。 ふと、「ああ、でも、絶対今日決めないといけないことがあって休めないじゃん。」と思いつき結局出かけました。 途中退席しようとおもいきや、ちょっとかゆみが軽くなったような気もして、そのままずるずると最後まで。
 帰宅直前から、また痒くなり、あちこち痒い痒い。 結局帰宅してから もう一度駅前まで薬を買いに行ってきました。
 
 まだまだ発疹中。痒いです。昨日食べたマグロの刺身がいけなかったのか?と思いつつ、でも家族の中で蕁麻疹が出たのは私だけだし、いままでマグロで蕁麻疹がでたことなんてないんですよね。(--;)ゞ

 市販薬があったので、それのみます。
 
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DSに思うこと
2006/06/02(Fri)
 巷ではもうDSは行き渡っている様子です。 うちは、チマチマしたゲーム画面で一人で遊ぶのはあまり好きでないので、あまり購入に積極的ではなかったのですが、大人向けソフトの充実もあって、親の方の財布も緩んでいるのだと思います。息子の周りでも持ってない子の方が少ないくらいです。

 たしかに、ゲーム好きの私からみてもDSは魅力的な商品で、あちこちで話を聞くたびに 「ちょっとやってみたいかも」と、ただの子どものゲーム機よりは購入へのハードルが低いです。価格は2万弱。かなり強気の値段で、子どものおもちゃにしては高いイメージがぬぐえないところに、大人の心をくすぐるソフトの充実がうまいなあと思いました。

 息子は、数ヶ月前に 「お祝いにDSを買ってもらう」という約束をとりつけたのですが、DS liteのちまちま小出し発売で、まったく手に入りません。
 購入を決めてから、近所の大型電器店で売るというチラシがあったため、悠長にかまえて行ってみると、もうとんでもない。小出し売りの成果か 発売から随分たっても 開店前に並ぶ必要があるのだとか。 

 丁度、ほかのお母さんとDSの話をしたときに、そのお母さんは子どもさんと約束したから一般店になかったので、結局ハードオフで2,3千円高かったけれど、購入したのだと聞きました。 息子に「どうして、友達は皆持っているの?」と聞くと 「○さんちはね。おばあちゃんが並んでくれたんだって」と。これを聞いて割り切れない思いがする私。

 自分が欲しくて欲しくてたまらないおもちゃを自分が努力して買うのはわかる。 たとえば、自分が開店前に並ぶから、大人に誰か一緒についてきてというのはわかる。でも、孫が欲しいというからと 開店前から並んじゃうおばあちゃんの心はわからないこともないけれど、そうやって、何かが「欲しい」とつぶやきさえすればさして努力しなくとも手に入ることばかりの子ども時代をすごしてしまうことって、正しいのかな?? 

 pon1に顛末をちらりと話すと「そうだなあ。昔は孫の数も多かったから、孫の方がおばあちゃんに気に入られようとすることが多かったとおもうけれど、今は孫の数の方が少ない」と。たしかに。 うちも息子一人に対して 親二人 おばあちゃん二人。兄弟も少ないから我慢することも少ない。

 最近の我慢できない子どもの増加ってそういうこととは関係しないのかな? 

 先日は火曜日になってから突然「おかあさん、約束していたDSが欲しい。明日までに間に合う?」と言い出した息子。「明日までというのは無理だよ。どうしたの?」と聞くと、「DS持ってないと、○さんにあそんでもらえないから」なんて言い出す。 よくよく話を聞いてみたら、どうやら息子より年上の子が、スイミングのバスの中で、話しかけても相手をしてくれなくてDSを持った子と遊ぶらしい。

 息子に、「息子は、DSをもっていたら○さんが遊んでくれると思ってない?」と聞くと こっくり。「でも、○さんは息子がDSを持っていても遊んでくれないかもしれないよ。遊んでくれるかどうかはわからないよ。DSは買うという約束をしたものだから、買うけれど、明日までには間に合わない。息子が誰かと遊んで欲しいと思ったときに、自分が年上だからと小さい子と遊んでやるのが普通だと思って遊んでくれる人もいれば、 年下の子はつまんないから遊びたくないと思う子もいる。息子の周りには、よく小さい子の面倒をみてくれる人も多いけれど、中にはそうでない子もいるんだよ。」 「もし、○さんと遊びたいと思うのだったら、○さんが相手にしてくれないときは、うるさくせずに自分で遊べる楽しいことを見つけなさい。そうやっているうちに ○さんが息子と遊びたいと思えば、○さんの方から近づいてくるから」 と話をしました。

でも、子どもをターゲットにしている商品で、こうやって品切れが続き、値段も倍くらいで売られているものが出てくるような事態って、なんだか納得がいきません。いくら人気商品だとしても、高い価格でも買う人がいるからこそ、発売日に業者が並んで一般の人の手に入らず、それを倍の値段で売るような悪循環になってないだろうか。ネットで検索しても、すぐに手に入るものは軒並み3000円上から倍くらいの価格までです。

 DSについては、子どものおもちゃだと認識すると納得いかないことが多いです。(純粋に大人ターゲットの商品だったらそこまで感じないと思うのですが)

息子には、今度発売日に、お父さんかお母さんと一緒に自分で並んで買いに行こうと提案しました。 「うん」とキラキラ顔をかがやかせていました。(手に入るといいんだけれど)
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書くことを忘れていく
2006/06/02(Fri)
 ちょっとバタバタしていて、書かずにいると、書きたいと思ったことも忘れていることに気がつく今日この頃。 皆さん、お元気ですか? なんちゃって。

 2,3日前に 「和田義彦の絵がアルベルト・スギという人の絵にそっくりだ」という報道を朝のNHKで見て、2,3二人の絵が並べて紹介されました。あまりのそっくり具合と、イイワケの非常識さに驚いたのだけれど、和田和彦の絵とアルベルト・スギという人の絵を検索するだけの時間がなくて ボツにしたことを思い出しました。

 和田氏関連のニュースをざっくり検索すると

芸術選奨画家が盗作? 洋画の和田氏、文化庁調査
絵画盗作疑惑「写真撮り帰った」 “共同作業”伊画家が否定

洋画家・和田義彦氏、作品酷似で文化庁に調査うけるこちらのページをみればどのくらいにているかというのがわかります。
WADA.jpg
(クリックでサンスポの元記事にリンク)

 どれほど似ているか写真やリンク、NHKのニュースなどがまとめてあるブログ (Birth of Blues これは凄まじい同じモチーフで制作ですね 洋画家和田義彦(66) パクリ疑惑 豪華4連発)にもヒットしました。 リンク先でニュース報道の様子が見られます。
ニュースの中には二つの絵を重ねてみる画像がありますが、なんとピッタリと重なるという。果たして共同制作したとしても、塗り絵を一緒に塗ったわけでもあるまいし、ピッタリ重なるということがありうるのでしょうか。
 二人とも驚異のデッサン力を持っていたとしても、立ち位置がおなじわけはなく、たとえ立ち位置を一緒にしたとしても、フレーム内に収める画像が一緒というのはありえない。

 写真でさえ、二人でピッタリ重なる写真を撮ろうとしたら至難の業です。


 芸術家というのは、才能勝負なだけに、まったくどう努力しても何も出てこなくなったときがしんどいだろうなあと思います。また、ある程度知名度が上がり、賞などもらいはじめてしまうと、チヤホヤされ、名誉欲やらなんやらを刺激されるし、自分の絵画が高い値で取引されはじめると金銭欲やらも刺激されるし、それら欲の全てを満足させるべき作品を自分の中からひねり出さねばならない。  周りを納得させるだけの作品を描きたいと思ったときに、着想が枯れてしまったら。。。

 今回のこの騒ぎは、素人の私が見ても、ほとんど真っ黒だと感じました。 色合いが違うから、微妙に構図が違うから別作品だ なんていういいわけは通らないと思います。

 なんともナサケナイ事件だなあ(ToT)と、思ったのでした。 
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