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お決まりの 金に靴 ではなく 筋肉痛です
2005/10/30(Sun)
 燃え尽きてまいりました。昨日。
子ども会のお手伝いをしながら、競技にも参加して、パンくい競争では別々に走ったにもかかわらず、pon1,pon2ともに1等。 綱引きはpon2 のチーム1等、 pon1のチーム3等、 ウルトラクイズでは上位30位に息子入賞(直感の勝利だったみたい)で、たくさんの商品を頂いてきました。

 今朝はやっぱり少し筋肉痛です。

それと、先々週から忙しかったので、家が散らかっています。今朝から少しずつ片付けていますが、たぶん一日かかってもダメかもー。(--;)
 
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またもや手伝いだよーん
2005/10/29(Sat)
 今日は地域の催し物があるので、子ども会のお手伝いにもうじき出かけます。
夫はマンションの避難訓練に参加。(12月までは任期だからマンション行事はすっぽかせないし)
煙体験もあるし、消防車も来るしで どっちに参加したいかと息子に尋ねてみたら、

「ママの方について行く。去年、ママは○○さんと組んでパンくい競争で1位になったんだよね」と。

そういえば、二人三脚のパンくい競争で1番でした。(^^;)ゞ
息子は、自分の参加したものの記憶はないのかしら。私はすっかり忘れていたわー。  走っている最中って自分で見えないだけにとんでもない格好ではなかったかとちょっと心配に。

 ま、去年のことだわー。<と自分に暗示をかけて忘れようとしている。

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ハロウィンかぼちゃを作ってみた
2005/10/28(Fri)
近所に大きなカボチャを売っていたので、つい購入してしまったのが先週。
休みの日に作ろうとおもっていたのだけれど、なかなか時間がなく断念。

ハロウィンのカボチャなんて実は作り方も知らないんだけど。勢いで。 水曜日にスイミングから帰ってきた息子が「作りたい」というので、「時間が足りるかなあ」とおもいつつ実行しました。

 最近カメラで写真を撮るのが億劫で(というのが、パソコンが壊れてから画像を加工するのが大変面倒)携帯のデジカメモードで 製作過程を写したはずだった。。。。が。。。。
携帯のデジカメモードは直接SDカードに記憶するように設定してあったのが仇になってしまいました。
 度重なるパソコンのフリーズでSDカードのデータを壊してしまったみたい。
パソコンでフォーマットしようかとおもいきや、win98だからいまひとつ余計わるくしちゃいそうで断念。

 つまりは、せっかく撮影したはずの製作過程がまったく記録できていなかったということで(TT)

飼料用のかぼちゃというのを切ったことがなかったので、中身をくりぬく手間をものすごく大変に考えていた(スイカの中身をくりぬくくらいの作業量を カボチャの実の固さでやるとおもっていた)ら、なんと、飼料用のカボチャはハナから中身はすっからかんでした。
おもったよりも簡単にできました。
製作過程はリアルで遊ぼうにでも一応書いておこうと思います(写真がないのがイタイ)

ろうそくをともすとゆらゆら明かりがゆれて、息子曰く「かぼちゃがしゃべっているみたい」というくらい迫力があります。



暗くないところではこんな感じ。 顔の下書きは息子がやりました。
穴は包丁で私が。 大きさはほぼ息子の頭くらい。
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ほらきた
2005/10/28(Fri)
 義務教育費の国庫負担を 小中ともに1/3に削減したいという話がでているそうで。
来ましたね。

 お父さんが、まったくお金について疎い人で、無計画な購入やら無駄使いやらしていたら家が赤字になっちゃって、子どもが学校に行けなくなりそうになった。そこで、「金がなくてオレひとりでは学校にやることができないから」といって、就職している兄に突然「今度からおまえの教育費の負担を増やせ」というのだけれど、兄もお金があまっているわけではなく、実は火の車。 っていうような状態かなーと思ったりしました。
 この家庭の場合は、子どもの教育費云々よりも、お父さんの生活から見直す必要があるのではないかと。 たぶん、兄もお金が余っているわけではないので、いままでと同じ学校に通うわけにはいかなくなって 今ひとつ教育の面では納得いかないけれどもお金のかからない学校に通わざるを得なくなった。。。 まあ、この父ちゃんからすれば、「息子の教育よりも、オレが今生きて生活している今の家が大事」ってことなんだろうけれど。

 こんな風に公立教育の質を落としかねないようなことをしていては、女王の教室で話題になったように「私立に行けない子は負け犬」の時代が確実にそこまできているような気がします。

 でも、私は、今の「お受験」ってなにかちがうような気がするんだけど。まだまだだと思っているうちに息子にもあっという間に選択の時期がやってくるんだろうな。

 頭の良い子はお金がなくても十分頭角を現している。 本当に頭がよければどんな教育を受けても大丈夫。なんていう人もいるかもしれないけれど、

 とりあえず、日本にこの大学ありというと一番に思いつくであろう 東大。
「非公式入学案内 東京大学物語」
 
東大は全国の秀才たちが集まる場所と考えられがちですが、それは間違い。実際の所、東大合格には王道ともいうべき「合格しやすいルート」が存在します。
 まず、合格者の約半数が有名私立進学校といわれる中高一貫教育の学校出身者。 そして出身地は東京が3分の1、関東まで含めると3分の2。親の年収平均1034万円。
 結局、東京出身のお金をかけた教育エリートたちが行く学校という実態が浮かび上がります。


※ この親の年収平均は各大学の年収平均と比較してトップだそうです。


検索ヒットした森永卓郎さんへのインタビューでは (Mammo.tv)

=抵抗勢力を潰すとか規制緩和とか、いいイメージが先行しています。
それは勘違い。みんな自分の給料が下がり始めたから、「もしかしたら…」と思い始めていますよ。でも、実は今の政策は、意欲と能力の高い人、成果を上げた人が報われる社会にするのではなく、たまたま金持ちの家に生まれた人たちが支配階級として再生産される世の中にしようとしています。
 例えば東大に合格した人の親の平均年収は1000万円を超えています。偏差値の8割以上は、親の年収で説明できるから、教育投資だけでなく、司法試験も公務員試験も予備校に行かないと受からない世の中になっています。金をかけた人の勝ちなので、結局金持ちの子供が入学できる。そういう人たちが、エリート階層を独占する上に、所得レベルはどんどん上がる。今までは年収1000万円が成功の証だったが、社会が年収300万円と、1億円というクラスのふたつにわかれていくようになる。今起こっている事態はそれです。

 
 ここにも同じように感じていらっしゃる方も。彼は経済アナリスト。

(ただし、何回読んでも 「偏差値の8割以上は、親の年収で説明できる」に「から」がつながることの説明がちょっと不明なんだけど。。編集の人。どういう意図で書いたのかなー。部分読みしたのがわるいのかな)

 

 
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だったら投票の意味ないじゃん!
2005/10/28(Fri)
 造反議員の処分とやら。

投票するというのは、個人の意見を反映させようということであって、足並みそろえて自分の党は同じ票を投じるというのであれば、投票はいらないじゃないですか。 議席数で十分です。
 反対票を投じた人をいまさら処分するというのもなんだかよく分からない話で。
党の理念には賛成しているけれども、この案には反対だということは絶対にありうる話で。

 戦争したくないと言った人を「非国民」と言ったことと同じようなことをしているような気がする今日この頃なのですが。
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悪い人ではなさそうなんだけどー。
2005/10/26(Wed)
 例のボランティアに出てきました。 何回かお会いすることで、「ああ、この人はこういうひとなんだな」というのも分かってきます。
 人の振り見てわがふりなおせとは 本当に昔からのありがたい言葉。

私がつい何気なく発した「自分の気持ち」が押し切ったように聞こえるかもしれないと反省もしたりしました。

 もうひとつは、「絶対にこれが正しい!」と思っていることを結構頑固に主張しているなー。私。 と気づきました。  反省反省。もう少し力を抜き気味に主張しないと誤解を招きそうです。

しかし、主張することはもっと主張しないといけないのかも?と思うこともあり。
 悪い人ではないんだなあと思いつつも 「どうしてこの人はこうなんだろう」と思う人がいます。
私が物事を言うときには、できるだけ 事実と憶測は分けて言うようにしているのです。
今回、広報に記事を載せてほしいという話しがあったので、広報の仕事のことは良く分かっているし、どういう手順でPTAだよりを作るかもわかるし、偶然次回の広報定例会の日取り(その後打ち合わせに出るようにいわれたので)も知っていたので、それを説明したつもりだったのですが、 なぜか「憶測」で人の話を後ろ向きにする人がいるんですよね。悪気ではなく、悲観的な人なんだと思います。

 「運営委員会で話された内容を盛り込んで次の週までにPTAだよりをすります。
今月は○日に委員の定例会があるので、運営委員会までに間に合えばどうにかなると思います。」

といっているそばから、 「でも、黒板には広報定例会は別の日って書いてありますけど」とか「でも、でも」と 結局は「わからないわねー」という結論になるような話に持っていこうとしてしまう (たぶん癖だとおもうのですが、)これにちょっと閉口しました。

 結局 「○月○日が委員会というのはお聞きしてあるので間違いないです。」といったのですが、
「でも、黒板には」 こういう人には 「私は元広報委員長で、広報担当役員だから絶対です」っていう葵の御紋をみせないと分かってもらえないというのがちょっと歯がゆいです。そうは言いませんでしたが、そう言ったほうがよかったのかもしれない。 でも、ボランティアの時は役員という立場で出席していないので、できるだけそういう役ははずして話をしたいんだけどなー。
 たぶん、私が多少の障害があっても少しでも前に進むタイプで、彼女が障害をみつけて立ち止まってしまうタイプで 正反対なせいなのだと思うのだけれど。

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悲しかったこと?
2005/10/26(Wed)
 悲しかったこと。(^^;)

今朝、学校へ出かけるときに、口紅が一本終わったので、前に買ってあったグロス系口紅をつけていきました。 自転車を ブーンとひとこぎしたときに。 唇になにかあたって貼りついた感触。

左手を唇にもっていくと、虫がグロスにはりついていました。(ToT)

人間モウセンゴケ。。。。。。

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人気ないんですよ
2005/10/25(Tue)
 昨日、選挙について立候補者えらびがうまいみたいなことを書いたけれども、そうそう。

片山さつき。 彼女のことを 「イイ」という人に私の周りでは会ったことがないのです。 たいてい悪いたとえに使われます。 悪いたとえに使われても、まったく存在がないよりもマシということなのか。
 
 あくが強いのも個性のひとつなのか。
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自分以上でも自分以下でも
2005/10/25(Tue)
 とんでもないことですが、私はいつも 「私は私。人には自分以上にも自分以下にも見てほしくない」なんていう気持ちを持っています。しかし、これは世間一般の人にはとても求められないほど高い要求だと思います。 愛情でもないかぎり「この人ってどんなひとだろう」と見極めてくれる人は少ないだろうと思います。

 たとえば、自分に恋してくれている相手は自分をとにかく良い方に見てくれる可能性が高いわけで、あばたもえくぼ。恋は盲目。 すべてを良い方にとってくれている場合も多いでしょう。 自分を良い方に誤解してもらえるということは、悪いほうに誤解してもらうよりもずっと良いような気がします。 そういう人と結婚するととても幸せな人生が待っているのだろうか。ほんとうにそうだろうか。 自分に恋をしてくれているだけの相手は本当の自分を見てくれていない場合もあり、神格化さえしかねないほどの勢いで キミはボクの運命の人だとななんとか、その人が素晴らしいと思う方へ「きっとこうなのだろう」と誤解をしてくれていたりして。

 さらっと通りすがりの人へならば 「ソウナノ。ワタクシ、スバラシイオンナデスノ」と日ごろ味わうことのできない優越感を味わってうれしいと思う人もいるかもしれないけれど、いつもいつも相手の思うような人間を演じることはきっといつか苦痛になると思うはず。 あまりにも美化された自分にある日「ジツハワタシハ ソンナ オンナジャナインデス」と逃げ出したくなるんじゃないかなー。

 たとえば、女優さん・男優さん いつもかっこよい役をやっても本人はとんでもなくダサかったりスマートでなかったりすることも多いのではないかと。 本当に相手を好きということは、そのダサい部分を受け入れることができるということではないかと思ったのでした。

 さて、話を身近に移すと、ネットというのは面白いもので、誰でも「自分」をプロデュースすることができるということ。 世間一般に見せても差し障りのないと自分が思うものを選んで見せたり、中には上出来だと思えるものだけをピックアップして「スゴイデショ。ワタシ」と見せることもできる場だと思うのです。 どのレベルをピックアップするかはその人しだい。
 
 超ナサケナイところを売りたいと思う人はその部分をピックアップ。 ハイソな生活を見せたいと思う人はその部分をピックアップ。 写真だって自分の手持ちの中で一番写りの良いものをセレクトできるのが 現実の世界と違うところです。 (なかには、いつのまにか本当の自分は虚像の自分だと勘違いしてしまう人もいそう)それは、公開している本人が「人様に見せても差し障りがない」とおもう判断にゆだねられる部分が多いので、 ネットで見た人がそのとおりにすばらしいかどうか、本人が自分を語るほどできた人間かどうかは??? >ワタシもですよね。

 ワタシとしては、冒頭に書いたように「実物以上に良く見てほしい」とは思ってもいないわけなのですが、自ら「これは人様にお伝えできませんから」と編集を入れた部分をそぎ落とすと ワタシの生活も「雑誌に出てくる生活」のようになりうるんだなあー。なるほどなあー。 と pekorinさんのコメントを拝見して思いました。(困ったことに頭をぶんぶん振るうほどちがいます。(^^;))

 自分以上でも、自分以下でも と同時にもうひとつ こうじゃないかなあと思っていることがあります。 幸せは、人がうらやむことにあるとはかぎらない。意外につまんなくて雑多なところにあるような気がします。 汗をかいた後の水がとてもおいしいように、「幸せだなあ」としみじみ思うことって、3億円の宝くじが当たった瞬間ではないとおもう。 100人の人から「あなたは完璧」といわれるよりも、私自身を 自分以上でも自分以下でもなく見極めて理解しようとしてくれようと思ってくれる人がいることがこのうえもなく幸せだと思うのでした。 そうして私自身も愛情をもってありのままの性格をそのまま個性として受け入れたいと思える人がいることも幸せだと思うのです。

■で、終わろうと思ったのですが、そういえば

 ウエブ上で見えた私の性格。 <良い>ととってくれる人<悪い>と取る人それぞれだと思います。しかし、そのどちらもまぎれもなく私のピースではあるとしても、「私そのもの」ではないってことだよなー。

 ウエブだけではないですね。 昨日ちょっと学校で雑談をすることがあり、前勤めていた会社に少しの間臨時で雇われることになったというお母さんがいらっしゃいました。
 背が高いので通勤がつらい。おじさんの頭が皆口のあたりに来るからとおっしゃっていたので、 「背が低くても、やっぱりつらいこともあるよ」と私。「ぎゅうぎゅう詰めの電車で丁度向かいにいるおじ様の耳からものすごい耳毛が筆をつめたようにボーと出ていて、『わあ、すごい耳毛、どうなっているんだろう。あーあー聞こえますかー』みたいな状態もあるし。耳垢がどっちゃりついていて、息を吸うとこっちに来そうな気がして横向いて息をしたくなったり」なんていうと、「pon2さんおかしーぃ」と大笑いしていました。 そういえば、私、彼女たちの前でこういう話したのははじめてかもしれない。

現実の世界でも、人が見ているのは私の断片だったりするものですね。
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ライブドアからのトラバ
2005/10/25(Tue)
 もうひとつ。たぶん、検索したときの順位を上げたいがためだと思うのだけれど、関係のないトラックバック(つーか。アダルト系サイトからの何の関係もない記事にトラックバック。はっきり言って不快)がガンガンきて、ロバミミさえ書けないくらいバタバタしているのに、 あんんたのトラックバックを消す迷惑料をくれ!
というくらい来ます。
 ひとつひとつ消していたのですが、面倒なので、ライブドアからのトラバを全部拒否しちゃいました。 ホリエモン。あんたのところの店子が迷惑かけすぎじゃ。

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書き忘れていたことを2,3
2005/10/25(Tue)
 そうそう。新宿で 五体不満足の乙武さんに会いました。 大江戸線のホームをすいすいとタイヤのついた背の高い車椅子が走り、一瞬の横顔を見て 「あれ?見たことがある」と思ったときにはもう何メートルも先を走っていらっしゃいました。 車椅子の下側には 荷物がおいてありました。

 髪は茶髪でちょっとクルクルと毛先がまわったヘアースタイル。気づいた人が会釈していて会釈を返していましたがあっという間に人ごみに消えていきました。その後ホームに普通の車椅子に乗った方が数名いらしたので、なにか講演でもあったのかもしれないなあと思いました。
 
 
 選挙。たぶんそうだろうなあと思った結果でした。候補をたてるのがうまいです。彼女の一人がちだろうなあと思っていましたが、あれほどまでとは思いませんでした。お昼頃に投票に行ったとき7.9%の投票率でした。天気が良くて遊びに行きたいというような日でしたし、車はたくさん出ていて渋滞していました。 

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こんな夢を見た
2005/10/24(Mon)
 「こんな夢を見た」で始まるのは 夢十夜ですが。。

先日、ノートパソコンのキーボードに水をこぼしてしまった夢を見ました。
キーボードの部分に水がちゃぽちゃぽにたまっていて、「早く電源を落とさないと」とあせりながら「電源落としてそのまま乾かしたらまだ救えるかしら」とおもいつつも、「これを壊したら動くパソコンないなあー」(現実では夫のもあるのですが、私のデータが救えないから)なんておもいつつ でも心の中で半分は「自分のやったことだからしょうがない」とあきらめはじめているようでした。
 不思議だったのは「ネットにつなげない。どうしよう」という焦燥感はまったくなくてのんびりした気持ちだったこと。 でも、今使っているのはデスクトップですから夢とはちょっと違うのですけれど。

夕べは悪夢を見たようです。
真夜中に「こないでー」とかなんとか大声で叫んで目がさめたら、その声で目が覚めたらしい夫が「どうしたの?」と声をかけてくれました。 心臓がばくばくしていて息苦しかった。絶体絶命でした。「こないでー」といおうとしても口がおもうように動かないからきちんと発音できない夢でした。 なぜだか 化け物に追いかけられていました。つかまったらオシマイなのです。
逃げている最中に 「追われているだろうか」と思って鏡を見たら(進む先に鏡が出現した)追いかけられていたので、叫んだのでっした。

 しかし、もう一度寝て今朝起きていたら夫に「何の夢だったの?」と聞かれるまでそういう夢を見ていたことは忘れていました。

「こないで」で現実のせかいに逃げ切ったことで、私の気持ちとしては一段落ついたのかな?

しかし、ここ数日別に気に病むこともなく、忙しいけれど平和に暮らしているつもりなんですが、化け物の夢とかパソコンを壊す夢とか、わりと不穏な夢を見ているもんだなあと思いました。
 怖い夢というのはもしかしたらいつも見ているのかもしれない。でも、いつもは目がさめなくて起きたときには忘れちゃっているのかもしれないなあーなんて思いました。

 唯一気になることといえば、今朝8時半から学校に行くという用事があったので、「行きたくないなあ」とおもっていたことだけなんですけれどね。 (結果 行けば行ったでまあ、よかったです)

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おのぼりさん、すわ、迷子、そうして大騒ぎ
2005/10/24(Mon)
 土曜日、ネットで知り合いになって もうずいぶん長い間お付き合いしていただいている方が用事で都内にいらっしゃるということで、お声をかけていただいきました。 それで喜んでいそいそと出かけていきました。

 パークハイアットホテルで、アフタヌーンティです。 アフタヌーンティは雑誌で見たことがあるけれどもまだ一度も体験したことがありません。 紅茶と一緒にお皿のタワーに盛られたキュウリのサンドイッチやらお菓子やらをいただくというものです。

 最近はすっかり近場ばかりで過ごしているので、都内に出る機会もなく、久しぶりの「おでかけ」になりました。 行き先のホテルを見ると、大江戸線の都庁前で降りればよいとのこと。 ほうほう。便利になったもんだねえ。 大江戸線は何回か使ったことがあるけれども新宿方面へは行ったことがなし。都庁は、できて話題になったころ、一度登ってみようと登ってみたけれど、それ以降まったく行かなかった。でも、まあ、一度行った事があるところだし、地図はあるしでだいじょうぶでしょう。と
ホテルの地図をプリントアウトして いざ出発。余裕をみて待ち合わせの30分前に最寄り駅につくようにでかけました。 (最寄駅から徒歩8分ということで あまり早くつくのも手持ち無沙汰だし)

■大江戸線で迷う
さて、地下鉄は順調に進み、大江戸線の都庁前には予定通りの到着。さて、何番出口から出ればよいのかな?と駅の地図を見るのだけれど、ホテルの地図と駅の地図の書かれている目印がぜんぜんかみ合ってない。 片方に書いてあるものがみごとに片方に書いてなくて 突然あせります。 妙にじっくりと地図を見て、あまりにも長く見ているのも変かもと場所を変えてもう一度地図を見て。 それでも釈然としないし、出たい出口が見つからない。どうやらこちらの改札からでたらその方面にはでられなかったみたい。 「もういいや」と適当に近そうな口から地上に出ました。 ところが。。。地下鉄から出てきたので地上に出る階段をぐるぐる回っているうちに方向感覚を失いそうになってあせりました。目印の公園が見えたので、「きっとこっちにちがいない」と当たりをつけて歩き始めます。 するとどうやら突き当たりの公園までの道筋はあっているようですが、その道路を渡るには歩道橋などではなくて公園側にわたる必要があるみたい。
 その公園入り口が「もしや。。。これかい?」というようなわかりにくいもので、とりあえず登ってみたらあたっていた様子。 よかったよかった。これで、時間には余裕でつくであろうと、胸をなでおろしたのもつかの間。

■入り口に迷う
ほどなく目当てのビルが見えてきて、ほっとしつつその入り口を探します。しかし、なんだかヘン。かなり近寄ってきているのに、それらしき大掛かりな入り口がない。 その時点で余裕を持ってきたはずの時間が さほど余裕がなくなっていることに気がつきました。
 これは。。。もしかしたらこの公園側から入るのかしら。。。と あたりをつけて登ってみるとビルの入り口がみえはじめました。 よかったよかった。
 しかし、一難さってまた一難。ちょっと小高くなっている入り口と フレンドリーな入り口が見えます。 ん?どっち?
 待ち合わせは41階でということなので、「とにかく入ればエレベーターくらいはあるでしょう」とフレンドリーなほうの入り口からはいりました。
エレベーターを探せども、みつからずエスカレーターがありました。 「エスカレーターをのぼってからエレベーター?」と昇ってみると、ありました、エレベーター。 ところが、エレベーターが行くのは5階くらいまで。 ありゃ?そのほかのエレベーターは??
右手には コンランショップがありました。まだ少し時間がありそうなので中に入ってみたい気もしましたが、先がどうなるかわからないので、焦り気味の私。

 通常、受付の人に道を聞くことはしないのですが、私はとんでもない間違いをしているのではないかと心配になり、41階に行きたいと受付のお嬢さんにお聞きしました。すると、

「柱の影のエレベーターで1階に戻りますと、デリカテッセンがございます。そのデリカテッセンの階段を上りますと、エレベーターホールがございます」とのこと。 さくっと一階におりてみると、そこは大きなエレベーターホールでした。 が、41階までいけるエレベーターはなく、オフィスビルのエレベーターという雰囲気。 んんん? デリカテッセンはいずこ?食べ物などどこにも見当たらないけれどー。 だんだん、気持ちが焦ってきた私は ここでまたもや 受付のお嬢さんに お聞きすることにしました。 すると、 「あちらの一段と天井が低くなったいる部分の中に入るとデリカテッセンになっております。その中の階段を登っていただいて。。。」だそうで、教えていただいたとおりにその天井の低くなったところへいってみると、ああ、そういえばデリカテッセンかなあー。というところに出ました。 (というか、デリカテッセンっていうイメージが 私の中では食品を扱っている明るい場所を想像していたのですが、こちらはわりと暗めのお店だったことも分からなかった一因かも) 
 どうみても店の中の階段だぜ ベイベーという階段を登っていくとそこにはチョコレートなどを売っている店の中階段につながっていて 、「あれれれ?」

とりあえずその店を出ると、なんとなくエレベーターホールっぽいホールがあったのですが、エレベーターがないぞ。 躊躇していると、数名そのホールの奥へと行く客があり、「おお。なるほど」とついていくと、エレベーターらしきものがみえました。 暗くて見えなかったよ。
無事41階に行けそうな雰囲気になりほっと一息。

■他愛のないおしゃべり
目指す場所にとりあえず到着。 余裕を持って到着どころかギリギリの到着でした。
その後他愛のないおしゃべりとイングリッシュティーの時間はあっという間に過ぎて、外は5時頃になるともう暗いです。 喫茶室は一気に バーのごとく暗くなり、私は結構ぎょっとしました。
各テーブルに ろうそくのともったランタンのようなものが配られますが、最近映画館以外の暗い場所に行くことがない私はたいそうびっくり。 こんなに暗くてよいのだろうか。
そういえば、ホテルのページも黒を基調とした暗いというよりも黒いページでした。
 カップルだとこのくらいのほうがムードがある?のかもしれません。とりあえずおいとまをすることにしてエレベーターで下におり、先ほどのペストリーショップでお別れして、私はちょっとだけコンランショップをのぞいてみることにしました。

■こんなところでもちょっと悩む
今は家具も、台所用品もほしいものがないので、さらっとぶっとばして中を見ました。
クッションやその他のファブリックもコレというものがなく、 ニューヨークあたりのペントハウスならねー。こういう現代風のインテリアもかっこよさそうねーと他人事のように見ていましたが、おどろいたのは、やっぱりトレンディスポットだからでしょうか。 若いカップルが買う気まんまんで見ている人が多かったです。
 赤いデコラティブな足のついたガラス天板のダイニングテーブルなど私からするととんでもなく大きかったです。(多分横幅200センチくらいで、足部分だけでも横幅150センチ)それを買う気まんまんで交渉している若人もいて、 すごいなー。こんな個性的なダイニングテーブルをこの大きさでおく家となるとかなり広さやほかの家具とのつりあいやら、その他いろいろ大変だろうになあーなどと思いました。 値段は買う気もないし、見ませんでしたがかなりのお値段だったのだろうなあ。
 
 さて、店の一角に植物が見えました。そうなるとちょっと気になる。近寄ってみると、多肉植物がシンプルな鉢に植えられていました。 だいたいアガベやら、ハオルチアやらです。
 玉扇があったりして、「んんんほしいかも」 でも、鉢込みで3000円っていうのは高いようなきがするなあー。相場っていくらくらいなんだろう。。と やめて、次にほしくなったのは、多分ガステリアの斑入り。子宝のようなみかけに斑が入ってるのかなー。それとも調子悪いだけかなー。という状態のもの。でも、2000円以上っていうのはいくらなんでも高いような気もして、購入はやめて店を出ました。 (今検索してみたら、やっぱり高かったですね。購入しなくてよかった。
鉢込みなので、鉢の値段がかなりしていたのかも)

■まだ物足りない
さくさくと外に出たら、まだ外は薄明かり。6じにもなってないのです。せっかく新宿まできたのに、これですぐに地下鉄で地下にもぐってしまって家に帰るのかー と思うと、ちょっとほかの店ものぞきたくなって家に電話しました。 
 「高島屋 タイムズスクエア」なるものもできてから入ったことがないし。。ホテルの地図に、そのように載っていたから歩いていけるはずと思ったのです。 夫は「行っておいで」といってくれたので急いで出かけたのですが、ところが、ホテル地図しかもってないのですごく分かりづらい。
 夫の話では「そこからだと甲州街道沿いが近いかな」とのこと。 とりあえず「甲州街道っぽい道」を探します。 甲州街道っぽい道だと思っていたのはやっぱり甲州街道だったようですが、日が暮れ始めるとあっという間にどっぷりくれる秋の夕暮れ。 暗い通ったことのない道というのは心細いもので。どうにかこうにかルミネが見えたときには 「あーよかった」と。しかし、ルミネは見えるけれど、駅前が工事中で高い塀がたっていてタイムズスクエアは見えない! どこだ。タイムズスクエアは。。 おまけに地図にはルミネはのってないし。(すべての敗因はホテルの簡略された地図しかもっていなかったこと) 一旦地下に入ってから「もういいかなー」と思い始めて家に電話。 「ルミネを左手にみて通り過ぎないと」と夫のアドバイスで、「せっかく来たんだし」と思いなおして再チャレンジ。 高い塀をみながらどうにかこうにか高島屋につきました。
婦人フロアを3つくらいぐるぐる回って、「ふーん」と見学終了して帰途につくことに。 7時です。

■家事をサボる
家の最寄駅についたら8時。 皆夕飯たべてないんだよねー。外で食べないかなーと電話してみると、お弁当でよいとのこと。「ラッキー」とお弁当を買いました。
お弁当を買うのは好きではありません。特に夕飯時などにいくつか弁当を買うと「この人、つくんないの?」と思われているんじゃないかと<被害妄想 。
 ですが、とりあえず弁当を買いました。 さて帰宅。
 息子は、お昼の残りの栗ご飯などをたくさん食べたそうなのに、お弁当を見るとまた食欲がわいたようで、びっくりするくらい食べました。

■が。。。。
 夜中の3時頃。「おなかがいたい」という息子。目が覚めておなかに手をやると冷たい。
「冷えたのかなー」と暖めるように言いますが直らない。「痛い痛い」というので、トイレに行ってみるようにうながしてトイレを見ますが、まだ痛いとかなり痛がっています。
 どうにかおさまればよいけれど、このまま痛みが治まらない場合は、救急車?などと思いながらおなかを暖めたりしているととりあえず便が出て治まった様子。 少しお湯でも飲ませようとお湯に砂糖を溶かしたものを少し飲ませて落ち着いたかなーと思った頃に戻してしまいました。
 夜に食べたものもあまり消化してなかったみたいで。

 実は栗はおいしかったので前の晩の夕飯も栗ご飯だったところを 土曜のお昼も栗が食べたいというリクエストで栗ご飯にして、遅い夕飯までのおなかの足しにその後も栗ご飯を彼は食べていたということになってしまい。ずっと栗ばかり。。おなかに来る風邪もひいていたかもしれないし、栗ご飯で消化は悪いし、きわめつけに夜遅く、冷たいお弁当をたべさせてしまったという。。 (ToT) 大失敗。 たまには羽を伸ばそうと、怠慢したお母さんが悪かったです。ごめんなさい。という一件でした。

 結局、夜中に起きたことで、次の朝は遅くまですっきりしなかったので目が覚めず。
次の日はサッカーを見に行く約束をしていたのに、息子は朝から顔色が悪いので サッカーはパス。 とりあえず、選挙に行って、後は家で過ごした一日でした。

波乱の土日でした。

■そうして今日気づいた事実
高島屋タイムズスクエアーって、レストラン街だったんですね。 私が見たのは正真正銘高島屋の内部だったんだ。

 レストランの暗さに驚いた私。最近「暗いなあ」と思うことも増えてきたので 「老化かしら?」と不安に。ところが昨日のあるあるで、「暗いところが見えない症候群」<勝手に命名 をやっていたのですが、私は一回目からちゃんと暗いところでも見えました。
 ってことは本当に暗かったということですね。あの店。
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西の魔女が死んだ と ナイフ
2005/10/21(Fri)
今日はロバミミばかり書いているかのようなpon2です。

「西の魔女が死んだ」を先日読み、「ナイフ」を今日読み終わりました双方文庫本です。
■西の魔女が死んだ
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101253323/qid=1129867699/sr=8-1/ref=sr_8_xs_ap_i1_xgl/249-0786855-0749937
文庫本へのリンクですが、ハードカバーも小学館からでているみたい。
ネットのあちこちで目にすることもあるので、図書館にもあると思います。
http://pon.sub.jp/blog/archives/000523.html ここに感想かいときました。
 私は、どうも今風のさらりとした文体に若干違和感を感じるみたいで、(今風といっても、たとえば古いほうからは吉本バナナとか最近では江國香織とか)なんだか空気のような現実味が希薄なかんじというか。そういう意味では この本はその手の文体に私は区分しているように思います。(すごい回りくどい日本語)

 小学校高学年くらいからこのあたりでは不登校が増えてくるとのことで、中学校も何人か不登校児がいるという話を聞くと、近い将来に備えて読んでみようかと思ったのがきっかけです。
 全体にさらりとしていて、思春期の女の子の心理ってこういうものかもしれないなあと思います。★としては ★★★くらい、 平均という感じだったです。 涙腺が弱くなっているので、わかっている結末だったとしても ちょっとやっぱり泣きました。
 なんというより、主人公の女の子というよりも 彼女のお母さんの気持ちがわかったような気がしたからじゃないかな。

■ナイフ
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101349134/qid=1129869550/sr=1-3/ref=sr_1_10_3/249-0786855-0749937
重松清って、最近良く見かけるけど。。。。とその程度の認識で購入しました。
たぶん上の本を購入したら、「この本を買った人はほかにこんな本も」という似た本で出てきてたかもしれません。
 これがまた、重い話でした。 イジメがテーマになっているものがおおくて、そのイジメが想像を超えていて、読みたくないっていう気がします。 読みススメながら なんでクラスの誰一人この状況を変えようという人がいないの?と思いながら読みました。 しんどい本です。
 
 最初の 「ワニとハブとひょうたん池で」の主人公 (これ、本当にネタバレ。ごめんなさい)が
「あたしは誰ともつるんだりしない。ひとりぼっちのハブでいい」 と独白するあたりはそうだ!そうだよ!私もそう思う。と 自分にも小さな力がわいてきたような気がします。 

 もう一回読もうかなと思うのは ビター・スイート・ホーム。
これは子どものイジメがテーマでなくて、ほっとしながら読みました。仕事(高校教師)を持って子どもを育てていた妻は 考えた末に、仕事をやめ主婦になります。その主婦と小学校の先生との関わりを夫の目を通して書かれています。 教師をしていた妻は、娘の担任の未熟さが気になります。
夫は
 働いていた頃の妻は、仕事はともかく家庭では、こっちが心配になるくらい楽天的で、厳しく言うならかなりルーズだった。掃除と食器の後片付けが嫌いで、夕食の献立を考えるのが苦手で、(略)「だいじょうぶよ」というのがその頃の妻の口癖だった。 つづく言葉は「なんとかなるって」。そういって、いつも、疲れてはいるけれど屈託のない笑みを浮かべるのだった。
(略) だが、今の妻は、めったに「だいじょうぶよ」とは言わない。「なんとかなるって」が「なんとかするわ」に変わってから、もうずいぶんたつ。


と、妻を見ています。 私はこの物語の妻ほど、学校や先生に不満があるわけではないけれど
やはり似た境遇だと気になるもので、夫と妻の心を交互に気にしながら最後まで読んでしまいました。
  仕事をやめた女性には共感する部分も多いかなとも思います。

「エビスくん」 これは、この文庫本に収録されているイジメの中でも、比較的読みやすかったです。イジメの原因が私にとってどす黒い得たいのしれないものでなかったことからそういう印象を持ったのかもしれません。
 妹を思う主人公の気持ちのあまりのやさしさと彼のけなげさに泣けました。

とりあえず読書記録?ですね。
 
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へえーと思ったこと 絵本
2005/10/21(Fri)
私も マイナスパワーばかり撒き散らしていては申し訳ない。

昨日の勉強会でへえーと思ったことはいくつかあったのですが、その中のひとつを書いておきます。

<絵本の選び方で大切なこと>という中に、”絵と文はあっているか” という項目がありました。
絵と文があっているって?と一瞬わからなかったのですが、これがまさにヘエーでした。

 ちょっと前にlocusの方に紹介したファインディングニモのアニメブック。 この絵本は「絵も綺麗だし、立派なつくり。ストーリーは映画と一緒」でも、どうしてだか私はそんなに好きじゃない。
 おなじことを ジャイアントピーチの本でも感じました。 絵の完成度は高いと思うのだけれどどうして私は好きじゃないと感じるのか。

 でも、息子はファインディングニモのアニメブックはわりと好きで何回も出してみています。 いろいろ考えてみて、息子がニモのアニメブックが好きというのは、アニメブックを見て、映画を思い出しているんだな。だからこの絵本が好きというよりも、映画を思い出す手段。つまり、映画好きがパンフレットを集めるのと同じような心理なんだろうなあと思ったところでした。


 絵と文はあっているか というのは、 たとえば、

森の中の道を女の子が歩いていました。すると熊に出会いました。


という物語があるとする。そのときに 歩いていたー>熊に出会った という流れをきちんと絵のタイミングでも一致して表しているのかということだそうです。

 物語によっては、 最初のページに女の子と道だけ書いてあって すると、で前のページが終わって 次のページに熊が出てきて 熊に出会いました。となるのが良い場合もある。

もちろん、前のページに熊が出ているのに、文字の方が次のページに すると熊に出会いましたではまるっきりあっていません。

なるほどなるほど。

 ここで、以前読み聞かせをしていらした友達のbさんから伺った話を思い出しました。
bさんのお話では、 読み聞かせにもいろいろな流派?があって、ディズニー絵本は絶対ダメとする人などいろいろ。。。。というところ。

 今回、説明してくださった方は、 ディズニー絵本がダメだとおっしゃる理由として絵と文があっていないということをおっしゃっていました。 (いえ、厳密にいうとディズニーだからダメという事ではないと思いますが、たしかに私が読んだディズニーの絵本は 絵と文が かみあってない印象があります)

 そういう目でもう一度ファインディングニモの絵本を手元に持ってくると、 アニメの綺麗さを伝えたくてたくさんのカットを貼り付けたのでしょうが、文からするとあまり意味のないカットがベタベタと貼られているし、 絵と文をまるで別々にはりつけたかのような印象があります。

 ああ、私はこの違和感であまりこの本が好きでなかったんだなあと思いました。
少なくともファインディングニモはそんな風に感じられる絵本でした。

 絵を貼り付けたものがあらかじめあって、さあ、あなたはあらすじをここに埋め込んでねという状況なのかもしれないなあ。と思いました。 たとえば、私が素人ながらもこの本を作るという状況があったとしも、この絵はいらない。もっと違うレイアウトにしたいとかこの場面でなくあちらの場面で作りたいなんて思う絵も多いもの。

 絵本をいくつか読む機会があって「この絵本は!」と思う絵本はやはり 作者のこだわりがきちんと絵と文とに現れていて一つの完成品として本が出来上がっているところだと思います。
 絵と字だけでなく、字のレイアウト・フォント・すべてがひとつのこだわりにまとまっているっていうか。

 そういう意味で、ファインディングニモの絵本は 分業の悪いところが出ちゃっているんだろうなあと思いました。

 たぶん、一人の人に場面の選択から絵の配置・文字配置・文章まで任せてつくらせたらもっと別の絵本になるんではないかと思いました。
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久々の家事以外予定のない日
2005/10/21(Fri)
久々の家事以外予定のない日がやってきました。 うれしー。(^^)v

 さて、昨日のぶつぶつに反応いただいてありがとうございました。本音をいうと、昨日の帰宅時は
もう、このボランティアやめようかなー。いつがやめ時かなあー。それとも彼女たちに会わないグループに引っ込もうかなー。 などといろいろ思いつつ、 ネットでいつもお話させていただいているかたがたの思慮深さと比較して、ネットでお話させていただいている方々みたいな関係は無理なのかなあー。とちょっと愚痴モードでした。

 人というのは会話がうまくいかないとかなりストレスを感じるそうで、多分それは人と意思疎通をはかりたいと思う気持ちが強ければ強いほど、ストレスは大きいのだと思います。真っ先に頭に浮かぶのは 政治家の話。 これを見ているとかなりストレスは大きくなります。 特に党が違う場合に顕著なのですが政治の話はお互い協力してより良い方向に進もうというよりも、相手のあらを探して、相手を貶めようという目的のほうが目につきます。ですから、相手の聞いたことに素直に答えるとこちらが負ける可能性が高い。 相手の土俵にのってしまわないように、いかに自分の土俵にもってくるかということで、自論の展開に終始してしまうので、 問いに対して答えを期待する私はかなりのストレスを感じてしまって、政治系の放送は長時間みることができません。(おまけに、聞きたいことをちゃっちゃと話さなくて瑣末なことを盛り込んだりしてダラダラしているし)(だからいけないんだけど)

 研修などでもやることがあるのですが(この話題はずいぶん昔にロバミミに書いた記憶もあります) 相手と向かい合い、お互い会話をしなければいけないけれど、相手と話をかみ合わせてはいけないというゲームはかなり難しいです。最初からきめたことだけをだらだらはなせば簡単でしょうが、相手のいうことをわずかに聞きながらまったく違う反応をするというのは一度やってみると良いのですが、ものすごく難しいし、お互いにストレスがたまります。 ゲームが終わったときに お互いぐったりです。 まあ、政治家というのはこういう特殊な技術に長けた人たちが多いということなのでしょう。 

 ということで、昨日の疲れも「会話がなりたたない」というところでストレスが多いのだろうなあと思いました。
つまり 「聞いてもいないことを一方的に答える。」「聞いたことについて満足のいく答えが返ってこない」「良好な信頼関係が築けていない」 ということなんでしょう。

 会社でもそうですがグループを大きくすればするほど、分業化をする必要があったり、派閥ができたりして、うまくいかないことも多いです。 いろいろな人が入ってくるから意見調整にも時間がかかります。トラブルも多くなる。 だから、私はあまり大きな組織というのは好きでない。
大きな組織であればあるほど、ビジネスライクな関係がのぞましいと思うのですが、たぶん、私が昨日「やめようかなあ」と思ってしまった背景には、

1)主催者がもっともっと集団を大きくしようとしていること
2)音頭とりになりたい人がたくさんいて、船頭だらけだったこと。しかし船がみあたらなかったこと。
3)今現在、まだざわつきが残っている状態であること。
4)船頭の一人について、悪い噂を耳にしたことがあったこと。(私自身はまだ実害に遭遇していないのでどんな人なのか様子をみていた)

この辺から、今後の成り行きを悲観してしまったのだなあと思ったのでした。

まあ、ボランティアの組織なので、入るのも抜けるのも自由。様子を見ながら続けられそうでなければやめればよいということは気が楽です。

 もうひとつ、ヤダナと思った理由というのは、多分、音頭とりの人たちとも、まだきちんと意思の疎通ができていないことだろうなあ。

先日、別の人から言われたのですが、「PTAやっている人っていうのは威張りたい人が多いとおもっていたんだけれど、どうもpon2さんとしゃべっていると違うみたいな気がする。どうしてPTAをやってるの?」と。 私は「仕事があったからやってるの」と答えたのですが、これも宗教っぽくてよくなかったかなあーと。(私は特定の宗教を持ってない)。 先日はじめて知ったのですが、現PTAには特定の宗教を信じている人が多く入っていて、ほとんど全員その宗教という頃もあったのだそう。 私は活動していて、別に宗教の勧誘があるわけでもなく、それで困ったことになったことはないので、かまわないとは思うのですが、傍からみるといろんなことがあるかなあー。などと思うとそっちもなんだか気が重くなってしまうのでした。

 つまり、ココみたいに 「pon2ってこんな人」とだいたい分かってきてくださる方との付き合いはやっぱり知らない人と付き合うよりもストレスが少ないなあー。ってことで。

しかし、つぶらさんがしたのコメントに書いてくださったように、あんなに疲れた勉強会でもいくつか「へえー」と思うことがあったので、そういうところだけを栄養にすると思って行けばどうにかなるものかもしれませんね。


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その緊張に耐えられない? なんちって。
2005/10/20(Thu)
 今日は、学校で語り聞かせがありました。
丁度、先日pekoponさんが紹介してくださった、しまひきおに を琵琶の調べにのせて語ってくださるということで、とても楽しみに出かけていきました。

 語ってくださるのは2つのお話だったのですが、その前に小さなおはなしをしてくださいました。
以下、概要です。

  あかちゃんが生まれたとき、お母さんは赤ちゃんを抱っこして「愛している、お前はとても大事な私の赤ちゃん」と歌いました。 <略>赤ちゃんが 8歳になりました。 「お風呂に入りなさい」「やーだよ」 etc.でやんちゃな子どもの説明があります でも、お母さんはよるになると子どもを抱っこして「愛しているおまえは~」と歌いました。 <略>赤ちゃんは高校生になりました。.....
 と、何歳になっても、どんなにやんちゃになっても、どんなに不良?っぽくなってもお母さんは
「お前はとても大事な私の赤ちゃん」と歌います。 そうして、息子が結婚してもお母さんは その家までこっそrでかけていって 子どもをだっこして歌います(それじゃ奥さんに嫌がられるだろう。不気味だぜと突っ込みを入れながら聞きました。子どもたちも大笑い) そうして、お母さんが年を取ってもうだめだというときに、息子に来てくれと電話がかかり、息子がお母さんの部屋をあけると、お母さんがまた歌をうたいはじめるけれど、弱っていて最後まで歌えない。 そうしたら。。


という話でした。 まずいなあとおもいながらも 涙腺緩みっぱなしなので、ボロボロ泣いちゃって。 参観日のように子どもたちの後ろに一列に並んでいるのですが、場所は体育館。逃げも隠れもできない状態で、本当に困りました。

 しまひきおにも困りました。 1年生から3年生までが聞いたので、なかには泣くというよりも
「南の島にいったら鬼は友達に会えたのかなあ」なんて鬼が友達に会えるところを想像している子も多かったようです。 (原作とちょっと違うっておっしゃっていたけれど、今度原作を読んでみます)

 そんなこんなで、お話に心を綺麗にしてもらいました。


さて、その後は来週の読み聞かせの会の勉強会です。
が、それはとてもしんどかった。。。 後から帰って「なぜしんどいのだろう?」と考えてみたらよくわかりました。 

 私は、よく知らない人同士がやる 「アナタが上か私が上か」っていう無意識の格付け行動がとても苦手なんです。 私は、できることはできる。できないことはできない。できることはできる人がやれば良いと思っているので、 その場に関係のない人やら、知識やらを持ち出してきて「あなたより、私が上よ」という位置につこうとしているような行動がすごく苦手。  でも、何かひとつしゃべるごとに 相手が素直に問題の解決の方向に向いてくれず、 「あなたよりも私が上よ。だってこんなに絵本を知っているし、誰さんとも知り合いだし」みたいな雰囲気になると、さっぱり目的の方向に進まないし。

 権威がある人のいう事なら1から100まで正しいとしてしまうのもヘンだとおもうし、誰と知り合いであろうとも、その人自身の価値というのは変わらないと思うのだけれど。

 それと同時に、私は専門家の人に聞きたいとおもっていて、講師の方に質問したのに、自分で質問をとってしまうひと。 これも、「あのねー(--;)」と心の中で突っ込んでしまいました。

  私は 読み聞かせ活動をしていらっしゃる方に 「どうにもこうにも子どもが乗ってこない。聞いてないという状況に陥ったとき、読み手は気持ちとしてあせるとおもう。そういうときはどうしたらよいでしょう?」と質問したのですが、 質問の相手が答えてくれる前に 「声のトーンを変えればよいじゃない」と 決め付けて (気のせいかもしれませんが)勝ち誇ったような雰囲気で、助言してくださる人がいて、 (そのくらいは、考えるよー)と心の中で突っ込みいれてしまった。 私が言いたいのは それでもなんでも 何をやってもダメだったときだよと。 なによりも 「講師の方に質問はありますか?」といわれて講師に質問しているのに、アナタがなんで先にこたえるんだよぉ。(ToT) (いや、私もやりそうなことなので、私も同じような行動をとらないように今後気をつけよう) 

 宴会になべ奉行がいるように、集団には必ず自分が一番でないと気がすまない人がいるようで、そういう人が2,3人いると その集団は緊張の空気が支配します。
 今日は、何でも決め付ける人。なんでも自分が一番の人と、 権威の知り合いだと主張する人。自分が本を良く知っていると言いたげな人が出てきて、しんどかったー。 その集団の長は別にいるんだから、その人が長でいいじゃん。あんたたち、「すごいね。さすが。」と言ってほしいんだよね。  って。心の中で、叫んでいました。

 とはいっても、これはお互いを良く知り合う前の緊張状態。メンバーがこなれてきて、人それぞれ落ち着くところに落ち着いたら多少緩和されると思うのですが。 何回遭遇してもこの空気は好きになれません。

 いつも思うのは、そういう無駄な権威のかざしあいはやめて、もっとフランクにいけないもんかねえー。ということなんだけど。

 でも、切り盛りしている人からみたら、私もその中の一人なのかなあ。そうなりたくないと常々思っているのだけれど。ふぅ~。
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カテゴリが無意味に
2005/10/19(Wed)
 ずーっと前から気づいているのですが、カテゴリが限りなく意味がないものになっているんですよねー。いつか直さなきゃなあ。(件数が件数なので直すとなると気の遠くなる作業かもなあ)
 
 ここのところ飛ばし気味なので、ちょっと息切れです。(あ、ロバミミのことではなくて実生活の方です。催し物とかお手伝いとかそんなのばかりで) 今日と明日も予定が入っているので、金曜にちょっと息抜きしたいところだけれど、合間の休みってたまった家事で終わりそうな予感。

ま、少しずつ。

昨日のロバミミも書き間違え発見。最近以前にもまして垂れ流し状態のロバミミです。

 今日も今から午前中出かけるので、とりあえず、これだけ。(^^)ゞ
出かける用事すべてに時給800円でももらっていたら、結構な収入になるんじゃないの?とふと思う今日この頃です。 (なにやってるんでしょうね。私)
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百万匹の猫と 百万回生きた猫
2005/10/18(Tue)
 とりあえず、国勢調査やっと終わり! さきほど提出してきて、ちょっとだけほっとしたところです。

どうも今月から来月にかけてまた忙しい日々が戻ってきたみたい。いろいろ考える間もなく日々が過ぎていく感じです。昨年は予定が入ってないいる日だらけ。と愚痴っていましたが、今年はなんとなくそれが普通になってきたという気もします。
 でも、どこかでどーんと暇になってくれないとなあ。息抜きもできないし。

 さて、昨日のことですが、100まんびきのねこ という本を借りてきました。有名な本で名前をきいたことがあったのですが、よんだことがありませんでした。
 不思議な話でした。不思議なうえにありのまま、そのまま、という感じで展開に驚きました。
面白かったです。

あ、そうそう。同じくガアグの すんだことはすんだこと という本は強烈な絵本です。このロバミミにも何度も登場してきそうな話題につながる物語で、主婦ならばきっと 大なり小なりおなじような思いを抱いたことが過去にあるだろうなあなどというようなお話です。

そうして、息子の習い事の時間。息子を待っている間、書店で時間をつぶしました。児童書の棚を見ていると 100万回いきた猫 というのがありました。 こちらも聞いたことがある話です。
 「んで、こっちはどんな話かい?」とページをめくって飛ばし読みをしましたら、不覚にも泣いてしまった。 私には100万回いきた猫の気持ちがよくわかったのでした。
 書店の立ち読みで、絵本で泣くオバサン。。。。 限りなく不気味です。
客観的に幽体離脱して自分をみながら、(ウソですよ)こりゃ周りの人に気づかれたらヤバイとばかりに自然に涙がひき、鼻の頭の赤みがとれる頃までうつむきがちにほかの本を物色しているふりをしました。

 私が女性だからこそ、素直にこの本を読めたのかもしれません。 いや、現実に置き換えて「こんな考え方はけしからん」と突っ込むならば、突っ込みどころはたくさんあります。 でも、そうじゃなくて。
絵本ってやっぱり、書いてある物語をそのまま受け入れるのではなくて、その展開などが自分の思いにシンクロするものだとおもうんですにゃ。自分の中の深くしまわれた思いに気づかせてくれるというところは、寝た時に見る夢に似ています。 
 この物語は、きっと好きな人、嫌いな人が分かれる本だと思う。けれど、多分、自分が100万回生きたねこに似ていると思う人は100万回生きた猫はしあわせだったときっと思うだろうと思います。 で、この本も「落ち」を読む前に聞いちゃうと感動できないとおもうんだけどなあー。
(検索するとかなりの割合で 落ちが書いてあってちょっとしらけてしまう)

 で、息子のためではなく自分のために絵本を買ってしまいました。

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お祭りとお祭りとお祭り
2005/10/16(Sun)
金曜日から近所の神社のお祭りで、昨日は子どもみこしをだしました。そうして今日は学校のお祭り。
 ということで、昨日は学校のお祭りの手伝い「ごぼうのささがき!」を2,3本と、その後場所を移動して子どもみこしのつきあいで夜中までおまつりにどっぷり。 今日は朝から夕方まで学校のお祭りに行きます。つめが真っ黒に(だからごぼう担当って人気ないんだよねー)

 が!今日は雨ですよ。 私たちが売るのはかき氷とトン汁とウインナー。場所はどうなるんだろう。
カキ氷は売れるのか? お祭りの話はまたあとでー。

そだそだ!さっき見たテレビではじめて知った。
firefoxって レッサーパンダだったんだー。なんかイメージ違うぞ。
http://forum.mozilla.gr.jp/?mode=al2&namber=7841&page=0&rev=0&&KLOG=57
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研修会から
2005/10/15(Sat)
 木曜の研修会。お会いすると思っていなかった方とバッタリお会いしてびっくり! でも、考えてみたらお会いして当然といえば当然で。(^^)ゞ 
 数日前にお会いしていたばかりだったので、本当に「まあ、偶然!」と喜びました。

研修の内容はいろいろ考えさせられることも多かったです。
講師の方はプレイパークに興味を持たれ、イギリスに渡った後に、国内各地・香港・カナダなどでプレイパークの立ち上げに携わった方でした。 
 まず、遊んでみようということで、グループ分け。親指と親指を出してお互いくっつけて2人組を作るー>その後ひじとひじをあわせて3人組をつくるー>つま先とつま先で8人組を作る。(条件は話したことがない人) という遊びを段階で行いました。 実は私はこの手のものにはものすごく慣れていて(会社時代の研修で何回か遭遇したことがある)割と平気です。
 この辺の理論はきちんと調べてないし学んでいないのですが、体を触れさせる、自分からグループを作らせるということで一気に人間同士の親近感を増させる効果があるように思います。(握手もそうですが、ひじとひじなどという条件は相手との距離が近くなるため、パーソナルスペース内へ(自分と相手の合意のもと)人を入れることを許可することになって、相手への障壁が一気に下がると思います。

 最後8人グループになったとき、私はさっさと近くにいた人とグループになり、適当なグループに(われながら可笑しいとおもうけれど、嬉々としながら)入れてくださいと声をかけ、そこいらを歩いている小さなグループを「おいでおいで」とよびいれてグループになりました。自分から「入れて」といえない控えめな人のグループが数名残ってまっていました。

 後から、「私はこういうまったく知らない人たちの中で、その場限りの関係をうまく築けというミッションは好きなんだなあ」とつくづく思いました。 その代わり、ウエットな関係はとても苦手だったり、仕切りまくったり(独裁体制を自分でしくのも嫌い)、反対に相手の独裁体制のもと強制されることはとても嫌いです。適度に泳がせてほしいという人間なんだよなあーと われながらおもしろかったです。

 さて、プレイリーダーが じゃあこの方をどこかのグループにいれてあげてください といってもさっと手が全部のグループからあがるわけではありません。 私もこの手の研修にいってなければなにかひっかけがあるのではないかと思って慎重になったかもしれないのですが。さっさと手をあげて9人グループになりました。

  別の場で聞いたことがあるのですが、今の子どもたち、これをやらせると なかなかできない子も多いのだそうです。(あ、この辺質問してみればよかったなあ) 
どうしてだろうなと考えたとき、知らない人同士集まったときに 勝手に主導権を握っては悪いと思う人が多くなってしまったのかもしれないと思ったり、(入れてといったり、おいでといったり)そこのリーダーが「こうしてください」と言うことだけを確実に聞いて自分なりのバリエーションを加えない。(8人グループになれといわれたのに9人にすることをためらう)子が多いのかもしれないと思いました。
 ある意味それは正しい行動だけれども、それだけだとうまく回らないこともある。 学校の枠組みの中で暮らそうとしたときに 枠組に触れないように内側だけで暮らすように皆お行儀よくなりすぎているということもあるのではないかと思いました。

 ひとそれぞれ性格があって、「おいで」といってもらえないと自分からはグループに入れない人がいて、「おいで」と自分から招き入れる人がいてというのが自然な姿だと思うのですが、今はその自分から言えない人の比率が大きくなっているのではないかと思ったりしました。

 会社でもそうですが、組織をうまく回そうと思ったら 自分の担当だと思われることよりもちょっとだけ広い範囲も担当するという気持ちが相互に必要で、その部分ができないとうまくつながらないように思います。 それはときには越権行為ととられるリスクもあるのですが、あるグループとあるグループが関係する場合に避けて通れないことだと思います。


さて、次に、グループ内で話し合いをすることになりました。 昔やって楽しかった遊びを紹介するというものです。 まあ、出るわ出るわ。私は男の子と遊んだりしていたのでかなりやんちゃな方かとおもいきや、とんでもない。 「そんなことまで!」と驚くようなことがたくさん出ました。とても面白かった。すごーく面白かったことなのですが、ここでは紹介しません。ごめんなさい。(^^)
皆、そこそこやんちゃをやっていたということと、「息子がそれをやったら私はすごく心配するだろうなあ」とおもうことばかり。 息子も小さくまとまってしまっているのかもしれません。本当はもっと親の手から離れて好きにいろいろやったほうがよいのかもしれないなあと思いました。
 でも、今の世の中自体が昔とは違ってきている部分もあるし、難しい問題です。

 最近の公園について、「火をたかない」「植物・動物を採集しない」「穴をほらない」「ボール遊びをしない」 果ては「はだしで遊ばない」「なかよくあそぶ」などの決まりごとがある公園もあるという紹介をうけながら、 近所にある穴を掘っても、火をたいても、植木を切っても、屋根に上ってもよい公園について、保護者の間でも「よい」派と「危険でとんでもない」派賛否両論であることを思い出しました。

 この傾向は日本だけではなく、自然が豊かであるというイメージを私が持っているカナダでもそうだと聴きびっくりしました。 カナダでも自由に子どもがやりたいことができるプレイパークを作りたいという話は 当初「そんな危険な施設に土地は出せない」という猛反対にあったのだそうです。

 最近息子と自然の中で遊ぶ機会に、私が子どもの頃やったこと(技術や知識)が、長年使っていなくても私の中にしっかりと残っていることに気づいて驚くことがあります。
そういう技術や知識は 本を読んで覚えたものではなくて何度も何度も自分が実際にやって覚えたものです。自転車に乗れるようになったら何年たっても乗れるように、子どもの頃の経験は大人になっても生きています。 そういう機会を 「危険だから」ということでたくさん奪ってしまっているのではないかと思い始めました。 その結果は、息子たちがおおきくなってみないと分からない。そうして息子たちが親になったときその子どもたちにどう接するか。長い長い時間のなかでしか結果が分からないことであり、それはやり直しが聞かないことなんだけれどと思ったのでした。

 私の後輩のことを思い出しました。彼女はものすごく良い仕事をします。機転が利くし、はっとするほどの発想の転換があったり、無駄のない案を提案することができます。
 彼女の子どもの頃の話をきくと、ザリガニつりにはじまって、面白いことをたくさんやってきています。 (かなりやんちゃだったようです)。もしかして、彼女のその資質は遊びの中からつちかわれてきたものかもしれない。私たち大人は 子どもの安全を考えるあまりに 子どもの資質を伸ばす機会を奪っているのかもしれないと思うのです。

 コンピューターを使ったゲームは 所詮人の考えたゲーム。コレに長けたとしても、自然の未知具合の比ではありません。テレビから得られる情報はたしかに多種多様ですが、結局は人の目や手を通して編集されたものです。最近は日暮れも早いし、危険もあるしで家の中でゲームというのを容認してきていたけれど、少し考えたほうがよいかもしれないなあと、反省しました。 
 
 
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まだまだバタバタしてます
2005/10/13(Thu)
昨日は、朝歯医者。 その前にボランティアで学校へ行って、歯医者の後また来ることを言ってから歯医者へ。とんぼ返りで学校へ。 ダンボールなどがほしいということだったので、家までダンボールをとりに帰り、また学校へ。
 昼過ぎまで学校で図書の整理やらなんやら。

ホコリがすごくて咳き込むわ、鼻水が出るわ。マスクをもっていかなかったことを後悔。

子どもたちが帰宅しはじめたので、あわてて家に。 夕方からはスイミング、その後、遠足の弁当のおかずを息子と一緒に選びながら買い物。

 
 昨日は、ちょっと「どうかな?」とおもうことがスイミングスクールでありました。
少し前もロッカールームで着替えがないということがあり、息子ともう一人の子の着替えが別のロッカーに入れ替えられていたことがあったのです。

昨日はもっと悪質。
出てきた息子が 「来たときにはIDカードがあったのに、なくなった。」と。更衣室を探すように行言ったのですが、ないというので、フロントへ行って落し物として届いてないかどうかをたずねました。 とどいていませんでした。
 更衣室に私が入って一緒に探してよいかどうかを聞き、了解していただいたので、更衣室のロッカーをひとつひとつあけて探しました。

 息子からは見えない高さのロッカーの中に 半分に折り曲げてカードだけが入れられていました。 磁気のストライプがついているので、たぶんもう使えません。
 結局フロントで事情を話して再発行してもらいましたが、いまひとつ気分がわるかったです。
子どもしか入らないロッカーでこういうことがあるって。 それに、理由もわかりません。
 息子にそれとなく周辺状況をたずねてみましたが、 楽しそうに話す息子にはどうにも心当たりは、なさそうな雰囲気だし。

 まあ、こういう人はどこに行っても一人はいるとおもうし、息子は無防備なところもあるので、そのあたりは自分で防げるようにならないとなあ。それを覚えてほしいと思ったのでした。(たとえば必ず鍵つきのロッカーに入れて施錠するとか、自分の荷物から離れないとか)
 
 さて、今日は 息子は遠足。 さきほどお弁当を持たせて送り出したところです。私は区Pの研修会の準備と出席、あとかたづけ。 朝から出かけます。まだまだバタバタしています。


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例の写真 と 臭い騒動
2005/10/12(Wed)
 タイトルが悪すぎるかな。
例の私の撮った写真がラベルに使われていた件、やっと画像upします。
といっても、デジカメでとると加工が面倒なので私の携帯(もうだいぶ古い)で撮りました。
これだとそのままupできるし、



これです。どう見ても私の写真なんですがー。
しつこいようですが、私の写真はこちら。


といいながら、だいぶ時間がたってしまったのでー。(私は怒りが持続しないタイプ)
ひとつだけいわせてもらうと
スプリングスターフラワー バルビフローラじゃなく パルビフローラだってばよ。
ネット検索したというのがバレバレですね。 パソコンでみると パだかバだか区別つきにくいもの。
だけど、私のページをみたのであれば parviflora を記載していたので b じゃなくて pだってわかりそうなものだけれど。


さて、この連休、行きたいと思っていたところがあったのだけれど、雨だったのと、家族がいまひとつ乗り気でない雰囲気だったのでパス。 久々に2日続けてパンを焼きました。
 思い立ったらすぐに焼けるパネトーネ酵母を使用。(天然酵母の中にはたねおこしからやる必要があるものがあったりして、私はそちらを使うことが多い)

 2日目(月曜日)は 日曜に焼いたパンがあっという間になくなってしまったので、少し多めにつくりました。そうして1個はその日食べてもう一個は次の日(つまり昨日)食べることにしました。

息子が帰って来たので パン食べる?と聞き切り分けたのを渡すと 「もう一個食べる」といいました。 切り分けたときに 「固くなるとおいしくないから」と小分けして1個1個ラップをかけたものを何気なく手渡しました。(天然酵母の場合、さめたときにあっという間に固くぼそぼそになってしまうことが多いから。ただし暖めるとふわふわもちもちに戻る)

 少し食べてから息子 「おかあさん、なんかこの辺変なにおいがしない?」と聞きます。「ん?」とかいでみてもさほど臭わない。 パンを食べていたらヘンなにおいがしたんだけど、学校からヘンなにおいをつれてかえってきちゃったかな。と息子。

 なんだろうと鼻をたよりにさがすと、なんとパンが臭っている。 「なんだかプラスチックかなんかみたいなにおいがするねえー」と私 なんで?さっき食べたときは別になんでもなかったのに?? と思いながら もう一度たしかめてみると 犯人はラップでした。 使っていないラップを引き出して それをかいで見ても 臭いのです。 ダイオキシンが出るからということで、長い間ダイオキシンが出ないタイプのラップを使っているのですが、こんなににおいを感じたのははじめて。 おもいおこしてみても、いままで おにぎりをつつんだり、パンを包んだりしているわけだし、それまではこんなにおいはしていなかったのに。 プラスチックなどが朽ちはじめたようなにおいがするんです。 どこのメーカーのラップだったろう?と思い起こすのですが、うちではラップは 外箱を捨ててしまってラップフォルダーに入れて使っているので不明。 (ラップの外箱を捨ててはダメですね)
  ダイオキシンが出ていないにしても、においがするということはにおいの成分は拡散しているとおもうから と、パンもすてることになりました。

  記憶をたどると、ドラッグストアで安売りされていたラップを買ったような記憶がよみがえってきたのですが、それまでは普通に使えていたようにも思います。
(というよりも、ラップを直接鼻の近くに持っていくこと自体がなかったのかも)

とにかく今のラップは別のラップに取り替えることにしました。 もしかしたら 安物買いのなんとやらだったのかもしれません。
 
今日の迷惑メール拒否アドレス (たくさん来るので 当分拒否アドレスを書こうかと。自動発生アドレスはどうだろう。 ロボット収集で、実在しないアドレスはノイズになる可能性もあるから、効果があるか、それともエラーメールが増えることによるサーバー負荷で迷惑になっちゃうのか)

 追記

やっぱりアドレスを書くことでサーバー負荷など迷惑になるなど 害の方が大きいとのことでした。アドレスは書かないことにしましたー。

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迷惑メールの疑問をちょっと調べてみた
2005/10/11(Tue)
 あいかわらず迷惑メールはやってきますが、もう慣れっこなので、見もしません。
スパムカッターもうまくはじけることもありはじけないこともあり。たしかに毎回メールを削除するのは大変ですが、文面をきちんと読むこともなく即消しです。なれとは恐ろしいものです。

今日届いていたメールも笑えました。

全国の都道府県ごと1名様づつに、【この当選告知メール】を配信しております。
貴殿の地域でのご紹介女性は『伊東麻代』様。


 「当選告知」はいけてないとおもいます。「ご当選のお知らせ」のほうが普通だとおもうけれど、 印象に残るようにわざとなのか、それともきちんとした組織のように見せたいがためにこういう固い表現を使うのか。 大手メーカーのお客様サービスをみても 当選告知なんていうのは皆無だと思います。 
しかし都道府県は広すぎないか?>せめて 市でしょう? と思ったのですが。
北海道の人などはどうするんだ? それでも近ければラッキーということになるんでしょうか?


ためしに 「全国の都道府県ごと1名様づつに、」で検索してみたら、すでに15件ヒット。
全部『伊東麻代』様なんだけどー。<とわかりきったことなのにツッコミ。

■登録しちゃった人はどうなるんだろう?

 といいながらも、だまされちゃった人、いつか気づくんじゃないの?登録しちゃった人はどうなるんだろう?という好奇心を抑えきれずつい検索してみましたら、体験記なるものにヒットしました。

 その人は相手の人と会う約束をして、新宿区役所前で待ち合わせをしたけれど、その日にメールでドタキャンだそうで。 なるほど。ありそうな手口。

そうして、そのサイトでは、 かならず ○○市役所 とか○○区役所を会う場所に指定してくるとのこと。 中には %3役所 を指定してきた人もとのこと (※ ココ意外に重要)

 検索ヒットしたサイトはどうやら出会い系サイトと提携した広告サイトのような雰囲気なので内容を鵜呑みにはできないもののかなりの情報になりました。 なるほどー。
 リンクは貼りませんが、どうしても知りたい方は %3役所でもいい? で検索するとすぐにヒットするのではないかと思います。

■サクラがいるっていうけど

 と、検索ヒットしたのがこちら、 出会い系サイトのトラブルと被害(サクラにだまされるな) 

 こちらとこのページのリンク先を読むことで大体のことがわかりました。

例えばメールの本文に「#name」と入れれば相手の名前に自動で変換される。つまり相手の名前など見ずにメールをしているわけだ。また自分で作った定型文を登録することができ、それを選び、相手を選択するだけで、定型文のメールが送信される。相手は複数選択可能。


 なるほどなるほど、この機能は定型メール機能としてちょっとしたメーラーについている場合もある。 たぶん上の%3役所というのは 本当は %3の部分に 新宿区 を入れるはずが、設定し忘れか何かのミスなんでしょうね。

 このサイトのリンク先 B氏の体験談もなるほど!と。
写真はどこから?という疑問。(といっても私、写真見る気も起こらないので、サイトを見に行ったことがなくどんな写真なのかみたことはないのですが)

トップページにも女の子の写真を並べ大々的にアピールした。これも大当たりし男性会員はさらに増え続けたのだが、問題はその写真の出所だった。B氏は写メ画像を業者から買っていた。

なるほど、需要のあるところに供給アリ。 しかし、その写真が問題だったということらしいけれど、そりゃそうだなあ。

 よく自分のブログに「綺麗に写った自分の写真」を載せている人がいるけれど、ものすごく ひいてしまう。 芸能人や、職業がら顔を明らかにしたい人は別として、普通の人はあまりしないでしょー。イマドキ。  もし、万が一普通の人が 自分の写真をブログに載せていたとしたら、アヤシイ業者からすると結構おいしい状況で、先日の私の花の写真のように無断で保存されて出会い系サイトの顔写真になっているかもしれない。 おーこわ。

 そういえば、先日「美人でなくてもいいですか?」みたいな迷惑メールがあったように記憶しているけれど、その「美人でない人」に自分の顔写真が使われてたら。。。(^^)ねー。

■なぜサクラをする人がいるの?

 大きく分けて2つあるみたいです。ひとつは 求人情報で「入力事務」とあって応募したらサクラだったということ。 もうひとつは「お金をもうけたい」と知っていてサクラをやっている人。

 教えて!goo 出会い系サイトのサクラのバイトについて教えて下さい!

バイト情報誌に「入力業務」とあったので応募したら、さくらのバイトでした・・。


janjan それでも出会い系が好きですか、女形「サクラ」が見た現場とは

 Aさんは知人を介して、アルバイト雑誌に載っていた求人を知った。募集の名目は「パソコンのユーザーサポート」。しかし、実際は携帯の出会い系サイトの応答要員、いわゆる「サクラ」だった。採用にあたっては、「この業務について他言してはいけない。人に聞かれたら『ユーザーサポートをしています』と言うこと」と、会社から念を押された。


というのと、割りの良いバイトということを知って続けている人も。。のようです。
私が本物教えてあげます!現役出会い系サクラ日常暴露日記 
この辺も。。参考までに。リンクを貼ってないので、自力でタイトルからさがしてください。 

ココまで調べたら結構すっきりしてしまった。(^^)


~~~~
追記 ふと思いついたのだけれど、ここに迷惑メールの差出アドレスをそのまま書いておいたら迷惑メールアドレス収集ロボット君が収集してくれて、そこにも迷惑メールが行くようになったりしないかなーと。 いうことで、ま、中には作り出したアドレスもあるだろうけれど。

追記の追記
 やっぱり、アドレスを書くのはネットワークに負荷かかりまくって迷惑になったとしても相手は痛くも痒くもないとか くぅ~~~。 ということで、 皆さんにご迷惑をかける片棒かついじゃいかんです鯛なので、けしましたー。

 コメントいただいた方>ありがとうございました。(^^)  鯛は好きだけど、くさやは一度たべてみたきりです。 うまみもありましたが、ニオイが克服できなかったー。<私信..

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恐怖の裏表女
2005/10/08(Sat)
 秋だからというわけではないのだけれど、ここのところ本の話題ばかりで失礼を。

乃南アサさんのエッセイに 「好きだけど嫌い」 というのがある。
乃南さんの本は「凍える牙」を読んでからあまりに面白かったので、興味を持った作家さんだ。

その好きだけど嫌いの中に 「恐怖の裏表女」というエッセイがあって、そこに 

男性を前にすると性格まで変わってみせるという女性というのは、同性からは徹底的に嫌われる。
「何、言ってるのよ。意識する人の前で、少しでも自分を良く見せようと思うのは、普通でしょう?」


という文があり、ふと下のコメントで頂いた 「相手男性だったらそこまで苦情を言わない」っていう文と相乗効果で ふんふん。と読んでしまったのであった。

乃南さんの知り合いに 控えめな中にも芯の強さを感じさせる部分があり、乃南さんなりに好きだった女性(もう三十路すぎ<原文より)がいたということだけれど、ちょっぴりでも男性が近くに来ると豹変してしまう人らしい。 

 
いつまでも女子大生に毛の生えた程度のつもりかもしれないが、端から見たら気味が悪い。


とあって、 ああ、いそうだな。そういう人。と私も納得して妙に受けてしまった。
何歳になっても、「チョッカイ」だしてもらったと 自分の美貌?若さ?の証明のように喜ぶ人はたしかにいるものなあ。 だいたい、男性というのも不思議なもので、 チョッカイを出すと喜ぶ人はわかるようで、まあ需要があるところに供給があるということなのかな。

 ここまで書いて 森光子 演技とか女優としてとかは別として 気持ち悪いと思うのはこの辺にあるのかなあなどとも思い当たった。 (森さんが裏表女というわけではありません。ただ、ずいぶんと年の離れた若い男性に対する興味?その表現?がちょっと私には理解しがたいかなーと)

 乃南さんのエッセイの切り口は鋭くて、ちょっと溜飲を下げたりする。

そういう裏表のワザを身につけている女性というのは、ある共通点があるような気がする。大抵の場合、平気で嘘をつく、友人を裏切る、計算高い、策を弄するなどである。そういう恐ろしい一面を持っている人のどこを信じればよいか分からないからこそ、同姓は遠ざかるのだが、哀れな男性にはそれが分からないときている。
<略>
まんまと術中にはまり、気がついたときには食虫植物に食われるハエのごとく、のっぴきならない状態に引きずり込まれる男性の、何と多いことか。


 私も過去をおもいおこして 何人か 「あの人」と思う人がいたのだけれど、皆さんはどうだろう。



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メメント・モーリ
2005/10/07(Fri)
国勢調査の方はちょっと失敗! 面識のない家庭を回るので名前と場所が一致せず、向かいの家で「午前中」に来てほしいといわれたのを もう一方の方のお宅と思って呼び鈴を押してしまったのでした。 おばあちゃんが対応してくださったので 封筒を頂いて次を回るときに 先ほどのお宅は午後1時から2時とおっしゃったと気づいたけれど、 「お留守ではなかったし、大丈夫だろう」と思っていたのです。
 ところがどっこい、市のほうに苦情が行ったらしく。(ToT)  隣を回ったときに、返せばよかったなあ。ちょうどご在宅だったから回収できてよかったと思ったのが失敗だったなあ。 3時間くらい後をその1件だけのためにまた来なくていいからと 楽なほうに考えてしまったのが失敗だったなあ。

30日頃に回収したものなので、だいぶ時間がたっているし、今ニセの国勢調査員が回っているというニュースがたくさんながれはじめたので、余計に心配で苦情が行ったのかもしれない。 失敗でした。 時間を間違えたのはこの1件だけ。それでもガツンと苦情というのは来るんだなあ。 (くぅ~。 悪いのは私です)

 昨日は午後から区のpta会議だったので出かけて、急いで帰って息子の書道教室へ。
息子の習い事は、今気分がのらない時期らしく(夏休みに燃え尽きたみたい)どれもこれも皆行きたくないといいはじめているのだけれど、それでも新しい友達ができたりして少しずつもちなおしてきているところです。やめるもの、続けるものというのの選択は難しいなあと思います。
 息子に関して言えば、仲の良い友達と習い事の日があわないことが最大の動機というか。
友達が遊べる日が1日くらいしかなくて息子も遊べる日は2日しかなくてということだから。
 
 長い休みを過ごして「学校にいかなくて一日あそんでいていいから夏休みは好き」なんていっていた余韻だろうなあ。 「学校に行かないとうれしいの?」と聞くと「うん」だそうで。小学生の頃から学校嫌いだったかなあと自分のことを思い起こすと複雑な心境。 その頃の気持ちはもう思い出せないなあ。 

 さて、その書道教室の待ち時間にもう一冊本を読み終わった。最近は児童文学を読むことも増えてきて、ちょっとはまっているところです。すぐに読み終えられることもうれしい。
 本の内容によっては、なかなかその本の世界に入り込めなくて「読めないわー」と思うものもあるけれど、あっという間にその世界にのめりこむと 感動も大きいのが児童文学。 おそるべし。

 読み終わった本は

メメント・モーリ 

メメント・モリとはご存知の方も多いでしょうが、「死をおもえ」との意味。私は友達のブログでこの言葉を知った丁度その頃、「ヨーロッパ・ジュエリーの400年 ールネサンスからアール・デコまでー」 という展示が近くの博物館であり、テレビで紹介された 骸骨と赤ん坊を組み込んだ指輪などを見たため強烈な印象を持った言葉です。

 今回は 「メメント・モリ」で本をさがしていたわけではなく かっぱうたろう が本当に面白かったので、その作者の おのりえんさんの本を探していてふと目にとまったがこの本です。

 さて、読み始めて中盤くらいまでは なかなか進度が遅かったです。 すぐかっとなるたちと自分のことを言うお母さん、けれどお父さんが怒らないようにもくもくと家事をこなす画家のお母さん。なんでも自分のやることが一番で「いいか。百人の人がいたら大切なのはたった一人の特別な者だけだ。あとの九十九人は自分の頭で考えたりできない。愚衆ってやつだ。トップは一人でいい。あとは、その一人についていけばいい。そしてお前は、その選ばれた一人の方だ。
わが家はそういう家系なんだ」 というのが口癖のお父さんがほほの家族です。

 実は私、このお父さんと似た言葉を伝え聞きで聞いたことがあります。世には本当にこういうことを考えている人が意外に多いのかもしれません。

さて、ところが 主人公の ほほ(名前です)は、その親の期待に押しつぶされそうになってしまいます。自分が親の期待にそえるような子ではないという思いがあったのです。

 多分、対象年齢は子どもに親のあらが見えてきて 「いやだな」と思うところが増えてくる頃だと思います。残念ながら私はそれをとうに通り越してしまったので、その辺の思いが薄れていてなかなか物語に入り込めませんでした。中盤くらいまでは、まるで「千と千尋の神隠し」のような展開です。なんとなく、面白いというよりも借りたから読みきりたいとおもう気持ちで読み進んでいた私ですが、残り三分の一くらいになり、昨日の 区pta委員会の待ち時間あたりから一気に読み進みました。

「守るものがあればあるほど、人の中には恐れがふくらむのよ。」 
友達になった水の鬼の叔母にあたる人がほほに言います。彼女はうまれつき目も良く見えなくて体も弱かったのです。 だから彼女は水の鬼から薬草の鬼になったのだということ。
 「人はときどき、考え違いをするわ。弱さを取り払ったところに、本当の自分があるって。でもね。ほほ、弱さはその人の始まりよ。取り払うことはできないし、取り払う必要はない。その人の芯」

 ほとんどこの本が終わりに近づいた頃、私にとっては驚く出来事がありました。この本と出合う時期が違っていたら、このシーンでぼろぼろ泣いていたかもしれない。
 「こんとあき」で泣いてしまったと共通するような思いがちらりと刺激されました。 あの頃にこの本と出合っていたら忘れられない本になっていたかもしれないなあと。

  息子もだんだん大きくなってきて、それにともなって(とはいっても、この本は私だけが読んだのですが)こういう本との出会いがあるってとても幸せなことだなあと思います。

ここで書いた「かっぱうたろう」と「こんとあき」は本当にオススメ。どこかでみつけたら読んでみてください。 「かっぱうたろう」は息子も面白いと夢中になった本です。もちろん私も。
 「かっぱ たろう」 ではなくて うたろう です。







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外は雨でも心は青空さ! 夏の庭
2005/10/06(Thu)
 いやはや二日続けて愚痴につきあわせてしまった皆様大変ご迷惑をおかけいたしました。
皆様がきいてくださったおかげで、すっかり気持ちの方はおちついて青空を取り戻しました。

 昨日は午前中 ボランティアで学校。午後は息子の習いごとへ
 今日は午後から 区pta の運営委員会と 息子の習い事
 明日は午後から 個人面談です。

ところで、昨日、息子の待ち時間に読み終わった本が本当によかった。

夏の庭というたぶん小学校高学年から中学生あたりを対象として書いた本だと思われます。

 小学校6年の夏、でぶの山下が学校を休んだ。おばあさんが亡くなってお葬式へでていたらしい。いままで想像の世界でしかなかった 「死」というものに遭遇した主人公たち3人はそれから怖い夢を見たり 死とはなんだろうと突き止めたい思いに駆られる。
 河辺は、近所にすんでいる死にそうだと思われる一人暮らしの老人の死ぬところを見ることで死とはどんなものかを知ろうとボクと山下に言う。気が進まない僕と山下。しかし、死について思いがまさり、僕たちは老人の家を見張ることにした。

 どこの町にでもありそうな一人暮らしの老人の家はゴミ袋が詰まれ、住んでいる老人は夏なのにコタツに入ってテレビばかり見ている。 まさか、テレビを見ながらとうに死んでいるんではないかと心配になる子どもたち。そうこうしているうちに、老人は見られていることを知ってどんどん元気になっていく。そうして。。。

 最後まで一気に読んで、泣いてしまいました。

テーマとしては12歳の少年たちの忘れがたい夏ということで 映画「スタンド・バイ・ミー」みたいなものかな?と軽く読み始めたのです。ところが、スタンド・バイ・ミーは見た当時私はあまり感動しなかったけれどこの本はずっしりと心に響きました。

もう少しだけネタバレを続きで
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昨日の試練
2005/10/05(Wed)
 はい。コメントにも少し書きましたが、昨日は私のオトナ度を試されてでもいるような一日でした。(というか、ぶちきれるのを待っているかのようなかな?)

実はPTAのことでちょっとありというのがそれでした。

 学校で教頭先生に呼び止められて「PTAのことだから」と事務の先生から話を聞くと、ある係が土曜日に郵便物を料金別納で送ったのだけれど、その中の20枚があて先不明だということで、郵便局から戻ってきてしまったとのこと。

 封筒の表書きを見ると 「人の名前しか書いてないもの。」 「学校名しか書いてないもの。」でした。 学校同士で郵便物を送る学校便というものがあります。その場合は学校名だけで届きます。どうやら、学校便と生徒に持ち帰ってもらうものも郵送手続きしてしまったようです。この手の失敗は自分でもやりかねないので、ちょっと同情的になり 事務の先生には 「間違ったようですね。お手数をおかけしてすみませんでした。どういたしましょうか」と謝って、学校便と生徒宛に出してもらうことにしました。私としては、この仕事にはまったく関係ないのだけれども、学校からみると私の仕事なんだろうなあと思いました。それに誠実に対処してくださった事務の先生にはとても好感を持ちました。

 郵便局への連絡が必要とのことだったので、 委員長さんに私から伝えるということにして学校から帰りました。

 さて、帰りにふと気がついたのですが、土曜日といえば知り合いがその係で学校に来ていましたから、もしかしたら知り合いがやったことかもしれない。 委員長さんを通すといろいろあるといけないから、家も近いことだし、直接彼女に言ったほうが良いかもしれないと思い直し、委員長さんには 担当の人を聞くだけにしようと思い直しました。

 帰宅後、委員長さんに電話連絡。「土曜日に作業したのは○さんですか?学校から言付かってきたことがあるので」というと「何でしょう?」と。話をしてみるとどうやら郵送手続きをとったのは委員長さん本人だということ。 それだったら話が早いと思った私は上のいきさつをお話しました。
 
 すると委員長さん。突然私にむかって、「この仕事はとっても大変だったんです。名簿もなくて、先生から名簿をもらおうと思ってもこれ以上知らないっていわれるし、たくさん書き直してある名簿を来年のためにと委員さんがうちこんでくださったんです。」と延々と私に苦情を言い始めました。 「ああ、学校便のことがうまく引き継ぎされていなかったのですね。今回はもう事務の先生がやってくださったので、来年同じようなことにならないように引継ぎ資料に書いておいてください」と言ったのですが、内心は、(知らなかったといっても、その封筒が混じっているということは委員さん内の伝達不足もあるかもしれないし、実際郵送する場合は宛名がきちんとついているかどうかを確かめなかった人の責任ではないかなあ)と思いました。その後も苦情をだーっと私に言われて、また内心(私に何をしろと?)と。思いました。そうして、「今日の午後から丁度学校に行く用事がありますから、事務の先生には私のほうからご連絡がついたとお伝えしておきますので、後は領収書を持って郵便局へ行くところだけをよろしくお願いします」と言いました。
 私はこの仕事や委員会には一切かかわってないのですから。 今回のことに関して、配送の手続きをとったり事務の先生とお話をしたり、委員長さんに連絡をとったのは「やってあげよう」という気持ちだったのに、たくさんの苦情を言われひとことも 「ありがとう」の言葉がないことに驚きました。

 結局、(なにがいいたいのだろう)と思いながら聞く電話。(ああ、私が謝るまでこれが続くのかもしれないな。私には何の非もないはずだけれどな。)と思い始めましたが 「いろいろご面倒でしたね。お手数をおかけしました。申し訳なかったですね。」とあやまるとやっと落ち着いた向こうの人に (でも私って、この仕事になんにも関係のない、どちらかというと善意で手伝った人間なんだけどなあ)と割り切れない思いでいっぱいに。

 まあ、相手の人からみると 自分と委員会の人以外は全部悪いということなのかもしれないなあ。PTAの役についているっていうことは直接関係ない昨年の人の引継ぎまで私が謝るという職なんだろうなあ。

なんて思いながら釈然としませんでした。

夫にこの話しながら、 「私はこの人と結婚してなくて本当に良かったと思う。ま、相手は女性だから結婚はできませーんだけどねー」といって、夫に笑われたのでした。
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プチギレ
2005/10/04(Tue)
えーと。
フ”チギレではなくて petitのプチ のキレです。

 やー。やっと国勢調査が一段落したのですが、下で書いたうんちゃらコーディネーターという通帳を肩書きつきで準備しろとのことだったので銀行へ行きました。

 7日までに提出なので一日でも早くしたいという学校側のお話だったので、 今日すっかり済ませてしまうしかないぞーと。

 で、私の頭の中の今日の予定は

1)銀行で通帳を作る
2)その足で学校へ行って手続きを済ませる

という感じだったのですよ。

ところが、銀行へ行きましたら 窓口の方が「団体名で通帳を作る場合は、あなたがたしかにその肩書きのついた人であるという証明が必要だ」とおっしゃる。
 そのコーディネーターの名簿などはおもちではないですか?とか。  そんなものはこの7日に教育委員会に申し込むのが最初なんだからあるわけはありません。どんなものが必要なのですか?と聞いても要を得ない。名簿はありませんが、私自身がコーディネーターであるということを証明できればよいのであれば、学校長の名前などで文書が一枚あればよいのですか?ときくと 「そうですね。それを持ってきてください」とのこと。

 内心何をもってこいということもこちらから言わないとわかんないのかなーとおもいつつ
しょうがないので、学校へ行きました。 学校でその旨伝えて書類をととのえて頂く間、とりあえず図書ボランティアで本棚から本を出して本棚を拭き、一冊一冊本を拭き戻し。
 「あー。学校のほうが本は汚いけれど、こんなことやってるんだったら家の本棚から本を出して一冊一冊拭きなさいよー」と自分に心で話しかけながら。 (それだけやったらどんなに綺麗になることか) ようやく書類が整ったので 銀行に戻ろうと思ったところ、丁度PTA関係でちょっとトラブルがあり足止め。 連絡すればすむ話になりそうだったので連絡を請け負って銀行へ。

 さて、二度目の銀行。もらった証明を出して同じく口座を作りたい旨話したら、今度は「どのような目的で、どのような活動をして、どのように口座を作るのかという証明がないと口座が作れない」とおっしゃる。 最初からわかっているんだったら必要書類はどのようなものかまとめて言ってくれよと心の中で思いながら。 
 
 にっこり微笑みながら窓口のお姉さんは 「書類を調えていただいて明日またいらしていただければ」と さらりと言うので  題の通り プチ 切れました。

 頭の中では

1)私が作りたくて口座をつくってるんじゃないのになー。
2)書類が必要だったらどのような書類が必要か最初に全部いいなさいよ。
 (この調子では明日また書類を持ってきたらアレが足らないだのコレがたらないだの言われたらたまらないぞ)
3)あなたの銀行で口座がつくれないというのであれば、近くの別の銀行に行っても良いわけだし。
4)なにをするために、どんな書類が必要かということも はっきり言わずこともなげに明日も来いだなんて何様なんだ?銀行様? (たとえば、団体名義の口座を開設される皆様へという  どういう指導があって どんな書類が必要になるかという文書が1枚あってもよさそうなものだよ)

 など、たくさんの考えがグルグルと浮かんでは消え。

 ま、オトナですから、罵声をあびせることもなく。

「私は、先ほど窓口に来まして、私がコーディネーターだという学校からの証明があれば口座が作れるからといわれて、学校で証明を書いてもらって来たのです。ですから、今日ここに来るのは2度目です。明日これだけのためにまたで直すのは嫌なので、できないのでしたら、結構です(ほかの銀行あたるわ)。
 もし、これ以上の証明が必要というのであれば、教育委員会にそちらから連絡をとって確認をとっていただくというわけにはいきませんか?
 それとも、FAXでよろしければ、学校に連絡をとりますが?」 というと FAXでも良いとのこと。

学校に連絡して、教頭先生に事情を説明し、 「必要な書類について私からの口伝えですとまた不足が出るとこまりますから、直接窓口の方と話していただけますか?」と窓口のお姉さんと代わりました。

ここで私の心の声。 「私の携帯でかけさせるんじゃなくて、ご連絡でしたら、どうぞこちらをお使いくださいといって銀行の電話を出すくらいできないの?」

 窓口のお姉さんは長い間教頭と私の携帯でしゃべっていて、電話を切り「上司と相談してきます」と窓口の後ろでひとしきりはなしていましたが、 「やはり書類がないと口座が作れませんから」と私に言います。 「教頭からのファックスではだめなのですか?」と 言うと 「あまりファックスでは送りたくないような口ぶりでいらっしゃいましたのでー」と。
 「もういちどそちらから電話していただけますか?」というと 電話して すぐに学校からFAX送信の手順が整ったらしくその後はとんとん拍子に進みました。

 
長い話でごめんなさい。

 つまり。私がプチ切れたのは、銀行の窓口の対応なんですよ。

書類がいるならいるで、1回目に取りに戻るまではしょうがないとおもうのです。しかし、必要な書類のすべてを伝えない。 自分たちの連絡不備で書類が足りない場合に、その場でどうにか対応できるようにしようという気がない。 何回も客に足を運ばせるようなことを平気にやるその神経にプチキレです。

お客様に何度も足をはこばせて当然のような そんな姿勢でいいんですか?銀行さまですか?
 あなたたちは私たちの預金があっての銀行じゃないんですか?
預かってやっている。口座を開設させてやっているという お大名さまなんですか?

です。

 会社で仕事をしていたときは、できるだけ相手に無駄な手間をかけないように考えていました。
自分と相手の責任範囲は明確にしていました。 「次にやること」だけを考えて定型業務だけしかできないような。そんなプロ意識の低いことで!

 もーまったくー。私の午前中の時間を返したまえ!です。  ほんまに! 私のほうがずっときちんと窓口業務できるぞ!

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笑えるスパム
2005/10/03(Mon)
 友達のページにスパムのことが出ていたので思い出しました。
最近来たスパム。

キヤンペーン断続決定!

ご好評頂いている奥様ランチキヤンペーン


キャンペーン継続決定の間違いでは? いままで途切れなく来ています。おたくのスパム。

 断続:切れたり続いたりすること。

 コピペして気がつきましたが

奥様 らんちき(乱痴気) ヤンペーン ではありません。たぶん。


赧靉 靉霙鉅?廾勾W算
当サイトの大きく分けて四つ強みが活かされ、Nョアに輝きました。
コッックーカーキョッッョ


まずはこちらでお試ししてみてください。
コッックーカーキョッッョ
ュュュュュュュュュュュュュュュュュュュュュュュュュュュュュ
<ホマョノ ァ >⇒ ゜゜キキ゜キキタョ
<今後、受信を拒否する場合は>⇒ ゜゜キキ゜キキタョ
ュュュュュュュュュュュュュュュュュュュュュュュュュュュュュ


 url(コッックーカーキョッッョ)もメールアドレス(゜゜キキ゜キキタョ)も文字化けして読めません。 

 そうやって読んでみると、 日本語にしてはちょっと苦しい 「当サイトの大きく分けて四つ強みが活かされ」 

 ワロター
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