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架空請求キター
2005/01/31(Mon)
なんだかだと書いていたら、たった今架空請求がきましたよ。
気分最悪!

検索してみたら
Musikant さんの「こんなのきました」とまったく同じレイアウト。
同じ文面。同じ色合いです。

ただ、請求者が 株式会社 アルファーサービス となっていて 0120-880-036 というフリーダイヤルになっています。
 
あやしさプンプンなのが

有料番組サイト >名前が書いてない。通常請求書には 何をどのくらい使ったのでいくら請求するというのが書いてあると思うのだけれども、

「いつ」「どこで」「何を」「どのくらい」 使った請求なのか が書かれていない!。

住所とビルの名前と会社名 >その住所に会社がないから 架空の請求だとミエミエ。
調べればわかることだけど、調べようのない地域に住んでいる人には難しいよね。


これだけ、あやしさプンプンの葉書なのに、フフンとわらって取り合わないだけの度量というか肝っ玉がない自分がくやすぃ~。 気分最悪でございます。
 この業者が摘発されたあかつきには、「わたくしの迷惑料」を回収したいと思う今。
(結構マジに 迷惑料とりたいです)

とりあえず 気分が悪いし、消費者センターに届けてみようかと届けたけれど、名簿がどこかに流れている可能性があるので、 一回来ると何回も来る場合も多いとか。>消費者センターでは「そのまま連絡とらずにほっといてください」というアドバイスだけなんですね。
 警察はやく取り締まってほしいデス。
それ以前に、だまされて振り込む人が誰もいなければ、はがき代50円×人数分の経費のモトがとれないわけだからそんなことする人はいなくなるはず。

 ※同じような葉書が来た人、だまされて振り込まないように!
 50円の葉書を500人に出して、2万五千円、その中の一人がたとえば10万円とか支払っただけで、7万五千円の儲けになるわけですから~。
 決してはらわないように~~~~。 
 
 だいたい、そういう携帯電話やパソコンで利用するページ(って私は見に行こうともおもいませんが)たぶん、見ただけで10万も取れるようなものって冷静に考えたたらないとおもうんですけどね。 

 あ、書いているうちに私もだんだん冷静になってきた、コレってあれですかね。

「怪奇 おおいたち」 って書いてあって 大きな板に血がついていたとかいうあの。。昔の見世物小屋ネタ? 見世物小屋って入ったことないデス。

すみません、話それました。

※弊社は悪質な架空請求の業者ではありません。貴方様がご利用になられた運営業者から正式に依頼を受けた正規の回収代行業者です。心当たりがなくても一度でもサイトにアクセスすると登録が自動的にされ、料金が加算されるシステムが多発していますので十分にご注意ください


>悪質な架空請求の業者ではありません
 ウソが一番嫌いなんです。私。

>心当たりがなくても一度でもサイトにアクセスすると登録が自動的にされ~~~ご注意ください。
どうやって住所やら、名前やらもアクセスしただけで自動的に登録されるんですか~?

 それに、この二つの文、まったくつながらないんですけど。言いたいことわからんです。
「あれ~。私って頭わるいのかな~いいたいことさっぱりわからないや~。」です。

 心当たりがなくても自動的に料金が加算されるシステムは 「弊社」が代行でとりたてている業者のことなのか、それとも「弊社」は心当たりがなくても一度でもサイトにアクセスすると自動に登録されるようなシステムのとりたてはしてない健全な会社だと書きたいのか。

 どっちですかい。

サイトのログアウト(退会手続き)ってなんですか!ログアウト=退会手続きのわけないじゃん。<ネットをあまり知らないで使っている人を陥れようとしているのがミエミエ。
 
よくしらないでどこかのリンクをたどっているうちに、ヘンテコなページにたどり着いた経験の持ち主が、

「あ、この間間違って見てしまったあのページ。 見ただけで自分の情報が登録されちゃったんだ。そういえば、ログアウトっていうボタン押してないし。。。それからずっと課金されっぱなしだったらどうしよう。退会処理をきちんとしなくちゃこのままマズイよね。とにかく、話せばわかるとおもうから電話してみよう。」
なんて引っかかるのをアテにしてるんだなあ。 


※1 自分から 住所や電話番号を入れないのにネット上のページを見ただけで相手に個人情報がわかることは絶対ありません。

※2 相手が自分の名前や住所を知っている場合は、何かの名簿が業者に流れていると思われます。 

※3 きちんとした契約をしていないのに、請求が発生すること自体ありえません。

そういうことがわかっていても、架空請求ってすごく不愉快。
Musikant さんの架空請求と同じレイアウトであるという写真をのせてみました。 >あ~ それにしてもムカムカ。

画像をのせてくださっていた、Musikant さんに感謝!



架空請求事業者データーベース
こちらで検索するとヒットするかもしれません。(うちのはヒットしました)
※電話番号は 数字だけでハイフンはいれずに検索。

もし、ヒットしない場合は、登録しておくと他の人が助かると思います。



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ウイルス送っちゃいやん
2005/01/31(Mon)
ウイルス送っちゃいやんいかん!。

ここのところまったく見ず知らずの方からよくウイルスが届く。いや、最近のウイルスは相手のメールボックスの中にあるアドレスを使って差出人を騙るので、見ず知らずから届くのは当然だけど、私は必要がないとメールを出さないタチだし、めったやたらに掲示板にメールアドレス書いたりしないし、最近はメーリングリストもROMばかりなので私のアドレスを正当に保存している人というのは、たぶん、たぶんだけど ほとんど友人および知り合い =>ある程度ウイルス対策している人ばかり ではないかと思うのでありました。

それでも、なぜかウイルスメールが来るのはナゼ?それもどう見ても私と共通点がない差出人から。。。。

と、ふと思ったのが 「迷惑メール業者がウイルス感染したら。。。」ってこと。
ありそうなんだよなあ。 迷惑メールを受信しているアドレスにウイルスが来ているし。
(つまり上の文の訂正。私のメールアドレスを知っているのは 私が信用している人および、迷惑メール業者 <トホホ )

 迷惑メールがあまりにも多く、フィルターつけて防ぐと微妙にキーワード変更してフィルターをかいくぐって同じようなメールを送り続ける迷惑メール業者。いや、フィルターつけて受信しない人にむりやりメール送っても成功する確率はきわめて低いと思われるのだけれどねえ。
 拒否しても拒否しても送られてくる巧妙な迷惑メールに怒髪天をつき 「うりゃ~、ウイルス送ってやるぞ~怒怒怒」となる人 結構いるんじゃないかしら。<想像。。。。

 と、想像の結果、「多分最近来るウイルスメールは迷惑メール業者さんからだわ」と。(勝手な想像ですから~)

 私もあまりにも迷惑メールがうるさいときに、このメールアドレスをどこぞの出会い系掲示板やらにさらして、その迷惑メールアドレス自体に迷惑メールががんがん送られるようにしてやりたいと思ったこともあるけど、とりあえず良心がダメダメというので実行はしてないです。
それに、実行するには出会い系掲示板(って実は見に行ったこともない)に書き込まなければいけないし。。。(^^;)計画倒れということなり。

■最近はちとつまんない

私の手元に届く前にプロバイダやら、ウイルス検知ソフトやらでウイルスは削除されているからなあ。仕事柄、昔は届いたウイルスの種類を見て「ああ、今このウイルスが来たなあ」と楽しんでいたのですが、最近は削除されてしまうので、その楽しみもない。。(--;) ちょっとつまんない。

■間違い電話なのか、振り込め詐欺の類か

そういえば、先日からpon1の携帯に知らない電話番号から電話がかかってきているらしい。何秒も呼び出しているのを後から気づいたみたいで、電話番号を検索してもどうやらワンギリの類ではなさそうだ。 私もpon1も携帯を持っているわりには携帯は家族と知り合いとの連絡以外で使わないので、知らないところから電話がかかってくることはまずない。
 昨日は留守電がはいっていたらしい。

内容は、「新聞代をとりにうかがいたいのだが、何時ごろが良いですか?」ですって。
これって。。。もしかしたら契約時に間違って電話番号を書かれたんじゃなかな。それとも、契約時に契約者が携帯の電話番号を書くなんてアヤシイ。最初から 適当にウソの電話番号を書いたのか。いや、いまどきの人だったら固定電話を持たず携帯で済ませているひとも多いのかな。

 それともそれとも、新手の振り込め詐欺かな?。
携帯の持ち主「違いますよ」 と電話をする
相手 「あれ?おかしいな。○さんじゃないですか?すみませんでした。念のためお名前とご住所を教えていただけますか」
携帯の持ち主  ついうっかりと名前と住所を言ってしまう。
相手 ああ、すみません、全く違いますねえ。 とすっとぼけるけど住所と名前ゲット。

後日 最近はやりのヘンテコな請求書が届く。。。。。

(ちょっとシナリオが甘いね。こんなのでは引っかかる人少なそう)

なんてね。。昔だったら「間違い電話ですよ」で済むはずなのにいろいろと疑ってしまうこのご時世です。
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顔は腫れておりますが元気です
2005/01/30(Sun)
「2,3日は腫れます。」といわれたのは プチ整形をしたから。(な~んて。そうではないんですが、整形も今回の私と似たようなことをするわけだとおもう。偉いなあ。綺麗になりたいという意識だけでそこまで自分をもっていけないっすよ。怖がりなんで。。(^^;)ゞ綺麗になるために切ったり縫ったりする必要があるんだったらこのままでいい。)

ま、元気です。

ところで、今日見つけたこの記事
「自力で歩く生物」を創造するアーティスト

こちらのページでたくさんの動画が見られます
strandbeest
filmを押すと選択できますので選んでみてくださいな。

コレ。私好きです。好きです。ぼーっとこういうの見ていたい。素晴らしい。好き!

なんか壊れちゃったような日記ですが。。コメントのお返事は後に書かせてください。
今日は息子サッカー試合で、もうじき出発。私は方頬だけムーミンママになっているので、つきそわず家でお留守番ですから、その間にお返事書きま~す。
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すっかりケロリと日記を書いてみたりして
2005/01/28(Fri)
あんなことを(今朝の記事↓参照)書いておきながら 医者から戻ってきたら痛みはあるものの「多分コレだったら大丈夫だわ」と突然気力を持ち直すpon2でした。

 この数日の気の重さは本当に取り越し苦労として終わりそうな予感。といっても本当に治るまでにはまだ2週間とやらかかるらしいですし、今後もいろいろ悩みの種はあるんですが...。

まあ、それはおいておいて。今度書く気になったら書きますね。

■障害のある人に優しい世の中って

 バリバリに緊張して臨んだ手術からの帰り道、バスで帰宅することにしました。ちょうど2分程度でバスが来るようだし、「タイミングよかったなあ」なんて思いながら列に並ぼうとしていましたら、向こうから白い杖をついた人がこちらに来るのが見えました。隣にはお母さんと思われる人がひじを杖の人に持たせて付き添っています。ちょうど私の前に並ばれました。
 (杖をついた方への正しいサポートの仕方は ひじを相手に持ってもらうか、肩に手をかけてもらうかして、一歩付き添い者が前を歩くのだそうです。)
慣れた付き添いの雰囲気から、母子だと判断しました動きもスムーズでしたし、お互い阿吽の呼吸で言葉もほとんど交わしてなかったので、たぶんその感は当たっていると思っています。

 さて、バスが来ました。順々に乗客が乗り込む中、お母さんが先に進みましたが、このバス普通のバスとは少し違って乗車口の下に電動式のステップが出るのです。
多分、乗車口を探そうとした白い杖がステップに引っかかったのだと思うのですが、伸縮式の杖が途中で折れた状態(畳まれかけた状態)になって、お母さんだけが先にバスに乗り込んだ状態になってしまいました。

 一人で杖を持った娘さんがあわてている様子で「先に乗ってください」とおっしゃるので、「大丈夫ですよ」と声をかけ、はじめて顔をあわせました。 私と同じくらいの年齢の、美しい優しそうな顔立ちの方で目も見えてないとはおもえないほど、深い黒色の子どものようにまっすぐの目でした。おもわずこちらが目をそらしてしまうほど綺麗な目でした。

いや、そんなに綺麗に見えたというのは表情全体がおだやかな表情をしていらしたからだと思います。

 一生懸命杖を直そうとしていらっしゃるところを見ていながら、「サポートしたほうがよいのかしら」と思って一歩前に出たときにバスの運転手さんが「ちょっとまってくださいね」と声をかけ、お母さんらしき付き添いの方が戻ってきました。
 杖も元通り直り、お母さんのサポートでステップを上がりながら「あなたが強く引っ張るから杖が壊れたのよ」と娘さんが少しくやしそうに小声でお母さんに言いました。

 優しそうな顔からの突然の言葉におどろいて、お母さんの付き添いの大変さを思い、気の毒になって、それからなんだか悲しくなりました。 悲しくなってしまったのは、多分手術の緊張が解けて弛緩しきったところで感情の制御がうまくいかなかったのだと思います。なんだかバスの中で泣けそうになってしまって困りました。

 バスは発車しました。私は、つーんとしてきた鼻の頭が赤くなっているのではないかと思い、こんなところで泣いているのは意味不明だし、恥ずかしいのでわざと景色をみるかのように窓の外を見ている振りして考えました。 

よく考えてみると、娘さんにそういう言葉を言わせてしまったのは、多分障害を持つ人に優しくない社会があるからなんだろう。 皆がバスに乗る時間くらいなんてことはないとまってくれる世の中だったら彼女はそんなこと言わずに済んだと思うのです。 人に迷惑をかけないように、かけないようにと 人一倍気を使って生活していらっしゃったからの言葉だと思うのです。
 目の見えない世界はどんなに不便だろうと思います。 乗り込み時の段差を少なくしようと電動式のステップがついたバスも、目の見えない人にその情報がつたわらないと今回のように逆に危険な場合もあります。 「目が不自由な方が乗り込むのに困っていたら皆が乗れるまでまつのが当たり前」という意識が皆に浸透していたら今日のようなことはなかったのではないだろうかなあ。

 娘さんも、本当にお母さんにそんなことが言いたかったのではないと思いました。突然の出来事で動転してしまい、その緊張焦りをどこに向けてよいかわからなくなってたぶん、母の存在に甘えてしまった言動だったのではないかとおもいました。

 私は帰りは急いでいませんでした。でも行きに遭遇したらどうだったろう。学校を途中で抜け出して歯医者の予約時間にまにあうギリギリで移動していたので、多少気がはやっただろうか。 それともそんな数分のことだからきちんとまてただろうか。
 きちんと待てると思いたいのですが、その場がそうでなかったので本当はどうなのかわかりません。でも、今後できるだけ他人を受け入れる余裕をもつようにしていきたいなあなんて、あらためて思いました。

なんだかいろいろ考えてしまった帰り道でした。 記憶の新しいうちに書きましたが、あとはちょっと安静に過ごします。

と、読み直してみて、もしかしたら障害を持つ方に一番優しいのは 私のようにその人が持ち直すのを待つのではなくて 後ろから来た人がそのまま先に乗ってその人がゆっくりと自分の杖を直す時間を人に気がねせずにとれるようにしたほうが良かったのかもしれないとも思いました。 私だったらもしかしたら、人に迷惑をかけてしまうことよりも、先に乗ってもらった時間に自分で状態を立て直せたほうが嬉しいかもしれない。

 こういうことは難しいです。 でも、答えがでなくてもそんなふうに考えることはムダじゃないと思いたいです。

(緊張のあとの弛緩状態なのでちょっとヘンなこと書いてるかもしれません)
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きっと明日頃には元気になっていると。。なんちって。
2005/01/28(Fri)
実は今日、気の重いこと(口の中の手術で~す)がありまして、先日それに関してちょっと怖いページをみちゃったので、それもあり気分下向きです。
 う~。どんなに小さな手術でも怖いもんは怖い。<肝っ玉小さい。

午前中息子の発表会を学校で見て、その途中抜け出して行きます。
たいした手術じゃないはずなんですが、ドキドキ。
明日あたりには無事終了して、あっけらかんとした自分に戻っていると思いますので。。
あ~~~~。緊張するぅ。
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なにはなくても実体験
2005/01/26(Wed)
 先週の息子の音読は「春の七草」でした。

せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ

お経のように一つ一つが何であるか考えずにただ読むというのは面白くないだろうなあと、ちょっと刺激してみようかと「『すずしろ』ってなぁ~んだ?」と聞くと 予測したとおりの答え「知らない」ですって。 まってましたとばかりに「大根だよ」というと期待したとおりの「ええええええっつ。だいこんなの?」と。(^^)

 「じゃあ『すずな』はな~んだ?。息子が大好きなものだよ?。」と聞くといろいろヒントを出して「かぶ?」 と。「そうそう」

それじゃ、今度春の七草を探しに行こうか?という話になりました。その後なかなか実行にうつせてませんが、行ったらリアルで遊ぼうに書こうと思います。

■七草をさがすぞ

さて、気軽に「春の七草を探しに行こうか」と言うのはいったものの、最近外に出てないから本当にこの時期七草が生えているかどうか自信がない。
おまけに、子どもがいたからそういうことを考え付いたけれども、実は私は七草を探したことなど生まれてからこれまで一度もないわけです。

 春にあのあたりに ナズナが生えていたような気はする。 ところで「ごぎょう」ってなんだっけ。->調べてましたー>ああ、ハハコグサのことだったんだ。これはこの近辺どこかで見たぞ。どこだっけなあ。ほとけのざはどこかで見たけど->念のため調べる-> おっと! ホトケノザってあのホトケノザじゃなかったんだ。(今頃になって初めて知ったワタシ)。はこべらはハコベだったよね。ところで、ハコベって何種類かなかったっけ?ちゃんと見分けられるだろうか。
ちなみに私が子どもの頃には「ヒヨコグサ」と呼んで、せがんで買ってもらったヒヨコに食べさせていた。やわらかくておいしいからかとてもよく食べた。

問題はセリ。それとホトケノザ(コオニタビラコ)。セリは、私が小さい頃も近所に水がある場所にあまり住んでいなかったのか探さなかったのか「コレ」と実物を採取したことがない。
 昔は田のあぜなどに良く生えていたのかもしれないけど、このあたりには田んぼがないし。
ダメだったらスーパーに売っているだろうか。食べるのだったらクレソンで代用できるかもしれないけど、七草を探すのにスーパーのクレソンじゃダメだよね。(^^;)
 それ以前にセリって私生まれてから一度も食べてないかもしれないから味もクレソンとどう違うかわからない。

コオニタビラコ。これも、春の七草として採取したことがない。花を図鑑でみるとジシバリの小型版という感じなので、多分何回か「コレはジシバリではないしなんだろう」と小学生のころにつんだ覚えはあるような気がするのだけれど、それがコオニタビラコだったのかどうか。ニガナも花だけ見てると確かに似ている。自信がない。ネットで丁寧に解説されているページ(BE-PAL里山紳士録)をみかけたので これを頼りに探してみよう。

なんて計画を立てました。

■経験が大事

こんな風に計画をたててみると、自然の中で実際に経験したことがいかに記憶に残っているかというのが良くわかります。 実物を見た場合と、図鑑の写真を見た場合とその記憶が全く違うのです。 何がどうちがうのか、理論立てて考えたことはないのですが、多分、実物を見る場合にはその大きさ(図鑑の場合はわかりやすいようにズームしてあったり、反対に全体像を見せるために引いた状態で写真があったり)や、葉・茎・花などの質感 (毛羽立っていたり、光沢があったり、)などなど、写真では盛り込めないほどの多くの情報量だからでしょうか。
 実際に、上で タビラコについて記憶を探っているときに、私の記憶は小学生頃までさかのぼったのですが、その花の記憶は「イメージの中では立体っぽい」ものでした。

 私は母や父に教えてもらいながら歩いたわけではなく、図鑑を持って歩くことが好きだったから、自然に図鑑と見比べながら覚えたものが多いので、間違って覚えていることも多いと思います。(なんせ当時小学生) でも、そういう記憶を大人になって引っ張り出してそれを訂正できるなんてなんてすごいことだと実地経験のすばらしさに改めて気がついたのでした。

 それで、ふと思い出したことがあります。
先日、子どもの通信教育の話が出たのでどんな教材か知りたいと思って検索したものの中に、日能研の知の翼というものがありました。 1年生の教材を見ていると、なんだか面白そう。その中に紙コップを使った天秤の話がありました(このページの下の方にあります)大人から見ると天秤が重いほうに傾くのは、理屈を考えなくても頭の中でイメージがすぐにわきます。

 また、重いほうのさおを短くすることでつりあうというのも イメージですぐに頭の中に出てくると思います。 

息子の場合はどうだろう? やらせてみました。
ラクラクできてほっとしたのですが、はっと気がつきました。そういえば。。。。。
先日まで息子は竹とんぼ作りに凝っていました。刃物は危ないからといって最近は学校でも扱わせないことが多いのですが、危ないといって使わせないよりも、安全な使い方を学ばせたいと思って、催し物で作り方を教えてもらったついでに家で作らせたのです。 息子は最初の1つは夫に手伝ってもらって作り、次は自分でつくりました。 自分で作ったのは不恰好でしたが嬉しそうでした。

 竹とんぼ作りの過程で、翼のバランスをとる作業があります。軸を横にして翼のバランスを見て重いほうを削っていくのです。 どうやらこの作業で「重いほうに傾く」というのを経験的に知ったようでした。

 夫とその話をしていて、公園のシーソーに話が及びました。私が子どもの頃にはあちこちで見かけたシーソーは、最近公園で見かけることが少なくなりました。 子どもが怪我をすることが多く、危険だということだろうか。 地球儀の形をしてぐるぐる回す遊具もあまり見かけません。

 公園のシーソーは 大きい子と小さい子が遊ぶ場合、もしくは1:2で遊ぶ場合、乗る場所を工夫してバランスをとって遊びます。 テコの原理体感するのにもっとも良い教材なのになあ。
 ぐるぐる回る円形の遊具。あれは遠心力を体感するのにとてもよい遊具なのになあ。

今、子どもの世界は「安全」をキーワードに大切な経験をどんどんシャットアウトしつつあるようにも思います。教科書やら授業やらで学ぶことも大事だけれど、それに勝るのはきっと実体験。 昔の子どもたちにあって、今の子どもたちにかけているのはこういう経験ではないのかなあと思ったのでした。

■補足
ちなみに、今週の音読は 「いろは」 「あめつち 」「たゐに歌」 ただ お経のように読んでいるのですが、結構四苦八苦。そりゃそうですよね。意味わからないでしょう。

 ちょっとした意味を教えてやろうとしたら、私のほうがあやふやだったことに気づく(恥)
おまけに、私 「あめつち」と「たゐに歌」って知りませんでした。

息子が興味をもつように50音表を片手に調べました。 外国語のようにわからない言葉が日本の歌であることと、すべての音を一回ずつつかったという歌であること。(この程度くらいしか私の知識ではフォローできない。(--;)ゞ)
しかし、息子。母の一生懸命四苦八苦の説明で、とりあえず。「すげ~」と興味は持ってくれた様子。母の務めは果たしたと思いたい。(^^;)

雑学「いろは」 母にもとても勉強になりました。

小学生の頃の自分の知識を今頃引っ張り出して訂正できるくらいだから、とりあえず私の説明が間違っていたとしても、これを取っ掛かりとして自分で軌道修正しながらやってくれよ。
というのが母の真剣な思いです。(--;)


■補足2
昨日は良い天気。息子の友達から遊べる?と言われたので、「春の七草をさがしにいかないか」と息子が聞きました。「興味ない」といわれてしまったそうで、(^^;)。今度また天気の良い日に息子といってきます。その前に実地で下調べしておかないとダメだなあ。

■補足3
物知りな小学生の知識がどのくらいあやふやかというと、先日学校で見たものを思い出します。秋を探しに出た子どもたちが自分達が採取してきたものを画用紙に貼って絵をつくったりしたものが展示されていました。
 その中のひとつに、どんぐりを一個一個貼って どんぐりの実の名前をつけているものがありました。 どう見てもクヌギに見えないどんぐりに「クヌギ」とついていたり、ひとつのどんぐりには「カラスウリ」という名前がついていました。「一生懸命、図鑑で調べた熱心な子で、キット成績も良い子だろうな。でも、この子はカラスウリの実(この辺に一杯なっているんだけど)をコレと見たことないんだな」と思いました。 私の小学生の頃の知識もこんな感じだったろうと思いました。
 
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窓口対応の難しさ
2005/01/25(Tue)
ロバミミを更新して昼すぎに夫からロバミミに関するメールをもらったので、「どんな風に書いていたのかな?」と見てみるとあれ?書いたはずの記事がない。

 間違って非公開にしちゃってたのかな?と見てみると非公開になっているけど、公開にするボタンが見当たらない??ナンダコリャ?
当分「なんでだろう?」とみていたら、非公開になっている記事にコメントがついていたことにやっと気づいた。
読んでみると

「アフェリエイトリンクは禁止されている。規約をもう一度読んで対処してください」という意味のことと、
「今後もこのようなことを続けると、ブログ閉鎖」というようなコメントでした。

ビックリしましたね~。

いくつかブログを持っていたのでどこのブログがアフェリエイト禁止だったか忘れた私は悪いです。たしか楽天は楽天外アフェリエイとがダメだったなあという程度でしたもの。今朝も、何の気なしに最近見つけた アマゾン用アフェリエイトリンク作成のページを思い出して、「でも、エキサイトはjavaが貼れなかったからなあ」と記憶が混乱。(javaが貼れないのはホント。)
 アフェリエイトリンク作成画面でリンク作成してみたらjavaなんてどこにもない。なあんだ。貼れないと思ったのは勘違いだったんじゃない。とそれを貼ったのでした。画面確認したら綺麗に表示されていたし。写真が入ったほうがブログはやっぱりイイネエと思ったり、自分で写真をupするわけではないから容量を気にしなくて良いからイイネエと思ったりしていたのです。

アマゾンリンクを張ったのは、本の表紙画像が出るし、他の人のレビューも読めるから。実際言ってアマゾンのアフェリエイトを貼っていてもロバミミの規模では儲かりません。売り上げは自分で購入したものがほとんどでほとんどゼロに等しいですです。でも、画像が見える、レビューが見えるって読み手にとっては嬉しいと思うんですよ。
 エキサイトにはライフログという機能があるけど、ライフログっていうとちょっと違うんですよね。自分が好きなものではなくて、たまたま話題にしたかったものだし。

そういうものなので、「管理者の目を盗んでまでアフェリエイトリンクをつけて儲けてやれ。うしし」なんてこれっぽっちも思ってなかったのです。儲かると思ってないし。実際儲からないし。


ところが、コメントみて前半では「あ、そうだったか。ごめんなさい」と思ったものの後半の「今後も」の文章はちょっと、気分を害しました。 真実でしょうが、なんだかねえ。
 相手を「悪意の人」と決め付けているような不快感がちょっと残りました。心の中で「その言い方はないんじゃない?」と言いながら読みました。

昨年までボランティアで運営を手伝っていたネットの団体のことを思い出しました。
次から次にいろいろな人が入ってきます。
 運営側から見ると 何回も何回も同じようなことをする人がいて、「またか」と思うこともしばしば。でも、今回のことで、最初からこういう対応だとやっぱり気分が悪いものだと感じ、今後相手に接するときにはもう少し考えたいなあと思う出来事でした。

メールで通知もなく非公開になっていたのもちょっと残念だし、(ヘタすれば気づかなかった)
わざと違反しているわけではない人に 「今後も云々」というコメントは私としてはなんとなく心外だったというだけで、なんらエキサイトさんが法律に違反しているとか何かを侵害しているというわけではないんですけどね。

 でも、先日「エキサイト、えらい」と思ったばかりだけに、ちょっとがっかり。

最初からそういう対応をする場合は 投稿画面の目立つところに、「エキサイトはアフェリエイトを許可してません。気をつけてね」と入れると良いと思います。

たとえば送信ボタンの上とか。そこにチェックボックスつけてもいいかも
□ 私はアフェリエイト用タグを書き込んでいません。
で、チェックがついてないと送信やらプレビューできない。
これだけだったらフォームの変更だけでかなりの工数減だと思うんだけどなあ。

 もちろん、規約に同意して利用させていただいているわけだから規約に違反した者が悪いのですが、書き込み時に気づくようになっていて、相手が善意の人であれば、それを見てまであえてアフェリエイトリンクをつけようとは思わないので、管理担当者が一件一件違反者にコメント書いて非公開にする作業も減ろうというもの。管理工数も減ると思うのだけどなあ。


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収集癖について考えてみる
2005/01/25(Tue)
植物収集を趣味としている人について、以前からぼんやりと思っていることがあったのですが、ちょうどまた植物収集をめぐるトラブルを目にすることがあったので、考えてみました。
 
 一時期植物にものすごく熱を上げていたことがあります。ベランダはどんどんジャングルになるし、季節ごとに届くカタログをみるにつけて、ほしいものが増えるし。そのうち世話に追われてふぅふぅ。 普通の花屋さんでみかけない花ばかりを求めていたときもあります。
その頃の私には普通の花やで見かけるような見慣れた花はあまり価値のないものでした。
 
 まだ読んでないのですが、映画アダプテーション(<-これも見てない)の原作「蘭に魅せられた男」
とか

チューリップバブル
など、積読になっているものを、この機会に読んでみようかな。

■収集癖

 収集癖というのはどのあたりから出てくるのでしょう。植物にかぎらず趣味でいろいろなものを集めている人を普通に見かけます。
たとえば、息子も物心ついた頃から電車が好きで、電車を見るとほしがり、集めた電車を出して悦に入っている様子も見られました。これから見ると、コレクションしようという衝動は、小さな頃から普通に人が持ち合わせている衝動のように思えます。

考えてみると、そのコレクター魂もいくつかに分けられるように思います。
子どものどんぐりやまつぼっくりの収集も同じように思えます。

1)まず所有したい。(珍しい・興味を持ったものを集めます。どんぐり、松ぼっくりもそうです)
2)たくさん所有したい (いくつもいくつも集めます。ビニール袋一杯もっていてもあつめます)
3)秀でたい(人よりも多く所有したいと思います。もしくは人が持っていないものを所有したい。競争のようにたくさんたくさん集めます。珍しいどんぐりを探しに行きます。)
4)自慢したい (こんなの持ってるんだ。いいだろう。と自慢します。貸してといってもなかなかかしてくれません。交換条件を持ち出す子もいます。見つけた場所を教えたいと思う子もいるし:教えるという行動に喜びを見出す、見つけた場所を秘密にする子もいます。:自分だけが持っているということに喜びを見出す)

最初は、興味を持ち、自分が所有する喜びから始まりますが、その後、持っていることで人にうらやましがられたい、尊敬されり、つまり所有することにより人より優位に立ちたいと、思い始め収集から別の欲求に変化していく場合もあると思います。

 自分が興味を持ったものを体系立てて集めたい。手元に置きたいという気持ちは自分では「どうしてだ」と理由をつけて説明できません。突き詰めると、ただ欲しい・集めたいという衝動のように思えます。人の心の中にある本能なのかもしれません。

上に書いたように子どもの時代から大人のマニアまで共通するものはいくつか見つかります。

特に下の段階へと進むにつれ、ただ集めたいという興味から 自己実現へ、それから示威行動へと分化する場合もあるようにも思います。 補足ですが、すべてが上で書いたルートをたどるわけではないと思っています。

 大人の世界で何かの「コレクション」というと、お金も期間もかかっていることが多いので、ものすごく高尚な趣味のように思えることも多いのですが、実際考えてみると ヨチヨチ歩きの子どもの時代から普通にやっていることを 「大人なりの価値観で」やっているだけなんではないだろうか。と思ったりします。

 どちらにしろ、膨大なコレクションはその集中力・執着力の集大成ではあります。

■所有することによって尊敬される世の中

 さて、大人のコレクターの中にも、「持つ」だけではなくそれを所有していることで、注目を浴びたい、尊敬されたいと思っているような人もいます。いいかえると「見せびらかしたい」。

考えてみると人の世の中には持っていることにより尊敬されたり、羨望のまなざしで見られる事ができるものが多くあります。
 広い意味では「知識」もそうでしょうし「肩書き」「お金」「ブランド品」etc.

植物も「珍しい品種」は「とんでもない値段」がついていたり、「一般に知られない特別なルート」 を知らないと手に入らないものもあり、それを購入することができる経済力やら、コネクションやらをうらやましがられることも多いように思います。

しかし、「みせびらかす楽しみ」は不毛な楽しみです。なぜなら、どんなにその「モノ」自体が素晴らしいものであっても、世に普通に見られ、誰もほめてくれなくなると「みせびらかす楽しみ」という価値がなくなってしまうのです。普及してくればくるほど、愛情も冷め、持ち主は新たな珍しいものを探します。絵画などが子を産んで増えることはありませんが、生き物は増えるものです。
植物も「珍しさ」という観点では栄枯盛衰が激しいものだと思います。

 ある地方ではありふれた雑草であり、ほとんどの人が注意を払わないものであっても、その花を見たことのない地方の人が見たら、大ブームをまきおこしたということは植物の歴史の中でも何度も繰り返されているようです。
 日本で雑草化している植物の中にも、園芸用に海外から持ち帰ったものが野生化したものも多いということ。つまり、見慣れたものには価値がなく、珍しいものに興味を示す。これがあるからこそ、人間文化も発展してきたのでしょう。

■とはいっても

 コレクターや趣味家本来は、「自分」を持った落ち着いた方のほうが多いのではないでしょうか。ただ、そういう人たちはあまり人に「みせびらかさない」から目立たないのかしらと思います。流行や、他人の趣味に関係なく自分の好きなものが決まっている。(つまりたくさんの人に支持されていなくても自分は自分。コレが好きというものが一本あるように思います。)また、そのよさがわかり、楽しみを共有してくれると思う人に自分のコレクションを分ける(植物の場合増やすことができますから)ことを楽しみにしている人も多くいます。

■自分をふりかえってみる

 さて、改めて考えてみると、私にはディープな趣味家になるほどの素質はないけれど、流行やら目新しいものに流されるのではなく、自分にあった本当に自分が好きで愛せる植物とむきあっていきたいとあらためて思います。
 最近ベランダの植物に気持ちが向かない原因は、多分この辺の気持ちの整理がついてなかったからかもしれない。(相手は生き物だし。。)
 ネット上に自分のページを持っていると、そこいらにある花の写真を載せるよりは、珍しい花あまり見かけない花を乗せたほうが情報としては価値があると思えます。評価されやすいでしょう。
 でも、珍しい花はどんどん変化します。たとえば、2,3年前に園芸カタログでみて驚いた品種が2,3年後には近所の花屋で山のように売られている世の中です。
 
 新しいものを追うこと自体を悪いとは思っていません。ずっと新しいもの、珍しいものを追っていくという生き方を選んだ方もいらっしゃいます。海外へ出かけ珍しい花をみつけることを生きがいにしていらっしゃる方。魅力的な花を紹介することを生きがいにする方。そちらはそれで違和感がなく受け入れられる。では、この違和感はなんだろう。

最初に植物の世界に興味を持ち、わ~っと自分の中のブームが去った後、ふと振り返ってみて気がついた違和感。ただはやっているから、ただ高いから、ただ珍しいからという理由で「有名ブランドの今年の流行を追い続ける」のように、「ブランド品を着ていることで自分をかっこよく見せたい」と思っているかのように、植物に接することへの違和感だったのかなあと思ったのでした。

 ここいらで、ただ「好きな植物がある」という初心に帰って 人にまどわされず自分の価値観だけで植物にむきあってみようかなと思います。植物コレクターの悩みとしてありそうなのは、数からしても一人でコレクションできるものではないものが多いことだと思います。とにかく、植物の整理(生き物だからこそ難しいのですが=取捨選択)からはじめようと思います。まだ多少もやもやしていますが、なんとなくベランダに手をつけようという気が戻ってきたような気がします。(^^)

 詳細をご存知ない方にはちょっと意味不明な文だったかも。ごめん。

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ニードルポイントがマイブーム
2005/01/24(Mon)
ネタになりそうなものがぼんやり頭にあるようなないような。うまく形になって出てこないので身の回りのことを書いてみよう。

ここ数日、がさごそと昔ためこんでいた手芸キットを出してきて取り組んでいる。

手芸をやったことのある人ならキットわかっていただけると思うのだが、ちまちまちまちまやっていて出来上がったときの喜びはひとしお。
(これはソフトウエア開発の喜びにもとてもよく似ているので、たぶん男性でもはまるひとははまると思うんだけどなあ。実際ニットデザイナーさんは男性も多いし)

テレビを消してパソコンに向かうでもなく ちくちくちくちく 本を読んだり手芸をしたり。
そうだよ!私は退職したらこういうことをしようと思っていたんだ!
 こういうアナログな作業は妙に気持ちが落ち着くし、いいもんだなあなどと思いました。

さて、一個完成したので次にとりかかろうとして ふと「自分の好きな絵を図案化してくれるソフトもありそうなもんだけど。ないかなあ。」と思いつき検索してみたら、ありましたねえ。

クロスステッチ図案作成ソフト KG-Chart

素晴らしい!
画像をインポートするときに、サイズや目の数やら、使用する色数を入力するとソレに合わせてクロスステッチの図案を作ってくれます。

そうそう。クロスステッチとニードルポイントって何がちがうんだ?と思ったのですが、双方とも方眼紙を使った点描画のごとく、一つ一つに色のついた点を埋めていくと、あら不思議全体が絵に見えますよね!という手芸です。

 私は詳しく知らない人間なのですが、違いはこういうことみたいです。クロスステッチは名前の通り 表から見た糸が×の形でさしていきます。 ニードルポイントは目を細かくして テントステッチという/ のようなステッチでうめていき、地までさすのが特徴とか。

クロスステッチとニードルポイント

上のソフトでオリジナルの図案を刺せれば良いのですが、その粋まではまだまだ遠そうです。でも、入れてみると「今度こういうのを作りたいなあ」なんて夢が膨らみます。

私の場合「作りたいなあ」で終わることも多いのですけどね~。 これが完成したペンケースです。(^^)v

買いだめしていた次のキットにとりかかっています。
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大きなお世話
2005/01/22(Sat)
 昨日は午後から参観でした。教科は体育。楽しそうにやっていました。

それはソレでいいんですが、今日のロバミミは単なる愚痴。(--;)いつも愚痴と似たようなものですが、今日は正真正銘の愚痴です。

 授業は体育館で、平均台・跳び箱・マットなどをつかったものでした。授業も終わりとなり、先生が子どもたちを集めて指示します。

 マットと跳び箱を班ごとに手分けしてしまうこと。そうして平均台は「後でおうちの方に手伝ってもらうから」と一旦指示してその後「いえ、この後授業がありませんからおいておいても大丈夫なのでそのままおいておいてください。後で先生がかたづけます。」と子どもたちに指示。
 
 子どもたちは片付けに取り掛かりました。
すると私の前に立っていた体格の良いお母さんがくるりと振り向いて「先生が一人で運ぶのが大変だから手伝ってもらえますか?」と言いました。

 私は一瞬虚をつかれました。 手伝うことにはやぶさかではなかったのですが、片付けもまだ授業の一環だと認識していたので、先生からの指示を待つか、やるのだったら授業が終わり、子どもたちが解散の指示を受けてからだと思ったのです。また、先生が一人で運ぶということはありえないと思っていました。(親か別の先生が手伝うだろうということ)

ここまで考えたのは一瞬。とっさに「でも、先生は後でとおっしゃいましたよね」の「ね」が終わる前にその人は怒ったような顔をして一人で体育館の真ん中へ出て行き、平均台へ手をかけて運ぼうとしはじめたので、ぱらぱらと2,3人手伝いにお母さん方が出て行きました。

 帰ってきたお母さんはそれこそすごい形相で、私をにらんでいるように見えました。そうして、手伝ってくれた人に「ありがとうございました。」と言いながら私の前に戻りました。
後ろから 肩が息で上下し続けたする様子を見て「平均台一台を運ぶことはそんなにすごい運動量ではないと思うけど、この息は平均台を運んだから息が上がっているのだろうか。それとも怒りで興奮してこんな風になっているのだろうか」と思いながらこわごわと見ました。

 お母さんからすると「気働き」だったのだとおもうし、それを拒否した私は「最低な親」だったのかなと思いながら、はっと気づきました。

 そういえば、前回懇談会で自分の職場の話といいながら、広報で取材した公園のことを延々とした人だった。たしかこの人。 orz  そういえば、なぜか彼女の回りはすいていたような気がする。

 言うなら言うで、「お手伝いしますが、後にしませんか、まだ今授業中ですから」と、もっと的確にいえなかった自分にorz

 私の考え方では、片付けることも子どもの教育の一環だし、あそこで授業の中に指示もないのに「気働き」の親が出て行くことはそんなに良いことだとは思えないのです。でも、あの人にはそういう考え方の違いってきっと受け入れてもらえないだろうなあなんて思ってちぃとおちこみました。 そんなに気にしてないつもりだったけど、夕べはヘンテコな夢をみちゃったのはそのせいだと思います。 ふぅ。
 まあ、別に他人に「最低な親」と思われるのは構わないのですが、ヘンなことで印象づけてしまったので、これから先、面倒なことになることもありそうだと思って運が悪かったなあ。。。なんて。

 私の隣にいた人は、気の毒そうな顔をして「手伝わなくても良いと思いますよ」といっていたのですけどね。。 ああ~なんだかなあ。
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エキサイトえらいぞ!
2005/01/21(Fri)
今朝起きてみたらメンテナンス中でした。
朝8時までの予定とのこと。

ちょっと、たしかめたくて8時ちょっとすぎにアクセスしてみたら、ちゃんと画面が表示されている。

そう!当然のことなんですが、レンタルブログの世界にはそれができないところもありますよね。
こういうきちんとした運営はものすごく気持ちが良いです。
内部管理がきちんとできているんだろうなと思いました。 

今日は、午前中委員会、午後授業参観なので忙しいです。おまけに午前中の委員会の資料直し、さぼっていたのでいまからやります。(--;)ゞ

■と。。。。なんとなく準備完了しそうなので、ちぃと遊びました。

picasa2を入れてみまして、こんな画像を作って遊びました。
昔の写真でもこうやって使いまわしできるっていうのはべんri...... なんちって。(^^;)

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地下足袋を求めて青山まで
2005/01/20(Thu)
 地下足袋を求めて青山まで行ってきました。発端は昨日の朝のNHKニュースです。

 ここのところこの話題ばかりで恐縮ですが、今回母も義母も足がはやく治らないかしらと思うことの多い年末年始だったので、少しの情報にもとびつきたくなります。早速ネット検索しました。

 その地下足袋やさんは、ネットショップもありました。
SOUSOU
他の記事はこちら
「SOU・SOU」が表現する地下足袋の現在形

ネットショップで購入してもよいけれど、靴のことだから一応履き心地をためしてみたい。店舗は京都と聞いたけれど。。。どうやら青山にもオープンしたとのこと。
それでは行って見ようと決めました。足の指それぞれがきちんと機能し、踏ん張れる状態にすることでなにか改善できないかと思ったのです。

さあ、表参道へGO!

■久々の表参道 SOUSOUへ
子どもが生まれるまでは お気に入りだった街青山です。しかし、ここ数年あまり出かけていません。そういえば昨年だったか甥が来たときにさらりと通っただけです。場所は以前ロバミミに写真を貼ったプラダビルをまっすぐ行ったところの 青山フロムファーストビル。昔はこのあたりをふらふら歩いたりショッピングしたりするのが好きだったなあなんて思いながら。

 フロムファーストビルは知っていたのでお店はすぐにわかりました。3Fにあります。放送後なのでもっと混んでいるかとおもいきや、お客は私一人。
「こんにちは~」と入り 一通り見せていただきました。店員さんは男性と女性の2人。
にこやかな男性の店員さんが応対してくださいました。性格がよさそうで、楽しそうでかわいらしい雰囲気(私を含め最近の女性の多くが失ってしまったこの雰囲気)は山咲ツトムさんに似ているとおもったのですが、ご本人はそういう説明はイヤかな?。私は山咲ツトムさんはとても好きなのですが。

 何足か試着させていただいて、多少大きいような気もしたけれども足の指には平均に力がかけやすいような気もしたので&23以下のサイズはないそうなので、 23の靴を2足購入しました。義母と母用です。
それから店を出て駅方面へ。 息子が帰ってくる前に家に帰らなければ。

 歩いている人たちはみな黒・グレーといった落ち着いた色合いの洋服を着ている人が多く、コートなしの人も多くみかけました。 私のように厚手コートとマフラーなんていう重装備はあまりみかけませんでしたし、実際暑かった。 やっぱり表参道は都会なんだなあ。

■スパイラルで企画展を見る

地下鉄駅の近くまで来て、ふと時計をみるとまだ少しは時間がありそう。昔お気に入りだったスパイラルへ行ってみることにしました。運がよければなにか展示してあるだろうと思ったのです。 

 やっていました。 愛・地球博 アートプログラム 「幸福のかたち」

スパイラルホールではよくこういう試みがされているので少し時間が空いたときなどに便利です。今もやっていたのねと嬉しくなりながら入りました。

中の展示は マック画面に映し出される作者紹介と その製作過程や 模型などが少し並んでいるものでしたが、いくつか心に残るものがありました。

□ さとうりささんの立体作品は私の目にはかわいらしいというか、どこか無表情で不気味というか微妙で、なにかのキャラクターに見えなくもないけれども、反面、妖怪やら、巨大な胎児のようにも見えてしまうものでした。解説にあった「完璧でないからこそ、人はそれぞれ生きていく価値がある」というメッセージが心に響きました。
今これを書いていて気づいたのですが「ぼくを探しに
」などと少し共通するテーマですね。
小さな模型が展示されていましたので、立体作品は現物を見ると感想が違うかもしれません。

 さとうりさ公式ページ りさ・キャンペーンストリート

テア・マキパーさん出品作品は屏風様のもので、それの全景写真が展示されていました。 水辺で、岩の上で、芝生の上で、いろいろな人種・いろいろな動物が楽しそうにさまざまなことをしています。 現代の人だけでなく、ハリーポッターに出てくるようなクラシカルな服装の人もいたり。
 この不思議な世界は、妙に興味を引かれるものがあり、じっくりどういう人がどんなことをしているか見てみたいという気持ちがかきたてられるものでした。
 
 解説になるほどとうなずきました。
食事や睡眠など、生活の基本を整えた普通で平凡とされる暮らしは、実はかけがえのない状態である。


意図したことではないかもしれないのですが、スパイラルホールと、展示物の相互作用でとても美しく見えて気に入ってしまったのが、名和晃平さんの展示でした。スパイラルホールは名前の通り奥にある螺旋階段がホールになった形状をしています。そこにおかれていた名和さんの大小のガラス球を通すとホールの中の様子が上下さかさまにうつり不思議にうつくしい様子を示していました。 カメラ利用できなかったので 写真ナシです。残念だなあ。

そんな風に時間をつぶして見終わったので螺旋階段を上って「上はお店があったはずだけど今はどうかしら」なんて上っている最中に私よりも前から会場にいらして、まだ熱心に展示品をご覧になっている男性がいたので「熱心だなあ」とみるともなく顔を見たら、たぶん日比野克彦さんだったと思います。

CAFE HIBINO NETWORK
日々の新聞
日比野さんの私の勝手なイメージは 「原色」「元気」「ちょっとワイルド」「ガハハ」というようなものだったのですが、 真剣なまなざしは かっこよくて、なんだかファンになってしまいそうでした。 デザイナーの真摯なまなざしに惚れたというところでしょうか。

デザイン的には 奥様のひびのこずえさん デザインはまさに「私のツボ」。どこか渋い和風を感じる色もあったりして。大好きなひびのこずえさんのマフラーをして来ればよかったなどと ミーハーなことを想像して一人でくすっとおかしくなりました。 
 
 はなしはそれますが、NHKのにほんごであそぼ の衣装もたしかひびのこずえさんのデザインだったと思います。 南国のウミウシ?のように 全身オレンジに三角錐の黄色いトゲトゲをつけた コニチャンの衣装(^^)などもとてもかわいらしいと思います。

■盆栽にまたもや悩む

さて、螺旋階段をのぼるとありました。ちょっとオシャレなグッズショップSPIRAL MARKET
時間もないことだし、さささっと回ろうと思っていたのに、出口近くてちょっと悩みました。
かわいらしい盆栽がずらりと 。
野村レイ子+さくらいろ展だそうで、 こんもりと盛り上がったびろうどのような苔もよかったですが、そのほかの盆栽も、もうほしいほしい。

でも、呪文のように「こういう小さな鉢は一番私に向かないんだよ。水切らすでしょ」とか「今はいいけど、綺麗に維持するのは難しいよ。来年はこの小さな鉢からはみ出さんばかりになったりするでしょ。」とか「山野草は、夏難しいものが多いじゃない。夏に留守することになったらどうするの?」とか「性質調べて知っているものを買うのが鉄則じゃない」などど山のように自分に呼びかけながらその場を去りました。

でも、綺麗でかわいかった。ほしかった~。(^^;)

久々の青山でリフレッシュして戻りました。そうそう。ちょうど昼時だったからでしょうか、道に弁当屋が露天で開店しているのが面白かったです。きっとオシャレな店の店員さんが買うのだろうなあ。 600円ランチの店(安!)なんていうのもスパイラルのすぐ近くでみつけました。

しかし最近、なんでピンボケばっかり。(--;)それでもUPしてみる私。
これがお気に入りの ひびのこずえさんマフラー数年前に通販で購入しました。リバーシブルになってます。一緒に写っているつやのある猫模様の物は先日購入したお気に入りのブックカバー 皮製でたしか300円チョットでした。インド製です。この本を読みながら行ってきました。読み終わったのは 「黒革の手帖」またロバミミに書いておこう


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「ロボットスーツ」から人間は知らず知らずに手を抜くらしい
2005/01/20(Thu)
 年始あたりから書こうとおもってためていたネタです。
たぶんNHKだったと思います。歩行を補助するロボットのような洋服のようなものを特集していた。モビールスーツではなくて、モビールパンツという感じなのかな。(ガンダムとかそういう系は良くわからないので モビールスーツというのが厳密にどういうものをさすのか今ひとつ理解してない)

 エイリアン2だったかで リプリーが着てエイリアンと戦ったかのような、もしくは映画デイブで大統領に入れ替わった主人公が着て「このくらい」とふりをして大きく受けたような。体の外側につけるロボット足の軽量版という感じのしろものが画面に映し出されていました。

人が歩こうとしたときに脳が足の筋肉などに指令を出す電気信号を読み取ってその動きをサポートするという考えで作られたそうです。

検索してみました。
ロボットスーツを商品化 筑波大教授らがベンチャー

CYBERDYNE株式会社
ロボットスーツHALのご紹介というページを表示すると説明画面が表示されます。
HALというと 2001年宇宙の旅などを思い出しますが(Hybrid Assistive Limb)だそうです。

■ちょっと横道

サイバーダイン社を検索していたらトップに来たのはこのページ
CYBERDYNE SYSTEMS JAPANてっきり目的のページだと思い、「まあ、なんて凝ったページでしょう」と意外な感じがしましたが、目的のロボットスーツを探そうと製品情報を見たら。
ありゃ???「ここここ、こんな画像無断でつかっていいの?著作権が??」と他のページも見てみるとやっと気づきました。そうか。ターミネーターの映画に出てきた会社の名前だったんだ。

 筑波大の研究チームには映画好きの方が多いのかもしれませんね。

■閑話休題
 以前から母や義母が足を痛めていることから、整形外科に通っているお年寄り達がいかに多いか。そうして治らないかという話を聞き、実際に痛そうに動いている様子を見ているだけに(足が痛くて動けないことがまた健康を害するきっかけになってしまうのです)とにかく自力で歩けるようになることは早く実現してほしいと思っていましたので、ちょっと気になって番組を見ていました。

 実際に障害者の方をサポートしようというところまで実験は進んでいるとのことでしたが、障害がある人が装着するとなぜかうまく動かせないのだそうです。もしかすると、脳からの電気信号を受けてロボットスーツが動くという構造上、神経伝達系の障害の場合と、ひざなどの機構障害?とでは対応が異なるのではないかと後から思いました。
多分機構上の問題(つまり関節などに力がかかることで痛みを感じてうごかせない)の場合はその足にかかる負荷の軽減などをすることにより多少対応しやすいのではないかと思ったりしました。

 実験協力していらっしゃる方は、事故で足が動かなくなってしまった方でした。画面の中でも最初はうまく動きそうなのになかなか実験の学生さんがつけているほど動けない様子。その原因は、人間の脳から出る指令の電気信号にあったらしいのです。このロボットスーツは足を動かそうとするときの電気信号をよみとってそれによって動かすわけですが、人間は「支えられている」と感じるとその電気信号が前ほど出なくなってしまう。つまり意識の上では歩きたいと思うのだけれども無意識のうちに筋肉などへの指令をセーブしてしまうということのようでした。

 ふと、最近の経験を思い出しました。電動機付自転車体験です。
最初に電動機付自転車を漕ぎ出したときに「おお。怖いなあ」と思いました。ペダルを踏むとアシスト機能でグーンと動き自分が踏んだ以上の力が出ます。すると私は驚いて調整をとろうとします。そういうギクシャクした思いがあったのですが、乗り始めてすこしすると慣れてくるのです。 多分これもアシストされている力加減にあわせて無意識に私が力をセーブしているということではないかと思ったりしました。(多少無意識度合いが違うとは思いますが)

■わが身を振り返る
 こういうことを考えながら、実は年末にした大失敗を思い出していました。帰省の新幹線の時間を勘違いして乗り遅れてしまったのです。おおぼけにぼけたのはわたくしpon2です。それにプラスして今回はpon1のストッパー機能が効かなかったのでした。(※1)
 何がいけなかったのかと後に考えてみて ああ、そうかと思いあたりました。今回役割分担を変更したのです。 今回は私が家にいることから pon1に「今回はチケットをpon2に渡しておくからね」といわれたのでした。いままでは pon1が家族全員のチケットを持って出かけていたのです。私は私で、「はい」と返事をしてチケットをしまいましたが、その時 旅行時まで自分がチケット担当になったという意識はまったくなかったのでした。 ところがpon1はすべての管理を私にまかせたという気持ちでいたのだと思います。後からきがつきました。

 私は私で、チケットのことはpon1が(今までどおり)やってくれているから平気。と無意識に思っていたようでチケットを見ながらも字を読んでないというまったく責任を負っていない状態。pon1はpon1で預けた私を信頼していたのだと思います。 そうして orz .....

やっぱり 人間って自分がやらなくても良いと思うと知らず知らずにやらなくなっちゃうものだなあと思った事件でした。 (教訓にしたいと思います)

※後日談
あまりの出来事に、数日間愕然としてこのことはナイショにしようと思っていたのです。しかし新年に妹宅で集まった際、懺悔というかちらりとこの話をしました。 その時までは pon1と私両方がぼけたとばっかり思っていたのです。 ところが、話を聞いていた妹に「私にはどう聞いてもお姉ちゃん一人が悪いとしかおもえないんだけどぉ~~~(--;) 」と言われてしまいました。
 そういわれてみると。。そうかもしれない。

今後は、「人を信頼しているときは、自分の注意力が働いていない場合が多い」ということを肝に銘じて行動しようと思います。

■付記
ここまで書いてきて保存しようとして、また別のことに思い当たりました。
母の言葉です。 「足が痛くても、動かさないと治らない」ということもあるんですね。よく故障したスポーツ選手や、事故のリハビリなどで痛みをこらえてトレーニングしていらっしゃる方があります。 組織の損傷が直ったら今度は痛くてもそれを動かして筋肉などを動かしていかないと衰えて動かなくなってしまうということ。 上で書いたほど簡単ではないことに気がつきました。 
 
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熱意の差かも
2005/01/19(Wed)
 思い出してみると、私にはあまり子どものころの学校の記憶がない。友達と遊んだことやクラブ活動の記憶は残っているけれど。それほど興味のないことだったのかもしれない。 高校ぐらいになると多少記憶に残っている。思い出してみて、高校の先生方の姿やことばを思い出せるのは授業内容ではなくて先生方の様子ということも多いことに気がついた。

 高校生くらいになると、先生方を「値踏み」(あまり良い言葉ではないが)するような感情もあり、どこのクラスでも同じ授業しかしない先生や、熱意溢れる先生やら自分なりにいろいろ感じながらみていたことは思い出すが、授業内容はあまり覚えていない。

 授業内容はさっぱり思い出せないのに、「穴埋め問題を作るとき、答えがある言葉になるように作ると採点がしやすいんですよねえ」なんて言ったのを覚えている先生もある。
たとえば「アサノアイサツ」とかに答えがなるようにするのだそうだ。しかし、そういう風に言葉になると生徒のほうは「意味が通るから違うかもしれない」と思う人がいるようで必ずひとつは違う答えを選択する傾向があるなんて言っていた。
 バリエーションで 「アアアアアアアイ」など答えがアに偏るようにするのも面白いという話で興味深く聞いた。

 日頃教科書をだらだらと読んでいた世界史の先生は、なぜか「戦艦ポチョムキン」という映画について(生徒は誰も知らなかった)熱く語りはじめて驚いたことなども覚えている。

そんな風に思い出してみると、大抵記憶の底に残っているのは先生方の熱意がこもった授業だったり、自分が知りたいと思っていたことがわかったという授業だったりすることにいまさらながら気がついたりする。

 子どもにかぎらず人が熱烈に好んでいるものはなんとなく周囲も察して興味をもつように思う。子どもたちが授業に興味をもてない現象というのは、先生方の熱意も関係しているのかもしれないと思った。 先生方が「本当に面白い。皆にもこの面白さをわかってほしい」と思って伝えようとしていることは多分多くの生徒の心に残ってくるのではないだろうかなあ。
上で書いた 問題作りのエピソードを私が授業内容よりもはっきりと覚えているのは、先生が生き生きと、そうして自分で面白いと思いながら語ったからではないかと思う。

 今の子は、「できたこと、わかったことの喜び」よりも偏差値で評価され、振り分けられということを与えられるのが多い。だったらやっぱりつまらないことこの上なしだろうなあ。それが楽しいのは 一番になれる人だけだもの。
 勉強を「点取りゲーム」として楽しむ人だけがこれに向いているのかもしれない。

どうにかして、息子にも「私が面白いと思うこと」を伝えていきたいと思うし、知らないことを知る喜びを伝えたい。 息子の友達を見ているとたった7歳でも子どもにもいろいろな個性があって、人と競うことに喜びを感じるタイプと、他人はあまり関係なく、自分の変化に喜びを感じるタイプがあるようにも思う。
 前者の子どもは、誰かに勝つことを目標に何かに取り組むことが多いし、挑戦的。後者は、勝ってもそんなに喜ばない。マイペース。 息子は後者のような気がしている。

 そういう息子には息子なりに向いたアプローチがありそうな気がする。そのアプローチを日々探しているところなんだなあ。といっても、小学一年生の算数やら国語やら、私が強烈に面白いと思うことって。。。。。とわからない。 足し算やら漢字やらオトナからみるとできて当然なことだもの。。。時々、この辺のテクニックを知るために塾の講師というのをやってみたくなることもある(つまり塾用の講習をうけてノウハウを覗き見てみたい)今日この頃だ。

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ラクしようとしてツケが回るの巻き
2005/01/18(Tue)
■作戦失敗
今月は、ハナからPTAだよりをラクしようともくろんでいたんですよ。各クラスの委員さんに取材してもらってそれをまとめるだけにしようとか とっさの思いつきでした。
大失敗。
そうです。「人手を経れば経るほど手間が増えるの法則」を忘れていた。日頃のPTAだよりの10倍以上の手間がかかってます。失敗したなあ。今週末期限なのに、連絡が取れない委員さんがいる。今日代わりに急遽私が取材しないとダメみたい。ふぅ。

責任感がある委員さんからは、いつもpon2さん一人に負担がかかっているから今度は自分達がやります。という言葉がでるんだけど、単純作業を分担するのでもないかぎり一人でやったほうがラクっていうのはあるんだよなぁ。それは本来の委員会のありかたじゃないけど。みんなでやろうとすると、そうして期限があると まとめているほうは本当に大変です。(大変ねといわれると、大変じゃないよと返事するけど本当は大変。今日はちょっと弱音)

■当たり年

当たり年かどうかは分からないのですが、実は今年我が家は当たり年かもしれない。昨日は年賀状を調べなかったので、今日まで期待を延長してますよ。どうでしょうか。

 なぜ当たり年か。それは夫が見事マンションの理事長をひきあてたから。(
TT)おまけに町内会の連絡員もかってでたという。(^^;)似たもの夫婦?
  理事長っていっても名ばかりかと思っていたら、これがいろいろ面倒で、夫は昼間家にいないので、結局私に話しがくることが多くて、ここのところ引継ぎ直後&担当の人がまじめだからか年明けから3~4回はごちゃごちゃと話したでしょうか。管理会社を変えたこともあり、昨日などは「理事会の1回目からの議事録で、規約の改正されたものがあるかどうかを調べる必要がある」なんていわれて、議事録は保管してありますけれども たまたまこの議事録は夫が必要があると思ってとっていたもので、まさかこんなところで必要になってくるとは夢にも思わずでした。
 そんなこんなで、たぶん今年一年も学校も家も忙しくなりそうな予感。先日も防火管理者の講習会へ行かなければなんていう話もあったりして、半分以上乗り気になっていたのですが、息子の習い事の日程などを考慮するといけないこと判明したので先延ばしにしてあります。 

■貧乏性ふたたび

息子は音楽教室へ行ってみたいということで、昨日はヤマハについていきました。 夫も私も習っていたことがあるから、男の子でも音楽に親しむという経験をしても良いかなというのが理由です。学校で習うだけでいいかと思っていたけれども、どうも今の雰囲気では音楽に苦労している様子なので、だったらチョット習ってみてもよいんじゃないかいなということです。お正月休みに従兄弟のキーボードを聞かせてもらってやる気になっていました。
 その帰り、買い物をして帰ったのですが、貧乏性炸裂。 なにげなくスーパーでみた本棚に
オレンジページ」(料理などが乗っている雑誌)この本体にはさほど興味がなかったのに、今月は手提げ袋(トートバッグ)がついているとのこと、それで220円。 袋はたくさん持っているのになぜか手提げ袋に釣られてカゴに入れてしまった私。(--;)
その袋はビニールコーティングしてあって使い勝手はよさそうでしたが、なあにやってるんだか。 袋はいらないって。。まあ、いいや学校に行くときに 紙袋を持っていっていたから今度からこれを利用することにしよう。

■それから悩む

息子にはエレクトーンを薦められました。エレクトーンかぁ。最近はだいぶサイズもコンパクトになってきたらしいのですが、もともと長くて2年くらいしかやらない予定だしなあ、かさばるものはできるだけ 買いたくないし。(粗大ゴミで出さないといけないし、処理に困る。。。)第一今のこの家の中のモノ。あまり考えずに大きなものを購入していたからこれだけ狭くなってきたわけで、かといって本は捨てられず(夫婦ともども本が捨てられない体質) しかし、練習するのであれば 家に鍵盤楽器がないのも困るし。どうしようかなあ。
片付けられる大きさのキーボードを購入して、もっと続ける予定だったらエレクトーンを真剣に考えるというのが良いような気もするし。
 エレクトーンを習っている人に聞いてみるしかないかなあ。 エレクトーンを買ったとしても
当面はエレクトーンの機能を使いこなすには程遠いレッスンだと思うのだけど。。

さて、今日もこれから準備して 学校へ行く予定です。
夕方は息子が友達を呼ぶというので友達が来る予定です。

しかし、子どもというものは お金がかかるものでありますね。 自分が働いているときには、お金に無頓着でした。ほしいなとおもって自分のポケットにあるお金で何気なく買ってしまっていたことも多いです。こうやって働かなくなってきたらやっとお金を意識するようになってきました。
 あの程度の仕事(なんやかやいってもなれた仕事だから今いろんなことをやっているよりも数倍ラクチン)であれだけ収入がもらえていたということは、実はやっぱりよかったなあなんて思ったりもします。

 でも、働いていたら 息子の様子もここまで把握できなかったし、学校の様子もわからなかったし、習い事もただ行かせるだけということになっていたかもしれないし、なにより習字や音楽教室には通わせてなかっただろうなあ。 

■ま、
愚痴ばかり言っていてもはじまらない。とにかく、できることからコツコツと。
さて、今日も、いっちょがんばるか~。自分が動いた分だけ片付くのは片付けと同じこと。動かないとなにも片付かないんだよね。 これもある意味会社で学んだことだな。会社に感謝!
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前後しますが、カンフーハッスル
2005/01/17(Mon)
■会社勤めで得たスキル?(ToT)

 朝から学校へ出かけ一仕事終えてきました。ふぅ。
土曜日にPTA運営委員会というのがあったのです。詳しくは書きませんが、十数年前のPTA会長が出てきて説教たれられたという状態でした。 しかし、聞いている私からすると PTA会長のゴリ押しというか、筋の通らないことを説教されているようなそういう気がしましたので、とりあえず 異議をちょっとだけ(相手が怒らない程度)に申し立てて見ました。

 PTAになったばかりの頃、会社の人たちと比べても、主婦たちの集まりであるPTA役員は遜色のないスキルを持った人達だなあ と私の持っていた”主婦”の印象を覆す感想を持ったのですが、こういう無闇なクレームについてはお母さん方は弱い。こういった部門間・グループ間のトラブル処理に慣れている元会社員はそういうスキルだけは上がっていたんだなあ(TT) (できてもしょうがないことなんですがね)と実感したのでした。 深追いはしませんでしたが、あちらの論は矛盾だらけで、突こうと思えばつけるところだらけでした。だから余裕をもって接することができました。

 PTA役員の皆さんは、相手のムジュンに満ちたクレームにもしゅーんとなり「ご無理ごもっとも」の姿勢。 だって、相手はムジュンだらけなんだよ!ここにいる皆には非はないよ。いや、さかのぼると十数年前のその会長がそれを後ろに引き継がなかったことが原因じゃない? 非がないことだけは主張していいんじゃないの?という状況でしたのですよ。

 結構面白かったのは、「このくらいにしておきます。では。」と自分から、そそくさと帰っていかれた十数年前のPTA会長。鞄を忘れていかれたのです。「ちょっと、説教たれてやるか」ぐらいの気持ちできたら、痛いとこつかれてあわてちゃったのかな?と (^^) ちょっとだけ溜飲をさげました。

ま、不愉快なことはおいておいて。

■カンフーハッスル

10日に母を送りに行った帰りに、カンフーハッスルを見ました。コメディです。
前作の少林サッカーと同じく 暴力的なシーンが最初から出てくるところは子どもを連れて行っている手前ちょっとなじめませんでしたが、全体を通してとても楽しくみることができました。
園丁にも書きましたのでよろしかったら見てやってください。(といっても、さらっとしか書いてない)
不思議なことに、トレイラーを見ているともう一度見たくなるんですよ。 DVDを購入して「ああ、つまらなかった失敗」と思った クンパオとはえらい違いです。面白いです。 


■パンの値段にびっくり
さて、カンフーハッスルをみて帰宅するときのこと、明日の朝食用のパンを購入して帰ろうと乗り換え駅でパンを探しました。買おうと思っていたパン屋がしまっていたのでふらふらと見ていると、以前はいったことのある喫茶店(だとおもっていた)ところがパンやだったことに気がつきました。
 そこで、パン屋に入り 食パンを物色。ところが、どこをみても 食パン一斤400円以上なんですよ。(蒼白)私は年に何回かはパンを焼いたりもしますが、我が家は大抵そこらのスーパーのパン(以前「買ってはいけない」という本にのっていたメーカーのも食べます)を食べています。それの値段から比べると2倍以上です。それでも行列をなして買っている人々を見て 結構びっくり!
 おまけに、何気なく買おうとして手にとった 小ぶりなフランスパンサンドが やはり1個420円。 高くてびっくりしました。(@@;)
 とりあえず、そういうものも食べてみようかと購入。比較的安価な(262円)サンドイッチも購入しました。パン1枚分にトマトやら卵やらが切り口から見えていて「これなら」と選んだものが、具が真ん中一列にしか入ってないなんて!(貧乏根性?セコイ?)

 もしや、あそこは有名店では?と検索してみましたら、数年前に有名になったチェーン店みたいです。

PAUL
小麦粉から違うからの値段なのかという結論に達しましたが、毎日食べる食パンにはちょっともったいない。次もリピート買いするかどうか。微妙。 香りは良かったけど、400円出したらちょっとしたケーキを買いたいような気もする今日この頃。ああ、だから太るのでしょうか。
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遥かなるクリスマス
2005/01/16(Sun)
年末からずっと書こうとおもっていたこと。今、少しだけ時間ができたのでやっと書いてます。

 紅白は夫の実家(っていうのかな?)で見ました。今年ちょっぴり期待していたのは「マツケンサンバ」あの楽しい映像が流れるのってワクワク。瞬間視聴率もすごかったらしいですね。小林幸子には負けたけれども、小林幸子は競合する番組が終わったあとだったので、マツケンが一番視聴率を稼いだのでは?という記事を見ました。

 まったく意識せず見るともなく、聞くともなくきいていたのに、チラッと聞いた言葉に注意が集中し、その後必死に聞いてしまった歌がありました。さだまさしの 「遥かなるクリスマス」です。

 さだまさし。見るからにサエないおじさんです。ハゲだといううわさもあるし、どうもあの髪の毛は不自然だから粉のようなものを振って増量しているのではないかなんていううわさも聞きます。 彼の歌を聞いた頃があるなんていおうもんなら、かなりの確率で「ださー」とか「オバサンね~」という陰口を聞いてしまいそうなこともありあまり昔の話はしません。
 でも、本当は昔、聞いていた頃がありました。

紅白で歌われた遥かなるクリスマス。
私の耳をひきつけたのは、
「ふいに誰かの悲鳴が聞こえた 正面のスクリーン激しい爆撃を繰り返すニュース
僕には何にも関係ないことだと 言い聞かせながら無言でひたすら歩いた」

この歌詞でした。

その後も
世界中を幸せにと願う君と いえいっそ世界中が不幸ならと願う僕がいる

と、言葉尻をとらえて、文意に目を通さない人からはクレームがきてしまうのではないかとおもうほど辛らつな歌詞に驚きました。

あまりにも紅白と不似合いなこの歌詞。お正月を迎えるうわついた気分をはっと現実に引き戻すこの歌詞。 そのうえ、彼はこの歌をNHKで歌っているのです。 私はこの歌をこの紅白ではじめて聴きました。
歌われたのは紅白バージョンだそうで、聞き逃した全部の歌詞を知りたいと検索してみたら、SCUM’S BLOGさんの紅白歌合戦のさだまさし という記事にヒットしました。

 本当にさだまさしはかっこ悪いのだろうか?
世にこれだけのメッセージをこんなに強烈に伝える歌手はそんなにはいないのではないだろうか。申し訳ないが、この歌をだれか 今風な若者が歌ったら 「さださんの歌を聞くなんて、ださー」と陰口を言うような人の反応も変わるのではないだろうか。
(つまり、歌のよしあしは聴いてなくて さださんの年齢や見かけで 一律 「ださい」といっているだけなのではないだろうか。そういう人は見かけや雰囲気で物事を判断しているだけなのではないだろうか) 

 世の平和を考えることはけしてダサくない。 世の皆が平和を考えることをダサいとし、自分を振り返ることをしなくなり、関心をしめさなくなりしてしまうことは人類の歴史が終わることに等しいと多少大げさかもしれないけれども思ったりします。

 何よりヒトというものは 「モノ」をたくさん考えているサルです。
考えることを「ダサイ」とし、自分の考えを述べることを「ダサイ」とし、考えないことをヨシとすることは、人間を否定することになるような気もします。

 回線状態が良い場合はこちらでチョット聞くことができます。

アルバム恋文に収録されているとのことです。買います!。
恋文

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ユニクロ カシミア
2005/01/16(Sun)
学校はじまったら一気にいっそがしいです。

ところで、ユニクロ カシミアで 検索してきてくださる方が多いので書いておかないと。

昨年から今年のユニクロ カシミアを 先日はじめて手にとって見ました。
「洗えるカシミア」と「カシミア混」という素材です。洗えることはよいけれど、やわらかさは昨シーズンの物のほうが良かったと思います。今年の商品は洗えるようにしたためか手触りに固い芯のようなものを少なからず感じました。

 私の場合は、モノによって痒くなったりすることも多いため肌触りについて点が辛いかもしれません。 今シーズンの商品でイチオシは 「ファインメリノ」 のタートル。

 特に肌にトラブルのある人は、人からの評価だけでなく実際に手にとって確かめられることをオススメします。

 先日「はあ~。こういう人って多いのかなあ」とガッカリしたできごとがありました。たしかに「安かろう悪かろう」ということは昔は多かったと思います。
私はお給料をもらう生活をしていたので、自分の金銭感覚が許す範囲で、高いものも安いものも買ってためしてみた経験があります。 特にユニクロは安いですが、素材や縫製は(現時点では)悪くないと感じています。後は自分の好みにあうかどうか。

 世の中にはモノを「ブランド名」でしか見られない人もいるみたいで、「ユニクロはだめ」とか●●というブランドはok などと決め付けている人も少なからず居るみたいです。
たしかに、有名ブランドで価格の高いものは価格に応じてそれなりの品質が伴うものですし、
たとえば通販などはカタログで見たときにはよさそうでも カッティングが悪くて(つまり布を節約するようなカッティングなのかなあ)着たときにかっこよく見える範囲がすごく狭かったり腕の付け根などが動かしづらかったりということがあることもあります。

 でも、本質的なもののよさというのはブランドでは語れないというか、値段対モノは正比例しないことも多いです。 また、定番商品ならいざしらず毎年出る新商品があるブランドを決めていつも自分の求めているものと一致するかどうかは あくまでも一つ一つの商品対自分という関係が成り立つと思います。 こんなこと言われなくとも分かっている人ばかりかとも思うのですが、 意外に「このブランドだったらok」と信仰のごとく高いブランドを見ていたり、最初に手にとった商品がダメだったから「ここのメーカーはダメ」と名前を聞いただけで蔑みにもにた反応をする人も少なくないなあと感じたので書いてみました。

 安くても、色や素材やカッティングが自分の好みにあえばそれはそれでお買い得。ブランド名に引きずられず、自分の目で商品を見たいものだと思います。
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エッシャー展
2005/01/12(Wed)
9日日曜には、妹達家族と私たち家族と母で エッシャー展へでかけてきました。
エッシャー展で検索ヒットしたところはココです

エッシャーと聞けば「だまし絵」と短絡してしまう私ですが、この展覧会はだまし絵という面だけではなく楽しむことができました。エッシャーの作品はこんな感じ

ふと思い起こすと、私は小学生の頃にエッシャーにはまった時期がありました。あの平面をおなじ形でうめつくす ウインドウズ壁紙の元祖とも言うべき模様に魅せられて 方眼紙を片手にそのような図形がかけないかとチャレンジしたことがあります。
 そのことを妹に話すと「そういえば、お姉ちゃんに方眼紙を渡されて書かされたことがあったけれど、あの時私は1年生。無理にきまっているよね」なんていわれました。(^^;)ゞスパルタの姉だったようです。私も4年生です。結局そんなに簡単ではないことを思い知ったような記憶があります(当然だけど)

ほとんどが版画なので色合いが少ないのも手伝って、エッシャーは静かで精緻で規則正しくて、自分の深い深いところまで掘り下げていくようなそういう感じを覚えました。
 版画などを代表する 白と黒2色で表された世界は色がないけれどもその分吸い込まれるような魅力に満ちたものでした。また、その表現力というか、その表現するためのテクニック・アイディアにも驚きました。 またあちこちに見え隠れするユーモア、遊び心にも心惹かれました。

やしの版画のポスターがあったら購入しようかとおもったら売ってなかったのでがっかりしながら図録?を求めて帰りました。

母は足がいたそうだったので、エッシャー展を出て食事してから解散。息子はまだ遊び足らない様子だったので、シーバスに乗って山下公園方面へ行き、それからみなとみらい線に乗ってみようということになりました。

夕方から夜にかけてのシーバスはオススメです。とてもロマンチックな景色が目の前にひろがります。 景色とはうらはらにシーバスの中はなんとなく寂れていて かかっていた曲がユーミンで なんとなく 「山手のドルフィン」つながりだとはおもうのですが、ちょっとあわないなあなどと思いながら乗っていました。
 カップルにもオススメだけど、あの選曲だったら、失恋したときなんかに一人で乗るのにオススメだなあなどと思いました。

 みなとみらい線は私は2度目。未来的な駅はディズニーランドのトゥモローランドへ行ったかのような錯覚を覚えます。 帰宅したら二日連続の外出がひびいてわりとぐったりでした。
母が疲れなかったか心配だった
です。外出は次の10日に続きます。

写真は携帯でとったマリンタワー
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新春歌舞伎夜の部
2005/01/12(Wed)
子どもの学校がはじまりました。
まだ私に子どもや夫が居ない頃、世の奥様たちの、夫や子どもが邪魔だという意味にとれる発言を多く目にすることがあり、「どうしてだろう?」とおもっていたのですが、実際家を片付けようとすると自分以外の人が居ないほうが片付けやすいのはたしかです。

 息子がいるとロバミミさえ満足にかけません。多分、子どもや夫が本当に嫌いで居ないほうが良いとおもっている人よりも、「片付かないのよねえ」という思いの表現だったのかとやっとわかってきた今日この頃です。
 子どももまだ赤ん坊の頃は散らかるといっても程度があるわけですが、自由に思考し動き回れるようになると散らかしパワーは一人前です。いえ、片付けることを考慮せずに散らかすので、2倍以上の散らかしパワーかもしれません。

 とりあえず、昼すぎまではその影響から逃れられる日々が帰ってきました。

■歌舞伎見物の顛末

さて、休み中のことを書こうと思います。8日土曜日は、結局母と一緒に歌舞伎夜の部を見に行きました。 妹の家に滞在中の母に風邪の調子はどうかとお見舞いの電話をしたところ、声からはおもったよりも回復の兆し。土曜は妹一家とうちと、母とで遊ぼうかと計画していると母が言うので、土曜にチケットをとってしまった私は、歌舞伎のチケットをとったことを母に話し、夕方からは一緒に出歩けないと言いました。 3日に会ったときはあまりにも様子がひどく、その後電話したときも声が出なかったので、そんなに早く回復するとは思えなかったためうちだけで出かけることになるだろうとおもっていたのです。
 そのため妹にも相談なしでチケットをとったのでした。ところが、母はこんなに突然歌舞伎のチケットがとれるとは思っていなかったようで、(私も思っていなかった)上京した折にちょうど見ることができるのだったら 歌舞伎にどうしても行きたくなってしまった様子。

 足は痛めているし、風邪だし、果たして大丈夫だろうか。それに、妹家族から母をさらってしまうことになるからどうだろう?と迷いながらも妹と相談することにしました。 
 妹が帰宅してから歌舞伎のことを話すと、妹の声も困惑気味。最初は妹と姪の分のチケットもとってくれという連絡があったのですが、歌舞伎に興味のない姪が、楽しめるかどうか分からないし、学校が始まる前に風邪を引いてもらってはこまるし、帰宅が遅くなるからということで、母だけが私たちと一緒に行動することになりました。

 もちろん妹一家をだしぬいて母を歌舞伎に連れて行くつもりではなかったのですが、妹からすると母が妹の家に滞在している間はずっと風邪引きで、一緒に出歩くこともできず、唯一初詣に出かけたくらいであったので、「おいしいとこどり」されたような気持ちになっても無理はありません。 気分を害しているような口ぶりの妹の電話を受けながら「怒るのももっともだよな」と。 

■新春歌舞伎夜の部

さて、風邪もだいぶ良くなってきた母ですが、念のためマスクをして歌舞伎に出かけるということになりました。

演目は

鳴神(なるかみ)
土蜘(つちぐも)
新皿屋舗月雨暈(しんさらやしきつきのあまがさ)魚屋宗五郎

全体的には、午前の部よりも午後の部のほうが小学一年生の息子にも私にも楽しめたと思います。一緒にでかけた夫もあちこちで笑っていましたから楽しんでいたと思います。
どれも私にははじめての演目でした。

●鳴神
鳴神上人(三津五郎)を雲の絶間姫(時蔵)の色気で惑わせ霊力を失わせるという話。息子にはちょっとあわないかなあと不安だったのですが、意外や意外。
 テンポの良い展開や、白雲坊、黒雲坊の コミカルなやりとりやら 坊主たちがコロリと総転がりさせられる様子やら 変化に富んでいて楽しめたようでした。

 絶間姫のわざとらしい「ああ、おなかが痛い」という演技も面白く、女性の手練手管にだまされる純真な鳴神上人をみながら、ああ、「女」のなかにはこういう人もいるかもしれないなあなどと思いながらも、その滑稽さがやっぱり面白い。最後の最後に雲間姫が「やりたくてやっているのではなくて任命されてやっているのだからお許しくださいね」と独り言をいうところなどが歌舞伎の良心的配慮だったのかなあとおもったりしました。

 炎めらめらの鳴神上人の衣装もハデハデで見ごたえがありました。

また、今回はオペラグラスでじっくりと衣装を拝見しました。素晴らしい金糸銀糸の縫い取りがある衣装は遠くから見ると見えないほどの小さなものまでがすべて「本物」という素晴らしい工芸品のようなものでした。 テレビのセットなど映った際の見栄えは良いけれども実際は貧相なものというものが多い現代ですが、その袖の先についたひらひらとしたリボン状のものさえも一つ一つ刺繍がほどこされているようなものだということを、今回初めて知りました。

 比較的言葉も聞き取りやすく、「おおきな川があったとおもいなされ」という言葉の「おもいなされ」はマイブームになりそうでした。 「大きな川がありました」とか「大きな川がありました。想像してみてください」という意味なのだと思います。夫に話したら昔、お年寄りのこういう話し方を聞いたことがあると言っていましたので、時の流れを感じました。

 私は上のもの以外にもお告げにしたがって川を渡ったと身の上話をする雲間姫が、川を渡るのに橋がないからと裾をからげたときに上人と二人の坊様が「わっ」とびっくりする様なども大げさでおかしかったです。

鳴神 1684年が初演 能「一角仙人」(今昔物語)が原作とか 

話はそれますが衣装。ちょうど昨日だったかNHKで若手の女形が今回大役に抜擢され、福助さんがアドバイスしていらっしゃる様子などが放映されました。
 あの衣装はかなりの重さになるようです。男でも倒れる姿勢によっては重さを受けて苦しいそうで、番組では福助さんが「こちら向きに倒れるほうが楽でしょう」とアドバイスしていらっしゃいました。だから男性でないと演じ切れないのかもしれないなあなどと思いました。

●土蜘

手からしゅるしゅると糸が出るこの演目が息子にうけるかと期待していたものです。
見終わったときに聞くと糸が出たことはかなりインパクトがあって3つの演目の中で一番印象深かったようでした。
 ただ、見ている最中は 鳴神のほうがコミカルだったからかよく笑っていたように思います。
長唄の舞踊劇だからか、能の影響が強く残っている?からか かなり言葉は聞き取りにくいので私のように初心者には筋書き必須かもしれません。

 私が面白くおもったのは、土蜘の精が僧の姿で源頼光に会いに出かけたところ、僧の姿と物の怪の姿の振りが面白く、物の怪の姿は義経千本桜の狐にも似ていて、ああ、人に化けていても怪しいという表現なのだなあと勝手に納得しました。

後半の糸しゅるしゅるはやはり見事でした。

能の写真ですが、糸しゅるしゅるはこちら 

子どもが出るところも人気の秘密かもしれません
太刀持音若(児太郎)平成5年生まれ
もうひとり3歳くらいの子どもが出たのですが、筋書きを買わなかったので分からない。残念。

●新皿屋舗月雨暈

黙阿弥の世話物でしょうか。地味な演目で夜も遅くなるからか、これが始まる前に席を立ち帰宅する人も多かったです。
 見所は幸四郎の酔っ払い演技。「あるある!そういう酔っ払いみたことあるよ」という見事な酔っ払いぶりでした。

 でも、やはり地味。なぜ黙阿弥の世話物がこんなにもてはやされたのだろうかと考えてみて、ふと、今でいう 「金曜ドラマ」やら「サスペンス」やら テレビのない時代に自分達の生活を映し出すようなそういうドラマのような人気だったのかもしれないなあと思いました。

 今でいうと、渡る世間に鬼 のような位置づけなのかもしれません。

検索したらこのようなページにヒットしました。

五代目菊五郎が「酒乱の役を世話物でやってみたい」と言ったことから
書かれたものらしいんですね、実は。


とのことです。

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冬休みもあと少し
2005/01/07(Fri)
いつも、まとまりのない文を書き散らしている私ですが、やっぱり、息子からのインタラプトが入ると頭の中も片付かない。
 文もよみなおすことなく だらっとupという状態です。

もう少ししたら冬休みが終わってしまうんだよなあ。

昨日の歌舞伎。「オトナの目で」見所をかいてみようかとおもいますが、おっと息子が寝室でぐずぐず言っているから、ダメかな。
 そうそう、リベンジ!で明日の夜の部に家族そろって出かけることにしました。
本当は、おばあちゃんを連れて行きたかったのですが、ひどい風邪を引いていてダメみたいです。残念。
結構席も空いているみたいで 今はネットでチケットがとれるのが便利です。
(あ、この話もかきたかったんだ。別のタイトルで。)

歌舞伎座のページ
チケットへのリンクあります。

■石切梶原

一幕見席だったので、いまひとつ表情までは見えなかったのが残念ですが、(双眼鏡も借りなかった)やっぱりわかりやすい俣野五郎(金太郎のような真っ黒な顔に 緑地に赤というハデハデな衣装。まさに五月人形そのものという感じ)が足をバンと開いて両手を広げて見得を切るところがおおぅ。歌舞伎だなあ。と、好きでした。
 本当は梶原平蔵もなんとなくより目の一文字口をやっていたように見えたのですが、確証なし。残念。
 あとは、昨日書いたように、罪人のウケ狙い口上もおもしろかったです。

私のような素人からみると、この演目は大技?石切の場面と、胴切りの場面がやはり分かりやすいと思いました。

梶原平三 吉右衛門
大庭三郎 左團次
俣野五郎 歌昇

■加賀鳶

河竹黙阿弥
作のものです。国語でならったときにはまったくピンとこなかったのですが、コレが”世話物”(庶民の暮らしをかいたもの)になるのでしょうか。 ボロボロ長屋で悪事をたくらみ、善人そうな大きな質屋のあるじをゆすろうとする按摩の話です。

 舞台は通して明るい派手な色を使われることがなく(唯一若い娘が来て出る赤い着物のみがクリアな色で、あとは土色や灰色で舞台が覆われています)

見所はまさに「按摩の演技」だと思います。
男前の幸四郎が、着物の前のはだけて腹の出た品のない按摩をうまく演じていて、按摩の手つきも「ああ、こんな風なんだろうなあ」と違和感がありません。 わるだくみ仲間の女按摩福助の 行儀の悪い所作振る舞いも福助さんがやっているとは!というような 芸の幅が楽しかったです。

■女伊達

綺麗綺麗な舞踊です。中村芝翫(なかむらしかん)さんは、昭和3年3月の生まれ。
その年齢をそうぞうできないようなあでやかな踊りでした。しきりに「なりこまや」の声がかかっていました。
 明るい舞台はお正月にピッタリと思えました。

■ここらでみつけたページの紹介

ここで書いた演目はないのですが、視聴できるサイトがあります。
楽曲分類や楽器で歌舞伎や器楽の三味線をえらんでみてください。
日本の伝統音楽

絵は息子が書いたのかといわれるようなものですが、私の絵(--;)
たぶん歌舞伎関係は写真使えないとおもうので。お目汚しですがこんな感じでした。石切梶原

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思い立ったら歌舞伎座
2005/01/06(Thu)
 昨晩なにげなくつけていたテレビで歌舞伎の特集をやっていたところ、息子が突然「見てみたい!」と。 実は早く息子と一緒に行ってみたいとてぐすね引いていたのが、歌舞伎とクラシックのコンサート。映画などは静かに見ることができるようになったので、本人が行きたいというのだったら行けるのではないかと、ほいほいと返事をする私。

 しかし、歌舞伎。チケットをとるのは至難の業だったはず。一ヶ月前に予約だったよなあと思いながら、初めての体験だったら一幕見席が良いのではないか?とチャレンジすることにしました。

 皆さんよくご存知だとおもうので、ここに書くのは気が引けるのですが、私ははじめて歌舞伎座に行ったときにそういうことを良く知らなかったので、その辺も書いてみようと思います。

■歌舞伎座はどの席がよさそうか?

歌舞伎座の席料は演目にもよりますが、今回は
一等席 15750円
二等席 10500円
三階a席 4200円
三階b席 2520円
一階桟敷席 16800円
という値段になっています。 一幕見席はだいたい1000円前後。かなり安いですが、三階b席のすぐ上になり演目ごとのいれかえになります。
たとえば、今回の演目は

午前の部 
1.松廼寿操三番叟 まつのことぶきあやつりさんばそう
2.梶原平三誉石切 かじわらへいぞうほまれのいしきり
3.盲長屋梅加賀鳶 めくらながやうめがかがとび
4.女伊達 おんなだて

となっていて、午前の部は1、2、3&4と3回に分けて入れ替えされますので、全部通してみたら一幕見席は3000円弱、三階b席の方がお徳ということになります。
 一幕見料金は学割があり、学生証をみせれば100円引きになります。もちろん小学生も100円引きです。

個人的に私が通常見るのに一番よさそうとおもうのは、花道近くの比較的中間から後ろよりの席です。役者さんの顔が良く見える前も良いとはおもうのですが、歌舞伎は花形役者さんが花道から登場することも多いので、その場合は真後ろを向くことになります。また花道に近ければ近いほど前だと苦しいことになりそうです。

 また、一階席は、上の階ほどに座席の高さに差がつかないのが苦しいところで前に背が高い人が来たら全く見えないという悲劇もありそう。
 それでは、2階席・3階席はどうかといいますと、2階席の一番前が取れた場合はよさそうだと思います(まだ座ったことがないのであくまで想像)それ以降ですと花道などがまったく席がかぶって見えません。また、左側の横の席も乗り出しても微妙にみえなさそうな場所です。
 3階席になると見え具合はたぶん一幕見席と大差ないと思います。2階席・3階席の良いところは座席の傾斜が比較的大きいので前の人が邪魔でないことだと思います。

一番席料が高いのは 一階桟敷席ですが、桟敷席は舞台に対して90度を向いているのと柱や隣の人などで意外とみづらそう。リッチな雰囲気を味わうには良いですが、見るには向いてないように思います。 

 さて、一幕見席ですが、子どもとためしに行くには好都合な席です。歌舞伎は延々と続きますが、この程度の金額ならば映画よりも安いくらいですし。
 大抵は30分前から並ぶと良いらしいのですが、人気の演目は1時間前を目安にするのが良いということ。お正月なので1時間前をめざして出発しました。ところが、むちゃくちゃすいていました。ついたときには最初の演目の入場が終わったところでした。まだ空席がありました。 一幕目の三番叟を見ようかとおもったのですが、石切がみられなくなると困るからと(※注)外に並ぶことにしました。 一幕見席は歌舞伎座向かって左側に入り口があり、看板前に緋毛氈の引いた長いすがあります。そこが目印です。 並んで待ち、幕間にチケットを購入し、入場します。

 ※注 私は一幕見席は2回くらいしか行ったことがなかったので、毎回外に並ぶのだと思い込んでいたのでした。後からわかったのですが、前回見た人は中で連続してチケットを購入することができて優先的に次の席を確保することができるのでした。
 次のチケットは 演目終了後4階のもぎりで待つと購入できるのでした。

席のことではありませんが、中では夕食の予約などもやっています。まだ予約したことがないのですが、幕間が短い場合が多いので(今回は30分)普通にお弁当を食べても結構忙しいです。一度は中の食堂で食べてみたいともおもうのですが、お弁当のほうが安心な気もします。

 一幕見席は幕間の買い物ができません(頼むとできるそうですが入り口が違うのでお店のあるところに出られない)。 買い物は買い物でありとあらゆるものがあって面白いです。
一昨年の買い物はぽち袋

■演目は失敗だったか。。

 そんな風に期待とともに見た石切梶原。 この演目、私は2回目です。前は妹と見に行きました。近視の妹が「ひえっつ」と驚いたことを覚えていたので、子どもならばこういう大げさなものがよいだろうという選択だったのですが、コレが失敗でした。
 その 石切の場面に来るまでが長いこと長いこと。そうしてその間ほとんど人が座ったきりで口上を述べるので、場に変化がありません。じりじりと話の進みをまつことになりました。
 もちろん歌舞伎口調なので息子にはあまり分からなかったのではないかと思います。

 終わったときに不完全燃焼だった思いをかみしめて息子に交渉しました。
「おかあさんは次の演目をみたことがないから一緒につづけてみてくれない?」と。
ところが、私、加賀鳶が間にあることをすっかり忘れて、女伊達だと思い込んでいたのです。女伊達だったら踊りだからさっさと終わるだろうという見込みでした。

始まった舞台をみて、あれ?踊りじゃなくて派手に人がたくさんでてきているなと。
町火消しと加賀鳶の小競り合いの後はなんと舞台が大きく変わって、道玄という悪徳あんまのお話。 盲長屋というだけに 舞台はボロボロの長屋。出てくる人物は 道玄という悪者あんまと相棒の女按摩お兼という年増(というよりおばあさんっぽい)あんま。 舞台は夜だったりして照明が消えるわ、芸は細かいところで大人だけでみると結構面白いものがあるのだけれども、子どもには分からないだろうというしろもので、音楽は三味線を爪弾くような落ち着いたしらべ。前にずらっと見える3階席でもあちこちこっくりこっくりしている人が見えていたとおもったら息子も沈没。すーすーと寝息をたててすこやかに寝てしまいました。

 後ろに外人さんカップルがいたのですが、彼等もこの演目はあわなかったようで、幕の途中でいなくなってしまいました。おもしろくなかったんだろうなあ。だって目に映る景色人全部が土色で按摩さんの話。「あんま」って外国の人にわかるのかな。 
 おまけに、按摩が悪いことをたくらんで 人をゆする話だものなあ。

次が女伊達。舞台が一気にきらびやかになりお正月らしい雰囲気に満ち溢れました。
外人さん。帰らずにこれを見ればよかったのに。
 しかし、女伊達。主役の女侠客の立ち回りは 「気」でやっつけているがごとく 周りの人の方がトンボがえりをしたりとうまい感じ。
 息子もいまひとつとの感想。

ああ、不完全燃焼。

石切梶原ではお決まりのアドリブせりふがありました。
引き出された罪人のせりふは お正月だからかお酒づくし。清酒の名前やらビールの名前やら。この辺も大人でないと分からないでしょうね。

息子の初歌舞伎。本当は夜の部の方がよかったのではないかと残念におもいました。
夜の部は鳴神・土蜘蛛だもの。

 息子とでかけると息子の視点でものをみるので、意外なものがおもしろいという楽しみがあるのですが、反対に大人向けのじんわりとした楽しみが味わえないというのが弊害なんですよね。
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歌舞伎座
2005/01/06(Thu)

に来ています

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七福神から個性重視へ
2005/01/05(Wed)
■七福神

お正月らしい話題で、宝船に乗っている七福神について思ったことを書いてみます。
といっても、どういう神様方が乗っているのか良く知らないなあと調べてみると、
こちらと、こちらにヒットしました。

恵比寿神:イザナギノミコトの第3子 蛭子尊。 漁業、商売繁盛、豊作の神様
大黒天:仏教の神、日本に渡ってきてから大国主命と合体した。もともとは、戦闘の神だが、中国にわたってかまどの神様になった。袋の中には食料が入っている。●毘沙門天:インドの神、多聞天とも言われ、仏教四天王の一人。 火事と雷から人間を守り、福徳を授けてくれる
弁財天:音楽、弁舌才知、学問・芸術の神
福禄寿:中国の神、中国道教の理想である幸福、俸禄の意味を持つ、福徳の神
寿老人(寿老神):長寿の神。長命、富財、与宝、諸病平癒、人々の安全と健康を守る
布袋和尚:弥勒菩薩の化身とも言われ、大量を表現。堪忍と和合を教えてくれる神。


だそうです。
こじつけのようだけれども、何が言いたかったかというと、「只一人の万能の神でなくて良いじゃないか」ということ。七人の個性それぞれがあり、それぞれが秀でたところを特徴としているわけで、人それぞれ秀でたところを伸ばせばよいのではないかなあということ。

■教育についてのニュースピックアップ

 そう、子どもの教育についても、粒をそろえていく方向へ進んでいるように思うのだが、本来は個性を尊重するような育て方をするべきではないのか。だって、人間それぞれどうしても個性というものがあり、それが社会の深みというか広がりを作っているわけだもの。

 ちょっと話はそれるけれども、もともと皆が習得できるレベルしか教えないような「ゆとり教育」が始まった時点で、教職にある人も、親も、「こんな改革で生きる力をつけるなんていってうまくいくわけない。とんでもない」と思った人も多かったと思う。
私も、
こんなに書いていた
たとえば、2002年9月17日この頃からすでに、身近に感じている私たちは不安になっていたわけだし。

 またまた少し話しはそれますが、昨年末からmyclipというのをはじめて、日々気になるニュースをクリップしています。右下にリンクがあります。(exiteはjava不可なので表示できない)
 
そこで、年末から気になっていたニュースを紹介してみます。

個人に柔軟対応 学習到達度調査好成績のフィンランドasahi.com(2004.12.20)

国際的な学習到達度調査(PISA)で、全4分野のうち読解力と科学的応用力が1位、数学的応用力が2位、問題解決能力が3位だったフィンランドの小中学校では、落ちこぼれを作らず、一人ひとりの力に目を向けた教育が行われていた。義務教育で「世界一」の評価を受けるフィンランドで、その秘密を探った。

一人ひとりが何ができて何ができないのかを自覚することが大事。

同国には学校や生徒をテストでランク付けする仕組みがない。現行制度では、高校進学に影響する中学3年の成績を除き、成績をつけるための明確な基準もない。

「できるだけ子どもたちの生活と学習を関連させる。国語なら読み書きの正確さより、読んだ文章について考え、感想や意見をどう表現するかに重点を置く」


 まさに、ゆとり教育でやろうとしていたことは、「生活と学習を関連させる」ことではないのか。こちらの方向に日本は進めるべきではないのかという思いがよぎる。

読み書き算術能力の退化asahi.com(2004.12.21)
OECDによれば、読解力が落ちたのは、下位の生徒の成績がガタ落ちしたためで、上位の成績は変わらない。学力の二極分化は、就職組とフリーター組の分化にもつながる。

 世界をみると、読解力では、米、独、仏が日本と同グループで低迷し、数学では日本よりずっと下だ。英国は回答率が低く公表されなかったが、英エコノミスト誌によれば、やはり低迷グループに属する。

 大国の読み書き算術能力が退化すると、何が起こるか? 大国では一部のエリートが、単純な言葉で大衆の人気取りに専念し、権力に居座る。良識ある小国は、愚かな大国に振り回されながら慨嘆する。とすれば、これはすでに起きているのではないか?

まさに、公立教育の低迷は、「金のあるものしかまともな教育が受けられない社会」を作り出す。政治家からすると、小ざかしい国民が増えると政治もあらが見つけられやすくやりにくい。 まともな教育が受けられるのは一握りの選ばれた人たちで良い。中身でなくフィーリングだけで評価する素地を作ったほうが政治家は楽だ。という考えの表れなのではないかと思ったりしていた今日この頃だったが、ここにも同じようなことが書いてある。

「ゆとり教育は失敗」 授業復活求め理数系学会が提言
日本数学会の浪川幸彦名古屋大教授は記者会見で「生きる力を育てる趣旨は結構だが、系統だったカリキュラムを破壊した今のゆとり教育は、逆に子どもたちの考える力を落とした明らかな政策の失敗だ」と話した。


 ここにもゆとり教育の失敗を指摘する人たちが。
しかし、理数系の授業だけでなく、子どもたちの文章の理解力・自分の論を展開し、文を組み立てていく力が不足していることにも目を向けねばならないと思う。
 なぜなら、たとえ理数系であったとしても、その基本として読み書き能力は不可欠だから。
つまり、決められたコマ数の授業をどの教科にあてるかという陣取りゲームのようなものではこの問題は解決しないのではないかと思う今日この頃。

そうして、今日こんなblog記事を発見
10歳の英国人少女、津波から100人を救う(TSUNAMI DISASTER: TEN-YEAR-OLD SAVES 100 LIVES THANKS TO LESSON)(Times, Birmingham Post等)

 
 
ちなみにティリーちゃんの行ってる学校はやっぱりお金持ちの行く名門だそうな…。

この記事へのつながりは ココの部分でつながってくるのですが。(^^;)ゞ

■義務教育の保険診療化

ふと思ったのですよ。 教育も歯科医療の「保険診療」みたいなものになりつつあるなあと。
お金を使わない人は、歯もみかけが悪かったり、モチが悪かったりしても、「保健医療だからしょうがない」ということで、(義歯など入れた場合は保険で快適なものを探すのはほぼ不可能に近いと聞いたことがあります) それなりに満足する結果を得るためにはやっぱり公立の学校ではなくて お金を使いなさいよ。という世の中になりつつあるのではないかなあと思ったりしました。

 七福神から話がソレにそれてますが、まあ、個人の能力を一律にすることよりも個性を育てることが本当は必要なんじゃないかいなということで無理やりつなげてます。(^^;)ゞ

■個性尊重しよう!が今年の目標

 あのエジソンは、学校をドロップアウトして母に教育を受けたということは有名です。
コレ(ある発明家の生き方 -トーマス・エジソン-)も以前リンクはったページだと思うけれども、一応。

 研究に熱中して、卵をゆでようとして懐中時計をお湯に入れてゆでてしまったなどというエピソードも多い彼は今でいうと、ADHDだったという話もありますが、私自身もよく天然ボケといわれたりすることもあり多分にADHDっぽいところがあると思えるだけに そういう行動を枠にはめ、一律化することに尽力するのではなくて、人それぞれ個性を伸ばす教育というのがやっぱり必要なのではないかと思うのです。

 上でリンクをはったページを見ながら報道についてとか昨年から暖めている話題もいろいろ書きたい話題があるのですが、それはまた今度の機会に。

 今年の私の課題 : 息子について 「できないこと」よりも「できること」をみつけることに努力し、おおらかにそれを伸ばすように努力しよう!
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あけましておめでとうございます
2005/01/04(Tue)
今年は、休みが短いですね~。
2日の深夜に戻ってきまして(夜11時過ぎ) 昨日は妹の家に行っておりました。
ことしもよろしくお願いいたします。

 ぼちぼち休み中のことか、これからのことなど書いていこうと思います。
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