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思っているほど馬鹿でもないし、思っているほど賢くもない
2004/11/30(Tue)
 ある人について、「この人はこういう人だ」という確固たる思いがある場合、自分のその評価というのは本当に正しいかどうかというとなんともいえないものだと思うのです。

 政治家を見ながら「まったく詭弁ばかりで何にも考えていないようだ」などと、私たちや国の代表にその人がいることを歯がゆく思うことも多いのですが、多分、彼等は私が思っているほどいろいろな意味で考えなしではないだろうと思います。政治という面で、私が期待した効果が見えなくても、「政治家」という面では私の想像もつかないくらいのしたたかさを持ち合わせた人かもしれないと思うのです。 私が知っている彼等は多かれ少なかれ、ニュースその他で報道されたり、彼等が自らアピールしたことについてでしかないわけだから。

 反対に、私が心酔している人(心から理解したいと思う人はたくさんいますが、心酔となると今ひとつ誰ともピンとこないのですけれど)がいたとして、その人が私が思っているほど理想的な人かというと、そうではないことも多いでしょう。

 例えば、夫に関しても私は「理解したい」と思うし、「尊敬している面」や「頼っている面」も多いですが、夫には完璧であることは望みません。夫が弱音を吐きたいとき(といっても、弱音を聞いたことがないのでちと心配)や、お茶目なところなども受けとめられる私でいたいと思っています。 つまり、お互いの良いところも悪いところも人により判断のわかれるような事柄であれば「ありのまま」を受けとめたいと思っています。その「ありのまま」がその人の良さも悪さも含んだその人自身であるように思います。もし、多少他の人から見て「完璧ではない」と「欠点」に思えるところがあったとしても、それが、彼の長所につながっている部分であることも多く、彼には私から見て、それを補って余りある長所があるように思っています。これは夫だけでなく 私が好きと思っている人たちすべてに共通することのように思います。
(もちろん、仮に人道的にとか道徳的にとか倫理的になど問題がある場合はきちんと指摘しあえる関係であるという前提は必要ですね。)

 以前もロバミミに書いたことがありますが、人は他人に対しての「公開度」がそれぞれ違います。 「ソーシャルスタイル」といいます。言い換えれば周りから見たその人の姿です。
人はそれぞれ自己表現のスタイルが違う。 同じくらいの能力を持っていたとしても自己評価が高く、自分を他人に盛んにアピールする人もいれば、自己評価が低く、あまり人にアピールしない人がいる。 アピールを受けた他人からみると 前者が「できる人」 後者が「できない人」と見られる場合も多いです。

 また、公開する分野によっても差があります。自分の心情的部分を多く他人に話す人、心情的部分はほとんど他人に話さない人。 自分の知識について他人に語るひと、知識については知っていても語らない人。 など。外部からその人を見る場合、その人のすべてが表現されているということはありませんから、表現されている部分だけで相手はその人となりを知っているということになります。

 と、前置きはこのくらいにして。(実は前置きだった)

先日母から電話があり、ひとしきり話をしたあとに、私のページについての話になりました。
母はこのページを見ていません。最近妹が時々見に来てくれるようになりました。その話を妹から聞いたとのことでした。
「最近 Mがあなたのページを時々見に行ってるそうよ」
「あ、うん。そうだね」(妹からはそのことをよく聞いていたので私は知っていた)
「ページを見る限りでは、ずいぶんとしっかりした奥さんをしているように見えるそうじゃない。」と褒めるというよりも揶揄するような調子に聞こえました。

 一瞬どう返事をするべきかわかりませんでした。

まず、これは妹がそういったのか、それを聞いた母がそう思ったのか。
少なくとも、二人の間の共通認識として「ずいぶんとページの上では格好をつけているようね。」と聞こえました。

 私からすれば、無害で人に対して攻撃的でなく、ほわほわと日々をすごす自分も、ぼんやり失敗する自分も、こうやってロバミミに自分が考えたことを一つ一つ書いていく自分も両方ともまぎれもない自分であり、どちらかがウソではないわけです。これは誰にでもある側面だと思います。

とっさに「ああ、ま、一応ね」とか「え?そぉう?」と受け流すことができない融通の聞かなさは私の欠点でもありそれは正直でごまかして生きていけないという長所につながっている部分でもあります。

あまりの言い方に傷ついて、「あ~。毒があるねえ」 と、つい返事してしまいました。

まずは、今、私は精神的公開度は 母や妹にはほとんどありません。 つまり「今日あったこと」を多少話すことがあっても、政治のこと、教育のこと、その他について思うままのことを話すという機会はまったくといって良いほどありません。それは時間的・空間的に離れてしまっていることとも原因のひとつですし、こういう話題は、双方の思考がある程度同じ方向を向いている場合でないと成り立たないし、酒飲み話のようにそれなりに雰囲気なりなんなりがないと話せないことだと思います。 つまり、精神的公開度は このロバミミの方が高いわけで、不思議なことにこのページを見に来てくださる方のほうが、私の考え方を肉親よりもよく知っていることになると思うのです。

 もちろん、こういった内容はリアルの知り合いにも話しません。こういう内容はかなり話題にするにはデリケートな内容で、お互いに共通の基盤があり、相手側も同じように話し、聞こうと思ってくれるような状況でないと話せない、かなり特殊な話題だと思うのです。大抵は相手の話を聞くことに徹して、自分の考えはあまり述べません。相手から促されても、その場の雰囲気が悪くなりそうだと思えばあえて言わないことも多いです。

 また、実際の生活では私はどちらかというと小さめに自分を表現することが多いです。自分のことを「ぼけているから」とか「忘れっぽいから」とか「物が覚えられないから」とできるだけ無害化してちゃかして表現することが多いです。子どもの頃に真面目なばかりで親しみをもてないような扱いを受けることも多かったので、知らず知らずに人に受け入れてもらうために身に着けてきたことかもしれないと思います。人の考えはそれぞれに違うものだから、分かりあえなそうな場合には、無用なトラブルを避けたいという気持ちが根底にあるように思います。 

 ここだけをごらんになっていて、私と直接の面識がない方からすると反対に なんだかケンケンとうるさい女だなと思われることも多いと思います。それは精神的にも、別の側面からも自己公開度がこの場において高いからです。 ネットで知り合いになった人にお会いすることがあると、しばしばその落差について驚かれます。「コワイ人」が想像できるらしいです。(^^;)ゞ 

 つまり、人というのは、みかけによらないもの。 ある人において「この人はなんでもできそうなやり手だわ」と思っても、意外なところで天然(ボケ)だったりするわけだし。 「まったくあの人は天然だわ」と思っても実はそうではない人も多かろうと思うのです。

 電話を切ってから少しの間考えました。 あの場合どう答えるべきだったのか。 リラックスして相手が自分を否定するわけがないような状況で突然の否定(揶揄)を受けたと認識して自分が混乱したわけですが、よく考えてみると、あれはあれで母としては褒めようとしたのかもしれないと思ったりしました。 

 長い年月を経て、アピールし続けてないことはお互いの記憶からも薄れていきます。
ときどき話しをしていて「その記憶は違うな」と思っていても、些細なことで話の大筋に関係なければ訂正することもなく私はそのままやり過ごすことが多いです。 前回話をしたときに、ちょっとした母の記憶間違いで引っかかっていたことが多少影響したのかもしれません。

 先日の時は、やんわりとした口調で「その言い方はないんじゃない?」とそのままストレートに伝えたほうが「毒があるねえ」よりは 毒がなかったかもしれない(つまり私も毒のある言い方をするってことですなぁ)とちょっと反省したりもしたのでした。


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バスじゃん!いやバッカじゃん!
2004/11/26(Fri)
古くならないうちにさっさとかけることを書いておこう。

ブラックバスは網の外?外来種被害の法対策骨抜きか
一方的に拝見させていただいているブログでこの記事がとりあげられていました。

アライグマやブラックバスなど、海外から日本国内に持ち込まれた生物(外来種)による生態系破壊を防ぐため、今年6月「特定外来生物被害防止法」が公布されたが、問題の発端となったブラックバスを駆除を含む規制対象から外そうと、釣り具業界や議員連盟がロビー活動を展開。


超党派の国会議員で作る釣魚議員連盟も「バス釣りは、釣った魚を再放流する“キャッチ・アンド・リリース”が特徴で、命の大切さを教える教育にも役立つ」と、同様の主張だ。


ハア? バッカじゃん! つい 口をついて出てしまいました。pon家ではできるだけこのような言葉は使わないような生活を心がけているのですが、こういうときはあえて言っても良いかと思いました。

 生態系破壊の話をしている場で 青少年の健全育成や経済効果を話すこと自体「話題のすり替え」です。 

 大体命の大切さを考えているのであれば、釣りなぞするな。 
 いや、それを教えるのであれば、釣った魚は食せ! 責任もって食べろ! 食べられる分だけを釣れ!です。
 命の大切さは バス釣りだけから学べるわけではありません。反対に、「痛めつけても殺さなければ良い」ということを学ぶということはないんでしょうかね。

 キャッチ・アンド・リリース は 釣るという行為を楽しむために、自分が食べられる量以上に釣ることを正当化するために「殺してないからいいじゃん」と言い訳しているようにしか見えません。魚に痛い目をみせるのはなぜですか。自分が楽しみたいというただそれだけではないのですか。 じゃあ、殺さないんだったら ニセのエサをちらつかせて口の傍に針突き立て、痛い思いをさせて、吊り上げてダメージを与えても いいということですかあ~。命はとらない程度に痛めつけるのはいいと言うのですかあ~。です。 それこそ生き物をもてあそんでいる行為としか私には取れません。

 釣りは先日私もやってきました。息子をつれてハゼつりです。釣ったハゼは少なかったですが、全部綺麗にいただいて帰りました。これは現代の子どもにとっては貴重な経験です。 魚というのは、スーパーや魚屋に並んでいるのではなくて 生きて泳いでいるものを捕まえて食べているんだということがきちんと分かります。

 人間は 植物にしろ、動物にしろ命あるものを食べて生きているわけです。それを認識することこそ命の大切さを学ぶということではないんでしょうかね。

数日前に はてなでこんなアンケートがありました。

「バス釣りは、釣った魚を再放流する“キャッチ・アンド・リリース”が特徴で、命の大切さを教える教育にも役立つ」 このような場で たった250人の結果で 何を言うと鼻で笑われそうですが、この結果の方が私にはすんなりと受け入れることができます。

 麻生会長挨拶 ※昨日はリンク先が間違っていたので修正しました。

昨年の8月からはブラックバス問題がクローズアップされ、当会はマスコミ等に対して、ブラックバスは有用魚であり、青少年の釣りへの参入にとって、かけがえのない魚である事を主張し、世論にも働きかけを続けて来ております。


 2001年の記録ですがこういうものにヒットしました。ブラックバスを考える公開討論会
 ざっくりと読んだ感じでは、バス釣りは悪くないと主張されている理由は以下のようです。

 1)(他の環境変化要因の無い水域にバスが持ち込まれたケース(京都の深泥ヶ池のようなケース)においても在来生物は減少しており、バスの捕食による生態系変化は明らかだ。に対して)当然バスは影響を与える。 しかし琵琶湖の漁獲高変化については必ずしもバスの影響とは断定できない。
だが、琵琶湖の生物多様性にはバスは多大な影響を与えているだろう。


2)バスフィッシングは釣りとして非常に面白く、地域経済にも効果があるし、何より外で生物と触れ合うことにより、子供の健全育成が期待できる。


 バスだけが悪いんじゃないんじゃない。といわれると、まるで叱った子どもに「ボクだけじゃなくて ○ちゃんもやってるんだ」なんて言われたかのような錯覚に陥りそうです。

経済を持ち出されちゃもうおしまい。 もうかりゃ何でもokですの資本主義ですね。
そりゃ違う。儲かってもやっちゃいけないこともあるはずです。ここでは、儲かる儲からないの話をしているわけではないわけです。 儲からなくてもそれを見極めるのが理性というものです。特に地球環境のことを考えたら儲かる儲からないという話とは別の次元で話をせねばならんということをすっかりと忘れ振り回されている感もあります。

 子どもの健全育成は、バス釣り云々をとく前にもっとやることがあるんじゃないか。反対にバスを釣らせればすべての子どもの問題が片付くのかと言いたくなりました。子どもが健全に育たないのは バスを釣らない子がいるからですか?バスを釣る子は皆健全に育っているわけですか?バスだけで子どもの健全育成ができるわけではないでしょう。バスが子どもの健全育成に貢献できるという数値的根拠と、それがバス釣りでなければいけない必然性はどこにあるでしょうと聞いてみたいぞ。
 
確かにバスは悪いだろう。でも悪いのはブラックバスだけではない。それにバスがいることで儲かっている人もいるんだ。子どもだってバスのおかげで健全に育つという効果が期待できる。

なんていう論理にすっかりと押し切られたとしたらなんてナサケナイ。 


※ この日記は こうさぎの ぽんつー が書きました。

後述  バスはどのような面で有用魚なのか?と気になって検索ヒットしたのが以下です。

NPO法人HEVENホームページ

ブラックバスは観光面で有用魚


こんなページもみつけました。

ブラックバスを釣りません

釣り具業界(財団法人日本釣振興会)では、現在のバス・ストップの逆風に対し「公認バス釣り場設定のための100万人署名運動に参加しよう」というキャンペーンを展開しました(~2000.12月)。この署名の趣旨は「ブラックバスを有効活用し、学校や社会生活のリフレッシュや、青少年の健全な育成にレクリエーションスポーツとしてのバスフィッシングを有意義なものとして認め、公認の釣り場を増やし明るい社会作りに貢献する」といったものです。

 私には、いくら表現を飾っても、この署名趣旨が「ただでさえ苦しい不況のさなか、バスフィッシングの制限をされれば釣り具の需要の低下を招き、業績が悪化してしまう」というのが本音に思えます。業界も必死のことだと思います。しかし、現在のバスの状況は、業界がバスフィッシングの楽しさを説くばかりで、ブラックバスの問題点を啓蒙してこなかったツケが回ってきているのだと思います。バスを容認できない社会環境を作ってきたのは、社会のコンセンサスを得ずになし崩しをはかった釣り人であり、業界だったのです。


 バスだけが問題ではないというのは本当のことでしょう。すでにこれまでに帰化してしまい、現代に生活している私たちには日本古来のものだと思われている生き物もたくさんいるでしょう。植物でも オオイヌノフグリやマツヨイグサや その他驚くほど多くの身近な植物が帰化植物です。

 感情的にすべてを駆除するというのが解決の道とは私も思いませんが、環境問題を論じているときに同じ土俵で物を考えることなく、わがままを通すべく論点を我田引水的にすりかえるというのはあまりにも幼稚な行動だと思うのです。

重ねて ※ この日記は こうさぎの ぽんつー が書きました。
  
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ネット検索は便利でも要注意
2004/11/26(Fri)
ちょっと、気になっていることがあるのですが、そちらは触れずに。

昨日pon1が 竹とんぼ作りにはまっている息子のために「ヒゴノカミ」というのをネット検索したらしいのです。もちろんヒゴノカミは「肥後の守」

肥後の守をググッたら 671件

肥後の神をググったら 722件 

件数は本日現在ですが、間違いのほうが件数が多い! これはたまたま知っていたので検索しても「肥後の神」と間違いはしませんが。


ふとそれで思い出したのです。
先日食べた摩訶不思議植物「ハヤトウリ」
こういう植物の情報を調べる時にネットは本当に便利で、図鑑などに収録されている植物はどんな図鑑を持っていても限りがありますし、なんといってもそんなにくまなく図鑑は手元にもてませんから、私もよく手軽なネットを利用します。

ハヤトウリを検索すると 今日現在で697件ヒットします。
そのうち学名が併記されているところを探します。なぜ、学名を探すかというと、とりあえず世界共通の名前が学名であることからです。 Sechim edule と書いてあるところを検索上位に発見しました。

そこで Sechim edule で検索すると!  なんと 8件しかヒットしない。 しかも、googleには 親切に もしかして: Sechium edule  というリンクが入りました。
そのうち国内のサイトは6件国外が2件でした。たぶん、国内サイトのほとんどは検索上位にあるサイトの情報を自分のページに転記したのだろうなあ。。と思いました。

Sechium edule で検索すると 9020件ありました。

こうやって見てみると 検索結果をもとにこんな風に記事を書いている事自体、かなりあやふやな情報です。「植物学ラテン語辞典」を調べてみたところ 双方乗っていない単語でした。

 この情報からみると Sechium edule  が正しいのだろうか?と推測できますが、まれに冒頭に書いたように 間違いの方がネット上には圧倒的に多い可能性も無きにしもあらずです。 ネットの情報を使うときはその信頼性を自分で評価しながら慎重に使うべきだなあとつくづく思った出来事でした。
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私限定ミス日本の楽しみ方
2004/11/24(Wed)
ブログめぐりをしていたらこんなサイトがリンクされていた

ミス日本コンテスト

ふ~んと見ながら気づいたことは、
「明らかに審査員の好みというのでわかれているなあ。」ということ。

顕著なのは九州地区代表。 4にんとも、「姉妹です」といわれると叶姉妹がひれふすほど他人のそらにだ。

関西地区代表も。ホラネ。似てるでしょ!

その後どの程度にているかをじっくり見ようとして九州地区代表をクリック表示してみたら、おやや。肩紐が見えないつ~か肩丸出し。 それも4人とも。
 これはメイクさんが一人だったってことでしょうかね。それで写真も流れ作業で同じところでとったというか。

こういうこと考えながら見るのって結構楽しい!

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売るとき、買うとき(初フリマ体験)
2004/11/24(Wed)
初フリマ体験は自分としては大成功。 時間内に完売しました。すごくたのしかったです。
最初は「多少は残るかしら」なんて思っていたのですが、もうスッカラカンに売れました。

 売り上げは10810円になりましたが、価格の最高額が700円だったし、300円クラスが10個程度後は100円とか50円、10円のものばかりだったため、ざっくりと計算しても 100人以上のお客さんに来てもらったことになります。
われながらスゴイです。(世にはもっとすごい人・儲けを出している人がたくさんいらっしゃるとおもうけれども、自分の予想以上にうまく行ったという意味です)

 一応売るために考えたことを書いて見ます。

1)不用品であるということを自分で認識する。

  高かったからとか、メーカー品だったからという考えは捨てました。
  まず、自分がコレをフリマで見かけたときにこころがうごくかどうかという観点で見てその中でも安めに値段  を決めました。  だから、運動靴 10円 サッカーシューズ 50円 最盛期で定価で買うと 5000円くらいするおもちゃも 300円で売りました。(箱なしですが、状態はものすごく綺麗です)

  もともと不用品で家からなくしたかったものなので、それを買って貰えるだけでも保管スペース的にみるとプラスです。

 とくに、自転車。補助輪つきで700円で売りましたが、これなどは捨てるときは1000円かかりますから 1700円とスペースが プラスになるという考え方です。

 捨てるのはもったいないから親戚や知り合いに上げる(でも、そうそうもらってくれる知り合い・親戚もいない)ー>フリマで売る と考えれば場所代必要経費さえ回収できれば御の字です<と思って参加しました

2)コンディションをよくする
 組み物は全部くみたててみて、パーツもれがないことを確認して組み立てた状態で売りました。汚れはきちんととって、 電池が入るものは電池を入れました。 満タンである必要はないので、残量チェッカーで黄色になって動力系で使えない電池を入れてその場で動作する状態にして出しました。 ボタン電池など、電池を入れるとモトが取れないものは 高かったものでも 10円50円コーナーに入れました。

 また、自分で厳しく見て、汚いものは出しませんでした。 自分で綺麗と思っていても他人からみると薄汚れていることが多いです。そういうのは売れ残りにつながるので。
(しかし、後半、私からみて うぁ~~~あ” と思うほど汚くなった 仮面ライダーのベルトを買っている人を発見。うちのなんて電池付、美品で300円だったのだけど、この人いくらで買ったのだろう と興味しんしんでした。売れるときには売れることもあるのだと思います。たぶん、私だったら10円でも買わないくらいのものでした。)

3)手で触れる状態にして並べる

 ビニールに入れたままの陳列は綺麗ではあるのですが、全体の状態が確認できないためフリマでは不利になるとおもいました。 1つ1つビニール袋に入れてもって行きましたが、陳列時には ビニールから出して現物が見え、手に取れるように陳列しました。売れたらビニールに入れて渡します。 箱なしだったことが却って幸いしたようにおもいました。

4)極力商品をシートに直に置かない
 シートに置くとお客さんの目から遠くなります。目に近い方がアピール度が上がります。
 (この辺はたぶん、スーパーなどの陳列でもいろいろなノウハウがあると思います。 まず
  目に近いところにオススメ品を陳列するなどです。<私はよくは知りませんが、聞きかじった話。もしかしたらマンガや映画からかも。)
 もって行くときのダンボール箱を逆さにして台にして売れそうなものをそちらにおきました。
 また、陳列はこまめに見直して、ボリュームがスカスカにならないようにしました。
 (スカスカになると 売れ残り感が強まるような気がして。) 要らなくなった台は適宜たたんで台を狭くして商品のボリュームを維持するようにしました。
  子ども用のモノを低いダンボールに 大人用のものは 比較的高いところにおきました。
 また、直においてしまうと、商品に砂がかかりますから、商品自体のためにも段があったほうが便利なんです。 また、人が一人商品を見ている後ろから覗いた場合に、地面に置かれていると、後ろからはさっぱり見えませんが、少し高さがあると後ろからも賞品を確認することができます。 座らずに立ったまま商品が確認できるということは、買い手も「要らなかったらいつでも逃げられる」という心理が知らず知らずに働いて却ってよってきてくれるように思います。(座り込んじゃうとすぐには逃げられないイメージが私にあるので(^^;)ゞ)

5)モノは区分して置く

 男の子のおもちゃもロボットはロボット剣は剣と同じ様なものを近くに並べます。 低年齢向けのものの近くにはお母さん向けのものを置きます。  低年齢向けのものは子どもが選ぶのではなくてお母さんが選ぶことが多いので、 ついでに自分のものも。。という流れになるかな?と思い。

6)すべてに分かりやすく値札をつける

 組で100円などのものを除いて、すべてに大きめの値札をつけました。
 フリマに行ったときに、私自身が「値段によってはほしいかも」と思っても、一度値段を聞いてしまうと引き下がれなくなりそうで、買わずに帰ることも多いからです。
 一つ一つにわかりやすく値段をつけてあると、 通りすがりに横目でチェックした人でも納得すればすぐに購入してくれます。
 個別の人への値段応対を考えると、つけるのもさほど手間ではありません。


7)売れ具合をみてこまめに値下げ

売れ具合をみて、残りそうだと思えるものは赤マジックでこまめに値下げしました。
組み物で売っているものが減ってきて 売れそうにないものだけ選別して、値下げして新たな組み物にしたりしました。
 どう見てもうれなさそうなものがあります。 たとえば お菓子のオマケのシールやカードなど。 そういうものは 「オマケ・只・ご自由にお持ちください」箱を作ってそこにおきました。
結局只の箱の中は なくなりそうにないものまで全部なくなりました。
 もちろん、買ってない人でも「欲しかったらもっていっていいよ。」と言いました。


8)組み物は分かりやすく
 
フリマでよく見かけるのですが、 「このへん全部10円」 といわれても どこまでがこの辺か分かりません。 箱を準備(商品がうまってしまうと見えないので探すのにも時間がかかるので、深すぎないこと)して この箱の中 3個10円など で売りました。
 
9)値段設定

子どもの小遣い、子どもの裁量で買える値段はやはり100円単位だと思うので、小さいものは100円・50円・10円にしました。

大人向けのアクセサリ(ビーズのブローチなど)は あまりにも安いとおもちゃのようでつける気がなくなりそうなので、200円以上に設定しました。(でも、結局100円に値切られたりしたものもありこの作戦は成功したかどうか微妙)

10)動くものなどはそれを値札に記入

 例えば「光って音が出ます」「合体して変身できます」など パッとみただけでは分からないものを値札にヒトコト記入しました。 一つ一つを説明しなくてもそれを見て買ってくれる人もいるし、もっと詳しく知りたい人にも説明できるので。 

11)説明書があるものは説明書を極力つける

変身モノなど箱に書いてあるものはそうそう説明書が残ってなかったのですが、説明書があるものはきちんと一緒にして売りました。(手元に説明書が残っていても、捨てるだけだし)

12)アイキャッチャー?を置く

今回は子どものおもちゃがメインだったので、家にあったもらい物の高さ50センチくらいのロボットを持っていきました。展示しているだけで、遠くから見ても「あれは何だろう」と思う効果があるかな?とおもって。これはかなりくたびれていたので、もう売れないだろうとおもって値段をつけていなかったのですが、後半商品が少なくなった頃に、「値段をつけてみようか」と200円の値段をつけたところ売れました。
 アイキャッチャーの役目は 通りすがりのおばさんが「よく目立つわよ」と言ってくれたので確認できました。

13)客を緊張させない

後半、売るものがなくなってきて、最後の商品を売る頃になると客足がさほどではなくなりました。じっとりと客と1:1になっちゃうような状態だと「売りつけられたらどうしよう」とお客が緊張しそうに思ったので、いつでも声がかけられる状態にしながらの方が商品を安心して見られるだろうと思い、店じまいの準備やその他をはじめて、お客をじっとりと座って待つということは極力しないようにしました。 お客とはある程度距離を置いた場所にいて、さりげなくほかの仕事をしているほうが 客はよってきてくれるようでした。

※危なかったこと

ぬいぐるみをいくつか出しました。
出す前にもう一度固く絞った濡れ雑巾で表面を拭いておこうとチェックしていて発見!
手と足に使われているフエルトが ウールだったようで、虫食い発見! 知らなかったとしてもこれを買った人はきっといやな気がするはず。 危ういところで売らずにすみました。


※感想
こんな感じだったので、実は昼食を取る間もないくらいずっと売れていたのです。
きっと近くの人は 「この人は本業が商店なんではないだろうか」と思ったのではないかと悦に入ってます<ホラホラすぐ調子に乗る私の癖です。

なによりもほとんどのお客さんが喜んで買ってくれて中には「わあ、この値段で買えてうれしい」なんていってくれる人もいて、私も「私も売れてうれしいです!」と言えてというのもすごく気持ちがよかった。

また、売れそうなものがたくさんたまったらフリマをやってみたいなあと思いました。
息子も喜んで売っていて家族での良いレクリェーションになりました。
ああ、でも忙しすぎて写真をとるのを忘れていたのがすごく残念。 
写真とっておきたかったなあ。

オマケ)思い出した苦い経験

フリマといえば息子が産まれる前に、ご自分が焼いた焼き物を売っていらっしゃる人がいて、
花瓶がとても気に入ったので、購入したことがあります。
今考えたらなんで買ったのか分からないくらい高く 2000円もしました。(フリマなのに)

 それを持ち帰り水を入れてみたら ジャージャーと水漏れして 「底に穴があいた花瓶を2000円で買った女」という名誉ある称号を頂いたことがあるのです。
 あのあとは 「ヒドイ。水漏れする花瓶をあの値段で売るなんて信じられない」と長い間フリマ不信になりました。

 ふと昨日思ったのですが、あの人はあの花瓶が水漏れするとはしらなかったのかもしれないと思いました。自分で焼いた花瓶すべてに花を生けるということは普通しないんじゃないかな。 ほぼ10年ぶりくらいに、その人への誤解が解ける思いでした。
 
 一生懸命チェックしたつもりでも、私も何かやってないとはいえません。フリマの商品はそういうリスクがあるということですよね。 
 
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It's nine o'clock on a Saturday
2004/11/22(Mon)
ばたばた忙しかったので、ちょっと間があいてしまった。

金曜ー土曜の1泊2日が夫の慰安旅行だったので、戸締りその他に異常に緊張してしまったので、日曜の朝はいつもより遅めに目がさめて、ぼーっと目覚ましがわりのテレビの音を聞いていた。

そこで聞こえてきたのが

It's nine o'clock on a Saturday ~ というフレーズ。
そういえば、この歌すごく有名な歌だとおもうけれど、詳細をしらないなあ。と思い、ふとした思い付きでぐぐってみることにした。

こんな風にでた。

 なるなる。 ビリージョエルの ピアノマンなのね。 そうか。

と、気づいたのだけれど、ふと隣に [ このページを訳す BETA ]というリンクがあるのに気がついた。

押してみたら、コレです。

 前からエキサイトのウエブページ翻訳などがあるのは良く知られていたけど、こんなのあったっけ?

 だんだん新しい機能が追加されるのですね。

しかし、やっぱり翻訳はまだまだ beta 訳された文ではちょっと意味が分からないですね。

ヒットした二件目に素敵な訳がありました。
http://community.odn.ne.jp/front/4-5.php?id=7570こちらの35番です。

先日の話題からつながりますが、コンピュータがこういう訳ができるようになるまでにはまだ当分かかりそうですね。

 と、書こうと思っていたのですが、今日ついさっき、日経BPからのメルマガでこの話題に触れられていて、 なんだか「ああ、ぼやぼやしているうちに先をこされた!」とちょっとだけ悔しい思いを噛み締めていたのでした。ただ、それだけのことなんですけどね。

Google、日本語など検索サイト自動翻訳サービスを拡大
2004年11月22日 11時36分
米Google, Inc.は、同社のツールで検索したWWWサイトの自動翻訳サービスの対象言語に、日本語、中国語、韓国語を加えた。和英、英和、中英、英中、韓英、英韓の翻訳エンジン(ベータ版)の運用を2004年11月19日から開始した。WWWサイトを検索すると、通常の検索結果と共に、翻訳版のページを表示するハイパーリンクを表示する。

 

明日は、はじめてのフリマ体験してきます。
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ほぼ都市伝説?しかし、ありそうな話。
2004/11/18(Thu)
昨日リンクを張ったブログになんとも私が食いつきそうなエサ(ネタ)がちらちらとあった。
しっかりと食いつくわたくしです。(^^;)ゞ

2004年米大統領選挙の実態~ブッシュ再選の影で
たどりたどって、元ネタはこちらでした。

 市民記者発ということで、タブロイド版並の信憑性なのかしら?とおもいつつも、大ウケです。

●投票者総数638名の投票所で、投票機が出した集計結果は「ブッシュ3,893票の得票」。エラーに気づいた地元の選管が再集計を行った。選管は「投票機のしゃっくり」と原因を説明。(オハイオ州フランクリン郡)

●最新のハイテク投票機が開票作業に入り、得票を逆にカウント。投票機がカウントできる得票数が最大3万2,000票だったことで、最大を越えた時点から得票が1票ずつ減っていった。(フロリダ州ブロワド郡)

●投票機ソフトのエラーで、ブッシュに11,283票が実際の得票に上乗せ。他の投票所の得票を誤ってダウンロード加算し、更に同じ得票を2度集計した。(ノースカロライナ州クレイブン郡)

●「1台につき10,500票を記録できる」とメーカーが説明していた投票機が、実際には3,005票しか記録できなかった。この投票機を使った選管では4,500以上の得票記録が失われた。(ノースカロライナ州カートレット郡)

●タッチスクリーン方式の投票機で、ケリーに投票したが「ブッシュへ投票してよろしいですね」という確認画面が出て、やり直しても同じ確認画面が表れる。最終的にどちらに投票したかわからない有権者が選管に抗議した。同じ方式の投票機を使用した各地の投票所で多発。

●集計用のコンピューターが、不特定の一部の票を2度集計。実際の投票者数よりも開票の合計数が異常に多いが、どの票が2度カウントされたか分からず、今も正確な結果を待っている。(ネブラスカ州サーピー郡)

●今回の大統領選への国民の関心の高さを示したのが、全国的に見られた投票を待つ有権者の長蛇の列。2~3時間待ちは当たり前で、オハイオ州では8~9時間待たなければ投票できない選挙区もあった。高齢者や時間に余裕のない有権者(投票日は平日の火曜日)、健康上の理由などで投票待ちの列を抜けざるを得なかった有権者は数知れない。


 たとえば、投票者総数638名でAかBか無効かを判断するのに、なんでコンピューター導入が必要なんだろうと不思議におもっていたわけですが、(どこか企業との癒着とかそんなんじゃないでしょうねと...)この症状はあまりにもあまり。なんという体たらく。

 納入前にテストしてるんでしょうかね。(^^;) 
しかし、電子化して、2~3時間8~9時間も待つ投票。そのまま書かせて投票させたほうがはやかったんじゃないだろうかいなあ。 時間がかかるようにわざとしたのかな。
 集計も、こうなってしまっては怪しいもので、全部人手で集計しなおしたほうがいいよね。

ああ、投げやりになって対岸の火事のような私。いかんいかん。こんなことじゃいかん。


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消化不良のアイ・ロボット を胃袋から出して咀嚼中
2004/11/17(Wed)
今、 水野真木子さんの 通訳のジレンマという本を読んでいます。
通訳のジレンマ―通訳になり...

いろいろと「ほうほう」(本日二度目のクレヨンしんちゃん風)と思うことは多いけれども、あ!と思うことがありました。

■「殺す」と「死なせてしまう」
という部分で

 例えば、英語で、"I killed him." という発言があったとします。これを学校で習ったように普通に訳すと、「私は彼を殺しました」となります。 しかし、本当にこれで済ませてよいのでしょうか。状況によっては、「私は彼を死なせてしまいました」と訳さなければならないこともあるのです。


 とありました。 killというのは、生命や機能をうしなわせること全般を意味する言葉であり、
「人の生命を奪う」という意味一つをとっても、殺意があろうとなかろうと、事故であろうと災害であろうと "kill"を使うのだそうです。

そういえば、あの映画、(息子と一緒に見に行ったので、日本語吹き替え版をみてしまい、なんだか消化不良を起こしてしまったのです。詳細はこちら) やたら警察が「殺しただろう」「殺しただろう」と言っていたように思います。

 もし、killという言葉が多用されていたり、injure やら  harm やら 謎解きに関わるそういう単語をきちんと訳そうとおもったら、この映画の訳はものすごく難しいものだったのではないだろうか。 DVDが出たらなんといっていたのか もう一度確かめてみたいと思いました。

映画とあわせて考えると面白かったのは、第3章でこのように述べられているところでした。

 最近、通訳や翻訳をする機械の開発が進んでいます。今では、簡単な文章なら、コンピューターが即材に訳してしまいます。でも、コンピューターにできることはインプットされたパターンをあてはめて訳していくだけで、複雑な人間心理にはとても対応できません。例えば、前章で出した例の ”I killed him." が、「殺しました」なのか、「死なせてしまいました」なのか、コンピューターが判断するのは難しいと思います。


もちろん映画は この本が発行された2001年よりもずっと未来のことですし、映画の中で、ロボット自体が英語を日本語に訳しているわけではないのですが。
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goo 日本語自然文検索をためしてみた。
2004/11/17(Wed)
下の パウエルさんの記事を書いている途中でみつけたブログでこれまたみつけた記事

[ネット]知りたいページを文章でたずねてください

ほうほう。(しんちゃん風)

では私もやってみましょうかね。

問 : パウエルは どうして辞任したのですか

回答候補はありませんでした。残念。
でも、下にニュースが出ました。

米国務長官辞表:
タカ派主流の米政権 国際社会は不安視


ホワイトハウスの定例記者会見では、マクレラン大統領報道官に穏やかならぬ質問が飛んだ。中東和平をはじめ重大な外交懸案が山積しているこの時期に、なぜ「外交の人」であるパウエル長官を切り、「戦争の人」であるラムズフェルド国防長官は辞めないのか、という趣旨だ。


今は「国家安全保障担当」という任務を負っているライス補佐官はユニラテラリズム(単独行動主義)の傾向が強いタカ派の面々と、国際協調も重要だとみるパウエル長官との間で緩衝の役割を果たしてきたと言われる。ブッシュ大統領の信頼が厚いためにそれが可能だった。

 この構図からパウエル長官が消えると、主流であるタカ派にブレーキをかける存在がなくなり、調整型の「ライス国務長官」は引きずられるのではないか、という懸念が当然出てくる。


んだそうです。






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パウエルさん辞めちゃうんだ...
2004/11/17(Wed)
 傍から見ているだけなので、本当のところはどうなのかとも思うけれども、正直残念。
私がパウエル寄りに見ているからかもしれないが、彼の選択は、すべてが私がおもうような選択というわけではなかったけれども、その時、その時彼の冷静な良心が感じられたように思う。

 次は黒人女性のライス氏。気になるところはブッシュの側近中の側近らしい。
権力をもつものが側近で身の回りを固めるという図式。 
反対に側近でなければ、上に上がれないという図式は、その組織が健全でないということの証のようにも見えたりもする今日この頃。

アーミテージさんも去るとのことで、今後どうなっていくのだろうか。アメリカ。世界。

NIKKEI NET アーミテージ米国務副長官も辞任へ

国務省内でパウエル長官の「盟友」として、対北朝鮮政策でも対話路線を推進するなど、穏健派とみられたアーミテージ副長官の退任によって、二期目のブッシュ政権がアジア政策でも一層の強硬策に路線を転換する公算が大きくなった。辞任理由について高官は「アーミテージ副長官はパウエル長官が政権を去れば自身も辞任することを早くから決めていた」と説明。


 この報道からは孤軍奮闘状態が伺われ、大変だったのだろうなあなどと思ってしまう。
こここ。。。こりは単なるアレですかね。  「ヨン様」と同じような心理でしょうか。わたくしの「ファン」対象が「ヨン様」ではなくて「ぱうえるさま」というだけでせうか? むむ~。

最近政治家からは良心がみえてこず、権力欲・金銭欲・名誉欲(造語?) ばっかりが見えてくる。 パウエルさんは、その中で数少ない良心が感じられる人だっただけに本当にショックだ。 

※ このエントリーは こうさぎの 「ぽんつー」 がかきました。
恥ずかしいエントリを投稿してしまった時の対処法

 ネタもとのもとは こちらどすえ。

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環境・考え方の違い
2004/11/16(Tue)
■小さな違和感

 子どもが学校に通うようになって思うのは、自分の感覚が相手の感覚とどのくらい共通点があるかということ。 小学校に子どもを通わせた友人がよく言っていたのは、 「私たちは、会社という世界でたくさんの人と会っていると思いがちだけれども、実は会社の中にいるのはある意味ものすごく 教育も、考え方も、似通った人たちであったということが「小学生の保護者」という世界に入ると分かる。そこには 私たちの想像もつかないほどの価値観や考えの相違があり、理解できないことも多い」というようなことだった。実際、私は会社の中で直接仕事でやりとりがあり関わりあった人達は 数百人単位だと思う。かぞえたことはないけれども。普通に生活していたら、そんなにたくさんの人とやり取りをすることはまず無い。多くの経験をしているように思い勝ちだけれども、「この会社の会社員」ということにおいては 「大家族でした」ということに似ていて、家族が何人いようともそれは閉ざされた世界だということだなと思った。

 実際、この休みに友人と会い、自分の心をそのままに解き放って心底笑って心底共感してという時間をすごした後の楽な気持ちというのは、ここ最近味わったことがないものだったようにも思う。 人間、考え方の基本が違う人たちと過ごすということは相手の考えが分からないだけにそれなりの緊張が伴うものだなあと思ったりした。

■つい昨日のことだが

 委員会でも忘年会というか慰労会(もしくは懇親会)をすることになった。皆さん忙しいので、12月の委員会の後に昼食会をしようということ。

 学校の周りにはあまり飲食店がない。ファミレスがちょっと歩けばあるけれども、がやがやとうるさいし、慰労会には向いていないように思い、とりあえず一箇所押さえて皆さんに意見を聞いたのだが、「あそこはマズイ」という話があり ランチで1800円という話をしたら、「もっと安くて良い店がある」と教えてくださる方があったりしたので、皆の意見によりその「もっと安い店」に決めた。 言いだしっぺの人とは別の人が「私が店に予約入れましょう」と言ってくれたので、私のとった予約はキャンセルした。

 ところが、そちらに予約を入れたところ、昼食は1800円、3200円というコースらしい。
「とりあえず1800円のコースにしたけれども」と予約を取ってくださった方から連絡があった。前の店がキャンセルになったのは高かったという理由もあったからと、連絡網で、「最低のコースが1800円だったので、1800円で予約しました」と出欠確認をいれたら、クレームが。
連絡を入れたしょっぱなに「高いから別の店は検討しないの?」と言われて「んじゃ別の店も見当たらないからファミレスが良い人はファミレスと言ってもらおう」と決め、再度連絡をまわしたのだけれども...。

 
 突然電話がかかってきて、連絡網後ろから来ましたということで、「高いから、希望する店を後ろからpon2さんまで回してください」と伝言が逆に回ったとのこと。もともと5人ずつの連絡網だった。コメントが戻ってきたのは 3人。一人は出席しませんとのこと、もう一人は 1800円の今の店でも出ますということ、もう一人は希望の店なしとのこと。伝えてくれた人は1800円でokと直接私が聞いた人だった。「じゃ、だれが店に不満だったのか?」 ナゾ???。 
 
  希望がある人が率先して幹事をやってくれるのが一番。 しかし、一般にはクレームをつける人は 店がイヤなのではなくて、出たくない人も多いのではないかと思ったりした。 強制ではなくて、希望者だけなので、「用事があって出られない」といってもらえればすんなり納得するのになあ。店のことを言っちゃうとまた予約とったりキャンセルしたり、場所の選定したり、幹事する人の手をわずらわせることになるのになあ。。なんて思った。

  今日になって判明した。連絡網をまわす人がついでがあったので後ろからまわしたのだということ。 うまく伝言が伝わらなくてそんな風になっていたらしい。(^^;)
ほとんどの人は、「こういう機会がないから、嬉しい」とか「たまにだからこのくらいの金額でも良い」とのコメントだったそうだ。 疑心暗鬼とはこのことなり。


■文化や習慣の違い

 朝日新聞土曜版に、下町の旅館主 澤功さんの記事があった。 旅館でありながら外国からのお客様に大変気に入られていて、いつも満員状態なのだそうだ。それをつらつら読んでいてはっとした。

 お風呂やトイレの使い方、お茶やコーヒーの飲み方、室料を値切られたこと....。もめごとは山ほどありました。3年目くらいまでは、何度も宿を閉めようかと思いました。でも、それらはみな、その国独自の文化や習慣のちがいからくることで、お客には悪気がないことが分かってきました。「いい」「悪い」も「上」も「下」も無いのです。


 先日一緒に過ごした友人とはお互いの同じところ・違うところが長年の付き合いで手に取るように分かっている。 「○月○日どこへ行こう」というと、自然と役割分担ができる。 まず、私が電車の時間や行き先をいろいろ調べて算段する。そうして彼女はそれに付き合ってくれる。 面白いことに夫と一緒に出かける場合はどうかというと、私はそれこそな~んもしない。 時間も調べないしルートも調べない。 なにか予約など取ることがあれば言われたように予約を取るのが私の仕事だったりするが、それもめったにない。相手によって私の役割は180度変わるのだ。

 実は、この友人とも最初はギクシャクしてうまく付き合えなかった頃があったのだ。彼女は少しとっつきにくい雰囲気がある。そのうち、彼女の面白さやにじみ出るかわいらしさがわかるようになっていつのまにかとても仲の良い友達になっていたんだなあ。

 国同士も人間同士もおなじようなもので、お互いの考え方や習慣の違いからのいさかいが一番多いように思う。でも、これの一番の解決方法は トラブルがあるから付き合うのをやめるのではなくて、それをのりこえてつきあってみるということかもしれない。そうすると相手の本当の良さがわかってくるし、相手に合わせた付き合いができるようになるということかもしれないなと思った。

 とはいっても、友人とうまく付き合えたのは まったく違っているように見えても、根本のところ(バックボーンとかモラルとか)の考え方が似通っていたからということが多分にあるかもしれない。相手のモラルなどが自分のモラルにまったく反するような人との付き合いはものすごく難しそうではある。

 もちろん、小学校のお母さん達の付き合いは、会社の友人との付き合いよりもっと複雑にいろいろな条件がからみあっているかもしれない。けれど、基本は同じ。 「やだな」と思っても その「やだな」が、考え方・習慣の違いから産まれるものだったとしたら すぐに「嫌い」にむすびつくわけではなくてじっくり付き合ってくるうちに お互いを理解して、双方の役割分担ができて、友情のようなものが育ってくる場合もあるかもしれないということかな。

おやおや。ずいぶんとあやふやな文になってしまった。
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田舎の主婦、六本木価格に翻弄される
2004/11/15(Mon)
さて、昨日に引き続き六本木ヒルズ探訪記。
今日は、お買い物編です。

 とはいっても、六本木ヒルズ。大きい大きい。汐留よりもずっとずっと規模が大きくて、どこにどんな店があるやらさっぱり分かりません。
オープンしてからもう時間がたってしまったので、いまさらの感もありますが、ちょっと復習してみると、 17年、総工費2700億円かけた再開発プロジェクトだそうです。どうも 2700億と一口に言われてもまさに「途方もない」金額でさっぱり見当がつきません。
 商業面積は 43000平方メートル、 店舗数200店舗。
一口に200店舗といっても、それぞれが 「オンリーワン」をコンセプトにあちらこちらの有名点があつまっていて、一店舗当たりの面積も広いものも狭いものもいろいろ。まずは「何を買いたい」と目指すところがないと到底全部の店は回れなさそうです。

 高級品を扱う商業施設なのに、かなりの人出があることも驚きました。続々と人が集まっています。私たちは、田んぼを見に来ただけなのですが、ここにきているほとんどの人は買い物に来たのだなあと思うと日本の豊かさに驚いてしまいます。(中には映画館などもあるので、映画を見るついでの方もいらっしゃるとは思います)

モダンなインテリア?の店AGITO 
最初にガイドさんに教えてもらったお店 AGITO は六本木ヒルズのウエストウオークにあります。くるりと森タワーの周りを回っていると、赤や黒のカラー(サトイモ科の植物)や、ハスの花の造花などがダイナミックにウインドウから見えてきます。
つい入ってみたくなります。 この花はフランスの エルベ ガンブス (HERVE GAMBS)のものだということ。 一番心引かれたのは、蓮だったのです。 ほぼ実物大の蓮の葉や花を大きな花瓶に生けて玄関前にど~んと置くと 無国籍風でカッコイイかなあと思い。 しかし、花一本が2000円くらいで、 いけるとすると 最低でも葉は2本 花は3本は必要だなあと。すると1万円は飛んでいくわけです。 主婦としては「やっぱりそんな無駄遣いはしないぞっ」と。 ちらりと横を見ると、小さめの蓮のアレンジがありました。 こちらはなんだか 仏具のようにも見えました。
 「人によっては仏壇を想像するかもしれないしね。」と思いながらその場を去りました。
玄関入って蓮がいけてあったらやっぱり普通はギョッとするでしょうか。

芸術作品のチョコレート リシャール(RICHART)
AGITO横のエスカレーターを下る途中にあるお店です。ちょっとしたアクセサリーショップのような店構えです。表面に絵がかかれたチョコで有名らしいです。
 

写真は、「アーティストの卵」と「プチ リシャール」 というチョコの詰め合わせ
サイズがわかるように、横にオレンジとみかんをおいてみましたが、写真にすると今ひとつですね。

アーティストの卵は、子供たちを対象にした絵画コンクールの優秀作品からデザインされたものだそうで、とてもきれいな絵がかかれています。何種かある絵柄で味が違うようで、写真のものについてきた説明では、 
ミルク(右下?) ゴマとアーモンドのプラリネ
ホワイト(左上) アプリコットとライムのクーリ
ケーキカット(右上)バニラガナッシュ
パフェ?(左下)オレンジのクーリ
ということです。 チョコレートは一辺2,8センチ、一個12グラムでした。

プチリシャール 
香り豊かな・芳しい・フルーツ・シトラス・ハーブ・フローラル・スパイスの7種類のカテゴリーごとに7種類ずつバリエーションがあります。 
たとえば、スパイスのカテゴリーには カレーのプラリネ などというものもあり、想像ができない。 (そういえば、ショコラという映画では ホットチョコレートにチリを入れるというのがありましたね。) 無難なのはフルーツやシトラスだけど、変わったものも試してみたいなあ。と迷って、フローラルを購入しました。
 フローラルには ネロリのガナッシュ・フラワーエキスのガナッシュ・アルプスブーケのガナッシュ・イランイランのガナッシュ・ローズのガナッシュ・ラベンダーのガナッシュ・エキゾティックフラワーのガナッシュ があり、購入したものの中には ローズが2個、フラワーが2個あとが1個ずつ入っています。 一辺1.8センチ 重さは1個5グラムでした。

さて、このチョコ。 おいくらでしょう。 税込みで 2800円でございました。主婦卒倒です。
いえ、内心卒倒していたのですが、とりあえず驚きが声にならないように飲み込みました。
(しかし、店員さんにはしっかりと驚きは察せられたと思います)
 映画アマデウスに描かれたようなモーツアルト時代も、今も 本当はチョコは贅沢のあかしなのかもしれませんね。 大小取り合わせて13個ありますから1個200円強ですね。
まだ、食べてません。 

かわいらしいデザインの洋服と袋物が気になる店。 オーラ カイリー
 通りすがりにプリント柄がかわいくて気になった店です。カイワレの双葉のような模様はよく見かけるので人気ショップなのかもしれません。
 ずっとレインコートを新調したくて探していた(主婦になってから雨の日の外出が増えたので)ので、つるしてある ビニールバッグみたいな素材で、コーヒーカップ柄のレインコートが気になりました。 早速触ってみると、見た目通り、ビニールコーティングでカチコチです。
しかし、カワイイ。値段しだいでは買いかしら。。とタグを見て凍りつきました。
 68000円でした。 いえ。ウールとかそういう素材で68000円だったらそこまで驚きませんが、ここのところ、ウインドウショッピングもしていなくて出歩いてなかったこともプラスされ、それにこの素材で68000円は。。。と そそくさと店をでました。
 デザインとしてはとてもかわいらしいと思いますが、子持ちのオバチャンが着るには多少無理があるかもしれません。 
オーラカイリーのサイト
商品みつけました。 これの緑色バージョンが欲しかったのです。
これの集合写真の左側の青いのとか このコートとか私のツボなんですけどね。(似合うかどうかは別にして)
商品が値段とともに少し見えるサイト。(バッグなどの値段だったらそこまで驚かないというのはやっぱり、最近買い物に行ってないから驚いたのかしら)


繊細な刺繍のハンカチがきれいな店 クラシクス・ザ・スモールラグジュアリ
 お買いものに来た訳でもなく、買いたいものもなかったのだけれども、ガイドさんが教えてくれたこの店は 「ハンカチ」を売っているわけだから、値段も手ごろでなにかあるかもしれないと思いで行って見ました。
 素晴らしい刺繍のハンカチは一見の価値あり。しかし、あれは主婦には使えないです。あまりにも繊細で美しい刺繍は、ブラウスのレース以上に小物というよりは、限りなくアクセサリーに近く、実用から一番遠いもののように思いました。 最近は ホコモモラのタオルハンカチがお気に入りの私は購入せず、目の贅沢を楽しんできました。

傘のオーダーもできるという ハンウエイ
ハンウエイのサイトはこちら
 新しいレインコートが欲しいという野望がむくむくと育ってしまった私が次に気になったのがこの店です。素敵なデザインの傘がありますが、私はレインコートを選んで、値段としても納得値段だったので、色違いを試着。 ダスターコート代わりにもなりそうだし、洗濯は手洗いもできるというコストパフォーマンスの良さで決めました。
 サイトの下の家にポイントするとアイテムが見られます。
結局、決めたのは 白のトレンチです。(上段左から2番目)

さて、試着している最中に、店員さんがはなしかけてきました。
「お近くからいらしたんですか?」
ライブドア社長が住んでいるというレジデンスをふと思い出して、六本木に住めるような身分じゃないよねえと思いながら
「いえ。遠くからです。」と返事。
「どちらからいらしたんですか?」と 店員さん。
「ホニャペケ市からです」と 市を答える私。
「どのくらいお時間がかかりますか?」と聞かれたので、
「30分です」と私。

後ろで聞いていた友人は とてもおかしかったそうです。
いや、六本木まで30分だなんて、昨日まで知らなかったのですよ。前はもっと時間がかかったのですが、地下鉄路線が充実して便利になったので早くなりました。

後で、どうしてあの店員さんは遠くからかと聞いたのだろうという話になりました。
私の服装に垢抜けてない様子があったからか、旧式のデジカメを持っていたからかで、本当に遠くから観光でやってきたと思われたのではないかという結論になりました。
だって、最近のデジカメはテクニックがついていかなくてうまく取れなくて苦手なんだもの。
 たとえば、遠くの県からやってきた人ならばそれで話がうまくつながりますものね。(^^)

帰りにおいしそうなパンを購入しようと思って忘れてた。

なだ万のにんにくドレッシングと、お土産のお弁当(出かけた日の手抜きともいう)を購入して帰途につきました。

で。。。。
 いや~。今回のお出かけは、思いもよらない出費をしてしまい、出かけるときに「買い物にいくわけではないから」という思いがあったのも手伝って、お財布の中を確認せずに出発したのです。 後半になってから お財布をのぞいて驚きました。 お金にどんどん羽がはえて飛んでいきました。

 もちろんヴィトンや宝石店などの超高級店などもあるわけなのですが、そういうところは見もしないで、どちらかというと親しみやすいと思える店を回ったつもりでもこんな散財になってしまい、びっくり。

 しかし、日本人は豊かですね。そういう値段のお店にも普通に人々が入ってショッピングしている姿をみて、やっぱり日本人は金持ちだなあという印象を持ちました。


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大都会の空中田園探訪記
2004/11/14(Sun)
空中庭園と初めて聞いたとき、天空の城ラピュタのように空中にぽっかりと浮かぶ庭を想像して、「すごいなあ」と子供心にわくわくしていたのです。
ところが、どうやら「バビロンの空中庭園」とは 建物の上に土を乗せてそこに植物を育てているだけと知り、がっくり。

バビロンの空中庭園

古代メソポタミアの都バビロン、バベルの塔と同じく伝説上に伝わるバビロンの空中庭園。古代文字の解読により実在したことが明らかになりました。どんな形の建物であったのかははっきりしませんが、外壁に盛り土をして、樹木を植えた建造物であったようです。


 ところで、今日は友人と二人で 大都会六本木にある空中田園を訪ねてきました。
発端は朝日新聞の記事から。六本木ヒルズ けやき坂コンプレックス屋上には一般立ち入り禁止の田園があるとか。しかし、ここに入る手段がひとつだけある。それは「六本木ヒルズツアー」に参加すること。 そう聞いてしまうと 物見遊山好きの血が騒ぎます。「行ってみたい。」 ツアーの中の六本木ヒルズ一週ウオーキングコースに参加してきました。
(たしか、空中田園:本名けやき坂コンプレックス屋上庭園はこのコースしか公開していないということだったと思います。)

ヒルズツアーはじまり。ガイドさんとまわります
 六本木ヒルズは話題になったときも、「ショッピングとグルメではねえ。。」とあまり食指が動かずまだ一度も行ったことがなかったので、今回はじめての訪問です。
地下鉄から出て、森タワーをめざしていると大きなクモが見えました。
森タワーです。 森タワー2F(クモがいる階)にツアーデスクがありますので、そこで申し込みです。 六本木ヒルズを回るだけですが 1500円もかかってしまいました。
なんだか美術館並のような気もします。

 時間までに出発ロビーに集まります。 首からさげるIDカードをつけていくと 出発ロビーでは首下げ方式のトランシーバー(?)を渡されます。これが本体で耳にイヤホンをかけます。ガイドさんがしゃべった声がイヤホンから聞こえてきます。

まずは手始めに
ヒルズの周りにある芸術作品の説明です。バラの花の後ろには 東京タワー。
クモは母グモだそうで、卵を抱いているのだそうです。
六本木ヒルズレジデンス 持ち家の人はほとんどが土地の所有者(地権者)で、ここのほとんどは賃貸だそうです。高い部屋では 家賃450万/月だそうで、有名人などが住んでいるとか。 最近有名になった ライブドアの社長さんも住んでいらっしゃるとかいらっしゃらないとか。

目的の空中田園へ
コースを半周したところで、普通は使われないエレベーターでけやき坂コンプレックス屋上庭園へ登ります。日ごろは VIPの方たちが映画試写会へ出かけるときに使われたりするとか、皇太子や、キアヌ・リーブスも乗ったエレベーターだそうで、鍵がないとエレベーターが使えない状態だそうです。 意外に狭いエレベーターで有名人が護衛と一緒に乗ると狭いだろうなあと思いました。
 さて、屋上に。地上45メートル。港区唯一の水田だそうです。見晴らしがよく、東京タワーや汐留まで良く見えます。田んぼの第一印象は「狭い」。屋上には田んぼと畑と植え込みがあり、1300平方メートルだそうです。土と樹木の重さは3000t以上だそうで、土の厚さはおよそ1mとのことでした。一箇所下が素通しの場所があり、そこから仕組みが見える場所があります。
 通常は、土がこれだけあると地震の際危険なのですが、ここでは逆にこれを利用して建物自体のゆれを押さえる仕組みになっているということです。グリーン・マス・ダンパーと呼ぶそうです。
グリーン・マス・ダンパー(pdf)
施工中の様子が見られます。
グリーン・マス・ダンパー
ゆれを押さえる仕組みが説明してあります。
これが畑。本格的に見えますね。
別の角度から。おなかがすいてきたので、妙に美味しそうにみえました。
まぎれもなく屋上だということがコチラから見るとわかるでしょうか。向こうに見える東京タワーと比較してみてください。ススキなども植わっていて不思議な空間でした。 池もあり、めだかがたくさん泳いでいました。 防水どうやっているんでしょうか。気になります。

さて、オマケ
秘密の場所から降りてきて、後半周を案内してもらいます。
坂を一生懸命上っていた自転車型タクシー。デザインはいろいろあります。
女性3人まで乗れて、動いた距離で金額を決めるそうです。ちなみにのぼりでもくだりでも、距離が同じだったら同じ金額だそうです。 しかし、女性3人のせてのぼりで自転車というのは結構大変そう。 電動機付自転車なのかしら。VELO TAXI (ベロタクシー)というそうです。
毛利庭園 テレビ朝日の建物の横にある毛利庭園だそうで、もっと広いのかとおもいきや、意外に狭い。ここの池には 宇宙までロケットに乗っていった 宇宙メダカの子孫が住んでいるそうです。

感想
やっぱり六本木ですね。すべてが高い。いろんなところで、ガンガンお金が飛んでいきます。
探せば安いところもあります。
 ツアーの1500円も高いと思ったけれども、さくっと楽しんで回るにはよさそうに思いました。只訪問しただけだと 高い店が並んでいるところだけれども、ツアーのガイドさんから店の情報がもらえたり、たとえばお勧めのお店なども教えてもらえるし、チケット半券をもっていくと割引になることもあります。私たちもお昼に入ったお店で 500円のソフトドリンクをサービスしてもらいました。じっくり使うともとがとれるかも。

 ガイドツアーの印象は、ディズニーランドのジャングルクルーズのよう。
ガイドさんが笑いを取ろうとしてくれるのですが、目があってしまうと、どうしてよいやら。なんだか戸惑ってしまうようななかなか面白い経験でした。

お買い物編はまた後ほど
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マツケンサンバ 萌え!
2004/11/13(Sat)
一方的に拝見している絵日記でも書いてみようかの ゆみぞうさんの日記に マツケンサンバ なるものが書いてあったのです。例のごとく知らない私は見てみました。

 うけました~。

マツケンの妙にうまいサンバステップとか、流し目とか、うますぎる踊りが 金色の着物に妙にあっています。

 バックダンサーのお姉さん達も 大奥のようで結構笑える。
この雰囲気好きだ~。

いうなれば、 フロム ダスク ティル ドーン の バーに入って 踊っている女の人達をみて「パラダイス~」という場面があったような記憶があるんですが、そんな感じ<って違いすぎる? (~~;)

 後輩に聞いた話だと、「トリビアの泉」に出たそうですね。(つ~ことは知らない人は少ないってことですね~)

松平健の舞台やコンサートのフィナーレにやるそうで、金色の着物の布はマツケン自ら海外に行って選んだとか言っていました。


とのことでした。ふふふ。 上のurlには振り付けもあります。忘年会狙いかな。盛り上がるかな~。歌が長いのはヤダな~。
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人に説明するのはむつかしいーダニの説明から
2004/11/13(Sat)
 また少し忙しいです。ここ数日の日課を書くのはやめておこう。

今朝、NHKで、人に嫌われている生き物ばかりを集めた展示が開催されているというのを例のごとく音声で聞いてちらっと画像を見た。(ながら見というものですね)。

そこにはゴキブリや、ヘビなどの展示がされていると紹介され、ダニのことに話が及んだ。
アナウンサーのコメントは 「人に嫌われているダニだけれども、落ち葉を食べて分解し、自然のサイクルにはなくてはならないものです」というようなことだった。

 コレ。説明した人もそういう風に説明したとおもうし、言っている内容はまちがってないけれども、放送するには一言足りないのではないかと思う。 ダニには動物につくダニ、植物につくダニなど種類によっていろいろある。 ダニを食べるダニもいる。説明する側はそういうことは常識だと思って説明していると思うのだけれども、聞く側は一番身近な「家の中にいるダニ」と判断するかもしれない。 家の中にいるダニが、落ち葉を分解するわけではないと思う。「人に嫌われているダニの仲間にも、落ち葉を分解するような種類がいます。自然のサイクルの中にはなくてはならないものです。」 と、種類が別だということを明にわかるように説明したほうが良いのではないかと思った。 (家の中にいたり、動物の血を吸うダニも 人間の身分で自然のサイクルに不用だとは言えないよな~)

 私は素人だけれども、手元にある 日本原色植物ダニ図鑑を見てみると、88種も掲載されている。もちろん、植物につくダニの中からの掲載だけなので、動物の血を吸ったりするものは入っていないし、日本の植物につくダニすべてではないはずだとおもう。
(余談ですが、写真を見ていると、クリオネをかわいいという人ならば、トドマツノハダニなんて結構かわいいのではないかと思う)

 何事でもそうだけれども、その道のプロが素人に説明する場合、話し手が「常識」と思っている部分が説明から欠落する場合があると思う。相手が素人である場合が考えられるケースでは報道する側はそれを補う必要があると思う。 

■給食試食会について

 ふと、2,3日前のことを思い出した。 給食試食会に出かけて、記事を書いた。
最初に教頭・次に担当の教員の説明があり、その後栄養士の説明があった。
 さて、手元のメモを見ながら記事を書いて、学校に持っていったところ、栄養士さんから「私、素材が100%国産と言わないようにしていたのですが?」と指摘があった。
 話を聞いてみると、できるだけ国産は目指しているのだけれども国内で調達できないものもある。だから厳密には100%国産とは言えないとのこと。 聞いてみるともっともな話で、たとえばざっと考えただけでも、ココアなどは外国産になると後から思った。
 肉・野菜・果物などすべて国産のものを使っているという説明を聞いているうちに、私が100%国産ということに変換してしまったようだ。

  こういう間違いは、話の相手に原稿を確認しないと分からないことかもしれない。

 報道されている内容(特に電波にのせるもの)は、こういう記事を報道しますという確認が相手に入らないことも多そうなので、この手の間違いは多いかもしれないな。。と思った。
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痛みわけ
2004/11/11(Thu)
夕方別の委員さんに相談してもう少し表現をかえてみましたよ。
締め切りせまっているし、どうしようかな。段取り。 今日は給食試食会というのに取材がてら出席してきます。

 さて、昨日のことです。息子のスイミングスクールについていき見学中のときのこと。
2,3個席が離れている場所で小学校中学年くらいの子どもが話しをしているのを聞くともなく聞いていました。

「えっつ。痛みわけしらないの?」

と、聞いた私は心の中で、「え?痛みわけって知ってるの?」とびっくり。小学3,4年で痛みわけという単語を知るなんてすごい。するとその子が続けました。

「痛みわけっていうのはね、両方のHPがね....」

心の中で「なんだ、ゲームの話か。」と納得するやら、どうしてかほっとするやら。ゲームの世界にはそんな技があるんですね。(ポケモンかな?)

検索してみたら、やっぱりポケモンの技でした。

ちなみに「いたみわけ」は 広辞苑では 痛み分け 傷み分け

相撲で取り組み中、一方が負傷したために引き分けとすること。
互いに損害をうけたまま引き分けること

だそうです。

ネットにある大辞林ではこちら

 相撲の片方負傷のほうは知りませんでした。 そうだったんだ。。。


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見ざる言わざる聞かざる
2004/11/10(Wed)
昨日持ち帰ったものを、少し見直して学校へ持っていってきましたyo.

さらっと書くと私の中ではこんな理由付けがありました。

1)ネタもとの××さんをよく言わない人がいる
 誰が言おうとも正しいものは正しい。(昨日かいたこと)
2)親向けのプリントであっても高学年になったら子どもも読む
 子どもが読んで困ることは書いてない。単に「長崎の児童殺害事件」という単語がはいっているだけであり、中身はまったく問題ない程度のものだと思う。
 事件は、ニュースやマスコミでいくらでも話題になっていて、私達が書かなくてもいろいろな憶測などもいくらでも手に入る。 かえってソレに対して「ないものがごとき」の反応をしてはぐらかすのが果たしてよいかどうかはわからない。(といっても今回はそれについてはなにも記事には入ってないのです)
   親向けのプリントに興味をもち読むくらいの子どもであれば、これを読むことで親たちの気持ちに理解が深まることがありこそすれ困ることはあるまい。


そうして対応は ××さんという名前を極力はずす。(読み手の過敏な反応を避けるため。 あまりにも傾倒しすぎる人もいるかもしれないし、反対にその人の名前が出ることで、文章自体を色眼鏡でみて、伝わらない場合もありそうと思い)

 表現を全体に見直す。子どもが見て子供同士のいじめなどに発展しないように配慮した。

こんな風にしました。

で、説明しようかな~。と思ったのだけど、多分説明しても結果は同じかなと思ったのであえて説明はしないことにしました。


しかし、本当に、今回はロバミミ状態ですが、「ことなかれ主義」っていうのにはどこでも泣かされます。  必要以上に角をたてて騒ぎ立てるのもどうかと思いますが、必要以上にくさいものに蓋をする体質です。

 学校からの帰り道、ふと「見ざる言わざる聞かざる」だよな。と思いました。そうして日光のお猿さんたちを思い出しました。 

でも、あれ? ヘンです。 見ざる、言わざる、聞かざるは東照宮にあるものです。
「俗世をうまくいきぬくためには、見たものも見たといわず、聞くものも聞かず、言うものも言わずという生活をするのがヨロシ」なんていう教えであるわけがありません。

 ちょっぴり調べてみましたねー。

うる星やつら 「三猿」(見ざる・言わざる・聞かざる)

礼に非ざれば視ること勿れ、礼に非ざれば聴くこと勿れ、礼に非ざれば言うこと勿れ、礼に非ざれば動くこと勿れ。
つまり、礼に反することは「見るな」。礼に反することは「聴くな」。礼に反することは「言うな」。礼に反することは「するな」。と孔子様が弟子の顔淵に語ったということです。


 コレなら分かります。 しかし、「○○さんは悪いうわさがある」っていうのは 言わざるじゃなくて、言っちゃってるってことではないかいな。。。(--;)ゞ

世界の三猿には
「見よ・聞け・言うな」というものもあるのだそうです。

「世界の三猿」によれば、ヨーロッパには、見よ、聞け、言うな というような、三猿が多いそうです。

おそらくそれは、次のラテン語の諺によるものだと思います。

Audi, vide, tace, si vis vivere in pace 
(聞け、見よ、黙れ。もし平和な暮らしを欲するならば。)


だそうです。

民俗学(世界の三猿)上に紹介したページでリンクされています。

 今は孔子の教えより ローマ時代の鶏の教えに従う人が多いような気もしますね。
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正しいものは正しいんだ。
2004/11/09(Tue)
忘年会の場所の相談 アーンド 今月号のPTA便りの作成(昨日からはじめた) アーンド 出来上がったPTAだよりの校正依頼にいってきました。
 ところが、校正をお願いする先生方は10日までご不在とかで、困った。12日発行予定なのに。

ちょっと確認に、いらっしゃる先生と話をしていたら 本文中に書かれている取材相手の話になり、「○さんは、いいとおっしゃるかたと、悪いとおっしゃる方双方いらっしゃいますからね」といわれた。 人間だもの、そりゃそうだろうな。目立つことをいうと叩かれることも多かろうと思っていたのだけれども、どうやら その先生がお聞きになった話が「あの人のやっていることを見たらと悪く言う人も..」という話であった。

 取材相手は、自信たっぷりな人だ。でも、とりくんでいることは難しいことだし、すべてうまくいくということはなかろう。なかにはうまくいかないことも多いだろうし、個性の強い人だから合うひと合わない人もいるだろうなあと思った。記事について、煮え切らないご様子だったので、「記事を差し替えたほうがよいのかなあ」と考えて一旦持ち帰ることにした。

 持ち帰ってから思った。私は取材相手に悪いうわさがあるとは聞いていなかった。先入観のない気持ちでお聞きした内容は私からみてまったく納得のいくことを話しておられた。 一般的に考えて、そうだろうと納得できることだった。その人が好きとか嫌いとか、問題があるとかないとか、そういうことはひとそれぞれにあるかもしれないけれども、たとえ彼が問題がある人だったとしても、ここで言っていることは正しいと私は思う。

 たとえ、相手がうそつきで有名な人だったとしても、彼が話すと、本当のことまで嘘になるわけではないだろう。 誰が言ったからすべて正しいとか誰が言ったからすべて間違っているとか そういうことはありえないと思う。

そんな風に思った。 さて、記事どうしよう。
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百ます計算の罠?子どもをロボットにしないために?
2004/11/08(Mon)
 こんにちは。罠好きのpon2です。何々の罠という題はもういくつめになるでしょうか。

 先日、何気なく質問サイトの質問と答えを見ていました。
http://www.hatena.ne.jp/1099653615
小学校中学年の子どもに足し算、引き算の概念を教えるのに最も効果的な具体的手法を教えて下さい。都内進学校でも足し算の文章題の中に引き算の問題を混ぜると間違えてしまう子どもが激増中なわけですが、簡単に解決できそうな気もしつつ。ちなみに「文章題を作らせる」は効果無しなので却下で。

という質問でした。
100マス計算だとおもいますよ。

という1件目の答えに対して
こういう障害が出てきた原因そのものなんですよ(¨;)百升ができる子が、例にあげたような間違いをおかすんで、それをどうにかしよう、と。

というやり取りがあり、興味をひかれました。

■進学校で足し算がわからない?
 何気なく読み飛ばしていた質問文ですが、改めて読んでみると大変な事実に気がつきます。まず、対象が「小学校中学年」そうして、「文章問題で」足し算引き算を間違ってしまうということ。つまり3,4年生になって問題を読んでいるにもかかわらず、足すにしてよいか引くにしてよいかわからなくなってしまうということ。「都内進学校」(小学校)だということから、保護者がたぶん、教育熱心であろうということが予測できます。

■一年生でもわかる足し算引き算の概念
 ところで、こういうときに良い比較対照が我が家におります。小学一年生。ついこの間足し算引き算を習ったばかりの息子です。現在は、2桁の計算と ○+△-□ というような計算をやっています。彼は100マス計算はやったことがありません。気が向かないときにやった計算は特にあちこち間違っています。(落ち着いてやればできるのにと、この集中力のなさが私の心配の種です)しかし、文章題はあまり間違いません。3,4年生向けの足し算・引き算の文章がどのくらい高度かというのが良くわからないのですが、今のところ息子は+、-という概念はわかっていると思います。

■過ぎたるは及ばざるがごとし?
 最初は、単なるケアレスミスか?と思いながら読んでいたのです。しかし文章題でケアレスミスとは?なぜ+、-を文章題で間違えるのだろうと興味を覚えました。 何よりも、興味深いのは100枡ができる子が間違いをおかすというコメントです。
 ここで100枡計算とはどういうものかというのを書いておきますと10×10の枡に数字を縦横に書き+なら+ばかり総当りで計算するのです。できるだけ間違わないように、早くできるようにというのをめざして練習します。 さて、この100枡計算。多分ある程度まではものすごく有効な練習方法だと思うのです。大人になって改めて見てみると10までの足し算や九九ひとつひとつ計算しているわけではなく、1対1対応で暗記して答えを出していることに気がつきます。つまり、毎回計算しているから間違えるのであって、100個(55個?)の計算くらいは暗記したほうが間違えずにはやくできるよということでしょう。

■ロボットのような子ども
 物事には1:1対応で覚えるべきことと、覚えただけではできないことがあります。受験にも1:1の記憶法はかなり有効だと思います。しかし、思索でき、より進歩できるという人間ならではの脳の働きは、覚えるだけではダメなのです。なによりも、この子供達の間違いの話を聞いたときに、子どもの動きが「バグのある(きちんと動かない)ソフトウエアのようだ」と思いました。ご存知のように、ロボット(コンピューター)もプログラムで動きます。もちろんコンピュータは演算という人間でいう思索のような動きをする機能があるわけですが、それはプログラムで与えられたものです。そのようにプログラムを書いただけです。

 話は少しずれますが、よく「感情をもつロボット」などといって笑ったり怒ったりする顔をするロボットがテレビで紹介されていますが、これなどは感情をプログラミングされているのではなくて、
きれいですね->目を細め、目じりを下げ、くちの両端を上げ笑う。
キライです->目を細め、目じりを下げ、口の両端を下げ涙を出す。

などという膨大な対応付けをケース分けして書かれていることを実行しているだけだと思います。
 つまり、ものすごく単純に書くと、ロボット(コンピュータ)はAならばB AかBかC 繰り返しというような処理を人間が考えてプログラムしてやりそれにしたがって答えを出します。上の場合も、まず、きれいという言葉か、嫌いということばか、それ以外かという選択支をつくり、それぞれの対応をつくります。それ以外の場合には、目を大きく開き 「もう一度言ってください」と言うとでもプログラミングすれば 人の言葉によって表情を変えるロボット簡易版の完成です。
 バリエーションで きれい、好き、頭が良い、などの良い印象を持つ言葉群たくさんと 汚い、キライ、頭が悪いなどの悪い印象を持つ言葉群を分けて登録しておき、一つの話し言葉の中にいくつそのキーワードが出てくるかによって相手の好悪度を決定するなどというような 「人の好き嫌いを持つロボット」も遊び程度ならすぐ作れる事と思います。

■間違ったプログラム
 計算のできない子供達のプログラムはどこが間違っているのでしょう。AならばB (1+1ならば2、1-1ならば0)という単独の計算能力にはものすごくたけているものの、+とは何 -とは何ということがわからないようです。実際、コンピュータに文章題を与え+-を自動選択させようとおもうと、かなりプログラムは難しいと思います。+の増えるという概念と -の減るという概念を教えるために、単語のバリエーションを教え、文章読解能力を搭載しないとできません。たぶん小学一年生が解ける算数の文章題でも間違うことがあるでしょう。ものすごく条件のそろった良くできた問題ばかりが世にあるわけではないので、ロボットと子どもが同じような反応を示すわけです。
 
■たくさんの経験が子供達を伸ばす
 なぜそんな風になってしまうのか。大人が子どものために最短距離を作ってやりすぎるからではないかと思いました。人間というものは、直接勉強とは関係のない日常生活の中で学習し、躓きの中でも学習するものだと思います。つまり人間だから、プログラムを自分の経験をもとに構築しなおすという作業ができるのです。 AならばBになるはずなのにならなかった。その躓きを心地悪いものとして認識して、どうしてならなかったのか、自分が見落としていた条件がないかを考え、自己で考え方を構築しなおします。

 息子のもって帰るプリントやドリルを見ても、設問として説明が適当でない文も多くあります。しかし、大人ならば間違えません。
 
公園に 男の子が3人きました。次に女の子が3人きました。何人いるでしょう。

小学一年生の算数のプリントならば 3+3=6を求めているんだなとわかります。なぞなぞなら 「わからない」が答えかもしれませんし「6人以上」やもっとほかの答えがあるかもしれません。

 そういう場所や狙いを加味した言外の条件を読み取るという作業は決してよくできた問題ばかりや、1:1の機械的な記憶では培われないと思います。子供達にはたくさんの経験とたくさんの間違いが必要だと思うのです。間違いながら子供達は育ちます。

■国語力は論理的思考力
 今朝のNHKで「すべての教科の基本は国語」と、国語に力を入れている取り組みを見せていました。
 「国語力」というと「国語の点数」ではなく、人の言うことや文章を正しく理解する。それを基礎にして自分なりの論理的思考ができる。ということに尽きると思います。 1:1で覚えることは大切だと書きましたが、その覚えた内容から飛躍するためには、論理的思考力が必要だと思います。ところが、今の国語ではその論理的思考力を磨くよりも別のノウハウで「テストの点」が取れてしまうことが多いです。テストにする場合に、便宜上答えが1:1対応になるように「問題として完璧に」作ってしまうことも問題かもしれません。国語力を論理的思考力と言い換えたのは、たとえば今ブームの英語にしても、英語の会話がネイティブに対して不自由なくできるくらいになったとき、その後でモノをいうのは相手の考えを理解し、自分で思索し、それを表現する力だからです。つまりここで重要だとされているのは「日本語としての国語力」をさしているわけではないと思います。
 
 今の子供達は効率よく覚える手段を詰め込まれ、テストという条件を限った世界で評価され、良い点がとれるように、その限られた環境での数値や時間を競います。まるで、演算速度を競うコンピュータのようです。そうして、どんなに演算速度が早いコンピュータでもバグのあるプログラムを実行すると答えを間違うのです。自分達の子どもをコンピュータにしてしまうような教育は、たとえそれがテストで好成績がとれたとしても、有名な学校に入れたとしても、結局は人間としての子どもの可能性をつぶしてしまうことにつながると思います。 これをどのように解決するか?実は私もはっきりとはわかりません。でも、たとえば「有名校に入る」ことはできなくとも「人間として、考えることができる」ようになって欲しいと日々思っています。

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やればできるじゃん
2004/11/05(Fri)
 朝から、学校へより、その後 カットへ行って来ました。
通りすがりの先生に、お褒めの言葉をいただいて、たとえ社交辞令であったとしても嬉しいもんです。

 昨日も良い天気でした。それで、やっと1月からやろうやろうと思っていたことに手をつけましたよ。<遅すぎ。 ベランダの整理です。
これがまた、しっかりと7年間の歴史が積み重なってもうジャングルと化しているわけで、やっぱりここでも「一番古くてしがらみのあるものを捨てる」というのをやるべきかも。

 とにかく、昨日はやりましたね。>エライゾ。自分。
※自分で自分をほめることはとても大切なことです。お見苦しいかもしれませんがご容赦くださいまし。(^^)

しかし、 「7年かけてちらかったものだから片付けるのに7年かかる説」 略して 相田みつを風に 「七年だもの」 ですから、まだまだ。まだまだ。まだまだまだまだまだまだまだまだ先は長いです。

■土引取りサービス
 さて、園芸といえば、ついこの間、土の引き取りサービスなるものをNHKで紹介していました。 私の住んでいる場所は、土も鉢もごみとしてひきとってくれます。(通常の量・通常のサイズである場合です。:鉢は50センチから有料になります)  古い土の処理というのは 植物を育てようと思った集合住宅に住まう人に共通の悩みなのです。

なぜかというと、本来土というものは自然のサイクルの中にあればそれなりに循環して利用できるものなのですが、鉢という狭いもので育てる場合、使い古した土は植物をうまく育てるには向かなくなってしまうというのが園芸家の間の説です。
 もちろん養分がなくなるというのもあるでしょうが、ソレだけだったら今までの土に養分を足せばいいはずです。 それだけではなく、虫害やウィルスの害など 狭い鉢というものの中で育てるといろいろなリスクが大きくなるということなのです。  ※(注1)
(なんて、私が薀蓄かいたとしても、ここを見に来てくれている友人は私よりもずっと園芸に詳しい名人だから 釈迦に説法ですが。)

  きちんとした園芸家の皆さんは、土を消毒して利用していますし、それはいろいろな工夫をされています。たとえば なべでいためたり、専用電子レンジでチンする方も。
黒いビニールに入れて日に当てるとか、お湯をかけるなども紹介されていたことがありましたが、効果はいろいろでしょう。 特にウイルスに弱い植物などを育てる場合はかなり神経を使うと思います。身近なところではチューリップ(暖地の場合)など。 

 さて、土引取りサービスのことを聞いて真っ先に「土の捨て場所に困っている人も多いことだからこのサービスは受けるだろうなあ」と思いました。

 ところが、驚きました。 届けて回収ー土の入れ替え便

培養土と肥料を セットにしてご自宅まで配達し、お届け後1ヶ月以内のご指定日に不要になった古い土を回収する業界初のサービスです。


 そうなんです。引き取りは配達後1ヶ月以内です。
1ヶ月で土を入れ替える植物ってどういう植物でしょう。(?o?) 

多分利用されている方は最初の何回かはひきとってもらわずにそのまま利用し、数ヶ月たってから一番古くなった土を回収にまわすのかしら。。と考えたのですが、うまくそれで回るのかしら。。

■■■ところで我が家

ところで我が家の土は、捨てるときもあり、リサイクルするときもあり、新規に買うときもありです。リサイクルの比率は結構高いと思いますが、それがデキの悪さに正比例しているかもしれません。
 さて、今日もいまからやってきますかね。庭仕事!ベランダ仕事!


※(注1) 鉢だから必ず悪いわけではなくて鉢だからこそ感染を防げるものもあります。
たとえばバラの黒点病や、センチュウなどの被害は少ないと思います。 


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藪の勝ち
2004/11/04(Thu)
 
藪さんが勝ったのでしょうかね。 日本で藪と聞かれて 私がおもいつくのは 藪そば やぶへび 藪医者...。 藪そばはいいけど、やぶへび、藪医者はね。 ま。ね。

厳密に言うとbush(ブッシュ) というのは 日本の藪とは違うんでしょうけど。

 私個人としては、ケリーに勝ってもらって今のこの流れが変わる方に期待したかったのですが。(派兵やめるっていってたし、間違った戦争だったという主張だったし)だったのですが、日本でも多くが「ブッシュー小泉」の強固なつながりに比べてケリーが勝利した場合にジャパンバッシングが始まる可能性があるとか、保護貿易政策が日本に不利益に働く可能性があるとかそういうことで、 ブッシュ勝利の方が日本にとっても良いという論の展開を見たりして、 世界平和よりも自国の儲けか。。と がっかりしたというのがありました。

もともと資本主義を習った頃には単なる「社会科」で 出てくる単語としかとらえてなかったわけです。「資本主義

 でも、あらためて 広辞苑をひいてみると、
 封建制度に現れ、産業革命によって確立した生産様式。商品生産が支配的な生産形態となっており、あらゆる生産手段と生活資料とを資本として所有する資本家階級が、自己の労働力以外に売るものを持たない労働者階級から労働力を商品として買い、それの価値とそれを使用して生産した商品の価値との差額(剰余価値)を利潤として手に入れる経済体制。


ということで、サラリーマンとして働いている人は、ホワイトカラーであろうとブルーカラーであろうと、結局は「自己の労働力以外に売るものを持たない労働者階級」なわけだよねと、あらためてガツンと確認したわけでした。

ということで、資本主義社会においては より多くの資本を持つことが一番の目的になっちゃうからこその、戦争であり、自国の利益を一番に考えてしまうような流れでありなんだろうなあ。

 世界の平和なんていっていたら儲からないという流れですかね。
皆の平和より、自分の儲け。 こうなっちゃったら世も末だとおもうんですけどね。
ケリーが勝ったからといってこの流れが大きく変わるわけはないと思えますが、ブッシュが勝ってこのまま続くよりも、ケリーが勝つことで新しい流れ(反省含む)が産まれることに期待したかったです。

米国大統領選挙2004と経済-ジョージ・ブッシュ対ジョン・F・ケリー
  終わっちゃったあとにこのリンクは賞味期限切れでしょうか。

私としては easy投票に 世界(平和)にとってベストは?も入れて欲しかったな。

※詳しくない&ニュースナナメ読みの主婦のたわごとなので、見当違いのことが書いてあるかもしれません。m(__)m

画像の作成は コチラでやりましたのよ。
Build Your Own President Bush
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居酒屋さがし
2004/11/03(Wed)
昨日のことなども書いておこう。

午前中委員会。そこで、今度の忘年会の幹事の順番がまわってくる。
帰宅して、さっさと昼食(昨夜の残り物)を食べ、いそいで図書館へ。
本を返し、あらたに借りる。ついでに、ペットショップへ寄って 先日名前がわからなくなってしまった魚の名前を再確認。 忘れていた単語は「メタリック」だった。といってもあまりメタリックなかんじではないんだけど。この魚。

 ペレット状のえさ(幼魚にはこちらのほうがよさそうなので)も購入。
水槽に植えた植物が浮くのでウキ対策を見て回ったが、どれも今ひとつなので却下。
根っこのところに拾った石でも置いておもしにしようと 主婦の考え。

 群泳する魚もほしくなったけれども、ぐっと気持ちを抑えて帰宅。
息子が帰ってくるので宿題やらなんやらでいつもの日課という一日でした。

帰宅してから、忘年会の打診。予算はどれくらいが良いのだろう。
会社員だった頃の感覚は残っているけれども、今の皆さんの感覚がよくわからない。
だいたい5000円弱というのが会社員時代の一次会の感覚だったのだけれども、2000円とか3000円とかの居酒屋となると良くありがちな 「○○○」とか「△△」とか「□□□□」とかになっちゃうよね。(○とか△とか□にはお好きな言葉を埋めてください)。

しかし、「酒ならなんでも」というほど酒好きではないので、 私としてはせっかくどこかで宴会をするのであれば、そこそこお料理もおいしくて、そこそこお酒もおいしくてというところがいいのだけどなあ。  

 おまけに、皆さんがどのくらい飲むのかがとんと不明。飲み放題にしたほうが良いのか。
(そのほうが幹事は楽だけど)それとも単品でお酒を頼んだほうが良いくらいしか皆さん飲まないのか。。。 チョット悩んでみたりする。

来週、もう一人の担当の人と相談しながら選ぶ予定。 
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しまった。損したか?
2004/11/02(Tue)
昨日の夕方、「ピンポーン」と、新聞配達員さんが来た。1月で契約が切れるから契約更新してほしいとか。
 6ヶ月更新することにした。

 景品もってきますからといって取りに帰った配達員さんが持っていたのは 粉の洗剤6箱とゴミ袋1箱。 ところがこの粉の洗剤、以前いただいて使ったけれどもうちの洗濯機とあわなくて結局持って帰ってもらったというイワクつき?のものだったので、つい、

「あ~。この洗剤。うちでは使えないんですよ。」というと、配達員さん、「そうですか、それではボク、あと二箱このオレンジの箱をもっているのでオレンジの箱を持ってきますね」と景品を交換に行った。

 オレンジの箱とはゴミ袋。 洗剤6箱と ゴミ袋2箱(45リットル22枚×2) の交換...。なんだか損したような気がしたが受け取った。 後から考えたら、たとえ使わなくても洗剤をもらうべきだったか?(たとえばフリマで売る)とか、「これはイヤだから別のもってきて」とゴネるべきだったか?と思ったのだけど後の祭り。

なんだかちょっと損したような気がする。 おまけの景品で損したというのもヘンな話なのだけれど。(^^)ゞ
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カナリヤ
2004/11/01(Mon)
 私が子どもの頃に母が「おかあさんは薬が効きやすいから半分でよい」と処方された薬を半分にして飲んでいるのを不思議に見ていたことを覚えているのだが、実際自分が大人になってみると、私もどうやら薬が効きやすい体質のようだ。 あの頃は、「母の思い込み」もあるのではないかと思ったものだけれども実際自分がいろいろと経験してみると「あれは母の思い込みではなさそうだなあ。体質なんだなあ」と思い始めた。

 薬が効きやすいと聞くとなんでも治りやすそうにおもう。けれども、半分はあっている、もう半分はあっていない。 少量で効くということは、医者から処方されて普通の量飲んだ場合に過剰に摂取した状態になる可能性もあるとのこと。 母から電話で「この薬を処方してもらったらどうも、こんな症状が出る。」と相談をうけ、副作用検索してみるとピッタリとその薬の副作用が出ていることも多い。 母は医者に行くたびに「私は薬が効きやすいから」と伝えているらしいが、医者の方ももしかしたら 子どもの頃の私のように「母の思い込み」だと思っているのかもしれない。

 薬が少量で効くということは、症状が軽いような印象を受けるけれども、ソレも違う。症状は同じだけ出ているけれども、ただ一般の人よりも対症療法としての薬の量がすくなくて済むだけだ。麻酔の効きが個人によって差があるということを想像していただくと少しはわかりやすいかもしれない。

 そんな私に、夫は「pon2は薬がよく効くなあ。薬のテスターの才能?があるね~。」とふざけて言う。 そんな才能やだ。 ものすごい危険と隣り合わせだ。
そう聞いて真っ先に私はカナリヤの話を思い出した。

昔の炭鉱は「カナリア」を下げて行き、有毒ガスの有無をカナリヤで判別していたらしい

「炭鉱の中のカナリア」(like a canary in a coal mine)


 

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テレビ局の差別化が欲しい
2004/11/01(Mon)
最近、「あおりたてる」風潮がどうも好きになれなくて NHKを見ることが増えた。
でも、冷静な報道を望んでNHKを見ていると、NHKの民放化がすすんでいるように思える。

 たとえば、何かを報道するにしても、週刊誌的な取り組みもあれば、ドラマチックな取り組み、事実を淡々と、地味でも必要な情報を報道するという姿勢があると思う。
それぞれの局が「どれを見ても同じ」という形にならないように 独自性をもっと出してくれればいいのにとおもいつつも、資本主義の世の中だったらどうしても「ウケる方」「儲かる方」へみななびくのは普通のことだろう。

となると、やっぱり 広告収入に頼らないNHKこそが独自性を強烈に打ち出すしかないと思うんだけどなあ。 NHKは受信料でまかなわれているわけだから 視聴率をそんなに気にせずに、「やるべきこと」をしっかりと自分達の中で確立したうえでやって欲しいなあと思う。

 そういう話をしはじめると、マスコミ分野だけでなく、今「民営化できるところは民営化する」という話でいろいろ進んでいるのだけれども、本来はそうではなくて「(資本主義でとりこぼされがちな)行政でしかできないことを行政がする」というのが本当で、そのために税金はらっているんだけどなあと思う。
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