それって、息子が悪いのか?
2008/07/23(Wed)
 ちょっと納得いかないことが。。(^^;)

息子からきくと ことあるごとにちょっかい出してくる子がクラスにいるらしいのだが、それについて詳細は家では聞くことがなかった。 今日、面談に行って先生からの言葉は 「喧嘩になることがあります」とのことで、どういうことですか? と詳細をお聞きしたところ、 つい最近では、息子のはさみがなくなり、結局その子が持っていたのだそうだ。

 帰宅後息子に詳細を尋ねると、息子のはさみがなくなり、あちこち探したけれどないため担任にそのように言ったところ、相手の子が 息子のはさみを持っていたとのこと。 ハサミにはシールの名前を貼っていたのだがそれがなく名無しのはさみであったこと。 そうしてその子は 「家から布を切るために持ってきた」と言い張って、ゆずらなかったのだそうだ。 でも、その子のはさみは工作用のはさみと、裁縫箱のはさみは別にあり、計3本のはさみを持っていたのだそうだ。 また、息子のはさみには前の学年のときについてしまったクレヨンのあとがあり、息子はそのはさみが自分のものであることを確信していたし、先生も たぶんこのハサミは息子のハサミだと認識したようで、そのはさみが返ってきたという話だった。

 息子はたしかにぼーっとしているところがあるので、まあ、悪意に解釈すると相手の子は息子がハサミを忘れたという状況を作りだしたくてやったのではないかと思ったりもすることができると思う。

 で、そのはさみについて、喧嘩になったのだそうだけれど、それって。。。本当にうちの子が悪いのかな? 

 先生の言では、相手の子と息子はお互いに社会が得意(!?)で、それぞれに色々調べて知識を持っているのでぶつかると言われたのだが、社会が得意とは初耳(^^;)ゞ ハッキリ言って社会は模試の平均点を下げている教科であり、息子も苦手だと認識している教科だ。 

 「先生が息子のことを社会が得意だって言ってたよ」というと、「ああ、あれね。」と息子。 テレビでサンマ漁の詳細を見たことがあり、授業でサンマ漁について知っている人がいるかと尋ねられたときに発表したのだそうだ。その時にサンマ漁のことで詳しく知っている人がいなかったのだそう。
 「もしかしたら、自信がある教科で答えられないことがあったから悔しかったのかな?」と息子。
だって、サンマ漁なんてたぶん塾でも習わないし、入試にもあまり出ないでしょう。だからトリビアというかオタッキー(死語?)な知識だと思う。だからそんなことで悔しがって相手に仕返ししてもしょうがないと私は思うんだけれどね。

 息子の話だと、その子は息子以外の子ともよくトラブルを起こしていて、先日も「塾のストレスや疲れを学校で発散してもらったら迷惑だ。」と先生に叱られていたのだとか。

 それを聞けば聞くほど、本当に息子が悪いのかな? と思う。 席が遠ければ回避も可能だけれど、席も近いのでちょっかいを出されるのもしょうがない。 なんで息子だけ喧嘩になる?と不思議ではあるのだけれど、こればっかりは、絡まれる回数とケンカになる回数を知らないのでわからない。 他の子はどうやってトラブルを避けているのだろう。(いや、他の子ともトラブルを起こすということだから息子だけのことじゃないんじゃないか? でも面談で話題になるのであれば、頻度が高いということなのか?

 ハサミで思い出した。昨年のことだが、 バトル鉛筆というのが流行った時期がある。その時息子のバトル鉛筆がなくなってしまった。 最初に出てきたのは 名前が書いてある鉛筆だった。 その鉛筆は今回ハサミをとった子が持っていて 「拾った」ということで他の子と遊んでいたら 遊び相手の子が名前に気づいて持ってきてくれたのだそうだ。 もう一本はもう少しあとから発見された。 息子の仲の良い友達が、これは息子のではないかと持ってきてくれた。 その鉛筆は 名前の部分が消してあった。 そうして、その鉛筆の交換の相手をたどってみると、今回のはさみの子にゆきついたということがある。 あのときも、もしかしたら その子だったんじゃないか?なんて私は思うのだけれど、どづだろう。 

 世の中、からまれないように生きてくのは大人の知恵だけれど、それは盛り場を避けたり、見るからに危険そうな人には近づかないように自分でその人のテリトリーを避けることで実現出来ている部分も大きいと思う。  でも、学校のように、座席が決まっていたら逃れようがないんじゃないかと私は思ったりもするのだけれどな。


 息子は、あまりそういうことを人に言わないので、今回のことも私に少ししかこぼしていなかったのだが、クラスでそれを見ていた人たちがたくさんいたからだろうか。 先日から2回も別の友達から 「○○は要注意らしいよ。気をつけたほうがいいよ」とコメントがあったのだそうだ。 聞いてみると、自分のはさみのことだったとのこと。 聞いた話では、前のクラスでも、人のものをとったことがあるそうで、これも噂だからなんともいえないけれど、そういうことを聞けば聞くほど、息子は悪くないんじゃないだろうか?と思ってしまうのだった。
どうしよう
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計算違い
2008/07/23(Wed)
 息子の夏休みの生活習慣維持のために申し込んだ 夏期講習だったけれど、 例の如く すっかりと私の中で抜けていたことがあった。

 それは宿題。

塾のみでやっていらっしゃるお子さんに丁度良いように塾の勉強は出来ているので、通信教育メインでやっている息子にはちょっと負担があるんだなあ。
 一昨日塾から電話がかかってきた。
「夏期講習のテキストが届いていますので、取りに来てください。宿題も出ていますので」とのこと。

とりにいってみると、講習が始まるまでにやらなくてはいけないボリュームがとんでもない。
ざっと見たところ、 内容はさほど難しくないので、問題数があったとしても国・数・理はどうにかこなせそうに思うが、社会はボリューム的にちょっとムリ。おまけに、息子がやっていない 日本の地理関係の暗記項目が主なので、これをきちんとやるには時間がかかりそう。  反対にとにかくこなそうと流すのは却ってよくないと判断したので、これについては今日塾に電話を入れてみるつもり。

 さて、今日は午前中ボ。 午後は面談。 忙しいぞ。
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親離れ、子離れ
2008/07/23(Wed)
 また、無差別に人を傷つける事件が発生した。
駅ビル通り魔、女性を刺殺 八王子で容疑の33歳男逮捕

 数日前に、バスジャックをした中学生のニュースを見て
【衝撃事件の核心】バスジャック犯

息子には、「これから、中学生・高校生になっていくにつれて、親の言動に腹がたったり、思っていたほど親がしっかりしていなかったことに気がついて親のことが嫌いになったり親をバカにしたりする時期がある。それは必ず誰にでも来る。 その時期をのりこえていくことで、 『親も自分も同じ人間なんだ』という思いに至り、親の存在を許せるようになり、同じ立場で話ができるようになることで、一人前になることができるのだと思う。 まずは、『両親を困らせようと思った』という単純な理由で今回のような事件を起こしたとして、それは、両親が受けるダメージよりも自分が受けるダメージの方がずっと大きい。 自分はその一瞬の気持ちが原因で一生その罪を背負って生きていくことになる。両親を困らせるのではなくて、自分で自分の人生を壊してしまうことになる。そういうことをよく考えてみて」というような話をした。 まだ息子が小さい頃はこういうニュースができるだけ目に触れないようにと考えていたけれど、もうかなり世の中のことを理解できるようになってきたと思えるので、普通に報道されているものについては親子でコメントをしあっているのが最近だ。

数日前にも、
「勉強しろ」に反感あった 父親刺殺容疑の長女供述
中高一貫校に通う子が父親を殺害していたし、

記憶に新しいところには、秋葉原の殺傷事件もある。

多くの動機について、「親との関係」があると思う。特にこの中で 秋葉原と八王子の事件に関しては双方とももう成人だ。普通であれば社会にでて十分一人でやっていく世代。 なのに、「親が相談にのってくれなかった」と供述していたり、中学・高校時代の親への不満を原因の一つとして供述したりというこの幼さは何なんだろうと思う。 幼さといえば、バスジャックの子もそうだ。親を困らせたいばかりの犯罪だ。

 「だれでもよかった」という動機が繰り返し繰り返し報道されている。 この報道も問題だと思う。 本当は「だれでもよかった」というのではなく、「誰かに(ここでは親が筆頭に挙げられている)自分の環境や問題を変えてほしいと思った。けれど、親を含め誰も自分の環境を変えてくれなかった。 」ということであり、 「だれでもよく殺害したかった」というのは本当の自分の心の中を表した言葉ではなく、「誰かに助けてほしかった。誰かに注目してほしかった。誰かに相談にのってほしかった。」だけなのではないか。 ただ、皆自分の心の中を表現するだけの語彙が不足していたり、自分の本当の気持ちを深く自己に問い、分析できなかったという状況があるのではないかと私は思っている。
 そういう表現できない自分の思いを 言い換えたのが 「だれでもよかった」という言葉であり、そういう行動に出ることで世間が自分に注目してくれるという最悪のお手本を示したのが報道だったのではないだろうかと思う。その言葉を耳にした人たちが、 それを自分の言葉であり、自分の心の中を表したものだと 勘違いしているのではないだろうか。  つまり、マスコミが報道する 「だれでもよかった」の教育効果ということになるように思う。

 親として子どもが一人前にするにはどういうことが必要だろうかと最近時々考える。 勉強にしても、何にしても、これから息子が私から離れて行ったときに、自然に自分なりの勉強ができるように 私からは無言のメッセージ(たとえば、勉強の仕方、見直しの仕方など含めて)を日々さりげなく伝えられるように努力している。 いずれは私の力が及ばない時期がやってくる。 それもあと数年のうちにやってくる。 その時に、自分で自分のやり方を見つけ出せるだけの力を見につけておいてほしい。それに必要な経験をさせておきたい。

 たとえば、お金の問題を子供が抱えていたとしよう。 3,4歳が必要とするお金と違い、年齢が上がるとともに子供が欲しがる金額はどんどん上がってくる。 子供が一人で都合できない金額は親にとっても大金である場合も多かろう。(金がうなるほどあって、湯水のように金が使える人も世の中にはたくさんいらっしゃるとは思うが) そうしたときに、どんなに子どもが困っていても どうやってもお金が捻出できない場合もあるだろうし、 それなりの金額を渡すのであれば、親も納得し、それなりの手続きをふまないと出せない場合もあるだろう。 文句や小言のひとつも言いたくなるのも人として当然のことだと思う。また、そういう行動をしたことについて、親の責任としてコメントすることも必要であると思う。(お金を湯水のように渡し、放任していたことで非行に走った子どもの例も世にはある)

 たとえば、勉強の問題。私が自分で教えられる限界はもうすぐそこまで来ている。 あとは自分の力で知識を習得していってもらうしかない。 たとえば、塾に通い、中高一貫校に通っていても、その環境の中で行き詰ってしまったとしたら、親ができることはほんの些細なことであり、あとは自分で自分をみつめなおしつつ解決していくしかないことになると思う。 

 そこまでに息子が育つまでに、自分で考え 自分で軌道修正しながらやっていくことが身につくようにと、これから考えて育てていくことになると思う。

 少なくとも、成人してから以降の人生は自分の責任であると私は思う。 人それぞれ違う環境で育っていくものだけれど、だからといって犯罪を犯して良いわけがない。それを親のせいにするのはあまりにも幼いと私は思う。
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おっちょこグセはなおすのが大変
2008/07/21(Mon)
 今日は祝日だけれど、仕事。 会社帰りに先日実験教室へ行った塾でのテスト結果返却と面接でした。 もともとそこの塾にいくつもりはないことと、今後も長期休暇中に受験用の講習ならば、その内容に納得すれば受けても良いと思っていた事もあり、ラクラクの気持ちで出かけました。

 息子が楽勝だったという試験、うっかりミスはどうかしら? うっかりミスを克服できていればいいなあ。とおもいつつ面接へ。 「息子さんの勉強でご心配な点はありますか?」との問いに、学校の勉強についてはあまり心配していないこと。 息子の苦手な点・気にかかっている点をしいて言えば、うっかりミスが多いこと。たとえば算数ならば 小数点のつけ忘れ、つけ間違い。 問題の写し間違いなど。 わかっているのに間違ってしまうことが多々あること。 それから、国語は漢字。 受験用の勉強をしていらっしゃるお子さんは、まとめてかなりの量の漢字をこなしているけれど、息子の場合まだまだ漢字のミスが多いことなどを話しました。

 なんといってもわかっているのに、できるのに点数につながらないうっかりミスを直すことは難しいけれど克服していかなければならない課題だと思っています。本人も気をつけているというのですが、なかなか効果が見えにくいのです。 しかし、母もうっかりミス撲滅の難しさを知っています。 まずは客観的に自分をみることから始めなければいけないので、大人の私もしばしばやってしまうミスでなかなかゼロにはできないミスだからです。

 さて、試験結果です。 「なかなかよくできていらっしゃいましたよ」と見せていただいた点は両方100点でした。。なんていうのは私の希望的な妄想です。 両方100点だったらいいのになあ。
 いえ、問題的には両方100点でもおかしくない問題でした。 息子も、うっかりミスをしなければ100点だったはずです。 しかし。。うっかりミスが出てました。 上で聞かれたこととまったくそのままのミスを見て苦笑いする私。  だいたい、間違うような問題じゃないし。(チョー簡単じゃないですか)
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 持ちかえってから、息子と一緒に見直すと、ほとんど皆分かっているものばかりでした。 漢字も「これって良く間違えるよね」と何度も間違えてしまって 間違ったものを覚えてしまっているものが見事に出ていました。

 息子に 「受験用の難しい問題でとる点数と、このめちゃくちゃ簡単な問題でとる点数がほとんど同じなのはなんでなの〜〜〜?」と聞くと ゲラゲラ笑っていたのですが、笑いごとじゃありません。
バツはバツなんです。 わかっていたからといって、丸にしてくれる人は受験では誰もいませんから。

 とにかく、次の目標はうっかりミス撲滅です。 どうやってやっていこうかと作戦を練っているところです。

 ところで、 発達の達。 息子はなぜか 右側の字の横棒が何本かわからなくてあやふやになってしまうんですよね。 そこで、達の右側を幸と書いている息子に 「幸」っていう字、書ける?と聞くと、「書ける」と言って今度は幸せの字の横棒の本数がわからなくなってしまったみたい。混乱しています。

 でも、達の字は 土 ソの下に横棒3本。  幸 は 土 ソの下に 横棒2本。なんで違うんだろう。

と、調べてみましたよ。  

「「達」に隠れた動物のひみつ 」

 なるほど〜。 達の字の右側は 羊の字が元になっているんですね。知らなかった。 ヒツジだと思えば間違えずに書けるかな。息子。

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成長したな。よかったなと思うこと。
2008/07/20(Sun)
 先週、息子が校門を出たら外で新しく駅前にできた塾のチラシを配っていたそうだ。家に紙ファイルを持って帰ってきた。 中を見てみると、理科実験教室のお知らせがあって、プリズムを作るのだそうだ。

 よく見てみると ”無料学力診断テスト”なるものもついているようで、どうかなあ〜と思いながら、「面白そうだから行く?」と聞いてみた。「でも、テストもあるんだって」と。 「実験だったら行きたいけれど。」というので、「テストはたぶん簡単だと思うよ。受験しない子たち対象だと思うから」と言うと、「だったら行く行く」と返事があったので、昨日はそれに行ってきた。

 よかったなと思うのは、外部の受験をまったくいやがらないこと。 面倒だなとは思うようだけれど、息子にとってはあまり負担になっていないようだ。 試験前はそれなりに緊張するようだが。

 成長したなと思うのは、いろいろな催し物に参加する場合に 「ひとりでも参加する?」と聞くと、「うん」と返事が返ってくること。 同じ年齢の男の子でも ○○が行っているから。 とか 友達がいるなら。 と答える子も多い。 息子はこの1年で まったく知らない人たちの集団の中に一人で入っていくこともあまり苦にしないようになったようだ。

 この夏休みには、リーダー研修という宿泊研修が八ヶ岳であるのだが、親の心配はさておき、本人は「ひとりでも参加する」と、 まったく知らない子だらけの場の宿泊研修に臨もうとしている。 偉いな。

 さて、試験の出来はどうだったかと尋ねたところ、40分の試験が15分で終わってしまって、あとの25分をじっとその場で待つのが逆につらかった。。。と言っていました。 「寝ちゃえばよかったじゃない?」と言うと「いや、眠くなかったから」だそうです。 さて、結果はどうだったかな? 今回は十件目当てだったので、試験結果はまったく気にしていないのだけれど、でもやっぱりうっかりミスが少ないと良いのだけれどね。

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